Semua Bab 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した: Bab 1151 - Bab 1160

1241 Bab

第1151話

だが、その言葉を聞いた瞬間、ハッと目を覚ました。腕を伸ばし、彼の胸元にあるずぶ濡れのシャツをギュッと強く握りしめる。指先で生地がクシャクシャに丸まった。「……何、バカなこと言ってんのよ」「『もしも』の話だ」柊也はそう言い聞かせながら、彼女の背中に大きな手のひらを滑らせた。華奢な背骨のラインに沿って、何度も優しく撫で下ろす。それはまるで、子供をあやすような、あるいは彼女の動揺を鎮めるような手つきだった。「俺は死んでも構わない。だが、お前が死んだら、俺も生きてはいられないんだ」低くゆっくりと紡がれたその言葉は、まるで真っ赤に焼けた炭のように、詩織の胸の奥をジリッと熱く焦がした。胸が締め付けられる。彼女はもう何も言い返せなくなり、ただ彼の首筋に顔を深く埋めた。熱を持った肌に鼻先が擦れる。微かな冷水の匂いと、彼からいつも漂うほのかな沈香の香りが混じり合っていた。「……分かったか?」言うことを聞かない子猫をつまみ上げるように、柊也が詩織のうなじを軽く摘む。詩織は言葉では答えなかった。ただ、そっと顔を上げ――自分から彼の唇を塞いだ。その後、高村教授が二人のために着替えの服を用意してくれた。別の客間で身支度を済ませた柊也が、詩織のいる部屋へとやって来る。ちょうど詩織が髪を乾かしているところだった。部屋に入ってくるなり、柊也はひどく残念そうにため息をついた。「あーあ、せっかくのペアルックが台無しになっちまったな」見せつけるには絶好のチャンスだったのに、あっけなく終わってしまった。詩織は呆れて、まともに取り合う気にもなれない。すると柊也はごく自然な動作で詩織の手からドライヤーを奪い取り、彼女の後ろに立って髪を乾かし始めた。その手つきは、驚くほど手慣れていて優しい。温かい風と彼の指先が頭皮をマッサージするように滑る感覚に、詩織は目を細め、心地よい奉仕を大人しく受け入れていた。階下では、すでに昼食の準備が整っていた。高村教授が使用人に声をかけ、二階にいる二人を呼んでくるよう命じる。「あ、私が呼んできますよ」使用人が返事をするより早く、京介がそう言って席を立ち、二階へと向かった。一方、客間。髪がほとんど乾ききった頃、詩織はずっと気になっていたことを尋ねた。「それにしても、
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第1152話

この場にいるのは、皆それなりに賢く、察しのいい人間ばかりだ。だから、誰も二人の様子について野暮な詮索をすることなく、昼食会は和やかな雰囲気のまま進んでいった。だが、食事が終わりに近づいた頃。高村教授が唐突に、柊也に向かって切り出した。「それで、結局のところ、お前たち二人はどういう関係なんだ?」その瞬間、詩織はビクッと背筋を強張らせた。彼女のすぐ隣に座る柊也は、長い脚をゆったりと組み、何食わぬ顔でくつろいでいる。だが、彼の視線は、ギュッと握り込まれて白くなった詩織の指先を静かに捉え、彼女の微かな戸惑いを余さず見抜いていた。――彼女に無理な選択はさせないと、約束した。だから柊也は、口元に薄く柔らかな笑みを浮かべた。声高に主張するわけでもなく、ただ、隣にいる彼女を深く安心させるような、穏やかで揺るぎない声で答えた。「彼女が望む関係。それが、俺たちの関係です」たった一言で、二人の関係を定義する主導権を、すべて詩織の手に委ねたのだ。詩織は驚いて、弾かれたように彼を見上げた。柊也は高村教授の方を一切見ようとせず、ただ真っ直ぐに詩織だけを見つめている。その瞳の奥には、彼女のすべてを受け入れ、どこまでも甘やかすような、底なしの愛情が隠すことなく溢れていた。......「あははははっ!まさかあの柊也が、そんな殊勝なこと言うなんてね!」帰宅後、今日あった出来事をミキに話すと、彼女はお腹を抱えて大爆笑した。「『彼氏って立場じゃなくてもいい』なんて健気ぶっときながら、裏じゃちゃっかりあんたとペアルックにしてマーキングしてんでしょ?ほんと、外は真っ白な皮を被ってるのに中身はドロドロの執着心が詰まった『腹黒大福』みたいな男!」腹黒大福?その例えがピンとこなくて、詩織は首を傾げた。するとミキが親切に解説してくれる。「つまりね、表向きは無害で爽やかなイケメンを装ってるけど、実は計算高くて独占欲の塊。恋愛においては完全にハンターで、狙った獲物を逃がさない。愛する女にだけはその重くて真っ黒な執着を見せるくせに、外の人間には冷酷で容赦なく牙を剥くやつのことよ!」なるほど。詩織は頭の中でその言葉を転がしてみた。……的を射すぎている。ミキは膝の上の愛猫・カイを気怠げに撫でながら、ニヤニヤと詩織をからかった。
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第1153話

