信行の手を払い除け、真琴は淡々と言った。「……違います」ただ外の景色を見ていただけ。考え事をしていただけ。真琴がもう外を見なくなったので、信行は手を戻してハンドルを握り直し、静かに尋ねた。「司が席を譲ってくれたのに、どうして打たなかった?」「できませんから。ただ、紗友里に付き合って行っただけです」「あんなもん、二、三度やってみれば覚える」「……そうですね。では、チャンスがあれば試してみます」真琴は適当に相槌を打つ。信行が今夜、由美を置いて自分と一緒に帰宅するとは、思ってもみなかった。会話が途切れると、車内はまた静寂に包まれた。真琴はしばらく前を見つめていたが、やがていつもの癖でふいと顔を背け、窓の外へ視線を逃がした。この時間帯、走っている車は少なく、車の中も外も格別に静かだ。オーディオからは、ごく微かな音量で音楽が流れている。時折真琴に視線を送ると、彼女が静かに自分の隣に座っているのが見える。信行はふと、これも悪くないかもしれないと思った。車が芦原ヒルズの別荘の前に停まり、二人が家に入ると、使用人たちはすでに休んでいた。部屋に戻り、真琴はシャワーを浴びてベッドに入った。ホテルにいた時から眠気が差していたので、もう限界だった。しばらくして、信行がバスルームから戻ってくると、真琴はすでに寝息を立てていた。彼は髪を拭きながら、思わず小さく笑った。「……呑気なものだな」誰もが真琴は自分を好きだと言うが、彼が見てきたもの、感じてきたものは、ただの「従順」だけだった。今となっては、ただ他人行儀で、距離があるだけだ。彼らは昔には戻れない。友達にさえ、戻れないのだ。髪を拭きながら、しばらく真琴を見つめていたが、やがて信行はベッドのそばへ歩み寄り、彼女の前に立った。腰をかがめて真琴の寝顔を見つめる。そっと彼女の額にかかる髪を払い、低い声で問いかけた。「……お前が本当に想っているのは、誰なんだ?あいつは……誰なんだ?」結婚は「器」、愛は「魂」。その言葉を思い出し、彼女の日記に綴られた一文字一文字を、そこに込められた深い愛情を思い出し、信行は自嘲気味に笑った。しばらくそうして真琴を見つめた後、信行はようやく明かりを消し、彼女の隣に潜り込んだ。……翌日。真琴が目を覚ますと
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