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Tous les chapitres de : Chapitre 71 - Chapitre 80

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71:終わりの始まり

 死者蘇生の実現は容易ではなかった。 アース神族は生来、バナジスライトを脳に宿す能力者である。バナジスライトは天然のフォトニック結晶体。それも多くが深淵領域化した、非常に質の高いものだった。 光を制御するバナジスライトは、万能のエネルギー源にも超巨大容量の記録媒体にもなる。 オーディンらは死んだ同胞のバナジスライトを保管して、死者本人の肉体と精神活動の全てを記録した。 その情報量は莫大。いかに高品質のバナジスライトとはいえ、記憶そのものと記録・保管に伴うエネルギーの捻出を同時にこなすのは難しかった。 そこでオーディンは、エネルギー源を他に求めた。 この星には未熟ながらも生命体が数多く存在していて、中でも人類は比較的、アース神族と似た構造の生き物だった。 いくつかの実験を経て、彼らにユミル・ウィルスを感染させると、低確率・低品質ながらもバナジスライトが生成されると判明した。 また人間以外の動物も、さらに低質だがバナジスライトを生む。 ユミル・ウィルスの感染は、抗体を持たないこの星の生き物に不治の病として現れたが、オーディンは気にしなかった。 どうせ病状が末期に達する頃には、バナジスライトを『収穫』するのだから。 こうして研究を進める環境は揃った。 エネルギー供給源であるこの星の生き物たちは、オーディンにとっては養豚場の豚のようなもの。 ほどほどの文明を与えて数を増やして、エインヘリヤルの仕組みを作った。効率的に『収穫』するためだ。 さらに宇宙船の技術を転用してユグドラシルを作り、自らを神格化して絶対的に人類を支配した。 けれど肝心の死者蘇生はなかなか成功しなかった。 フレイの妹フレイヤを被験体とした実験では、極めて不完全な形での蘇生になってしまった。 ホムンクルスを肉体のベースにした所、意思を持たない人形が出来上がってしまったのである。 フレイはフレイヤのバナジスライトから記憶と行動パターンをコピーして、ホムンクルスの脳にインストールしたが、それでも上手くいかなかった。簡易的なプログラム程度の判断力、行動力しか持たなかったのだ。能力も
last updateDernière mise à jour : 2025-10-23
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72:雷神の鉄槌

 オーディンは玉座の間から転移する。 場所はアースガルドの制御室。ムスペルヘイムの部屋に並んでいたモニタ類が、さらに洗練された形で淡い光を放っている。 それらの前では、幾人かのヴァルキリーたちが操作を行っていた。「監視衛星ドラウプニルをモード・チェンジ。反射衛星板を起動せよ」「ドラウプニルのモード・チェンジ。反射衛星板を起動」 主の命令に反応して、ヴァルキリーの無機質な声が復唱した。「続いて雷神の鉄槌<トールハンマー>の起動。目標はムスペルヘイムだ」「反射衛星砲・雷神の鉄槌<トールハンマー>を起動。エネルギー充填を開始します」「エネルギー充填率、五十パーセント、六十パーセント」「……八十パーセント、九十パーセント、百パーセント、チャージ完了」「座標設定。反射衛星板の角度調整、完了」 モニタに映し出されるのは、エネルギー充填を完了させたトールハンマー本体。かつての友の名を冠した破壊兵器。 そして監視衛星を経て映るムスペルヘイムの都市だった。「――発射せよ」「反射衛星砲・雷神の鉄槌<トールハンマー>、発射」   その夜、ミッドガルドでは。 市民たちの多くが、ユグドラシルの頂きから放たれる雷光を見た。 その青白い光は満月すら圧倒して、高く高くただひとすじに天へと上っていく。 それ以降は肉眼でこそ追えなくなったが、遠視や透視の能力者にははっきりと知覚できた。 空のさらに上、宇宙空間に浮かぶ人工衛星。 雷光はその衛星に正確に当たり、反射して角度を変えた。一度、二度、三度。合計で九度もの反射と調整を経て、その度に威力を増しながら雷神の鉄槌<トールハンマー>は砂漠の都市に襲いかかった。   ムスペルヘイムでは最初にエリンが、間を置かずにセティが気づいた。「何か来る! すごく眩しい、雷のよ
last updateDernière mise à jour : 2025-10-23
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73:大地の奥

