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終わりの大地のエリン のすべてのチャプター: チャプター 61 - チャプター 70

85 チャプター

61:南へ

 成層圏の天気はいつも変わらない。空を覆うはずの雲は下にあって、常に太陽が輝くからだ。 オーディンはその変わらぬ紫天を背景に、玉座に座っている。「ロキにはまんまと逃げられてしまった。全くあいつは、昔から逃げ足だけは早い」 玉座の下、十段ほどの階段の下の床には、男性が一人いる。うずくまるように跪礼して、深く頭を垂れている。 黒い甲冑のような衣装を身に着けた彼の頭髪は、不自然なまでの白。老人の総白髪よりも色が抜け落ちた、風化した骨のような色だった。「お前では到底、アース神族の代わりは務まるまいが。せめて『あの娘』を引きずり出して、ここへ連れてくるといい。我が下僕エインヘリヤルとして、そのくらいの働きはしてもらおう。……なぁ、シグルド?」「――はい。オーディン様」 彼の声もまた、起伏を欠いて乾ききったものだった。 その声は、壮麗にして空虚な部屋に響いて消える。「ヴァルキリーの一隊をつけてやろう。シリューダ……は、今回の騒動で死んだのだったか」 オーディンはお気に入りのヴァルキリーの名を呼んで、肩をすくめた。「まあ、いい。3<シリューダ>がいないのであれば、4<フォーレス>を。――フレイよ、二、三十体ばかり用意してやれ」「かしこまりました」 いつの間にか人影が増えていた。ヴァルキリーによく似た金の髪の青年である。彼もまた、獣の仮面をかぶっていた。 彼はシグルドの横に立って、オーディンにうやうやしく頭を下げる。「さぁシグルド、行こうか。我が妹たちがきみを待っているよ」 フレイの口調は表面ばかりは優しげだったが、侮蔑と嘲笑が透けて見えた。 彼はシグルドの髪を撫でる。かつては灰色で、今や全ての色が抜け落ちてしまったそれを。わざとらしく、子供をあやすように。「仰せの、ままに」 シグルドが顔を上げる。 その両の瞳は、脳に蓄積したバナジスライトの屈折光を受けて、暗い真紅に輝いていた。 &nbs
last update最終更新日 : 2025-10-13
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62:南へ2

『あれから兵士たちが我が家に来て、家探しをしていった。わしも尋問されて、連行されかけたところをゼファーが助けてくれたよ。今は他の街にいる。ムスペルヘイムは悪魔の国と思っていたが、まさかアースガルドの神々があんなことをするなんて……』 画面は再びゼファーを映した。『あまり時間がない、ひとまずは無事の報告だ。じいさんも元気だから、心配するな。じゃあ、またな』 ゼファーがそう言って、画面はブラックアウトした。「えっと……ベルタさんの、お父さん?」 エリンが上目遣いにベルタを見た。以前、ベルタと父は関係が上手く行っていないと聞いたことがある。「そうよ。あのクソオヤジ、何やってんのよ。正直、この件が一番の驚きだわ」 ケッ、とベルタは言った。たいそうガラが悪い。「ゼファーは、何年か前からムスペルヘイムのスパイをやってくれてんだよ」 運転席のスルトが言う。「その前は窃盗団の頭領だったと聞いてるが」「ええ、そう。チンケなコソ泥で、まだ子供の娘を犯罪の手先に使うようなクソッタレよ。私は瞬間移動<テレポーテーション>の素質があったおかげで、能力に目覚める前から感覚が鋭かった。それをあいつは、盗みに利用した。そのうち親子ともども逮捕されて、刑務所で暮らしたわ。 で、めでたく私がエインヘリヤルになった時、親だからって恩赦が出て野放しになったわけ。まさかムスペルヘイムと繋がってるとは、思ってもみなかったけど」「どうやら刑務所にいた間に、アースガルドの裏の面を知ったらしくてな。娘がエインヘリヤルになったと、ずいぶん心配していたぜ。それでムスペルヘイムと接触してきたという経緯だ」 ベルタは黙った。彼女の表情は複雑なものが入り混じっている。 その顔を見て、エリンはゼファーとよく似ていると思った。最初、ゼファーを見た時に見覚えがあると感じたが、ベルタの面影だったのだ。「……今は、うちの父のことまで考える余裕がないわ。もっと大変なことがあるから」 ベルタ
last update最終更新日 : 2025-10-14
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63:砂漠の城塞

