All Chapters of 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した: Chapter 131 - Chapter 140

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第131話

一方、詩織は智也を支えながら、道端で十分近く待って、ようやくタクシーを捕まえることができた。冷たい夜風に吹かれて、智也は少し酔いが醒めたらしい。彼はひどく申し訳なさそうにしている。詩織の力になるどころか、逆に面倒をかけてしまった、と。「これからの会食では、お酒は私が飲むから大丈夫。私の代わりに飲んだりしなくていいのよ。ちゃんと自分で対処できるから」詩織は彼にそう言った。「私がお酒に弱いのはわかってる。でも……それでも君の代わりに飲みたかったんだ。一杯でも私が飲めば、君が飲む分が一杯減るんだって……」その言葉が、深水市の厳しい寒さをふっと和らげてくれた気がした。詩織は、それ以上何も言わなかった。しばらく沈黙が流れた後、智也がとても慎重な口調で尋ねた。「……大丈夫?」詩織は何のことかわからず、首を傾げる。自分は、そんなに大丈夫そうに見えないのだろうか。「さっき、車が通り過ぎた時……賀来社長が見えたんだ。君の目の前で、車の窓を閉めて……」智也は、言葉を選びながら、たどたどしく言った。詩織は、彼に言われるまでそんなこと忘れていた、というような顔をする。「平気よ。もう、何とも思わないから」それは、彼女の本心だった。智也が信じようと信じまいと。「それに、この世の中、誰かが誰かとずっと一緒にいられるわけじゃないし、誰かがいないと生きていけないなんてこともないでしょう。誰がいなくなったって、地球は回り続けるんだから」……翌朝、早くから志帆の部屋のドアがノックされた。てっきり柊也だと思って、志帆は弾む心でドアを開けた。しかし、そこに立っていたのは、柊也ではなく太一だった。「ジャジャーン!驚いた?まさかの俺でしたー!」太一はまだスーツケースを引いている。どうやら深水市に着いたばかりのようだ。「どうしてここに?」志帆は目を丸くした。「もちろん、志帆様からビジネスを学ぶためっすよ!」太一はきょろきょろと彼女の後ろに視線を送り、尋ねた。「あれ、柊也は?まだ寝てる?」「ええ」「うわっ!俺、もしかしてお邪魔虫だった!?」太一は今気づいた、とでも言うようにポンと自分の額を叩いた。「じゃあ、先にレストランで待ってる!二人はゆっくり準備して。急がなくていいから!俺のことは気にしないで!」そう言うが早いか、足
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第132話

志帆は太一の頼みを真剣に受け止めていた。朝食の時間も惜しんで、優秀な投資家になるための心得を彼に説いて聞かせる。金融知識、業界分析、リスク評価、戦略立案……あまりに専門的すぎて、太一にはまるで呪文のように聞こえた。だが同時に、志帆への崇拝の念はますます深まっていく。彼はすっかり彼女の子分となり、かいがいしく世話を焼き始めた。車の乗り降りでは自らドアを開け、「志帆様、どうぞ」と恭しく声をかける始末だ。その様子を、美穂の彼氏、相馬純平(そうま じゅんぺい)は驚きの目で見つめていた。太一のことは知っている。江ノ本市を牛耳る宇田川家の次男坊だ。本人は少々出来が悪くても、その家名を背負っているだけで、誰もがちやほやする存在のはず。そんな男が、自分の恋人の従姉である女性に、こうもへりくだっているとは。美穂は慣れたもので、純平に志帆が成し遂げてきた輝かしい経歴を説明してやる。WTビジネススクール経済学博士。海外のトップバンクでの勤務経験。そして、あの賀来柊也が三顧の礼で迎え入れた、超一流の人材。どれか一つ取り出すだけでも、並の人間では到底太刀打ちできない。もしこれまでの純平が、柏木家が賀来家と繋がりを持てたのは幸運だ、と思っていたのなら。今、その考えは完全に改められた。志帆のような高い知性と学歴、そして申し分ない家柄を持つ女性は、まさにトップクラスの名家が嫁に求める基準そのものだ。だから、あの二人は実にお似合いなのだろう。そう思うと、純平もまた、志帆に対して自然と丁寧な態度になっていった。太一が先を競うようにご機嫌を取れば、自分も負けじと後に続く。彼女に取り入るチャンスを、一つたりとも逃すまいとしていた。「志帆様、言ってた『見聞を広める機会』って、いったい何なんすか」サミット会場に着くなり、太一は待ちきれずに志帆に詰め寄った。「知りたい?」太一はぶんぶんと首を縦に振る。「もうすぐわかるわ」彼女は、やはり焦らすように微笑んだ。もどかしさに、太一は胸を掻きむしりたくなる。「志帆様ぁ、教えてくださいよ!気になって死にそうです!」その時、柊也が知人を見つけ、志帆に一言断ってから、その輪に加わっていった。太一にとっては好都合だ。彼はここぞとばかりに、志帆にまとわりついて答えを
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第133話