彼が先に口を開くのを待っていただけなのに。どうして彼が言うと、私がこの一分間の甘い沈黙を名残惜しんでいるみたいに聞こえるのよ。電話の向こうで、柊也の呼吸がさらに一段、ぐっと重くなった。寝返りを打ったのか、シーツが衣擦れのような微かな音を立てる。「どうして黙ってるの?……別に、このまま聞き続けてもいいよ。君からはお金なんて取らないから」彼は少し間を置き、わざとじらすような、意地悪で色気のある声色で囁いた。「それとも……『別の音』が聞きたい?」その言葉に、詩織はとうとう耐えきれなくなり、声をひそめて言い返した。「だ、誰が別の音なんて聞きたいもんですか!」「ふっ……」彼が喉の奥で低く笑うのが聞こえた。その声には明らかに余裕の色が滲んでおり、どこか残念そうな響きまで作ってみせる。「聞きたくないんだ?なら、やめておこうか」「……っ」まるで、聞けないのがすごく残念でしょう、とでも言いたげな口ぶりだ。……ええ、そうよ。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ残念に思ったわ。でも、絶対に口になんて出してやるものか!詩織は強がって言い放った。「もう寝るから!」「おやすみ」柊也は優しく応じると、最後にまたポツリとこぼした。「俺も、君がこれ以上聞いてたら、今夜は眠れなくなっちゃうんじゃないかって心配してたところだ」プツンッ!詩織は逃げるように通話を切った。誰が眠れなくなるですって!?今すぐ3秒で熟睡して見せるわよ!…………――はい、見事に不眠症です。……ミキの言う通りだ。ただキスだけしてるのなんて、本当に生殺しでしかない。一方、電話を切られた直後の柊也は、ベッドの上で十数分ほどかけて、ようやく身体の奥に燻る熱と昂ぶりを静めていた。ちょうどその時、掛川医師からメッセージが届いた。掛川【新型療法を試してみる気はないか?】掛川【リスクが高くて代償も伴うが、成功率は高い】掛川【こっちで臨床試験のデータがいくつか足りなくてな】柊也【必要ない】柊也【俺は今のままで】柊也【十分だ】目を閉じれば必ずと言っていいほど悪夢に魘されていた頃に比べれば、今は格段に良くなっている。掛川【じゃあ、いつ再診に来るんだよ。君の今の状態を把握しておきたい】柊也【そのうちな】こ
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第1154話