「ロキの旦那は戻ってるか?」 スルトが部屋の人員に聞くが、答えは「いいえ」だった。「まあ、あの人はいつも神出鬼没だからな。そのうちひょっこり出てくるだろ」 スルトは軽い調子で言ったが、事態をあまり楽観視していない様子が感じられる。 ロキはシグルドの救出に向かった。 位置づけとしてはエリンの本隊に対して陽動だったが、軽視などできるはずがなかった。シグルドの救出とロキ自身の無事は、今後の対アースガルド作戦の重要な位置を占める。 万が一、ロキが帰らなければ見通しが相当に厳しくなるのは避けられないだろう。 以後の方針は、もうしばらくロキを待って、その間に準備を進めておくことで皆が同意した。「今のうちにムスペルヘイムを案内しましょう。うちの能力者との連携も必要ですから」 シンモラが言って、セティとベルタはうなずいた。元・エインヘリヤルとしてミッドガルドの内情を知る二人は、作戦に欠かせない存在だった。「私は、ラーシュさんの治療を続けます」 エリンは言う。彼女こそが作戦の要ではあるが、ラーシュを治せる可能性を持つのもまた、エリンだけだった。「分かりました。ただ、まずはお付き合いして欲しい場所があります」 シンモラが言った。「我がムスペルヘイムの開祖、ヘズの墓です」   その墓は、ムスペルヘイムのオアシスの傍らにひっそりと建っていた。 墓碑銘は『わが愛する妻とともに眠る。ヘズ』。 たったそれだけのシンプルなものだった。「開祖様は盲目ながらも、物事を広く知る思慮深い神(ひと)だったそうだ」 スルトが言う。「盲目ゆえに表面をなぞるのではなく、世界のあり方を深く考えるお方だった。ところがその性質のせいで、オーディンの悪辣さが人間たちを虐げているのを見て心を痛めていた」 彼は墓碑の前に膝をついて、墓石をそっと撫でる。「その頃、オーディンの支配から逃れようと活動していた人間の女がいた。彼女は仲間を集め
last update最終更新日 : 2025-10-15
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64:末期症状

「ラーシュ兄が倒れたままなのに、シグ兄までなんて、嘘だろ! 嘘だって言ってよ!」 彼はロキに走り寄って、胸ぐらをつかむ。普段のロキであればあしらっただろうが、されるがままになっていた。 ベルタはエリンの背後で、呆然としたまま動けない。「病状が末期に達するとは、どういう意味ですか」 青ざめながらもエリンは尋ねた。セティが手を止める。 疑問は解かねばならない。それが、少しでも手がかりになるのであれば。「……白獣のようなものだよ。体毛から色素が完全に抜け落ちて、脳のバナジスライトが肥大化する。肉体はバナジスライトと能力の負荷に耐えきれず、まず正気を失う。次に全身が機能不全を起こし、やがて死を迎える」 エリンは拳を握り締めて、必死で考えた。「白獣。それならば、私の血を飲ませるのは効きますか? フレキが正気を取り戻したように、シグルドさんも」「無駄だな」 だが、ロキは即答した。「人間は獣よりも能力が強く、病はゆっくりと進行する。ゆえに末期に達した場合は、ユミル・ウィルスの抗体を与えるだけでは効果がない。もっと強力な特効薬を与えればあるいは、というところだが……」「特効薬! そんなものがあるの!?」 エリンはわずかな希望にすがる気持ちで言った。「それを与えたとて、助かるかは五分五分。それに、その特効薬なるものは……」 ロキは言葉を濁した。服を掴んだままのセティを払い除けて、今度こそ墓石の脇に立つ。「……いいや。シグルドの身を確保して、薬を与えられる状況になれば、与えてやろう。どうやらオーディンは、彼のバナジスライトを限界まで育てるつもりのようだ。人間として初の第三段階の能力者、奴にとっては格好の実験動物なのだろうさ」「…………」 実験動物。人を人とも思わない言葉に、エリンは奥歯をギリ、と噛んだ。 ロキの言い分が大げさなだ
last update最終更新日 : 2025-10-16
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65:献身