「いや、詳しくは。まだ内部テスト版で、詳細は公表されていないんですよ」重森はそう説明した。だが、その場にいた全員の心に、その名は深く刻み込まれた。後ほど徹底的に調べることになるだろう。太一と志帆も、その会話を耳にしていた。志帆は、ここぞとばかりに太一に手ほどきをする。「今の話、聞こえた?優秀な投資家になるにはね、強い先見性を持たなければだめ。市場の変化や新しいトレンドを予測して、チャンスが訪れた時に即座に決断を下すのよ」太一には専門用語の半分も理解できなかったが、彼女の言いたいことはわかった。「つまり、この『ココロ』とかいうのが、次のビッグウェーブだってこと?」志帆は彼の理解力を認め、頷いた。「そういうこと」「じゃあ今すぐ情報収集してくる!」太一は興奮して、すぐさまさっきの人々の輪の中へ飛び込んでいった。志帆はようやく一息つくことができた。彼女もまた、この『ココロ』には強い興味を惹かれていた。後で柊也にも話しておかなくては。そう考えていると、声をかけてくる者がいた。以前、柊也との会食で顔を合わせたことのある、北里市の投資業界の大物だ。「柏木さん、賀来社長はご一緒じゃないんですか?」この男が目当てにしているのは、明らかに柊也だった。志帆は説明する。「ええ、ご一緒ですよ。あちらで知人にご挨拶を。もうすぐ戻られると思いますわ」志帆の言葉を聞くと、その社長はにこやかに感心したように言った。「賀来社長とは、本当に仲睦まじいんですねえ」志帆は微笑みながら問い返す。「どうしてそう思われますの?」「だって、逐一あなたに報告されるでしょう。男というものはね、大事な女にしかマメに報告なんてしないものですよ」その言葉に、志帆の心は甘く満たされた。ちょうどその時、柊也が戻ってきた。志帆の隣に立つと、彼女はごく自然に彼の腕に自分の腕を絡め、二人並んで応対する。「何をお話しで?大友社長」柊也が相手に声をかけた。大友社長は上機嫌で、親密に絡み合う二人の腕に視線を落とす。「いやあ、柏木さんに、お二人の結婚式の招待状はいつ頃いただけるのかと伺っていたんですよ。このお祝いの席には、ぜひとも駆けつけたい。お二人の幸せにあやかりたいですからな」「誰を忘れても、大友社長をお呼びしないなんてことはありませんよ。ご心配な
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第134話