とにかく冷たい空気を纏う少年で、彼が笑ったところを誰も見たことがない。口数も極端に少なかった。小春はこれまで彼と五、六回ほど顔を合わせているが、二人の接点といえば、たまに視線が交差するくらいのもの。挨拶の会釈すら交わしたことがない。剛太郎は小春を車に乗せると、滞在先のホテルへと車を走らせた。後部座席には、小春と朔が左右の窓際に分かれて座っていた。二人の間には、まるで越えられない海峡でもあるかのように不自然な距離が空いている。剛太郎は若い頃から裏社会で生きてきた男であり、子供との接し方など微塵も持ち合わせていない。そのため、車内は会話ひとつなく、眠気を誘うほどの静寂に包まれていた。暖房がしっかりと効いた車内には、ぽかぽかとした気怠い空気が漂っている。小春の頭が、風に吹かれる雛鳥のようにカクン、カクンと揺れ始めたかと思うと――やがて音もなく傾き、無意識のうちに、その額が朔の肩にこつんと寄りかかった。朔の横顔がピクリと強張り、顎のラインが硬く引き締まる。だが、彼は身を引くことも、彼女を見下ろすこともしなかった。ただ、膝の上に置かれた指先が、ほんのわずかに内側へと丸まっただけだ。運転席でハンドルを握っていた剛太郎が、ルームミラー越しにその様子をチラリと見て――ギョッと目をひんむいた。……なんだ、この異様な光景は。朔を引き取ってからというもの、剛太郎はこの息子が氷のように冷たく、口を閉ざせばまるで喋れないかのようになり、他人に少しでも触れられると露骨に眉をひそめる極度の人間嫌いであることを知っていた。それなのに今は、背筋をピンと伸ばしたまま、小春が自分の肩で無防備に眠るのを大人しく許しているではないか。その不器用で意地っ張りな空気と、彼自身の纏う冷ややかなオーラがぶつかり合い、なぜか妙にしっくりとくる不思議な調和を生み出している。それに……小春は重度の睡眠障害を抱えていたはずではなかったか?普段は薬に頼らなければまともに眠ることもできないというのに、今日はどういうわけか、朔の肩に寄りかかったまま、すっかり警戒心を解いて眠りに落ちている。剛太郎が内心で首を傾げていると、不意に朔が顔を上げ、ルームミラー越しに二人の視線がぶつかった。――あまりにも、冷酷な目だった。数々の修羅場をくぐり抜けて
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第1155話

深夜のホテルの廊下は、気味が悪いほど静まり返っている。しかし、待てども待てどもドアが開く気配はなかった。……やっぱり、非常識だったよね。小春がすっかり肩を落とし、自分の部屋に戻ってまた朝まで虚空を見つめながら夜明けを待とうと踵を返しかけた、その時だった。カチャリ、と重い音を立ててドアが開いた。そこには、黒いナイトウェアに身を包み、絵に描いたように冷ややかな表情を浮かべた朔が立っていた。彼は何も言わない。ただ、一切の温度を感じさせない氷のような瞳で、じっと小春を見下ろしている。その冷徹な視線に射抜かれた瞬間、小春は反射的に逃げ出したくなった。けれど、頭の中では掛川の言葉が何度もリフレインしている。――『もう一回試してみないか?』もし、本当に彼のそばなら眠れるのだとしたら。この地獄のような不眠症から、私を救い出してくれるのだとしたら……?小春はギュッと唇を噛み締め、必死に自分を奮い立たせた。その間、朔はずっと無言だった。ドアを閉めて小春を追い返すこともせず、ただ静かに彼女の言葉を待っているようだった。やがて、小春は決死の覚悟で口を開き、その言葉を絞り出した。「……あの……私、今夜……あなたの隣で、寝てもいいですか……?」言い切った瞬間、恥ずかしさと怖さで俯いてしまい、朔の顔を一切見ることができなかった。その場の空気が、ピタリと凍りついた。自分の心臓が肋骨をガンガンと叩きつける重い音が、耳の奥でうるさいほど響いている。朔は身動き一つしなかった。だが、その深く冷たい瞳の奥で――まるで分厚い氷の下を走る暗流のように、ほんの一瞬だけ微かな揺らぎが走った。それは、見間違いかと思うほど一瞬の出来事だった。やがて、長い沈黙の後。朔はわずかに動きを硬くさせながら、無言で体を横にずらし、小春が通れるだけの隙間を空けた。そして、喉の奥から絞り出すように、短く一言だけ告げた。「……入れ」......コンコン、と控えめなノックの後、社長室のドアが開いた。入ってきた密は、室内に『彼』――柊也の姿がないことを素早く確認すると、ホッと肩の力を抜いて、抱えていたファイルの束から一冊の書類を抜き出した。それを詩織のデスクの上に滑らせる。「衆和銀行との業務提携を解消するための、最終合意書です
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第1156話

