七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した의 모든 챕터: 챕터 541 - 챕터 550

719 챕터

第541話

三つの吉報が重なる日。なんて素晴らしい予兆だろう。志帆の期待は最高潮に達した。オークションが終われば、柊也から電話なりメッセージなりがあるはずだ。その瞬間を今か今かと待ちわびていた。しかし、二時間が経過しても彼からの音沙汰はない。痺れを切らした志帆は、太一に探りを入れた。【ねえ、オークションはまだ終わらないの?】すると即座に返信が来た。【いや?とっくに終わってるよ。今夜のMVPは間違いなく柊也だね。次点で江崎のやつかな。あいつも相当買い込んでたぞ、成金め】詩織の話など興味はない。志帆はそれ以上会話を広げることなく、画面を閉じた。きっと、まだ何か別の用事で忙しいだけね。そう自分に言い聞かせ、気を紛らわせるためにパソコンを開いて仕事を片付け始めた。やがて睡魔が訪れ、ベッドに入ろうとしたその時――枕元のスマホが短く振動した。来た!やっぱり、用事が終わって連絡してくれたんだわ!志帆は弾む心で画面をタップし、メッセージを開いた。だが、そこに表示されていた名前は「柊也」ではなく、「美穂」だった。期待が一気に萎み、失望が彼女を包み込んだ。美穂から送られてきたのは、先ほどのチャリティーオークションの会場写真だった。詩織がメインテーブルに座り、いかにも我が物顔で振る舞っている。左に坂崎悦子、右に譲。そして、その正面には柊也の姿がある。しかし、美穂のメッセージにはこう添えられていた。【友達が撮った写真や動画も見たけど、柊也さん、終始あいつのこと無視してたって!ちゃんと距離置いてる感じ!】それを見て、志帆は満足げに微笑んだ。【やっぱり柊也さんはお姉ちゃん一筋だね、江崎詩織なんて眼中にないよ!】【でもさ、あいつ今夜すごい買いまくって目立ってたらしいよ】【お姉ちゃんも断らないで一緒に行けばよかったのに。そうすれば、誰が本当のトップかわからせてやれたのにさ!】志帆は一瞬指を止めたが、すぐに余裕を取り戻して返信した。【放っておきなさい。どうせもうすぐ消える人よ】【それはそうだけど……でもムカつく! 譲さんがずっとあいつと話してたんだって!】話題が譲に移ると、美穂の嫉妬心は一気に爆発した。【あの泥棒猫!男に媚び売ってばっかで最悪!よりによって譲さんに手を出すなんて!】美穂の罵詈雑言は
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第542話

数回のコールの後、柊也が出た。受話器越しに響くその声は、どこか気怠げだった。「……どうした?」詩織は手短に状況を伝え、抱いた疑念を単刀直入にぶつけた。「素材の欠陥という線はないかしら?もし『ハイテック』の購買部がリベートを要求しているのなら、そのしわ寄せでサプライヤーが原価を切り詰めている可能性が高いわ。それによる品質低下だとしたら……」それは、典型的な悪循環だ。わずかな沈黙の後、柊也が淡々と答えた。「俺は今、国外にいる。すぐに専任の者をそちらに向かわせて、対応させる」「わかったわ」詩織は短く応じた。問題解決に向けて動いてくれるなら、今はそれでいい。柊也の仕事は早かった。電話を切って三十分もしないうちに、『エイジア・ハイテック』の担当者が到着したのだ。提示された解決策は、こちらの想定を遥かに上回るものだった。問題のあるチップを全数回収し、品質保証された正規品を無償で提供する。さらには──損害額の三倍という破格の賠償金。これは完全に詩織の予想を超えていた。契約通りなら、違約金は1.3倍も支払えば済む話だ。それをここまで大盤振る舞いするのは……結局のところ、志帆の醜聞を揉み消すためだろう。『パース・テック』の上場を間近に控えたこの時期に、親会社である『エイジア』側の不始末が表沙汰になれば、志帆への悪影響は避けられない。ひいては、彼女との結婚という彼の計画にも傷がつく。志帆のためなら、どこまでも周到な男だ。彼が金でトラブルを封じ込めようとするのは、これでもう三度目になる。詩織はふと、かつて自分がミキの契約問題を解決した時の心境を重ね合わせた。今の彼も、あの時の自分と全く同じなのだろう。ミキが大切だからこそ、金に糸目をつけず、彼女のストレスや障害を取り除こうとした。つまりは、そういうことだ。柊也もまた、同じ心境なのだ。詩織は異議を唱えず、その条件を呑んだ。自分はビジネスマンだ。貰える金を拒む理由などどこにもない。それから二日後。詩織は市が主催する『政財界円卓会議』の会場で、志帆と顔を合わせた相変わらず派手な振る舞いで、集まった実業家たちに愛想を振りまいている。だが、詩織の姿を認めた途端、その瞳からすっと温度が消えた。もっとも、志帆がどんな態度を取ろうと知ったことではな
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第543話