太一は、詩織が恥と怒りで逆上するだろうと踏んでいた。ところが彼女は怒るどころか、にっこりと微笑んで尋ねてくる。「去年、お父様から預かった100億円を溶かしたんですって?」「あんたに何の関係があんだよ!」まるで喉元に刃物を突きつけられたかのように、太一は一瞬で激昂した。ここ最近、会う人会う人にこの件を蒸し返され、太一はすっかりPTSD気味になっていたのだ。宇田川家で肩身が狭いのはまだいい。だが今、この江崎詩織にまで見下されてたまるか。「あなたに、いい道を教えてあげましょうか」詩織の笑顔は、やけに眩しかった。その笑みに、太一は一瞬、心を奪われる。思考が止まったかのようだ。そして無意識に、問い返していた。「……なんだよ、いい道って」「脚本家よ。あなたは、そういう愛憎ドロドロのメロドラマを書くのに向いてるわ」その頃、志帆は柊也の傍らを片時も離れず、多くの有力者たちと人脈を築いていた。そして改めて、このビジネス界における柊也の地位を目の当たりにする。居並ぶ大物たちの中では、彼はまだ若い方だ。だが、こういう場では結局、権力と地位がものを言う。志帆はますます、あの時、すべてを捨てて柊也と共に帰国したことが、人生で最も正しい決断だったと確信する。もちろん、宇田川京介も優秀な男だ。そうでなければ、かつて彼を追いかけて海外まで行くはずがなかった。だが、現在の衆和銀行の発展や勢いは、飛ぶ鳥を落とす勢いのエイジア・キャピタルには到底及ばない。以前は、まだ少し迷いがあったかもしれない。しかし今、彼女の心は完全に柊也へと傾いていた。「今日はとても収穫が多かったわ」志帆は柊也の応対が途切れた隙に、今日の感想を彼に語りかけた。「AIは、間違いなく次の技術革命の重要な原動力になる。このチャンスを掴まないと」柊也は、彼女のビジネスに対する鋭い嗅覚に、賛同の意を示した。志帆はますます自信を深める。「そういえば、さっき多くの人が『ココロ』というAIソフトについて話しているのを耳にしたの。私も少し試してみたのだけど、本当に素晴らしくて。まだ内部テスト版なのに、機能はすでに市場の他の同種ソフトを圧倒しているわ。将来、より多くの分野で応用されるはず。市場性は非常に高いと思う」「そのプロジェクトに興味があるのか」柊也は眉を上げ
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第135話

言い終わると、飲み干したペットボトルを、まるで何かを発散させるかのように、ぐしゃりと握り潰した。志帆はその様子を見て、静かに微笑む。太一がようやく落ち着きを取り戻すと、志帆に伝えるべき大事な用事があったことを思い出した。「志帆様!例の『ココロ』の内部情報を探ってきましたぜ!」志帆が『ココロ』に強い興味を持っているのは明らかだった。すぐに問い返す。「どんな情報?」「このソフトを開発したのは江ノ本市の会社で、しかも、すげえ小さい会社なんすよ。資本金たったの1億円。たぶんまだ大した投資も受けられてなくて、江ノ本市じゃ全然話題にもなってないみたいです」「江ノ本市ですって。それなら、なおさら好都合だわ」志帆は嬉しそうだ。太一も同じ考えだった。「この後、製品交流会があるじゃないすか。そこで一気にカタをつけましょう!」「ええ」志帆には絶対の自信があった。何しろ、彼女にはエイジア・キャピタルと賀来グループという強力な後ろ盾がある。そして何より、柊也の全面的な支持があるのだ。こんな魅力的な話に、食いつかない者がいるだろうか。落とせないはずがない。「先に言っときますけど、俺も一枚噛ませてくださいよ。マジでそろそろ結果出さないと、親父に家から追い出されちまう!」志帆は思わず笑ってしまった。「わかったわ」彼女の承諾を得て、太一は心底ほっとする。それどころか、もうすぐ今までの汚名を返上できるのだとさえ思った。なんといっても、あの志帆が率いる投資なのだ。絶対に儲かるに決まっている。......詩織は、太一の言動に少しも心を乱されなかった。柊也と完全に袂を分かってから、彼を取り巻く人々や出来事に、自分がまったく影響されなくなっていることに気づいていた。もはや、柊也本人でさえ、彼女の心に波風を立てることはできないだろう。詩織が智也と合流したところに、饒村玉良がやってきた。彼は二人に、製品交流会の後、注目製品のプレゼンテーションが行われることを告げる。詩織の心が動いた。すかさず尋ねる。「饒村先生、もしかして『ココロ』がその注目製品に選ばれたのでしょうか」玉良は詩織の鋭い観察力に少し驚き、同時にその能力を高く評価した。「注目製品のリストは我々の内部投票で決められてね。まだ極秘扱いで公表はされていない
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第136話

