All Chapters of 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した: Chapter 361 - Chapter 366

366 Chapters

第361話

だが、ホールのどこにも彼女の姿はなかった。彼女はすでに個室へと戻っていたのだ。……夜になって、譲から詩織へ簡潔なメッセージが届いた。柊也の容態についてだ。【左手の火傷、結構ひどかったけど、処置が早かったおかげで大事には至らなさそうだ】詩織は【了解】とだけ返信した。譲はしばらくスマホの画面を睨んでいたが、二通目のメッセージが来ることはなかった。どうやら彼女は、本当に柊也に対して未練がないらしい。太一はといえば、昨晩の接待で浴びるほど酒を飲み、帰宅するなり泥のように眠ってしまったため、柊也の怪我については何も知らなかった。翌日そのニュースを聞きつけるなり、大慌てで病院へと駆けつけた。病室には志帆の姿しかなかった。どうやら一晩中付き添っていたらしい。「志帆ちゃん、一度帰って休みなよ。俺、今日ヒマだからさ、柊也のことは任せといてって」志帆は少し心配そうだったが、柊也からも「戻って休め」と促され、ようやく帰宅を承諾した。「じゃあ、何かあったらすぐ電話してね」帰り際、志帆は柊也への注意事項を細かく確認し、太一にもくれぐれも粗相のないようにと念を押して病室を出て行った。二人きりになると、太一は我が物顔でソファに寝転んだ。「ヒューッ、愛されてんねぇ、ごちそうさまです」柊也は相手にもせず、ベッドに半身を起こして目を閉じている。だが、太一の好奇心は止められない。「なぁ、昨日助ける相手間違えたってマジ?本当は志帆ちゃん助けるつもりが、手違いで江崎助けちゃったって?」「うるさいぞ」柊也の声は冷たく、抑揚がない。だが太一に空気を読む能力などない。お構いなしに喋り続ける。「で、江崎の反応はどうだった?死ぬほど感動してたんじゃね?きっと『まだ私に気があるんだわ』とか勘違いしてんじゃねーの」「俺の予想じゃ、あいつ絶対今日見舞いに来るぜ。んで、かいがいしく看病アピールすんだよ」柊也は相変わらず冷淡に返した。「考えすぎだ」太一は自信満々に言い放った。「いやいや、賭けてもいいぜ!絶対来るって!こんな絶好のチャンス、あいつが逃すわけねーもん!」これは彼の経験則だった。かつての詩織なら、間違いなくそうしていただろうから。太一は丸一日待ち構えていたが、結局、詩織は現れなかった。「嘘だろ、マジで来ねーの?一応さ、自分
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第362話

「どうしたの」詩織は足を止め、怪訝そうに問いかける。密は義憤に駆られた様子でまくし立てた。「今朝、長者番付が更新されたんですけど、女性富豪トップが入れ替わってるんです」詩織は指の関節でコンコンと密のデスクを叩く。「また仕事中にサボり?言ったでしょう、あんなゴシップ誌のランキングなんて気にするなって」「気にしないつもりでしたけど、一位がよりによってあの女なんですよ」「柏木志帆でしょう」密が一瞬、言葉を詰まらせる。「……どうしてわかったんですか」彼女は名前を出すことさえ憚っていたのだ。だが、詩織の反応は至って平然としたものだった。それどころか、皮肉めいた笑みさえ浮かべている。「株式譲渡の手続き、もう終わらせたのね。あれだけの怪我をしておきながら仕事が早いこと。案外、元気なんじゃない」右手に重度の火傷を負いながらも、『エイジア・ハイテック』の株の名義変更は忘れないとは。恐れ入った愛の深さだ。詩織は出発間際、密の頭を軽く小突いて釘を刺した。「真面目に仕事して。私は出先から直帰するから」「飲み会ですか?お酒飲むなら私も連れてってくださいよ」「飲まないわよ」「なら安心です。あ、そうそう。そろそろあの日が近いんですから、体冷やさないように気をつけてくださいね。ナプキン、バッグの内ポケットに入れておきましたから」「了解」詩織は約束の時間より早めに到着するのが常だった。その日も、まだ誰も来ていない個室内で、ひとり茶を注文し、湯呑みから立ち上る湯気を眺めながら静かに時を待っていた。やがて、障子がすっと開く音が静寂を破った。源治だろうと思い、詩織は柔らかな笑みを浮かべて顔を上げた。だが、そこに立っていたのは神宮寺悠人だった。悠人は詩織の姿を認めるなり、その端正な眉をぴくりと動かし、露骨な嫌悪感を滲ませた。踏み入れかけた足を一旦廊下へと戻し、鴨居に掲げられた部屋の名前を見上げる。間違いなくここだ。再び視線を詩織に戻した時、その眼差しには先ほどよりも冷ややかな色が宿っていた。詩織は彼のその表情から、彼こそが今日会う予定の投資家なのだと察した。それでも社会人としての礼節を崩さず、席を立って出迎える。「真田さんは少し遅れるそうです。どうぞ、中へ」悠人は感情の読み取れない目で詩織を一瞥した。彼女が穏やかな態度を
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第363話