これまでは、こうした会合に参加するのが好きだった。人脈を広げられるだけでなく、自身の優越感を満たせる晴れ舞台だと思っていたからだ。だが今日ほど、この場から一刻も早く逃げ出したいと思ったことはない。運の悪いことに、市当局は納税貢献者トップテンへの表彰式を用意していた。賢が自ら、受賞者一人ひとりに式典用のタスキを掛けていく。志帆は見逃さなかった。賢が詩織にタスキを掛ける際、他の者に対するよりも明らかに長い時間をかけていたことを。そしてその表情が、事務的な微笑みから、柔らかなものへと変わったことを。志帆の瞳に暗い色が宿る。彼女は無意識のうちに、手にしたボールペンを強く握りしめた。授与が終わり、会場全体が万雷の拍手に包まれる。志帆は手を動かす気になどなれなかった。だが、無情にもカメラのレンズがこちらに向けられている。無視するわけにはいかない。彼女は屈辱を飲み込み、引きつった笑みを浮かべて、機械的に手を叩くしかなかった。ようやく閉会の時が来た。志帆はこれまでの習慣だった歓談や名刺交換など一切せず、逃げるように会場を後にした。本当なら、賢を自身の祝賀パーティーに招待するつもりだったのだが、そんな言葉を切り出す気力すら残っていなかった。屈辱に塗れた会議のせいで、帰宅した志帆の心は重く沈んでいた。そこへ、奥様会から戻った佳乃が顔を見せた。彼女は志帆とは対照的に、実に上機嫌だった。「あら、どうしたの?浮かない顔して」佳乃が気遣わしげに声をかけると、志帆は吐き捨てるように答えた。「あの忌々しい江崎詩織のせいよ。円卓会議で散々いい気になって、主役気取りだったの」ところが佳乃は、さして気にする様子もなく、「そんなことで怒っていたの?」と軽く受け流した。「怒らないでいられるわけないじゃない!悦子さんのオークションだけじゃ飽き足らず、今日の会議でも注目の的だったのよ!みんな彼女のことばかり……!」志帆はヒステリックに声を荒らげる。いつもなら佳乃がすぐに慰めてくれるはずだが、今日に限って彼女は優雅に茶を淹れ、小指を立ててカップに口をつけるだけだった。その余裕たっぷりの態度に、志帆は毒気を抜かれたように言葉を詰まらせた。「どうしたの?もっと罵ればいいじゃない。気が済むまで吐き出したら、とびきりの良い知らせを教え
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第544話