 大地に開いた巨大な穴のふちで、エリンは無言のまま立ち尽くしていた。 この場所には、六千人を超える人々の生活があった。 開祖ヘズから始まって、五百年分の思いが詰まった土地だった。 それがたった一夜にして、否、文字どおり一瞬にして破壊の限りを尽くされて、跡形もなく消し飛んでしまった。 砂漠の風が吹いて、エリンの銀の髪をなびかせる。 時空歪曲橋<ワームホール>と瞬間移動<テレポーテーション>で助けられたムスペルヘイムの民は、およそ半数。三千人もの人々が帰らぬ死者となった。この大地の穴は、三千人の命を飲み込んだのだ……。 数字が大きすぎて、なかなか実感がわかない。 シグルドを、ラーシュを一人失いかけた時すらあんなに悲しく、苦しかったのに。 犠牲者一人ひとりに家族がいて、友人がいて。愛する人がいて……。それが三千人分。 想像を超える喪失が少しずつ、現実のものとして胸を侵食してくる。その事実に、エリンはただ佇むことしかできなかった。 ――と。 大地の裂け目の奥で何かが光った。ずいぶん深い場所だ。 エリンは自分自身を念動力<サイコキネシス>で操作して、ふわりと宙に舞い上がった。 ゆっくりと穴を、むき出しの大地を降りていく。 しばらく降下を続けると、だんだんと地上の光が届かなくなってくる。 薄暗い穴の中、エリンはさらに降り続けた。 そして、地上からの光がほとんど見えなくなった頃。「これは……」 大地の裂け目、その最奥に。巨大な紅い結晶体が析出していた。 形は方形。奇妙に人工的な印象を受けるかたち。「バナジスライト……?」 その結晶体は、あまりに巨大だった。ほとんどが大地に埋もれているにも関わらず、露出している部分だけでエリンの体よりも何倍も大きい。 その輝きは、白獣や人間の能力者のものよりも深い。 よくよく見れば、結晶の奥の方、より深い場所にあるものの方が複雑に
last updateDernière mise à jour : 2025-10-24
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74:大地の奥2

「死者蘇生? そんなもんが、本当にあるのかよ」 スルトが言う。彼はたくさんの同胞たちを亡くしたばかりだ。その目には万が一の希望を求める光がある。 けれどロキは首を横に振った。「ない。あると思いこんでいる、愚か者がいるだけだ。死者は決して蘇らない」 皆が黙り込んだ。 ムスペルヘイムの人々はたった今、大事な人々を失った。誰もが取り戻したいと思っているだろう。 だが、それは不可能だと理解している。一度きりの命に二度目はない。 皆、そうやって生きてきた。 だからこそ、命の重みを心から知っている。「……じゃあ、作戦実行だな」 沈黙を破ったのはスルトだった。「オーディンを放置できない理由が増えた。弔い合戦をしなきゃならねえ。星の収穫とやらも、オーディンをぶちのめして止める方法を聞き出せばいい」 今から止める手立てがあるのか。 そう聞こうとして、エリンは首を振った。 たとえ手遅れでも、行動をしない理由にはならない。 そして希望があるとしたら、スルトの言う通りアースガルドの打倒をもってのみ、実現できるだろう。「行きましょう。今ならまだ、間に合うと信じて」「ああ!」「行こう、アースガルドへ!」 エリンの言葉に、皆が声を上げて賛同した。    ミッドガルドの街は奇妙な静けさに包まれていた。 ムスペルヘイムの戦士たちは一般市民を巻き込まないよう、精神感応<テレパシー>の力で一時的に市民らを眠らせる予定だった。 けれどそんな作業が不要なくらい、辺りは静まり返っている。 表通りに人影はなく、軒を連ねる店たちも扉を閉めたまま。巨大都市にふさわしくない光景に、砂漠の民たちは不審を隠せない。「今、確認を取った。この前の雷神の鉄槌<トールハンマー>以来、市民どもは衰弱状態だそうだ。死んた奴もいる」 情報員と話していたスルトが言う。
last updateDernière mise à jour : 2025-10-25
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75:ミッドガルド、再び

