All Chapters of 少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく: Chapter 11 - Chapter 20

58 Chapters

~道の花は強かに生きる~ 8

    * * *  着替えを終えたカイジールは真珠島の浜辺へ降り立ち、少女の姿を探す。「おーい」 「あ、慈流! 神殿の用事は終わったの?」 道花は海水を吸い込んだ長くて太いみつあみをきつく絞りながら、カイジールの元へ寄る。「今日もお仕事お疲れ」 「ありがと。参っちゃう、結界を張る根の一部が腐っていたみたいで。今日は朝からずっと潜りっぱなしよ」 身体がふやけちゃうわと笑いながら道花は真顔に戻り、カイジールに尋ねる。「涼鳴さん、何か言ってた?」 「色々。キミのことばっか心配してた」 「だって慈流は心配しなくてもしっかりしているから大丈夫じゃん」 「そういう問題かよ」 ぷいと顔を背けるカイジールに、道花はだって本当のことじゃんと拗ねたように言葉をつづける。「それに、カイジールなら女王にそっくりだから、かの国の人間を騙すのなんて簡単だよ」 「まったく、キミはほんと気楽でいいねぇ」 本当なら女王陛下の娘だというのに、この容姿から存在を否定され、市井へ棄てられてしまった道花。神殿では類稀なる『海』のちからを持つことから珊瑚蓮の精霊などと呼ばれているが、カイジールからすれば、どこにでもいる女の子だ。  人魚の一族の一員であるカイジールと違い、女王オリヴィエと人間の間に生まれた道花は自分の出生を殆ど知らずにいる。だが、自分が生まれながらに持つ『海』の加護から、半分だけ人魚の血を引いたあいのこだということには気づいているようだ。それでも本人はたいして気にしていない。  むしろオリヴィエの義弟であるカイジールの方が、生い立ちは複雑だ。けれど、道花と一緒にいると、不思議とそんなことはどうでもよくなってくる。 ナターシャ神の御遣いとして神殿に仕えるリョーメイに育てられた道花は、神殿で自分の加護を学んでいる際にナターシャやカイジールと出逢った。血が繋がっていないとはいえ、道花が棄てられたオリヴィエの娘だと知った時のカイジールの驚きは大きかった。種族は違っても、道花はカイジールの姪になる。とはいえ、オリヴィエとの年
last updateLast Updated : 2025-08-23
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~道の花は強かに生きる~ 9

  母の名を知らされていない道花は父の名も知らない。けれど、幼いころから自分を影で支えてくれたおおきな手のことはしっかりと記憶している。バルトは最後まで自分は父だと名乗らなかった、けれど父のような存在として幼いころの道花を支えてくれたひとだ。「女王陛下を裏切った番犬なら、かの国の王様に喜んで尻尾を振っているんじゃないの?」 けれどカイジールはあえて突き放すように道花に告げる。セイレーンに生まれながら、母国を裏切りかの国の政務官となった彼のことを、カイジールは受け入れられずにいる。そのことを知っているから、道花もあっさり応える。「神皇帝の傍にいるなら、それでいいんじゃない?」 「な」 「だって馬留人さまは当時の神皇帝にセイレーンでの能力を認められて、引きぬかれたんでしょう?」 「だからって、女王陛下の傍にいた彼が、簡単に寝返るもんか……」 オリヴィエが道花に殺意を膨らませるのを見ていられなくなって、ひとり逃げ出したのかもしれない。それとも、別の理由が存在するのだろうか……カイジールが困惑した表情を見せると、道花は思いついたことをためらうことなく口に乗せる。「慈流は女王陛下と馬留人さまが恋人同士だって実際に見ているからそう思えるんだろうけど、あたしが生まれたときにはもう彼はかの国の政務官になっていたんでしょう?」 「けど、愚王と辱められている先代の神皇帝に仕えなくてはならなくなった事情がボクにはわからない」 「あたしもわからないよ。なら帝都に行って馬留人さんに逢ったら訊けばいいじゃない」 神皇帝の妃になるのなら、彼に仕えているであろうバルトにだって容易く接触できるはずだ。道花は当り前のように提案して、ひとりで納得している。「……訊く暇があればね」 苦笑を浮かべながらカイジールは応える。  自分は少年王、九十九代神皇帝を殺すつもりで帝都へ向かうというのに。国を奪われ幽閉された女王陛下を救わねばならないというのに。  なぜだろう。  絶対的な女王オリヴィエに忠誠を誓いながらも、心の奥底には自由に泳ぐ道花に憧れを抱いている。母に生命を狙われ
last updateLast Updated : 2025-08-23
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~道の花は強かに生きる~ 10