「真田さん」悠人は部屋に入るなり、志帆を紹介した。「先輩、こちらが例の真田さんだよ」志帆も驚いたようで、一瞬気まずそうな表情を浮かべた。だが、すぐに余裕のある笑みを取り戻し、堂々と振る舞う。「真田さんとは知り合いよ」彼女はそう言うと、自ら手を差し出した。「お久しぶりですね、真田さん」悠人は自分の手柄のように嬉しげだ。「知り合いなら、なおさら話が早い」源治は社会人としての礼儀で握手に応じたものの、その表情は能面のようだった。しかし、悠人の意識は完全に志帆に向いており、源治の冷めた空気に気づかない。「真田さん。以前電話で話していたパートナー候補というのは、実は先輩のことなんです。海外の金融博士号を持ち、最大級の港湾買収案件を主導した実績もある。技術の真田さん、資金の僕、そして運営の先輩。この三者が組めば、プロジェクトは間違いなく成功する」悠人は自信満々に力説した。対する源治は、薄い笑みを浮かべただけだ。「なるほど。神宮寺さんがお電話でおっしゃっていた『素晴らしい提案』というのは、このことでしたか」悠人はその言葉に込められた皮肉にも気づかず、熱を帯びた口調で志帆を売り込み続ける。「先輩には数多くの成功事例がある。最近リリースされたゲーム『ドリーム・クラウド』も彼女の手によるものです。ビジネスの手腕はもちろん、人脈に関しても……」そこで一瞬、悠人は言葉を淀ませた。賀来柊也の名前を出すのは本意ではない。だが、今は私情を挟むべき場面ではないと判断したのだろう。「人脈に関しても心配無用だ。先輩には『エイジア』の賀来社長という後ろ盾がある」それこそが、志帆の絶対的な自信の源だった。過去に源治と多少の行き違いがあったとしても、ビジネスの世界では利益が全てだ。悠人からの強力な推薦があり、バックには柊也がいる。賢明な人間なら、どちらを選ぶべきか考えるまでもないはずだ。志帆は話の間、ずっと詩織の様子を窺っていた。詩織は意外にも大人しく、一言も発さずにじっと座っている。わきまえている、と言っていいかもしれない。表情はあくまで淡々としている。だが、どうせ強がっているだけに決まっている。源治は志帆を一瞥してから、静かに口を開いた。「神宮寺さんのお気持ちだけ、頂戴しておきましょう。私はすでに江崎さんと合意に至ってお
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第364話

詩織はそこで初めて、柊也も自分に続いて部屋に入ってきていたことに気づいた。「ああ」「違います」二人の口から同時に、正反対の答えが飛び出す。文武がニヤリと笑った。「お二人さん、口裏合わせが済んでないようですね」詩織には柊也の意図がこれっぽっちも読めなかったし、それを推測する気も起きなかった。「江崎社長、まあそう固くならずに。乾杯しましょう。江ノ本随一の女性富豪に上り詰めたお祝いに」宏明が上機嫌で詩織にグラスを差し出す。すると、横から文武が口を挟んだ。「須藤さん、情報が古いですよ。トップはもう入れ替わったんです。今の首位は、賀来社長の婚約者、柏木さんですよ」今朝更新されたばかりの情報なのだから、宏明が知らなくても無理はない。「こりゃ失敬、私の勉強不足でした。ですが、江崎社長への敬意は変わりませんから」悪びれもせず笑い飛ばす宏明に、詩織は「車で来ているので」と断り、茶で返礼しようとした。だが、それより一瞬早く、誰かの手が横から伸びてきて、彼女の目の前のグラスをさらい取った。その手には、火傷保護用の弾性グローブが嵌められている。「彼女は車だそうだ。俺が代わりに頂く」柊也だった。詩織は一瞬動きを止め、初めてまともに柊也の顔を見た。どういうつもり?私の酒を肩代わり?何かの間違いじゃないの。詩織が拒絶する間もなく、柊也はグラスの中身を喉に流し込んでしまった。だが、感謝など湧いてこない。むしろ余計なお世話だとさえ思う。酒くらい、誰の助けも借りずに自分で断れる。「柊也くん、どうしてここに」詩織が口を開く前に、志帆の声が響いた。彼女も通りがかりに柊也の姿を見つけ、顔を出したらしい。……なんだ、一緒に来たわけじゃなかったのね。「ちょうど柏木さんの噂をしていたところなんですよ。やっぱり、賀来社長は柏木さんとご一緒だったんですね」文武が気を利かせて志帆に席を勧めた。だが、志帆は笑ってそれを否定する。「いいえ、私は別の会食で来ていたんです。柊也くんもここにいたなんて、本当に偶然で」そう言うと、彼女は少し甘えたような口調で柊也を責める。「水臭いじゃない、柊也くん。一言教えてくれれば、私も皆様にご挨拶に伺いましたのに」「君の仕事の邪魔をしたくなかったからな」先ほどまでの冷たい声音が嘘のよ
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第365話

