捜査を終えて、アレックスとミリーはダリウスの研究室を後にした。潮の香りが、まだ鼻の奥に残る金属臭を少しだけ和らげてくれる。 衛兵隊はアレックスの指摘を受けて捜査方針の転換を余儀なくされて、現場は混乱していた。「僕は時計塔に戻り、この『残骸』の検分を続ける」 歩きながら、アレックスが言った。「ホルダスの論文(データ)を全て記憶した。天才がなぜ、そして、どのようにして凡庸へと墜落したのか、その構造を分解する」 彼はミリーに向き直る。「君は、関係者というノイズの多いデータ群にあたってくれ。特に、長年の助手だったという男……フェリクス・マイヤー。彼がこの事件の最重要の構成要素(パーツ)だ」「分かりました。取材ですね。彼が何か知っていると?」「さあな。だが、師の才能の盛衰を、最も近くで見ていた人間だ。何かしらの『歪み』を観測できるはずだ」(歪みを観測、ね……) ミリーは、人の心を機械部品のように語るアレックスの言葉に反発を覚えながらも、頷いた。◇ フェリクス・マイヤーの住まいは、王立学院の若手研究者用の宿舎にあった。 ダリウスの混沌とした私設研究室とは対照的に、フェリクスの部屋は簡素で、整然と片付いている。書棚には専門書が几帳面に並べられ、彼の誠実な人柄を物語っているようだった。 出迎えたフェリクス本人は、ミリーの訪問に少し驚きながらも、丁寧に応対してくれた。 師ダリウスの死がフェリクスに衝撃を与えたのだろう。彼はすっかりやつれ果てて、泣き腫らしたであろう目は赤くなっていた。(私には、誠実な人に見えるわ。恩師を尊敬して、死を悼んでいる。アレックスさんは『歪み』と言っていたけれど、私にはただ深い悲しみしか見えない。もちろん、詳しく話を聞かなければならないけど。彼が犯人とは思えない) ミリーは、憔悴しきった目の前の青年に、心からの同情を寄せた。 彼女が身分を明かして師の死について尋ねると、フェリクスは堰を切ったように想いを語り始める。
Terakhir Diperbarui : 2025-09-02 Baca selengkapnya