「レストランなんてお金がかかるじゃない。適当に出前でも頼めばいいわ」智也は譲らない。「ううん、お金は気にしないで。ちゃんとしたレストランで食べた方がいいと思うから」「わかったわ」詩織は単なる食事の誘いだと思い、深くは考えなかった。それに今は、他にやるべき重要なことがある。智也も、プレゼンテーションの準備に忙しく取り掛かった。一方、詩織は先ほど言葉を交わした会場スタッフの一人に近づき、雑談を交えながら彼らの仕事を手伝い始めた。「今日は大変ですね。お疲れ様です」詩織はスタッフたちに飲み物を買って差し入れた。「江崎さん、ありがとうございます」飲み物を受け取ったスタッフたちは、口々に詩織に感謝を告げた。「いえいえ。皆さん、少し休んでください。この展示パネルは私が運びますから」「結構重いですよ、江崎さん。置いてください、自分たちでやります」「平気です。大丈夫ですから、皆さんはお水を飲んで」詩織は昔から、やると決めたらすぐに行動に移す性格だった。分厚い展示パネルの束を抱え、展示エリアへと向かう。ハイヒールを履き、抱えたパネルは自分の背丈よりも高い。彼女は首を傾けて、人混みの中を縫うように進まなければならなかった。その歩く姿はお世辞にも綺麗とは言えず、ぶつかってしまった人々に何度も頭を下げていた。その光景を、志帆とぶらぶら歩いていた太一が見つけた。彼は軽蔑したように鼻を鳴らす。「しょせん、下働きが染み付いてるんだな」志帆はちらりと一瞥しただけで視線を外し、詩織のことなど気にも留めない。柊也が詩織に何の感情も抱いていないと確信してからは、彼女はもう詩織の存在を意に介さなかった。ましてや、眼中に入れることなどあり得ない。太一は先ほどやり込められたことを根に持っており、ぶつぶつと文句を言っている。「昔っからああだったんすよ。犬みたいに柊也にへばりついて。周りの奴らはみんな、柊也がいくら追い払っても離れない犬だって、あいつを見下してた。誰もあいつのことなんて認めてなかったんすから」そこまで言って、自分の言葉に矛盾があることに気づいたのか、慌てて訂正した。「いや、ていうか、柊也自身がそもそも、あいつのことなんか認めてなかったんすよ!」「柊也の心の中には、志帆ちゃん、あなたしかいないんすから!」もし柊也に
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第137話

他の女性たちからも、羨望の眼差しが注がれる。志帆の顔から、笑みが消えることはなかった。それはまるで、詩織の顔から滴る汗のようだった……もっとも、彼女の場合は疲労によるものだが。ようやく一仕事終え、腰を下ろして水を一口飲む。ハイヒールで擦りむけた踵を揉み、一息ついた、まさにその時……目の前で、そんな甘い一幕が繰り広げられた。実に感動的だ。彼女でさえ、あと少しで感動するところだった。詩織に手伝ってもらったスタッフの青年は、彼女に深く感謝していた。「江崎さん、いい展示スペースを確保しておきましたよ」「本当?ありがとう!」「いえいえ、こちらこそ。たくさん手伝っていただきましたから」彼は詩織のような、気配りのできる美しい女性と仕事をするのが好きだった。空気が読めて、仕事が早い。見返りを求めず、黙って手を貸してくれる。だから、彼も喜んで彼女の力になりたいと思った。詩織は智也にその朗報を告げ、二人がいそいそと機材を展示スペースへ運ぼうとした、その時だった。先ほどのスタッフの青年の上司らしき男が、険しい表情でやって来た。「この場所は、スカイライン社に割り当てたはずだが?」青年は、スカイライン社が別の場所を希望したのだと説明する。「スカイライン社が不要だと言ったとしても、誰にでも気安く与えていい場所ではない!撤去しろ!」「リーダー……」「撤去しろと言っているんだ!」リーダーと呼ばれた男は、有無を言わせぬ態度だった。青年は指示に従うしかなく、その展示スペースを片付け始めた。彼は詩織に申し訳なさそうに謝ったが、詩織は「大丈夫よ」とすぐに返した。しかし、このひと悶着で、もはや良い展示スペースはほとんど残っていなかった。智也は詩織が気を落とすのではないかと心配し、端のブースでも大丈夫だと慰めた。自分たちが勝負するのは製品と、その中核技術なのだから、と。だが、詩織の切り替えの早さは、彼の想像を上回っていた。「あなたは先にブースの準備をしていて。私はチラシを配ってくるから」詩織はすぐさま行動に移した。カバンから分厚いチラシの束を取り出すと、人混みの中を歩き始める。彼女は常に笑顔を絶やさず、一人ひとりにチラシを手渡す際には、軽く頭を下げた。断られても気にする様子はなく、また次の人へと向かって
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第138話