彼は源治に拒絶されたことを思い出していた。あれほど鮮やかに、まるで詩織以外はあり得ないと言わんばかりの態度で。最大の誠意を見せたはずなのに、源治の心は微動だにしなかった。悠人はどうにも納得がいかず、去り際の源治に単刀直入に問い質していた。「真田さんは、江崎社長がいるから我々との提携を拒むのですか」源治の答えは明快だった。「その通りです」「あなたは公私混同をしない方だと思っていましたが」「無論です」源治は誠実に答えた。「しかし、相手にもよります。江崎さんは常に起業家の視点から問題を捉えていました。対して神宮寺さんと柏木さんは、終始投資家としての視点しか持っていない。それが決定的な違いです。起業家が必要としているのは、単なる資金援助だけではないんですよ」源治の意思は固く、悠人は選択を迫られていた。だが、彼には志帆をこのプロジェクトから外すという選択肢はなかった。ホテルに戻った悠人が次の一手を思案していると、父親の神宮寺悠玄(じんぐうじ ゆうげん)から電話が入った。明日午後に江ノ本市に到着する。その後、高村静行教授のもとへ挨拶に行くので同行せよとのことだった。悠人は承諾した。……その夜、詩織のもとに百合子から連絡が入った。事業計画書に目を通し、大いに満足したという。さらに彼女は、あんな退屈な書類をどうやってこれほど面白く、人の心を打つものに仕上げたのかと尋ねてきた。詩織は少し考え、こう答えた。「ある人から、事業計画書は『ラブレター』だと思って書けと教わったの」百合子はその表現を初めて耳にしたと言い、感嘆とともに深く同意した。確かに、事業計画書の目的は投資家の心を動かし、プロジェクトに興味を持たせることにある。意中の女性に振り向いてもらうためにラブレターを書くように、相手の琴線に触れる内容でなければ、選ばれることはないのだ。百合子と来週の買収案件についての面談を取り付けた直後、今度は京介から着信があった。明日、高村教授のもとへ同行できるかという打診だ。詩織は即答した。たとえ時間がなくとも、無理にでも作るつもりだった。「じゃあ、明日迎えに行くよ」「うん、待ってる」翌日、京介は時間通りに華栄の本社ビル前に現れた。その手には一束のひまわりが抱えられている。「この近くで花屋を見かけて
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第366話

電話の向こうの悠人は、実はすでに『東方庭園』のエントランスに到着していた。だが、ロビーを横切ろうとしたその時、見慣れた後ろ姿が目に飛び込んできた。彼は思わず足を止め、喉まで出かかっていた「もう着きました」という言葉を飲み込んだ。「父さん、急用ができた。少し遅れる。先生には申し訳ないけど、よろしく伝えてくれ」悠玄が何か言う隙も与えず、悠人は通話を切った。そして、その人物――志帆の目の前に立った。「先輩」志帆は驚いたように顔を上げた。「あら、食事?」「うん。先輩も?」「私もよ」悠人は少し間を置いて尋ねた。「待ち合わせ?」「うん」志帆は急いでいる様子で、それ以上会話を広げようとはしなかった。悠人は本当はもっと話していたかったが、引き止めるわけにもいかず、未練を押し殺して告げた。「じゃあ、邪魔しちゃ悪いね。また今度、食事でもどうかな」「ええ、ぜひ」志帆は足早に去っていった。悠人はその場に立ち尽くし、彼女の背中が見えなくなるまで見送った。あと十日もすれば、彼女は賀来柊也と婚約する。そうなれば、自分は彼女の世界から完全に退場することになるだろう。何度も彼女に問いかけたかった。賀来柊也と一緒にいて幸せなのか、と。だが、言葉はいつも喉に張り付いて出てこなかった。幸せに決まってる。柊也の彼女への溺愛ぶりは、誰の目にも明らかで、隠そうともしていない。稼ぎ頭の会社を無償で譲渡するなんて芸当、自分には到底真似できない。認めざるを得ない。自分は賀来柊也に負けたのだと。胸に重く澱んだ感情を吐き出すように、悠人は喫煙所へと足を向けた。煙草でも吸わなければ、気持ちを落ち着けられそうになかった。個室内。詩織がただの友人だと名乗ったため、悠玄はそれ以上深く追求せず、静行との会話に戻った。去年の株式市場におけるクオンツ取引の話題だ。「そういえば、教授には改めて礼を言わなきゃならん。まだうちが吹けば飛ぶような零細企業だった頃、深刻な資金難に陥りましてな。一か八かの賭けで教授に泣きついた。あの時、あんたの戦略モデルが市場のトレンドを見事に弾き出してくれたおかげで、わずかな元手で莫大な利益を生み出し、起死回生を図ることができた。今日のグループがあるのはあんたのおかげだ。乾杯させてくれ」静行は手を振って謙遜し
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