十時過ぎ。車が芦原ヒルズに着くと、真琴は「酔ってない」と言い張り、自力で歩いて家に入った。信行は仕方なく、いつでも支えられる距離で彼女に付き添った。寝室に戻るなり、真琴はソファに座り込み、動かなくなった。信行は彼女のバッグと携帯を置き、その前にしゃがみ込んだ。そっと両手を包み込み、優しく尋ねる。「どうした?」目を赤くして信行を見つめ、真琴は泣きそうな声で言った。「紗友里……私、お母さんもお父さんもいないの」その声は小さく、ひどく頼りなかった。信行は一瞬息を呑み、握った手に力を込めた。二回ほど手を握り締め、慰めた。「……俺たちがいるだろ」その言葉に、真琴は黙り込んだ。溢れ出る悲しみを見て、信行は愛おしそうに彼女の頬を撫でた。真琴は信行を見つめ返し、頬にある彼の手首を掴んで言った。「ありがとう、紗友里」泥酔して、目の前の信行を紗友里だと思い込んでいるのだ。信行は訂正せず、ただ指先で頬を撫でながら低い声で尋ねた。「シャワー浴びるか?浴びないならそのまま寝ろ」真琴はぼんやりと答えた。「……浴びる」そう言ってソファから立ち上がろうとし、信行もそれに合わせて立ち上がった。足元がおぼつかない彼女を見て、信行は先にクローゼットへ向かい、着替えのパジャマを取り出した。だが、振り返るよりも早く、真琴が背後から抱きついてきた。両手で腰を回し、その広い背中に頬を押し当てる。信行の動きが止まる。張り詰めていた心が、ふわりと解けていくようだった。しばらくして。振り返ると、真琴はとろんとした目で、今度は彼の胸に顔を埋めてきた。長い睫毛、通った鼻筋。どこを切り取っても、ため息が出るほど綺麗だ。しばらく見下ろしていたが、あまりに無防備で、珍しく甘えてくる様子に、信行は彼女の顎を指で持ち上げた。「よく見ろ。俺だ。紗友里じゃない」真琴は腰に腕を回したまま、彼を見上げる。じっと瞳を覗き込んでから、ぽつりと呼んだ。「……信行兄さん」学生時代、彼女はずっとそう呼んでいた。久しぶりに聞く懐かしい響きに、信行はパジャマを握りしめたまま、彼女を見つめた。視線が絡み合う。真琴の潤んだ瞳の中に、信行は自分の姿と……遠い過去の情景を見た。しばらく見つめ合った後、真琴が腕を解こうと
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