そのあまりに無関心な一言に、詩織は怒りを通り越して笑いがこみ上げてきた。彼にはわかっているはずだ。太一がわざとちょっかいを出し、すべてを台無しにしたのだと。それなのに、彼の言い分を信じ、まるで自分こそが「悪人」であるかのように扱う。柊也が、太一のその稚拙なやり口を見抜けないはずがない。ただ、彼はそれを黙認したのだ。太一が自分をからかい、辱めるのを、何度も何度も許し、そして唆してきた。詩織は激しい怒りに駆られた。瞳が潤み、その声は氷のように冷たい。「賀来社長がそこまで気前がいいなんて、嬉しいわ。それなら、2千万円ほどお願いしましょうか」柊也が口を開く前に、太一が我慢できずに詩織を嘲笑した。「てめえ、それが恐喝だってわかってんのか?たかがパソコン一台だろ。最高スペックだって、そんな値段になるわけねえだろ!」「では、最高価格で賠償しよう」柊也は、それで決まりだとばかりに言い放った。まるでそれが、詩織に対する最大限の譲歩であり、彼女がそれで満足すべきだとでも言うように。彼はスマートフォンで価格を調べ、詩織に小切手を一枚渡すと、すぐにその場を立ち去った。おそらく、志帆の元へ急いでいるのだろう。詩織が屈辱を味わう姿を見て、最も得意になったのは太一だった。「江崎、これでわかったか?柊也にとって、お前なんか一円の価値もねえんだよ。昔も、今もな」彼は床に散らばった資料を足で蹴散らし、嘲笑を浮かべた。「正直に教えてやるよ。俺がわざとお前らのブースをぶっ壊したんだ。お前に何ができる?お前が必死こいて手に入れたあの良い場所も、俺の一言で取り消しにできたんだぜ」「だから江崎、これからは俺を見かけたら、道を譲れ。俺は、お前が一生逆らえない相手なんだよ」彼の視線は、床に落ちた40万円の小切手に注がれる。そして、馬鹿にしたように笑い声を上げた。「お前の価値なんて、その程度だ。志帆ちゃんとは比べもんにならねえ。柊也は彼女のために特別にプロジェクトを立ち上げ、予算も上限も設けず、自ら会食に付き添って人脈を紹介し、リソースをかき集め、最高の展示スペースを用意して、彼女のキャリアを全力で後押ししてる」「江崎、お前が七年努力しても手に入れられなかったものを、志帆ちゃんは帰ってきた途端、柊也から両手で差し出されてる。彼女は何もせずとも
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第139話