 「道花」 「なぁに?」 「帝都にいても、珊瑚蓮を咲かせることはできるのか?」 「やったことないからわからないけど、むかしは紅玉島からかの国の時更津(ときさらつ)の港まで太い茎と根が伸びていたって那沙が言ってたから、物理的には可能かも……でも」 養分を送りこむことはできても、距離を隔てるため結界内での事象に対応することは難しいだろう。道花がセイレーンを離れた間に珊瑚蓮が傷つき、異界から悪しき幽鬼が侵入でもしたら大変なことになる。  血玉(ブラッドストーン)の禍々しい瞳を持つ人間によく似た異形は、神を殺し人間を自分たちの獲物にしようと結界が緩むのを虎視眈々と狙っている。神殿にはリョーメイがいるから迎果七島に直接の危害を与えることはないだろうが、セイレーンの結界の綻びから生じた幽鬼がお隣のかの国へ雪崩れ込むような事態が起きることを考えると、なんとしてでも最悪の事態は避けておきたい。  ……それはカイジールが神皇帝暗殺に失敗することより、重要なことだ。「じゃあ、道花。帝都について落ち着いたら、キミは海に行くんだ。珊瑚蓮と接触できるかなるべく早いうちに確認してもらいたい」 「慈流はどうするの?」 「ボク? 野暮なこと訊くなよ。ボクは神皇帝のもとへ女王の娘として嫁ぐんだ、彼に挨拶しなくちゃ」 「危険よ。慈流が神皇帝と寝台を共にするなんて。男同士でそんな……」 「ん? 何いやらしいことを想像しているのかな? そういう意味じゃないんだけどまぁそういう意味合いも兼ねているのかなぁ?」 「どっちよ」 道花のぷうと膨らんだ頬を指先で突っつきながらカイジールは笑う。「珊瑚蓮の精霊――ロタシュミチカ。いくら併合されたとはいえもとより国祖神が異なる迎果諸島はかの国の『地』の加護を外れたままだ。神皇帝ひとりのちからで幽鬼を抑え込んではいるが、ボクたちがセイレーンから帝都に入ることで、神気が乱れることは充分に考えられる。だからキミも、いままでどおりに守護のちからを使って、身の回りを護るんだ」 真剣な表情のカイジールを前に、道花も真顔に戻り、こくりと頷く。「……わかった」
last updateLast Updated : 2025-08-23
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~道の花は強かに生きる~ 11

