成層圏の天気はいつも変わらない。空を覆うはずの雲は下にあって、常に太陽が輝くからだ。 オーディンはその変わらぬ紫天を背景に、玉座に座っている。「ロキにはまんまと逃げられてしまった。全くあいつは、昔から逃げ足だけは早い」 玉座の下、十段ほどの階段の下の床には、男性が一人いる。うずくまるように跪礼して、深く頭を垂れている。 黒い甲冑のような衣装を身に着けた彼の頭髪は、不自然なまでの白。老人の総白髪よりも色が抜け落ちた、風化した骨のような色だった。「お前では到底、アース神族の代わりは務まるまいが。せめて『あの娘』を引きずり出して、ここへ連れてくるといい。我が下僕エインヘリヤルとして、そのくらいの働きはしてもらおう。……なぁ、シグルド?」「――はい。オーディン様」 彼の声もまた、起伏を欠いて乾ききったものだった。 その声は、壮麗にして空虚な部屋に響いて消える。「ヴァルキリーの一隊をつけてやろう。シリューダ……は、今回の騒動で死んだのだったか」 オーディンはお気に入りのヴァルキリーの名を呼んで、肩をすくめた。「まあ、いい。3<シリューダ>がいないのであれば、4<フォーレス>を。――フレイよ、二、三十体ばかり用意してやれ」「かしこまりました」 いつの間にか人影が増えていた。ヴァルキリーによく似た金の髪の青年である。彼もまた、獣の仮面をかぶっていた。 彼はシグルドの横に立って、オーディンにうやうやしく頭を下げる。「さぁシグルド、行こうか。我が妹たちがきみを待っているよ」 フレイの口調は表面ばかりは優しげだったが、侮蔑と嘲笑が透けて見えた。 彼はシグルドの髪を撫でる。かつては灰色で、今や全ての色が抜け落ちてしまったそれを。わざとらしく、子供をあやすように。「仰せの、ままに」 シグルドが顔を上げる。 その両の瞳は、脳に蓄積したバナジスライトの屈折光を受けて、暗い真紅に輝いていた。 &nbs
最終更新日 : 2025-10-13 続きを読む