 エレベーターの扉の前に、赤い光が灯った。一辺が一インチ(二・五センチ)以上もある方形の結晶体――バナジスライトだった。 エリンとセティは、その宝石の巨大さと深い光に息を呑む。深淵領域化している。「よりによってそれか。悪趣味な」 ロキが吐き捨てるように言った。エリンが問う。「ロキさん、あれは誰のバナジスライト……?」「ヘズの弟だ」 ロキは短く答えた。 アースガルドを離反した、砂漠の開祖ヘズ。雷神の鉄槌<トールハンマー>で墓すらなくなってしまった彼の名を聞いて、エリンは胸が締め付けられるのを感じた。『裏切り者の弟だろうが、アース神族であることに代わりはない。大事な大事な『蘇生候補の国民』だもの。それを傷つけたら、僕がオーディン様に殺されてしまうよ。対価としては十分じゃない?』「……あぁ、いいだろう。お前の話に乗ってやるよ」 巨大なバナジスライトを大切に抱えて、ロキはエレベーターの前に立った。 ガラス筒とカプセルの扉が開く。 カプセルは三人を乗せると、一気に上昇を始めた。 エリンは一瞬だけ内蔵が浮くような感覚を感じたが、すぐに消えて安定した。 カプセル本体もほとんどが透明なガラスのような素材でできていて、みるみるうちに地上が遠ざかる様子がよく見える。「すげー! 空を飛んでるみたい!」 セティが興奮した口調で言って、ロキに睨まれている。 彼らを乗せたカプセルは、ひたすらに上へ上へと昇っていった。    エレベーターは長い上昇を続けた後に、よくやく止まった。 窓の外では既に雲海は足元にあって、まるで本物の海のようにゆるやかな波紋を描いている。 ロキ、エリン、セティの三人が降りた先には、がらんとした空間が広がっていた。 円形の空間の壁、高い天井まで届く大きな扉の手前に人影があった。「ようこそアースガルドへ。本来の手順を踏まないでここ
last updateDernière mise à jour : 2025-10-26
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76:ロキとフレイ

 エレベーターの扉が再び開いた。 エリンはロキを見るが、彼は軽く首を振った。「行ってくるがいい、エリン。あいつが言うほど、お前とオーディンに差はない。セティと一緒に力を尽くして、どうか、星の終焉《ラグナログ》を止めてやってくれ」「はい」「もちろんだよ!」 決意を込めて上げられた声を、フレイはさもおかしそうに笑った。「これはこれは、勇ましい。子供の純粋な心は、いいものだね。では我々大人は、彼らを応援してあげないと」「白々しい。吐き気がする」「あっははは。ひどいねえ」 エリンとセティはエレベーターに乗り込んだ。ドアが閉まって上昇が始まる。 あっという間にロキとフレイの姿が遠ざかり、見えなくなった。   エリンとセティが去った広間で、フレイとヴァルキリーたち、そしてロキが対峙する。「さて」 ヴァルキリーの羽ばたきに包まれながら、ロキが言った。「我々アース神族は不死の身体。僕ときみとで能力の限りを尽くして戦ったとて、お互いに殺すことはできないよ。まさに徒労だ。 そんな無駄はやめて、今からでもアースガルドに帰ってこないかい?」 フレイの言葉をロキは鼻で笑った。「バカバカしい。アースガルドに戻って何になる。死者の蘇生などという、実現しない夢を追い続けるオーディンを説き伏せろとでも?」「死者の蘇生は実現するよ。理論上、この星のバナジスライトの六割を費やせば、十万の民は復活する。生前の人格、知能、行動パターン、能力、全てを兼ね揃えて、だ。身体こそ魔術ホムンクルスだけど、ここまで完璧に生前を再現できれば、死者の蘇生と言えるじゃないか」 フレイは言って、うっとりとヴァルキリーの髪を撫でた。彼とそっくりな、不完全な妹の髪を。 その様子を嫌悪を隠そうともせずに見て、ロキが言う。「……お前とは根本的に意見が合わない。たとえバナジスライトに完璧な記録が残されていたとて、それが死者の代
last updateDernière mise à jour : 2025-10-27
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77:アース神族の特性