    * * *  人魚は人間と違って、長い寿命を持っている。神の眷属なのだから、神と同じくらいは生存するといっても過言ではない。  那沙は碧玉島(へきぎょくとう)の外れでひとり、蕾をつけはじめたばかりの珊瑚蓮をじっと見つめる。  蕾を護るように、手のひらの大きさの荷葉が集い、花束のようにひとつの場所で茎をともにしている。海にたゆたう荷葉は那沙がじっと葉脈の間に隠された蕾を見つめているのを怯えるかのように時折、打ち寄せる波のちからで葉を擦らせ甲高い悲鳴をあげる。「心配しなくても、あなたを枯らしたりしないわ」 道花が丹精込めて面倒を見ていた珊瑚蓮。セイレーンの外海には存在しないとされる幻の、奇跡の花の、蕾に向けて、那沙は囁く。  セイレーンの国神だった那沙ですら、この花に何が秘されているのか、なぜ開花することで海神が持つようなちからを発揮できるのか、理解していない。「どーせあたしは母神に忘れ去られた末娘。母なる海が何を考えているかなんて、わかりっこないんだけどね」 「ずいぶん見下しておるの、那多沙」 独り言だと開き直って口にしていた言葉を、背後の人間に返されて、那沙は驚いて振り返る。太陽のように燃える髪に天の青色を瞳とした白い長衣をまとった女神が立っていた。「……いまは那沙よ。姉上」 「そうじゃったな、ナズナか」 那沙がうんざりした表情で姉を見上げると、幼女姿の那沙よりあたまみっつほど大きな彼女は妖艶な笑みを浮かべて頷いている。「一国の祖神からかの国の土地神にさせられたとか。石を砕かれ砂になったおぬしにとってみたら、屈辱でしかないのう?」 「そうでもないわ。おかげでまだ、あたしは生きている」 「そのような不完全な身体で負け惜しみかえ? 素直に国を取り戻したいと希ったらどうじゃ。ちからを貸してやっても構わぬぞ?」 「そう言って北方の自分の子どもたちを苛める話はこっちにも伝わっているわよ。それにね、あたしはいまの状態を嘆いてなんかいないわ」 ぷぅと頬を膨らませると、幼さが一層顔に出てくるのをわかっていながら、
last updateLast Updated : 2025-08-23
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~道の花は強かに生きる~ 12

  人魚は神でも人間でもない。どちらかといえば異界に生きる幽鬼に近いモノだときっぱり告げて、那沙の反応をうかがう。「……知ってるわ、何を今更」 「誓蓮の現女王、央浬絵は生粋の人魚。妾たち神とは似て非なる存在じゃ。それだけなら妾が口出しする必要はなかった。だが、央浬絵は人間を殺すという罪を犯した。一度でも禁忌を犯せば、闇に堕ち、沈んでいくだけじゃ」 淡々と事実を述べながら、至高神は那沙が知らないであろう真実を耳元で囁く。「だが、央浬絵が認めておらぬ娘がおるじゃろう? あの娘は半分だけ人魚だが妾たちと同じ『海』の匂いを持っておる。彼女の父親である人間が、はるかむかしに妾と契りを交わし、産み落とした神の子の末裔だから……央浬絵は未だ、闇に沈まず戦っていられるのじゃ」 「!」 道花の父親の先祖が、かの国で天神と関係を持っていたから……彼女は珊瑚蓮の精霊となりえたのか。  そしてかの国には道花の父親、バルトが九十九の傍に仕えている。女王が正気を保っていられるのは、皮肉にも愛する人間が同じ結界内に存在しているからなのだと至高神は嘲笑を浮かべながら説明する。「とはいえ、珊瑚蓮の精霊が誓蓮を出てしまったら、どうなるかわからんがの」 「姉上は道花を帝都へ連れていくなとおっしゃりたいの?」 「いんや」 首を左右に振って、至高神は那沙の前で茶化すように指を振る。「珊瑚蓮の精霊を賀陽成佳国の神皇帝のもとへ嫁がせることは悪いことではない。だがそうなると那沙は一生土地神のままで、かつてのような国祖としてのちからは封じられたままじゃぞ? それでよいのかえ?」 「……でも、あたしが国祖としてのちからを取り戻すためには女王の協力が不可欠。けれど彼女は罪を犯し、異国の塔に幽閉されたまま……」 「那沙。おぬしは央浬絵をどうしたいのかえ? 彼女はおぬしを見下した母神の眷属の子孫だろうに。神より上に立って国を治めた絶対的な人魚の女王を、ふたたび頂に置いて誓蓮の国を復興させたいのかえ?」 「……」 セイレーンを復興させる。かの国から独立させ、ふたたび人魚の女王――オリヴィエ
last updateLast Updated : 2025-08-24
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chapter,2 ~人魚の花嫁は宴に嗤う~ 1

