* * * 躑躅の花は神皇帝本人にしか認められない高貴な花。かの国の民に愛される桜の花のような優美さを持ちながら、その一方で太陽のあたらない日陰でも花をつける強さを持つことから、揺るがない姿が神皇帝に重なると古くから伝えられている。 紫紺躑躅宮と名付けられたこの宮殿の周辺にはその象徴でもある満天星躑躅(どうだんつつじ)が植えこまれ、春になると星の形をした色とりどりの大輪の花をあちこちで顔を見せる。その数、軽く千は越える。 セイレーンでは見ることのない花木だが、星の形の花が咲く季節が訪れるたび、バルトは島に残してきた娘のことを思い出す。 ――まさか、こんな形で再会するとはな。 人魚の女王オリヴィエとの間に生まれた娘、道花。バルトは彼女に『海誓(ミチカ)』という真名を授け、国神ナターシャが祝福と称して『真珠(マジュ)』の冠を与えたことから彼女の真名はマジュミチカ……海に誓う真珠、となった。だが、通り名として選ばれたのは道に咲く花という意味を持つ道花。リョーメイら神殿関係者がつけた安直な名をバルトは受け入れられず、彼だけは彼女のことを『海誓』と呼びつづけていたが、読みが同じなので本人はその違いに気づかぬままだったはずだ。 オリヴィエによる呪詛で傷ついた彼女を看ているよう九十九に命じられたバルトは長椅子で無防備に眠る娘を見て、苦笑する。 ――相変わらずの直毛だな。 太陽のひかりにあたると蜂蜜色に煌めく髪はいまは茶色く、セイレーンでは珍しい波打たない髪がすとんと床に零れている。バルトは床に落ちた髪をそっと拾い、長椅子へ流す。 幼いころの浅黒い肌は多少ましになったものの、かの国の華族令嬢と比べるとまだまだ白いとは言い難い。つんと尖った小鼻に赤みを帯びた頬と紅緋色の唇は幼さが残っている。それでも九十九は彼女を自分の花嫁にすると言って、バルトに頭を下げたのだ。 ――ったく。かの国の最高権力者がそんなことで頭を下げるんじゃねえよ。 欲しければ奪え。どんな手段を使っても。 自分が仕えていた先代、哉登の生きざまは見ているこっちが気持ち良いくらいの疾走感があった。
最終更新日 : 2025-09-22 続きを読む