衆和銀行の本社ビル。京介の広々とした社長室では、スタッフたちが慌ただしく出入りし、何やら大掛かりな飾り付けを行っていた。誰も社長が何のためにこんなことをしているのか知らなかったが、ただ一つ確かなのは、彼の顔にずっと浮かれているような笑みが張り付いているということだ。太一がふらりとやってきたのは、ちょうどそんな時だった。彼はこの衆和銀行に、ごく僅かだが株を保有している。今日はたまたま近くを通りかかったので、ついでに顔を出したのだ。京介のオフィスに足を踏み入れるなり、太一はその異様な光景に目を奪われた。「京介兄貴、何やってんだ?知らない奴が見たら、誰かに告白でもすんのかって思うぜ」図星を突かれたのか、京介は少し気まずそうに咳払いをした。「……後で、大事なクライアントが来るんだ」太一は深く追求することなく、出されたお茶に口をつけることさえせず踵を返した。「ふーん、まあいいや。通りすがりに寄っただけだからさ。忙しいなら邪魔しないよ。また今度、時間ある時にでも飲もうぜ」「ああ」京介も特に引き留めようとはしなかった。オフィスを出てエレベーターホールに向かった太一は、そこで花屋の配達員とすれ違った。見上げるほど巨大な、真紅のバラの束。そこにはお洒落なメッセージカードが添えられており、一目で『特別な相手』への贈り物だと分かる代物だった。太一は眉をひそめ、ふと好奇心をそそられた。配達員を呼び止める。「それ、宇田川社長への届け物?」相手が「はい」と頷いたのを見て、太一は何の気なしにそのメッセージカードをめくってみた。——だが、そこに書かれた『宛名の名前』を見た瞬間、彼の顔からスッと血の気が引いた。しかし、他人の前で取り乱すわけにはいかない。太一は表面上の冷静さを必死に保ったまま、カードをそっと元の位置に戻した。「……わかった。邪魔して悪かったな。中へ運んでやってくれ」エレベーターの扉が閉まるや否や、太一は血相を変えてスマホを取り出し、柊也に電話をかけた。その頃、柊也は高級スーパーの鮮魚コーナーで食材を吟味している最中だった。詩織の大好物である最高級の車海老を、彼女の喜ぶ顔を想像しながらわざわざ厳選していたのだ。着信音に気づき、不機嫌そうに電話に出るなり、彼は冷たく言い放った。
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第1157話

心底ホッとした様子で、太一はすぐさま柊也にメッセージを送った。【柊也!俺の三十日間の特別休暇、絶対忘れんなよ!】確かに自分自身の手で社長室をぶっ壊したわけではない。だが、代わりに「もっとヤバい爆弾」を投下してやったのだ。これも立派なミッションクリアだろう。その頃、京介の社長室の前では一悶着起きていた。「霜花様、申し訳ありませんが中にはお通しできません!社長は現在、重要な来客の準備を——」「どきなさい!!」秘書の制止を振り切り、霜花は荒々しくドアを押し開けて社長室へと強行突破した。室内では、京介がそわそわと時計を気にしていた。そろそろ詩織が到着する時間だ。ドアが開く音がして、京介は期待に満ちた甘い眼差しを入り口へと向けた。——しかし。そこに立っていたのが詩織ではなく、元妻の霜花だと気づいた瞬間。彼の瞳から光がスッと消え失せ、纏う空気は冷酷な氷のように凍りついた。「……お前、ここで何をしている」地を這うような、冷ややかな声が室内に響いた。霜花は京介の冷たい視線を受け止めながらも、ふと応接スペースに置かれた巨大なバラの花束に目を奪われた。何かを察知した彼女は、ヒールを鳴らして血相を変えてそちらへ向かう。「おい、やめろ!」京介もたまらず立ち上がり、阻止しようと手を伸ばした。だが、一歩遅かった。霜花は花束に添えられていたメッセージカードを素早く掴み取る。中を開こうとした瞬間、京介に力ずくで奪い返された。しかし、一瞬だけ見えた。そこに書かれていた宛名。『愛しい詩織へ』――彼が、あんなにも甘く親しげな言葉で彼女を呼んでいる。私たちには数年間の結婚生活があったのに、彼は私に対してただの一度も、あんなふうに愛情を込めて名前を呼んでくれたことなどなかった。いつも事務的に「お前」と呼ぶか、まるで他人のように冷たく名前を口にするだけだったのに!その残酷なほどの愛情の差が、霜花の理性を粉々に打ち砕いた。「京介っ!」 悔しさに目尻を赤く染め、霜花は金切声を上げた。「あなた、まさか江崎詩織に告白でもするつもりなの!?」京介は答えない。ただ奪い返したカードをゆっくりと掌に包み込み、関節が白くなるほど強く握りしめていた。「あなたには……心ってもんがないの!?」霜花の
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第1158話

