「いや」と、智也は首を横に振った。「あんたのサポートがなかったら、ここまで来られなかった。この成果の半分は、あんたの手柄だ」詩織がなおも何か言おうとすると、横から賑やかな声が割って入った。「もう、二人して押し付け合わないでくださいよ!」アシスタントの密だった。「私の目には、お二人がこの子の『お父さん』と『お母さん』に見えます! 一人がコンセプトを産んで、一人が形に育て上げた……どっちも立派な生みの親ですって!」彼女がそう言った途端、スタジオにいた皆から、やんややんやと囃し立てる声が上がった。智也は照れているのか、それとも別の理由か、顔を真っ赤にして、どもりながら皆を止めようとしている。対照的に、詩織は落ち着き払っていた。「冗談はそのくらいにして、まずはプロダクトの名前を決めましょう。サミット前の発表に間に合わせなきゃ」その一言で、ざわついていた空気を仕事のモードへと引き戻す。話し合いの結果、プロダクトの名前は『ココロ』に決まった。万事、心に問う。『この世の万事は、人に問うにあらず、ただ己の心に問うのみ』かつて詩織が出会った、ある言葉だった。彼女はこの言葉を胸に、幾つもの孤独な夜を乗り越えてきた。眠れぬ夜明けに、もう一人の自分と対話を重ねる。いくつかの執着を、どうか手放しておくれと、優しく自分に言い聞かせながら。『ココロ』のサービスイン当日、智也は会社のメンバー全員を誘って食事会を開いた。その席で、彼は詩織に尋ねた。投資家も招待すべきだろうか、と。詩織もそれが筋だろうと考え、自ら桐島沙羅と宇田川京介に電話を入れた。沙羅は江ノ本市を離れており、参加できないとのことだった。一方、京介は快く承諾し、「時間通りに行くよ」と約束してくれた。会食の場所に着いた途端、詩織のスマートフォンが鳴った。表示された名前に、彼女は二秒ほど固まった。一体誰だったかと思い出そうとして、ようやく気づく。『永久指名料0円』――賀来柊也。一体、何の用だろうか。いや……彼の用件など、どうでもいい。詩織は応答せず、そのまま店の中へ入った。いつもは短気な男が、珍しく粘り強い。一度出なかったくらいで、またすぐに着信音が鳴り響く。詩織は再びそれを無視した。何度かかってこようと、出るつもりはなかった。
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