 エリンがさらに尋ねようとした時、その動作をさえぎるようにロキは一歩踏み出した。 彼はラーシュの頭の上で、軽く手を握る。 すると赤い光が細かな砂のように、極低温で降る雪のように、ゆっくりとラーシュに降り注いだ。 光の粒はラーシュの皮膚や髪に触れると、吸い込まれるように消えていく。 やがて全ての光が注がれて、ロキは手を戻した。「これで症状は改善するだろう。じきに目を覚ます。完全に力を取り戻すまでは、多少の時間がかかるだろうが」 見れば、真っ青だったラーシュの顔色にいくらか血色が戻っている。 ベルタがベッドの上の彼の手を握って、泣き笑いの表情を作った。「ありがとう、ロキ。あなたのこと、なかなか信用できなかったけど、今は違う。心から感謝するわ」「いや……」 ロキはどこか困ったような様子で、軽く首を振った。 エリンとセティも感謝を伝えると、彼は息を吐いた。「必要な処置だから、やった。それだけのことだ。……さすがに疲れた。少し休みたい」 そう言って部屋を出て行ってしまった。 ロキにとってムスペルヘイムは馴染みの場所。案内は不要であるらしい。 エリンはベルタと一緒に、ラーシュの手を触る。弱々しかった心臓の鼓動が、今は少しずつ力強さを取り戻してきている。 濁っていた彼のバナジスライトが、再び光の反射をしている。 これなら大丈夫と、エリンは思った。 そして同時に、特効薬として使われた宝石は、一体誰のものなのだろうと考えた。 深淵領域化という聞き慣れない言葉の、赤い結晶体がどこから気たのかと……。   「これで正しかったんだよな、ヘズ」 古い盟友の墓の前で、ロキは呟く。「お前のように思い切るのは、まだできないが。私もこれで、少しは赦されるだろうか」 誰もいないオアシスのほとりで、彼は獣の仮面を外した。美し
last update最終更新日 : 2025-10-17
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66:献身2

 ロキの帰還により、アースガルド反攻作戦が本格的に開始された。 ムスペルヘイムの能力者が集められ、能力を持たない者も武装して兵士として参戦する。 砂漠の国の武装はアースガルドの技術で造られていて、ヴァルキリーやアース神族相手にも通用する。「アースガルドを瓦解させるには、オーディンを殺さねばならない」 主だったメンバーが揃う会議室で、ロキは言った。「アース神族は既に数えるほどしか残っておらず、そのうち数人は中立、ないしやや人間寄りだ。ただし彼らも、オーディンという強力な支配者に表立っては逆らえない。 オーディンの他はフレイが強硬な反人間派だな。フレイはヴァルキリーの統括者でもある。あの人造戦乙女<ホムンクルス>は一体一体はそれほど強くないが、数を集められるとやっかいだ」「強くないっていうけどさー、普通の人間の能力者よりよっぽど強いよ。俺の知ってる範囲じゃ、トップクラスの能力者でやっと互角くらい? エリンとかロキのおっさんが強すぎるんだよ」 セティの言葉にロキは肩をすくめた。「おっさん」と呼ばれるのは諦めたようだ。「そのための武装だろう。能力者ではない兵士でも、三、四人いればヴァルキリーを一匹殺せる。能力を組み合わせれば、さらに効率は上がる」「そんなに!? 知らなかったわ。私たちはずっと素手で活動してたもの。ヴァルキリーには敵わないと思ってた」 と、ベルタ。「人間の手駒に、必要以上の力を与えたくなかったんだろう。ましてやエインヘリヤル――ミッドガルドの能力者の末路は全て『収穫』。下手に知恵や力をつけて反抗されたら、面倒だと考えたのだろうよ」「胸糞悪ィ」 吐き捨てたのはスルトである。「今まで何度か、エインヘリヤルと接触して説得したんだがよ。誰も信じなかった。洗脳されてやがるんだ」「エインヘリヤルは能力に目覚めたら、まず本部に行って名簿に登録するから。その時に精神をいじられるのね」 ベルタが自嘲気味に言った。 セティも同意する。「それだけじゃない、オーディン教は根強いよ。俺、ミッドガル
last update最終更新日 : 2025-10-18
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67:最悪の再会

