九十九がはじめてセイレーンを訪れたのは十歳の盛夏だった。当時はかの国と良好な関係を築いていた誓蓮王朝は、九十九たちを快く迎え入れ、盛大な宴を催してくれた。 年間を通じて温暖な気候がつづくこの地は常に極彩色の花々が咲き、色鮮やかな珍しい小鳥がかん高い声色で歌を囀りつづけている。七つの宝石が島となり国を成したというセイレーンは国そのものが宝物のように眩しかったと九十九は回想する。 国祖神ナターシャは麗しい姿を見せ、始祖神の子孫である皇一族に頭を垂れたが、始祖神と国祖神の母神にあたる海神の眷属でしかない人魚の女王オリヴィエは常に偉そうにしていた。 ――なぜあの女王さまは国神さまより偉そうなの? 父親に訊けば、上機嫌な表情で美しいからいいのだと質問を撥ね退けられ、それ以上口にするのを憚れてしまった。 確かに女王オリヴィエは美しかった。けれど九十九は彼女が怖かった。人形みたいで。 逆にセイレーンの国神はきさくで人間らしく、九十九のような少年の言葉にもしっかり耳を傾けてくれた。自分の母が生きていたらこんな感じなのかと本人に尋ねたら、せめて姉にしなさいと窘められたのもいい思い出だ。 だが……そんな彼女から、自分は国を統べる神のちからを奪ったのだ。彼女が女王を制していれば、九十九の父で九十八代神皇帝だった哉登が死ぬことなどなかったのだから。 那沙と名を改められた元国神は、九十九の要請どおり、迎果七島の土地神になることを承諾した。そのときできれば女王の娘を手に入れたかったが、それは叶わなかった。「――なぜなら、彼女は女王に認められずに市井で育てられた、珊瑚蓮の精霊だったから、の」 ふぃと浮かび上がる影に遮られ、九十九は瞳を瞬かせる。宙に浮かぶ少女は目にも鮮やかな瞳を悪戯っぽく煌めかせ、風もないのに白い袿の裾をゆらゆら揺らして遊んでいる。 天色と呼ばれる空の青を宿した双眸は、興味深そうに九十九の姿を映し出す。 それは神皇帝に選ばれたものしか認識することの叶わない、始祖神の姐神。父なる創造神と母なる海神が産み落とした、天を統べることを司る、最初で最後の宿命を賜れた第一の女神。天神。万物の理を無視
Last Updated : 2025-09-12 Read more