  西陽が注ぐ皇宮内でひそやかに地面を叩く音が聞こえてくる。庭内を歩く狩衣姿の木陰がハッと顔をあげて主を見ると、深紫色の袍(うわぎ)が印象的な文官束帯の少年は場違いな微笑みを浮かべている。「九十九さま?」 「放っておけ。どうせ活(かつ)の間者だ」 「ですが、本日誓蓮より到着なさったばかりの花嫁一行を怯えさせるのでは……」 木陰の心配そうな声にも九十九は動じない。「あれが狙っているのはおれが座るこの玉座ただひとつ。先に花嫁に手を出すような愚かな真似はしないさ」 ――それに、あれは男だ。 九十九は吹き出しそうになる笑いを堪えながら、セイレーンよりやってきた女王の娘を迎えたときを思い出す。  やはり木陰も気づいていないのだろう。神々しいまでの美しさをひけらかし、自分の元へ手を差し出した自称女王の娘。まるで目くらましの術でもかけたかのように、周囲の人間は彼に跪き、歓迎の意を示した。  だが、それは九十九が求めていた娘ではない。長い裳裾から見えた足先に煌めく鱗がすべてを裏切っていた。  ひとりだけ自分の魅力に屈さなかったのを知った娘は、それが神皇帝本人だからかと素直に納得し、つまらなそうに声を低くして耳元で囁いた。 「――忌わしき『地』の息子。後で首を洗って待ってろよ」  一瞬、空耳かとも思ったが、九十九だけに落とされた挑戦の言葉は、いつまでも彼の耳底で響いている。「それより木陰。お前は何か感じなかったか?」 「女王の娘に対してでしたら、さすが人魚の娘といいましょうか、強いちからを有しているのが見ただけでわかりました。怖いくらいに」 「央浬絵どのの娘だから、それくらいのちからがあって当然なのか?」 「そうでしょうね。誓蓮をたったひとりで治めていた孤高の女王に、あんな美しい娘がいたことなど知りませんでしたが」 あれは娘じゃなくて息子じゃないかと思わず言いたくなったが、木陰の指摘に九十九は我に却って言葉を紡ぐ。「……そりゃそうだろ。隠していたんだから」 女王には娘がいる。あのと
last updateLast Updated : 2025-08-24
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~人魚の花嫁は宴に嗤う~ 2

    * * *  北から南へ縦に長い東西南北に連なる四つの小大陸を統べ、始祖神の子孫である神皇帝を頂に置きつづける賀陽成佳国。横に長い東都大陸に位置する帝都が、神皇帝とその一族である皇家の庭で、五つの宮殿と一つの神殿が一か所に集められている。「とても涼しい場所ね」 「そりゃあ、セイレーンよりも北に位置するからな」 真珠島から船に乗って三日。天候は海神と至高神の加護のおかげか、穏やかで、とても心地よい時間を過ごすことができた。  そして今朝がた、司馬浦(しばうら)の港へ到着し、道花とカイジールは馬車に揺られて神皇帝と皇一族が暮らす帝都に入ることとなった。  いま、道花とカイジールは晩餐前の休息と称して桃花桜宮(ももはなさくらのみや)に与えられた客室でかの国の名産といわれる緑色のお茶を飲んでいるところである。「それにしても面倒くさいわね」 道花たちが滞在する桃花桜宮をはじめとする五つの宮殿には花の名がつけられており、議会を行う施設を持つ紅薔薇宮(くれないそうびのみや)、神皇帝の親族が暮らす黄金水仙宮(くがねすいせんのみや)、神皇帝と彼に許された者だけが入れる紫紺躑躅宮(しこんつつじのみや)、皇一族に仕える人間が暮らす青藍菖蒲宮(せいらんあやめのみや)……と、どれも仰々しい。「神殿も正式名称が秘色香椎神殿(ひそくかしいしんでん)って……すっごく偉そう」 そもそも秘色ってどんな色だ? かの国は色彩感覚に優れた華やかで雅な場所だと那沙も言っていたが、ここまで徹底されていると唖然としてしまう。「でもかの国の人間からすれば、宝石神が興したセイレーンの島々の方が仰々しいのかもしれないぞ?」 セイレーンの迎果七島と周辺の島々はすべて宝玉の名で統一されているため、かの国の領土となってからも地名を変える必要がなかった。古来は似た言語を使う同じ民族だったのだ、無理に地名を改めて民の反感を招くことを避けただけなのかもしれない。「それもそうね……」 道花は苦笑しながらカイジールの言葉に頷く。どっちもどっちと言われてしまえばそう、な
last updateLast Updated : 2025-08-24
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~人魚の花嫁は宴に嗤う~ 3