 黒い刃が振るわれるたび、怒りの名を持つ魔剣が空を切るたび、ムスペルヘイムの兵士たちが倒れていく。 魔剣の威力は、ヴァルキリーたちの光槍を何倍も上回っていた。 戦乙女の攻撃であれば兵士たちの武装に仕込まれた疑似光壁<シールド>で、半ば防げる。 けれども魔剣グラムは、その守りを容赦なく斬り裂いた。「城壁の守護防壁を再起動! モードは円蓋<ドーム>!」 シンモラが指示を飛ばす。 数人のオペレーターがモニタを操作して、ムスペルヘイムの街はドーム状のエネルギー・シールドで覆われた。 しかし既にヴァルキリーの四分の一とシグルドが城内に侵入してしまっている。「迎え撃つぞ!」 スルトが叫んで部屋を飛び出した。隣室で待機していた瞬間移動能力者<テレポーテーショナー>の力で、一気に城下町まで移動する。「俺も行く!」 続きかけたセティの肩を、エリンは押さえた。「セティとベルタさんは、ここで待っていて。必ずシグルドさんを連れて帰るから」「なんで!? 俺たちの能力じゃ戦えないから?」 セティはここのところずっと、自分の能力に劣等感を抱いていた。エリンの万能さに及ばずとも、シグルドやスルトのような直接的な戦う力は、彼にはない。だから役に立てないと、悔しい思いを感じ続けていた。 エリンは首を横に振る。「違うよ。万が一にもシグルドさんが、二人を傷つけてしまったら。とても悲しむと思うから」「…………」 ベルタが視線を伏せる。彼女もまた、自らの力不足を痛感していた。 そんな彼らに背を向けて、エリンは走り出した。建物の外まで出たら、狼のフレキを呼び寄せる。「フレキ。シグルドさんが来たよ。必ず連れ戻して、治療を受けてもらわないとね」「ガウ!」 フレキが大きく吠える。その声に勇気をもらって、エリンは戦いの場所へと転移した。   市街地で
last update最終更新日 : 2025-10-19
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68:対決

 黒い魔剣の斬撃は、振るわれるたびに徐々に威力を増していく。 まだ能力が成長しているんだ、とエリンは思った。 であれば、まだ本当の末期ではないのかもしれない。今すぐに特効薬を与えれば、きっと助かる。 けれども、時間の余裕がないのもまた明らかだった。『妨害術式、妨害能力波<ジャミング>。三種のチャンネルにて対象の能力を封印』 黒いモヤがシグルドを包みかけて、彼はそれを振り払った。黒い魔剣が一瞬だけ血の紅色に光り、すぐに戻る。 妨害チャンネルを解析されている。エリンは冷や汗が流れるのを感じた。(いくら第三段階の能力者でも、ここまでできるはずがない。負荷を上げるのをいとわず、能力を酷使している! 早く止めなければ!)『拘束術式、六つの縛め<グレイプニル>!』 エリンの体から六本の鎖が飛び出して、シグルドに巻き付いた。「……む」 右足と左手とを能力封じの鎖に巻かれて、さしものシグルドも動きが止まった。「シグルドさん、あなたは病気なの。でも薬がある! じっとしてて!」 まだ拘束が甘い。エリンは魔剣を握る右手に鎖を巻こうとして。 ――ザシュ、と血しぶきが上がった。 エリンの視線の先、固い拘束を自らの左腕ごと切り落としたシグルドが、残りの鎖を強引に切り飛ばしている。「……っ」 凄惨な光景にエリンの反応が一瞬、遅れた。出血と負傷を全く気にもとめず、シグルドが肉薄する。 フレキとスルトが割って入ろうとするが、間に合わない。 怒りの名を持つ黒い魔剣が、獲物の血を啜る歓喜に暗く輝く。 エリンの両目が見開かれる。瞳孔が窄まる。 だが、刃はエリンに届かなかった。「シグ兄! 何やってんだよ!!」 ベルタの瞬間移動<テレポーテーション>で飛び込んできたセティが、ムスペルヘイム製の銃身で魔剣の刃を受け止めたのだ。 砂漠の民の武器は、アースガルドの技術によるもの。人間のそれとは比べ物にならない性能を持
last update最終更新日 : 2025-10-20
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69:対決2