あの頑固な恩師のことだ。直接目の前に置いてやらなければ、薬を飲もうとなんてしないに決まっている。車を降りる際、詩織は運転手の湊に「すぐに戻るから」と一言残し、屋敷の玄関へ向かった。インターホンを押すと、家政婦が顔を出した。詩織の姿を認めると、柔和な笑みを浮かべる。「江崎さま。先生は散歩に出られておりまして、戻られるまで少し掛かるかと。中でお待ちになりますか?」「いえ、これを届けに来ただけですので。先生に、きちんと飲むようにお伝えください」詩織はそう言って、手にした紙袋を渡した。「かしこまりました」用件だけ済ませると、詩織は屋敷に足を踏み入れることなく踵を返した。家政婦が紙袋を持ってリビングへ戻ると、そこには優雅に茶を嗜む悠人の姿があった。彼は家政婦が下げてきた粗末な紙袋を一瞥し、瞳に冷ややかな嘲りの色を浮かべた。ああいう小手先のご機嫌取りで、先生に取り入ろうってわけか。悠人の中で、詩織に対する軽蔑の色がより一層濃くなった。ほどなくして、高村教授が散歩から戻ってきた。悠人はソファから立ち上がり、恭しく出迎えた。「先生、お帰りなさい」「ああ。いつ来たんだ?」高村教授は手を後ろに組みながら悠然と尋ねる。「今しがたです」高村教授は一つ頷くと、世間話でもするように言った。「そういえば昨晩、悠玄さんから電話があってな。『華栄キャピタル』の江崎社長を紹介してやってくれと頼まれたよ。お前に事業のイロハでも勉強させようと思ったんだろう。だが断っておいた。最近は立て込んでいて、そんな仲介役をする暇はないんでね」「お気になさらないでください」悠人は内心で安堵した。どうせ、会いたいとも思っていなかった相手だ。それに今日ここへ来たのは、別の目的があったからだ。「先週、江ノ本大学の深見教授とお会いした際に伺ったのですが……今年の大学院生候補で、すでに目星をつけている方がいらっしゃるとか」「ああ、いるよ」高村教授は迷いなく即答した。その口ぶりから、候補者への並々ならぬ期待が窺える。その時、ちょうど深見教授から着信が入った。高村教授は通話に応じると、相手に指示を出した。「来週の月曜日、柏木志帆を大学へ寄越すように伝えてくれ」──これは、合格内定と見て間違いないだろう。ついに先生が直接面接をする気になった
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第545話

柊也は運転手を走らせ、アイスを買ってこさせた。だが、志帆はそれを二、三口舐めただけで、意味ありげな視線を柊也に送り続けた。しかし、彼の表情はあまりに平静で、彼女の暗示など微塵も察していないようだ。業を煮やした志帆は、わざとらしく彼の方へ身を寄せた。フェロモンを模した香水の甘い香りが車内に漂う。わざわざ胸元の大きく開いたミニドレスを選び、暑さを口実に上着まで脱ぎ捨てたのだ。その誘惑の意図はあまりに露骨だった。すると突然、柊也が口元に拳を当て、こほん、と咳払いをした。そして、やんわりと志帆の身体を押し戻した。「インフルエンザ気味なんだ。あまり近づかない方がいい。うつるといけないから」志帆はがっくりと肩を落とした。せっかくのムードが台無しだ。それでも柊也なりの気遣いか、自宅に送り届ける際、彼は小さなギフトボックスを手渡してくれた。洗練された包装。一目でジュエリーが入っているとわかるサイズ感。志帆の機嫌は一瞬で治った。満面の笑みで彼に別れを告げ、車を見送るや否や、逸る手つきでリボンを解いた。現れたのは、某ブランドのダイヤモンドネックレスだった。すぐにスマホで価格を検索する。三千万円と少し。決して安くはない。だが、志帆の心は急速に冷めていった。この程度のネックレスなら、彼の家族カードを使えばいつでも自分で買える。わざわざ「プレゼント」として贈られるには、あまりにも特別感に欠ける。過去に彼が贈ってくれた数々の豪華な品々に比べれば、蔑ろにされているとすら感じてしまう。結局、家に帰り着いた頃には、志帆の気分はすっかり沈んでしまっていた。「あら、帰ってきたの?」志帆の帰宅に、佳乃は目を丸くした。「柊也くんのところに泊まるんじゃなかったの?」「彼、インフルエンザなのよ。無理に決まってるじゃない」志帆はネックレスを無造作にテーブルへ放り投げたそれを佳乃が拾い上げ、品定めするように眺める。「へえ、柊也くんからのプレゼント?」「ええ、まあね」「十分素敵じゃない。……志帆、ちょっと焦りすぎよ。『果報は寝て待て』って言うでしょう?」佳乃は優しく諭しながら、志帆の首にネックレスをつけてやった。「愛されているのは確かなんだから、心配することなんてないわ。あなたのものは、遅かれ早かれあなたの手に入る
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第546話

