志帆は静かにひとつ頷くと、太一と共に個室へと向かった。「京介兄貴、まさか本気で江崎のこと好きになったんじゃないっスよね……?」個室に入るなり、太一が恨めしそうに呟く。志帆の反応は驚くほど落ち着いており、答えにも確信がこもっていた。「ありえないわ」「なんで……?」太一は、彼女ほど冷静ではいられない。もし詩織が本当に京介と付き合うことになったら、自分は……あの女を「義姉さん」と呼ばなくてはならなくなるのか?考えただけで、胸糞が悪い。「理由なんてないわ。とにかく、京介があの子を好きになることなんてないの」その理由なら、彼女は誰よりもよく知っている。京介の心の中には、ずっと誰かがいる。しかも、とても、とても深く隠されている。六年も付き合った自分ですら、その相手が誰なのか、名前さえも、結局わからなかったのだ。彼がどれほど固く心を閉ざしているか、よくわかる。それに、江崎詩織なんて……志帆は、ふん、と鼻で笑った。どうせ京介の他の女たちと同じ。ただの火遊びで、それ以上の意味はないはずだ。むしろ、そうなってくれた方が都合がいい。詩織と柊也の間にあったかもしれない可能性を、完全に断ち切れる。その上、詩織は京介にいいように弄ばれて、捨てられるのだ。京介が飽きてポイ捨てすれば、江ノ本市で、詩織は笑いものになる。もう二度と、この街の名家が彼女を相手にすることはないだろう。そこまで考えると、この数日間、心を覆っていた鬱々とした気分が、すっと晴れていくのがわかった。志帆は食事にかこつけて、衆和銀行の例のプロジェクトについて太一に探りを入れた。「そのプロジェクト、親父から聞いたことはあるんスけど……京介兄貴が戻ってきてから、衆和の体制を全部見直しちまって。ほとんどの案件を京介兄貴自身が握ってるから、もう親父も口出しできないんスよ」志帆はそれ以上、深くは突っ込まなかった。ビジネス上の機密に関わることだ。あまりしつこく聞けば、太一に勘繰られるかもしれない。だから、あくまでさりげなく言った。「ただ、ちょっと聞いてみただけ。前に会食の席で話題になってたから。すごくいい案件で、絶対に損しないって聞いたの」絶対に損しない、という言葉に、太一の目がきらりと光った。「俺、なんとかして探ってみますよ。
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