  セイレーンとは異なり、国土のひろいかの国は『地』のちからひとつで統治をすることが叶わず、幽鬼によって民草を傷つけられ多くの集落を滅ぼされた陰惨な過去を持つ。それを嘆いた至高神が、自分の息子たちを北方へ置き、かの国の始祖神の『地』のちからを補うよう助けたのだ。  おかげでここ数十年、かの国における幽鬼による被害は減少し、いまも北の北海から東の帝都、西の西城(さいじょう)、南の南空(なんくう)に至るまで常に強い結界が張られているという。だが、幽鬼を退けられる結界を過信した前神皇帝がセイレーンの女王と宝石が溢れる迎果七島を自分のものにしようとしたがために闇鬼に憑かれてしまったのも皮肉な話ながら、事実である。  思い出すだけで腹が立つとカイジールは唇を噛むが、道花は彼のそんな仕草に気づくことなくのほほんとした口調で応える。「うん。北方は異形が舞い込む冥穴(めいけつ)が多いから、『地』のちからだけで護りきるのは難しいんだよね。人間と婚姻し寿命を全うされた佳国さまの子孫が神皇帝の系譜に連なる限り、『地』のちからは安泰だけど……」 「国土すべてを守護するとなると、それは厳しいものがある。だから神皇帝は独自の術式を持ちながら神と対等の術者になった逆斎(さかさい)の一族……道花には逆さ斎って説明した方がいいかな……を重用しはじめたんだ。セイレーンでいう御遣いのようなものさ」 「そっか。かの国でいう御遣いはセイレーンの御遣いとは意味が違うんだっけ」 ナターシャに仕えているリョーメイは御遣いという称号を持ってはいるが、神と一対一の契約を結んだわけではない。カイジールも神殿内ではナターシャの御遣い候補とされていたし、他にも御遣いと呼ばれる術者たちはいた。仕事上の上司と部下、もしくは同僚のような間柄ともいえる。  逆に、かの国の神は基本的に生身の人間ではなく死んだ人間の魂が人間以外の器を与えて自分だけの御遣いとするとされている。一対一で神が寿命を全うするまでその契約を違えることは叶わないのが一般的で、神殿に仕える人間は神と御遣いの両方に敬意を捧げている。かの国の御遣いはどちらかといえばセイレーンでいう眷属に近いものがあるのだろう、道花は「ふぅん」と頷き、カイジールに質問する。
last updateLast Updated : 2025-08-24
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~人魚の花嫁は宴に嗤う~ 4