そんなイチャイチャとした個人レッスンの末、どうにかまともな夕食が完成した。「できた……!」達成感でいっぱいの詩織が、ご褒美をねだるように彼にキスをする。柊也は彼女の腰を抱き寄せ、軽々と抱き上げてリビングのソファへと運んだ。この部屋はそれほど広くなく、専用のダイニングテーブルはない。二人はいつも、リビングのローテーブルで食事をとっていた。テーブルには、先ほど柊也が怪我をしながらも完璧に下処理を済ませていた『黄金蟹』の料理が並んでいる。柊也は慣れた手つきで蟹の殻を割り、美しい身だけを丁寧にほぐして、詩織の小皿へと移していった。その手際の良さと、彼が自分のためだけに甲斐甲斐しく動いてくれている事実に、詩織は思わず頬を緩める。あっという間に、小皿の上には綺麗にほぐされた蟹の身が山のように積まれた。あまりにも綺麗に整えられていて、箸をつけるのがもったいないくらいだ。見惚れていると、柊也が身をひとつ箸でつまみ、彼女の口元へと運んできた。「ほら、食え」「……ん」彼に食べさせてもらいながら、詩織はふと部屋の中を見回した。そこら中に彼らしい生活感が漂っているが、どのアイテムも寸分の狂いなく、彼のこだわりの配置で並んでいる。本棚の背表紙の高さ、クッションの角度、すべてが整然としすぎていて、まるで神経質な強迫性障害のようだ。壁に貼られた付箋のメモすら、ミリ単位のズレもなく等間隔に並んでいる。そういえば、さっきキッチンに立った時もそうだった。調理器具や調味料のボトル、すべてがラベルの向きまで完璧に揃っていた。昔の柊也は、確かに潔癖症ではあったけど……ここまで極端な完璧主義じゃなかったはずなのに。食事が終わると、詩織は「あなたの手、水に濡らしちゃダメだから」と率先して皿洗いを引き受けた。柊也もそれには反対しなかったが、当然のように彼女の真横に立ち、ぴったりと付き添ってきた。詩織が皿を一枚洗うたびに、彼が布巾で水気を拭き取り、食器棚へとしまっていく。その流れるような連携作業の中、彼が皿をしまう手元をチラリと見て、詩織はふと尋ねた。「ねえ。あなた、いつからそんなに強迫性障害みたいになっちゃったの?」その瞬間。皿を棚に収めようとしていた柊也の動きが、ピタリと止まった。ごくわずかな硬直。し
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第1159話