二人が同じ車で到着したところを見ると、道中ずっと話し込んでいたのだろう。車を降りてからも、深見教授は悠人相手に熱弁を振るっていた。「今、学内では柏木志帆さんの話題でもちきりですよ。彼女が論文で提唱している『ブラックボックス投資理論』、あれは実に素晴らしい!一般公開された暁には、君もその着眼点の鋭さに驚くはずだ」店に入ろうとしていた詩織だが、聞き捨てならない単語を耳にして、思わず足を止めた。振り返ると、先に悠人と視線がかち合った。彼の瞳には、あからさまな冷笑が浮かんでいる。詩織の瞳もまた冷ややかに澄んでいた。彼女は悠人の敵意など意に介さず、視線を深見教授の方へと移した。教授は詩織の存在には気づかず、上機嫌で悠人に語り続けている。「今度、柏木さんに会ったら、その『ブラックボックス投資理論』とやらについて、じっくり議論させてもらおうと思っているんだ」その言葉を反芻しながら、詩織はしばし考え込んだ。沙羅と会うのは久しぶりだったが、彼女が連れている男はまた替わっていた。もはや驚きもしない。いつものことだ。仕事の話をするため、沙羅が若いツバメを席から追い払う。個室に二人きりになると、彼女は早速切り出してきた。「で、今度の子はどう?」「……以前の方と、似たようなタイプじゃありませんか?」詩織は正直な感想を述べた。沙羅の好みは一貫している。体つきは逞しく、顔立ちはどこかあどけなさを残す優男。いわゆる、野性的でありながら母性本能をくすぐるタイプだ。「あんたはどうなの?まだ一人?」「ええ、まあ」「チッ」沙羅はわざとらしく舌打ちした。「あんた尼さんにでもなるつもり?言ってみなさいよ、もうどのくらいご無沙汰なわけ?」「……」詩織は言葉に詰まった。この年上のビジネスパートナーの物言いは、いつも火傷しそうなほど直球だ。さすがの詩織も、これにはタジタジになるしかない。「言っとくけど、『最近誰とも遊んでない』なんて寝言は聞きたくないわよ」「沙羅さん……仕事の話に戻りましょう」呆れ顔の詩織に、沙羅はふんと鼻を鳴らした。「あんたねえ、本当につまらない女になったわね。いい?前にも言ったでしょ。『男は消耗品』だって。関係性なんて枠に囚われる必要はないの。天下の男すべてを所有する必要はないけど、利用はしなきゃ損よ
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第547話

随分とご親切なことだ。詩織もまた、社交辞令で応戦する。「ご忠告どうも。せいぜい気をつけますわ、賀来社長」柊也の背中が見えなくなると、沙羅がパチパチと手を叩き始めた。「ほらね?男なんてそんなもんよ。真に受けなきゃ、人生イージーモードなんだから」言い方は乱暴だが、真理ではある。沙羅はメンソールの煙草に火をつけ、けだるげに紫煙をくゆらせた。「人生の先輩としてアドバイスしとくわ。一度でいいから、年下の男の子と付き合ってみなさい。若くてピチピチした体が、全力で自分に向かって走ってくる喜び……あれを知ったら、もう戻れないわよ」上の階にあるVIPルーム。「少し、野暮用でな」柊也はそう言い残し、部屋を出て行った。扉が閉まるや否や、美穂が小突くように志帆の肘をつついた。「ねえお姉ちゃん、今のって絶対、サプライズの準備しに行ったんだよ!」志帆はグラスの果実ジュースを一口含んだ。舌の上に広がる甘さが、そのまま彼女の高揚した気分と重なる。「さあ、どうかしらね」「決まってるって!」美穂は確信たっぷりに断言し、目を輝かせた。「うわぁ、楽しみ!絶対スマホで動画撮らなきゃ、伝説になるよ!」その言葉に、志帆は即座に身を乗り出した。「ちょっと、メイク崩れてない?髪は?」「大丈夫、完璧!すっごく綺麗だから安心して」その時、ドアが開く気配がした。二人の視線が、期待を込めて入り口に注がれる。入ってきた人物は、顔が隠れるほど大きなスズランの花束を抱えていた。美穂は慌ててスマホを取り出し、カメラを起動して構える。だが――レンズ越しに見えたのは、柊也ではなく悠人だった。その瞬間、期待に輝いていた志帆の表情が一瞬にして凍りつく。「先輩、これ、どうぞ」悠人は彼女の顔色の変化になど気づくよしもなく、実に誠実な手つきで花束を差し出した。志帆はすぐに気を取り直し、花束を受け取って「ありがとう」と微笑む。二人にとって思い出深いスズラン。悠人は自分が精選したこの花に、彼女が驚き、喜んでくれると信じて疑わなかった。だが志帆は、受け取った花束をまるで邪魔な荷物のように、無造作に脇のテーブルへと置いた。「深見教授、ご無沙汰しております」志帆の関心は、明らかに悠人の背後にいた初老の紳士――深見教授に向けられていた。挨拶もそこそこに、彼女は積極的に手
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第548話