 彼の能力は透視<クレアボヤンス>。初期においては障害物の向こう側を視るだけの力。 けれどセティは、大事な人を取り戻したくて能力を進化させた。 ただ視るだけではなく、構造の解析を。そして、創造物の本質の理解を。 彼は今まで、多くのバナジスライトを――生命エネルギーの根源にして純粋な発露を――見てきた。特につい先日の、『深淵領域に達した』それが大きな刺激になった。 光を閉じ込める性質。光すらも逃さない檻。星の光を飲み込むもの。 それらの情報がほとんど無意識下で急速に統合されて、一つの閃きを得たのだ。 その結果が偽物<レプリカ>。本物と一切を違(たが)わない、精巧なニセモノを作り出す力。 同質、同量の力の衝突により、二つの魔剣が消滅する。 シグルドが膝をついた。能力を酷使し、自ら切り落とした左腕からは大量の流血がある。とうに限界を超えていた。 それでも紅い目はエリンを見据えて、右手を伸ばした。 その手をエリンは握った。セティも、転移してきたベルタとラーシュも、皆で手を重ねた。 フレキも大きな顔を近づけて、鼻面を擦り寄せた。「エリン……? それに、みんな……」 シグルドの目は紅いままだったけれど、確かに意思の光が宿っている。「おかえりなさい、シグルドさん」 泣き笑いでエリンが言えば。「……あぁ、ただいま」 かすれた声で、けれど彼自身の声で、シグルドが答えた。   ムスペルヘイムに入り込んだヴァルキリーは、最後の一体が地に落ちた。 シグルドに斬られた兵士たちも、重傷ではあるが一命を取り留めている。彼に残っていた僅かな心が、殺戮のブレーキを踏んでくれたのだとエリンは感じた。 ドーム状のエネルギー・シールドの外ではまだ小競り合いが続いているが、勝負は決したも同然だった。 エリンたちはシグルドを医務室に運び入れて、治療を施した。 肉体の損
last update最終更新日 : 2025-10-21
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70:わずかな休息

「もしかして、もっと太い動脈の血じゃないと駄目かな? 首筋とか、足の付根とか」「まぁ、そういう場所の血の方が多少は効果が高いかもしれんな」 と、ロキ。「首筋! 太もも!? ああぁ、分かったよ! 指を舐めるから、それで許して!」 セティは目をつぶってエリンの指を口に入れる。目を閉じたせいで逆にその他の感覚が鋭敏になって、彼は全身から冷や汗をかいた。(甘い……。いい匂いがする) 指先からあふれる血は甘やかで、不思議な味がした。血の臭いなど不快でしかなかったはずなのに、うっとりとする。 もっと欲しい。もっと飲みたい。強い欲求に逆らえず、セティはエリンの指を吸い続けた。 と。「いい加減にしないか。調子に乗りすぎだろうが!」 頭を引っ張られて指から引き剥がされた。見ればロキが、肩を怒らせてセティの襟首を掴んでいる。「ロキさん、乱暴に扱うのはやめて! 指を吸ってるセティ、赤ちゃんみたいでかわいかったのに。血の量はもう足りた?」「十分だ。このクソガキめ、私のエリンに何をしているのか」「血を飲めって言ったの、ロキのおっさんじゃん! あとエリンはおっさんのじゃないし!」 名残惜しそうに口をもごもごしながら、セティが抗議した。「うるさい、黙ってろ。それにエリン、血を飲ませるだけなら器に垂らせばよかったんだ。何故指から直接など、はしたない真似を……」「器からでよかったんですか? フレキの時は直接体から飲んだから、その方がいいのかなって」「わふん」 医務室の窓の外で、フレキが「呼んだ?」とばかりに返事をした。大きな尻尾をふさふさと振っている。 衛生上の問題から、動物は医務室に入れないのだ。「ロキ様」 ラーシュが言った。ものすごく嫌味な口調だった。「貴方が娘同然のエリンを思いやる心は、よ~~く伝わりました。けれど彼女はもう十三歳。そろそろ恋を知っても良い年頃です。どうか寛大な心で、見守って差し
last update最終更新日 : 2025-10-22
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