  そして道花は躊躇うことなく着ていた長衣を脱ぎ、カイジールの前で恥じらうことなく着替えをはじめる。幼いころはリョーメイに一緒に風呂に入れられたこともあるカイジールが男の姿でいようがいまさら問題ないと道花は考えているようだが、カイジールは慌ててそっぽを向いて苦言する。「男の前でそんなことするなよ」 「いまは男じゃないからいいでしょう?」 くすくす笑いながら下着をつけ、小豆色の袴を穿いてから薄い石竹色の袿を羽織り、背中へ羽のように拡がる半透明の組み紐のひとつを背後で結び、余った組紐をみつあみの先に飾りつけて、道花は満足そうに鏡の前でくるりと回る。「うん、こんなもんかな」 「悪くない」 ちゃんとした着方がわからないのでほぼ自己流だが、道花の着こなしはセイレーンでもかの国でも受け入れられる嫌味のないものに落ち着いている。袴の色が他の宮女と異なるのはかの国の配慮か、嫌がらせか……どっちにしろ、道花は気にしないで与えられた衣装を着つづけるだろう。もともとそういう事象に疎い娘だ、だが、彼女は彼女で対処するちからを持っている。似合っているし、カイジールが文句を言う筋合いはない。「慈流も似合ってるよ。こういう服なら女体化しなくても女に見えるね」 セイレーンを出る前から自分自身に術をかけて性別を曖昧にしていたカイジールは道花の言葉に満足そうに頷く。「やむおえない状態にならない限りはこの姿を貫くよ。結婚式を終えて初夜の床に入らなくちゃいけなくなったらとかね」 男にも女にも姿を変えられるカイジールだが、男性として生きることを選んでここ数年女体化していなかったため、かの国へ向かう際に完全な女性体に変化することができず、男性機能と女性機能のどちらもついている中性体で赴くことになってしまったのだ。  もともと筋肉量が少ないので、男の身体でも女に姿を変えることはできたが、かの国の少年王の妃になるとなれば話は別だ。リョーメイはカイジールを完全に女体化させてかの国へ送り出したがっていたが、時間がなかったため那沙が幻術をかけてごまかしたのだ。「それまでにはちからが戻っているといいわね」 「
last updateLast Updated : 2025-08-25
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~人魚の花嫁は宴に嗤う~ 5

    * * *          紅薔薇宮は皇宮内の中央に位置する五宮二塔一神殿のなかで最も広大な敷地を持つかの国でも珍しい二階建ての石造りの建物である。外壁に使われている石が真紅の薔薇のように赤みがかっているから紅薔薇宮という名称がついたという。  一階部分には百人程度が収容できる円形状の議会があり、一階部分よりも若干狭い二階部分が円卓と椅子の並ぶ食堂兼宴会場になっている。  悠凛に案内され、螺旋状の階段をのぼった道花とカイジールは互いに顔を見合わせてはぁと感嘆の声を漏らす。「初めて螺旋階段のぼった!」 「同感」 道花の幼さの残る声に会場内で座っていた賓客が顔を顰めるが、それがセイレーンの女王の娘に仕える侍女だと知り、関わりたくなさそうに顔を背け、わざとらしい談笑を再開する。カイジールはそれを見てムッとするが道花は平然とした態度で両手の指を交差させ、蝶が舞うように優雅に一礼をして通り過ぎる。その完璧な動きに一瞬だけざわめきが止まる。「……あれ? あたし何か間違えちゃった?」 「いんや、逆に完璧すぎて驚かれてる」 「そか」 リョーメイが道花に教えた礼儀作法はかの国式のものだ。まさかここまで完璧に身につけてくるとは思わなかったカイジールは、ここで神皇華族と呼ばれる王侯貴族たちを瞬時に黙らせるだけの作法を身につけた道花に目を瞬かせる。「慈流さま、慈流さまのお席はこちらになります」 と、そこへ悠凛の声が響く。椅子を引かれてそこへ腰を下ろすと、隣にカイジールよりもすこし年齢が上の青年が座っていた。「狗飼どの」 「またお逢いしましたね、慈流さま」 舶来品と思しき皺ひとつない白のシャツに黒い上下。外つ国の洋装を着こなした青年は慈流の前に立ち、慇懃に礼をする。  さらりと赤みがかった黒い髪が揺れ、灰褐色の瞳がきらりと光る。「できれば仙哉とお呼びください、麗しの姫君。なんて素敵な黄金色の髪に海の色の双眸、さすが人魚の女王の娘……」 白魚のような指先がカイジールを捕え、撫ぜるように上下に動く。
last updateLast Updated : 2025-08-26
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