二人がプレゼンの準備を整える間もなく、会場からはほとんどの人が去ってしまっていた。智也は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。詩織は気落ちする様子もなく、逆に彼を慰める。「まだチャンスはあるわ」「君は本当に、心が強いんだな」智也は心から詩織に感服した。「全部、かつての職場で鍛えられただけ。これよりもっと困難な状況なんて、いくらでも経験してきたわ。こんなの、何でもない」彼女はいつも、過去の苦労を、まるで何でもないことのように、軽い口調で語る。智也はそれを聞くたびに、胸が締め付けられるような痛みを感じた。働く女性が生き抜くことの厳しさを、彼が知らないはずはない。そして、知っているからこそ、余計に胸が痛むのだ。詩織は、ブースの片付けに集中していた。智也が心の中で何を考えているかなど、知る由もない。ただ、彼の問いに答えながら、胸の内では感慨深いものがこみ上げていた。今の自分が、何事にも動じずにいられるのは、すべて過去の柊也の無関心のおかげだ。彼の放置があったからこそ、自分はまるで野の草のように、嵐の中でたくましく育つことができた。手厚く庇護される温室の花のように、少しの風雨にも耐えられないような、か弱い存在にはならなかった。そこまで考えて、彼女はふと、志帆のブースの方へ視線を送った。柊也はまだ彼女に付き添っている。まるで専属のボディガードのように、常に志帆を守り、その道を切り拓いている。偶然にも、詩織が視線を外すその直前、柊也が顔を上げた。二人の視線が、束の間、空中で交錯する。そして、何事もなかったかのように、それぞれが視線を逸らした。太一は服を着替え、まだ怒りの収まらない様子で戻ってきた。「ここの警備員はマジで見る目がねえ!俺が騒ぎを起こしただなんて言いやがって!もう少しで追い出されるところだったぜ。親父の知り合いがいて助かったけどな」志帆のブースのプレゼントがほとんど配り終えられているのを見ると、彼の心はまた少し晴れやかになった。何しろ、詩織たちのブースは、展示の機会すら得られなかったのだから。「ところで、あの『ココロ』ってやつ、見つからなかったんだけど」太一は鬱憤を晴らしつつも、本来の目的は忘れていなかった。「見つからなかったの?」志帆も不思議そうだ。「ああ。他の奴らにも聞い
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第140話

太一は、どうしても結果を出して周囲を見返し、「出来損ない」という嘲笑から逃れたかった。だから、彼はもう一度会場を二周してみたが、やはり収穫はゼロだった。失意に沈んでいた、その時。詩織と智也が、何やらスピーチ原稿について話しているのが聞こえてきた。彼の胸がざわつく。まさか、奴らも注目製品リストに入ったというのか?ありえない。このレベルのサミットで選ばれるのは、ほとんどが内々に決まっているものだ。巨大な後ろ盾があり、トップクラスの資源を背景に持ち、研究開発に金を惜しまず、高給で人材を引き抜けるような、そういう企業。たとえ初期の製品がぱっとしなくても、いくらでも巻き返すチャンスがある。詩織がこの条件に当てはまらないのは明らかだった。彼女が江ノ本市で、投資を求めてあちこち駆けずり回っていたという噂は、太一も多くの人間から聞いていたし、自分自身も何度かその姿を目撃していた。だから彼は、詩織がその基準を満たしていないと確信していた。リストに選ばれるもう一つの可能性。それは、製品そのものが、あまりにもずば抜けていて、優秀である場合だ。主催者側が、何の背景も資源もないその製品を、自ら進んで注目リストに加えたくなるほどに。しかし……そんなことが、ありえるだろうか?きっと、何か汚い手を使ったに違いない。そうだ、絶対にそうだ!何しろ太一の目には、詩織はそのような人間として映っているのだから。かつて彼女は、まさにそういった下劣な手段で、柊也の側に長年居座り続けたのではなかったか。もし、志帆ちゃんと京介兄貴の関係に亀裂が入らず、柊也が長年の想い人と結ばれるチャンスが巡ってこなければ、今頃は本当に江崎の思う壺だったかもしれない。江崎詩織は、その手の「手管」にかけては、確かに長けている。自分が彼女を甘く見ていたのだ。だめだ。 絶対に、彼女をのさばらせてはならない。何か手を打って、江崎からこのチャンスを奪い取らなければ。太一はしばらく壁際に身を潜めて盗み聞きし、ステージに立つのが智也だと知った。彼はそれを聞いて、鼻で笑う。どうやら江崎は、自分の製品に自信がないらしい。だから、ステージに立つ勇気もないのだ。それに比べて、うちの志帆ちゃんは自信に満ち溢れ、自らステージに上がろうとしている。江
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