――そう、ただ想像しただけ。頭の中ではすでに数え切れないほど、彼女を自分の世界に閉じ込め、誰の目にも触れさせない光景を思い描いていた。ただ、彼女に嫌われるのが怖くて、実行に移す度胸がないだけなのだ。彼から吐き出される熱い吐息が、羽根のように手のひらを擽り続ける。触れた部分から、ビリビリとした電流が全身に駆け巡るような錯覚。耐えきれず、詩織はパッと手を引っ込めた。少し上目遣いになりながら、彼女は甘えるように尋ねる。「……じゃあ、もう怒ってない?」「俺を機嫌取りしてるつもりか?」柊也が意地悪く問い返すと、詩織は素直にコクンと頷いた。「そうよ」その瞬間、柊也は彼女の体を軽々と抱え上げ、キッチンの調理台の上に座らせた。「だったら、こうやって機嫌を取るのが正解だろ」次の瞬間、彼の唇が貪るように詩織の唇を塞いだ。それは深く、焦燥感に満ちたキスだった。どこか行き場のない嫉妬をぶつけるような荒々しさがあったが、詩織がそっと受け入れるように舌を絡めると、その力は徐々に溶けるように甘く熱く変わっていく。ドンッ!身を捩った詩織の肘がぶつかり、フライ返しがコンロの上に派手な音を立てて落ちた。だが、二人ともそんな音には目もくれなかった。狭いキッチンは、絡み合う二人の体温と荒い吐息で熱く蒸れ返っていく。やがて、わずかに唇を離した柊也は、荒い息を吐きながら彼女の口元を親指で優しく拭った。低く、ひどく掠れた声で、微かに笑いながら囁く。「……ベッドに、行くか?」詩織は言葉では答えなかった。ただ両腕を伸ばし、しなやかな動きで彼の首に巻きつくと、強引にその顔を自分の方へ引き寄せた。同時に、彼の腰に両脚を絡みつかせる。完全に彼にしがみつく形になった彼女の瞳は、挑発的で、驚くほど艶やかな光を放っていた。――この夜の柊也は、ちっとも優しくなかった。激しく、狂おしいほどに彼女を求め、理性を剥き出しにして肌を重ねた。だが。本当に、あと一歩という最後の最後。彼は、すでに涙目で意識が朦朧とし、快感に溺れかけていた詩織をベッドに置き去りにし……一人、冷水を浴びにバスルームへと逃げ込んだのだ。「……っ、はぁ……っ」熱に浮かされた頭で、詩織はぼんやりと天井を見つめていた。行き場のない熱を持
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第1160話

嘘つけ!太一は柊也の視線から逃れるように、思い切り白目を剥いた。「誰かさん、昨日俺に電話してきた時、マジで殺気立ってた気がするんだけどな〜?」「お前には分からないだろうな」柊也は表情一つ変えず、真顔でこう言い放った。「彼女が俺に隠し事をしていたのは、俺のことを深く気遣ってくれているからだ」「…………は?」太一は完全にぽかんと口を開けた。こいつ……また自分の中で都合よく自己完結して、脳内お花畑になってやがる!太一は心の中で強く誓った。恋愛なんて、絶対にクソ食らえだ!死んでも、あんな面倒くさいものしてやるもんか!「そっちの書類の山もこっちへ回せ」手元の決裁を片付けた柊也が、太一に顎で指示を出す。「はいはい、わかってますよっと」太一が急いで書類の束を抱え、デスクに置こうとした瞬間だった。「端をミリ単位で揃えろ」「…………」いや、持ってくる前にちゃんと綺麗に揃えただろ!太一は内心で盛大にツッコミを入れた。ここ最近の柊也は、明らかに強迫性障害の症状が悪化している。太一は書類を神経質に揃え直しながら、恐る恐る口を開いた。「なぁ……お前、やっぱり一度、掛川のところへ行って再診してもらった方がいいんじゃないか?」掛川一樹。精神科を専門とする彼らの友人であり、主治医でもある男だ。「最近のお前の強迫性障害、ちょっと異常だぞ?ペットボトルのラベルの向きが揃ってないだけでイラつくとか、もはや変態の域だろ」......数日後の夜。詩織は、東華キャピタルが主催する大規模なレセプションパーティーに出席する予定だった。アシスタントの密が用意されたドレスを運んできた時、詩織はまだ仕事に追われていたため、試着は後回しにして休憩室に掛けておくよう指示した。密がドレスをラックに掛けた直後、彼女のスマホが震えた。画面を見ると、柊也からのメッセージだ。【今日、彼女が着るドレスの写真を送れ】密は言われた通りにドレスの写真を撮り、送信した。すぐに返信が来る。【趣味が悪い。別のものに変えろ】「……はぁ?」密はドレスとスマホを交互に見比べ、思わず不満げに口を尖らせた。ドレスはホルターネックで、背中が大胆に開いたデザイン。首筋から腰のラインに沿って繊細なクリスタルのチェーン
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