* * * カイジールたちが座る円卓よりすこし離れた場所で、葡萄色の裾の長いドレスを着た女性が黙って酒を飲みつづけている。紫がかった黒髪に、灰紫の瞳。紫は神皇帝にのみ許された禁色であるというのに、衣だけでなく容姿からして異様な年配の女性は、誓蓮よりやってきた人魚の女王を忌々しそうに睨みつけている。「そんなに凝視していると気づかれますよ」 「別によい。妾があの女を嫌悪しているのは事実じゃ」 「だけどそうするとぼくが彼女に近づけないじゃないですか」 外つ国から入ってきた硝子細工の杯に琥珀色の液体を注ぎながら、女性と同じ髪の色を持つ少年はくすくす笑う。はたから見るとあどけない表情だが、心の奥では蔑んでいるような、乾いた笑顔である。「お前が彼女に近づくとな? それは兄上を想うがゆえの行動かえ?」 「まさか」 銀に近い灰色の瞳がきらりと光る。鋭利な刃物を彷彿させる、冷たい双眸に女性も頷き返す。「くだらぬ野心か。まぁよい。あの慈流とかいう女、たいそうなちからを持っているようだしの。こちらにつけて玉座を引きずり落とす手伝いでもしてもらえばよい」 九十九が統治するいまのかの国は間違いだらけだ。なぜ始祖神の血を引き継ぎ『地』のちからを有するだけで彼ら皇一族は頂点に咲きつづけるのか。同じちからを持ちながらなぜ自分たちは彼らの眷属にしかなれないのか。誓蓮では眷属である人魚が国を治めていたというのに。「そのようなことをこの席で語られるのもどうかと思いますがね……人魚はひとと違って五感が鋭いですから」 「ほう、狗の嗅覚より鋭いとな? ならば余計欲しくなるの」 「ことが終われば活さまに差し上げますよ」 杯に注がれた酒をくいと飲みながら、少年は明るく告げる。「なんせ彼女は、人魚ですから」 人魚。それはかの国では見ることの叶わない美しき魔性。不老不死と噂され、神に近い存在として崇められているが、実際のところ不老であって不死ではない。人間より長い年月を生きるから不死と思われているだけだった。それを快く思っていなかった神が気まぐ
Last Updated : 2025-08-27 Read more