 アース神族はユミル・ウィルスの抗体を生まれながらに持ち、強力な能力を使いこなす種族である。 しかも彼らは、独自の技術によって遺伝子を改変した。 潜在化した才能の確実な開花を。 長い研鑽が必要な技術と知識を、生まれながらに持つように。 遺伝子を宝石のように彫琢《ちょうたく》し研磨することで、生まれ落ちた時点ですでに高い能力を持つようになった。 これは、科学と魔術の複合技術。 物理法則を観測して我がものとする科学と、ユミル・ウィルスを介した万物の元素《エーテル》を力の根源とする魔術。 二つの異なる技術を撚り合わせて、アース神族たちは文明を築いていった。 それらの文明が行き着いた一つの結果として、アース神族たちは各々の『特性』を持つに至った。 特性は彼らを言い表す性質であると同時に、能力の本質。 遺伝子の情報を複雑に織りなした結果として、特性はアース神族たちの最も大事な資質とされた。 人間の第三段階能力者、シグルドの魔剣グラムやセティの偽物の能力は、特性の一歩手前の段階と言えよう。 フレイの特性は『豊穣《ほうじょう》』。物質的な豊かさに由来して、彼が作りだすものは豊かで質の高いものとなる。 ロキの特性は『欺瞞《ぎまん》』。真実を包み隠して嘘をつきとおし、誰にも本当を見せようとしない。 フレイは特質によって人造肉体《ホムンクルス》を作り、アース神族の不死化に貢献した。 また不完全ながらも数多くのヴァルキリーを生み出して、死者蘇生の研究の一歩とした。 ロキは自分の特性をアースガルド出奔後の行動に利用した。エリンやムスペルヘイムの人々に隠蔽術を施して、アースガルドの追撃を逃れた。 欺瞞の特性を持つロキを見つけ出すことは、オーディンですら骨の折れる行いだった。「きみの特性『欺瞞』は、こうやって面と向かってしまえば意味をなさない」 フレイが軽く手を広げると、ヴァルキリーたちが一斉に羽ばたいた。 ここにいる人造戦乙女は、フレイ自らが調整をほどこしたもの。通常の個体よりも一回り能力が高い。 
last updateDernière mise à jour : 2025-10-28
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78:欺瞞

「さて、我が愛する妹たちよ。このロキを、昔のよしみで愛してあげなさい。拘束術をたくさん巻いて、光の槍を目一杯突き刺して。動けないようにして、あの小娘が死ぬ所を見せてやろうじゃないか」 主の言葉に従って、ヴァルキリーたちが容赦なくロキに攻撃を加える。何度も何度も、光る槍で体を突き刺して。流れる血をものともせず、執拗に。 フレイが指を鳴らすと、空中にモニタが浮かび上がった。 がらんどうの玉座の間に人影がある。 身の丈ほどの銀の髪を垂らした、狼の仮面のオーディン。 そして、王の前に立つ銀の少女と少年。「おやおや、彼らはもうたどり着いてしまったようだ。こうしちゃいられない。ロキ、きみはそこで見物しているといいよ。何も心配はいらない、あの子供たちを殺して終わるから」 フレイは言って、転移でその場を去りかけて。「……うん?」 ふと、足元を見た。視線の先には、一本の細腕。 一人のヴァルキリーがフレイの足首を掴んでいる。「どうしたかな、妹よ。寂しいかい? でも兄様はこれから大事なお仕事なんだ。我慢をするんだよ」 言って彼は、ヴァルキリーの腕を宝剣で切り落とした。流れる血に対して、悲鳴は上がらない。 今度こそ、とフレイは行きかけて。 また別の腕が彼を掴んだ。「妹たちよ、どうしたんだ」 苛立ちを滲ませながら、フレイが言う。 見ればロキに縫い留められていた個体を除いて、ヴァルキリーたちはじりじりフレイに迫っている。「にいさま」「にいさまぁ……」 明らかに様子のおかしいヴァルキリーたちに、フレイは舌打ちした。「邪魔だ、どけ! くそ、何だっていうんだ!」 焦りを隠せない彼に、倒れたままのロキが忍び笑いをこぼした。「ロキ。きみが何かしたのか!?」「まあな。宝剣で心臓を突き刺したのは失策だったな。おかげでお前のその宝剣、半ばを欺瞞の力で絡め取れた」「なんだって&
last updateDernière mise à jour : 2025-10-29
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79:二人の出会い

 どこまでも昇ると思われたエレベーターも、ついに終着までやって来た。 カプセルを包むガラス筒は途切れている。 エリンとセティはエレベーターを降りて、正面の大きな扉を見上げた。 石とも獣の皮ともつかない奇妙な材質で造られた扉は巨大で、全面にに細緻な浮き彫りが施されている。 その多くが、オーディン教の聖典に乗せられている内容。けれどもよく見れば、そうではないものも多いと気づくだろう。 中でも、星々の海を渡る船の図が目立った。 壊れた一つの星を旅立って、長い長い航海を行っている様子。 永い時間を経て、何度も世代の交代を繰り返してなお続けられる旅。 そしてその旅の終わりは―― エリンとセティが扉のすぐ前に立てば、扉はひとりでに開き始めた。重々しい音を立てて、今までの時間の重みを響かせるように。 その向こうは、とても広い空間。からっぽという形容がぴったりの、がらんどうの広間だった。 広間の最奥が十段ほどの壇になっており、その上に据えられた玉座に誰かが座っている。 肘をついていかにも気だるそうに。仮面をかぶってさえ、面倒な客を迎える表情が感じられるほどに。 エリンとセティが広間を進むと、その人物は立ち上がった。 男性としては小柄で、女性としては長身といえる体躯。身の丈ほどもある銀の髪が揺れる。 そして顔を覆うのは、狼を思わせる仮面。 エリンとセティは段の手前で足を止める。壇上に立つ人物が口を開いた。「ようこそ、我がアースガルドへ。まさかお前のような存在が、ここまでたどり着くとは。予想を超えていた」 仮面のためにくぐもった声だった。けれどこの近さで聞けば分かる。この人は女性だと、エリンは思った。「あなたがオーディン?」 エリンが正面から聞くと、相手は軽く首をかしげた。長い銀の髪がさらりと落ちかかる。「いかにも。私がアース神族の王、オーディン」「星の終焉《ラグナログ》を止める手立てを教えて」「さて?」 オーディンは感情のこもらない声で言った。
last updateDernière mise à jour : 2025-10-30
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80:グングニル

 長槍がふわりと宙に浮いた。 オーディンはいっそ無造作に、右手をエリンに向ける。 グングニルは何の前触れもなく加速して、彼女の心臓に肉薄した。そう、あたかも『最初から心臓に命中するのが決まっていたように』。「……っ!」 本来であれば、エリンといえど回避の時間はなかっただろう。 割って入ったのはセティだった。 その手には、不確かな輪郭ながらも偽物《レプリカ》の神槍が握られている。その穂先で真物の一撃を受け止めている。 偽物《レプリカ》は真なる一撃を受けた後に砕けた。「ほう?」 オーディンの声音に、初めて薄いながらも色が乗った。「お前も、第三段階か。惜しいな、もう少し早く目覚めていれば、使い道は多くあったのに。今となってはただの廃棄物にすぎん」「使い道も廃棄もごめんだね! 俺はあんたの奴隷じゃないんだ!」 セティが気丈に言い返すが、顔色は真っ青だ。一度の偽物《レプリカ》の発動が、相当な負担をかけている。「では、もう一度。どこまで持つか試してみよう」 再度の投擲がなされた。セティは偽物《レプリカ》を起動させるが、どうやら最初の攻撃はかなり加減されていたものだったらしい。 真グングニルは偽物《レプリカ》を一瞬で砕いて、そのままの勢いでエリンの心臓を狙う。『走査《スキャン》! 対象、神造兵器グングニル。材質はユグドラシルと同質が七一・二パーセント。残り二八・八パーセントは不明。 穂先に全ての周波数《チャンネル》での妨害能力波《ジャミング》搭載を確認。防御、不可能』 防御術式は無駄だ。エリンはとっさにそう判断する。回避も無駄だと思われた。投擲は直線状に見えたが、魔術的な補正がかかっている。 さきほどセティが止められたのは、同質の力を持つ偽物《レプリカ》だからこそ。「エリン!」 立て続けに偽物《レプリカ》を作り出して消耗したセティが、必死で手を伸ばしている。 エリンはその手を握って―― &nbs
last updateDernière mise à jour : 2025-10-31
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