「言っちゃったらサプライズにならないでしょ?もうすぐ分かるわよ」もったいぶる美穂の言葉に、太一はいよいよ興味をそそられた様子だ。その時だった。噂の主、柊也がついに戻ってきた。全員の視線が一斉に彼へと集中する。異様な注目を浴びていることに気づき、柊也は怪訝な顔をした。「どうかしたか?俺の顔に何かついている?」太一が何か言いかけた瞬間、美穂がその袖をぐいと引っ張った。余計なことを言って雰囲気を壊すな、という無言の圧力だった。機転を利かせた志帆が、話題を変えるように尋ねた。「そういえば、譲はまだ?」その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、譲が京介を連れて部屋に入ってきた。「おいおい、遅刻じゃねえよな?」譲がからかうように言う。「全然!まだ平気!」美穂はすぐさま自分の隣の席からバッグをどかし、愛想よく手招きした。「譲さん、ここ空いてるよ!」しかし譲はその誘いに乗ることなく、少し離れた深見教授の隣へと腰を下ろした。美穂との距離は、意図的とも思えるほど開いていた。京介の反応は、譲よりもさらにそっけなかった。部屋に入ってくるなり、志帆に挨拶一つしようとしない。そして、肝心のプレゼントも――手ぶらだった。譲も同様で、まるで単なる飲み会に顔を出したかのように、祝いの品を何一つ持参していない。志帆は内心で小さく舌打ちしたものの、顔には微塵も出さず、淑女の仮面を保ち続けた。所詮、人間関係などというものは現金なものだ。山奥に住む富豪には遠い親戚が集まり、都会で暮らす貧乏人は誰にも見向きもされない。けれど――『パース・テック』が上場し、高村教授の研究室に入り、そして、柊也の妻となった暁には――彼らの態度は劇的に変わるはずだ。その日が来るのを待つくらいの忍耐力は、志帆には十分すぎるほど備わっていた。その後も続々とゲストが現れ、志帆は一人ひとりに丁寧な挨拶を繰り返した。宴が始まると、深見教授は熱心に志帆と「ブラックボックス投資理論」について語り始めた。太一にはチンプンカンプンな内容だったが、何か凄そうなことだけは察して相槌を打っている。宴もたけなわという頃、京介がしきりに席を立っては戻るのを繰り返していた。そして何度目かに出て行ったきり、彼はついに戻ってこなかった。志帆はそのことに気づいていたが
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第549話

志帆は思わず彼の顔を二度見した。柔和な笑みを湛えたその表情からは、何を考えているのか読み取れない。その伏せられた瞳の奥には、得体の知れない感情が渦巻いているようにも見えた。やがて会計を済ませた柊也が戻ってきて、エントランスに車が到着したことを告げた。志帆は足を止め、何度か口を開きかけた。けれど、その言葉は喉の奥で押しとどめた。――そうね、きっと別の場所が用意されているんだわ。ここはただのレストラン。プロポーズの舞台としては、いささかロマンチックに欠けるもの。彼女はそう自分に言い聞かせ、期待という名の残り火を絶やさぬようにした。一行が外へ出ようとしたその時、とっくに帰ったはずの男の姿が目に入った。京介だ。「あれ?京介兄貴じゃん。帰ったんじゃなかったのか?」太一が声を掛けようとした、その瞬間だった。個室から一人の女性が出てくるのが見えた。詩織だ。太一の声が、喉の奥で詰まる。その光景を目にした志帆の表情が、見る見るうちに氷のように冷たくなっていく。美穂に至っては怒りを露わにし、吐き捨てるように言った。「あのあばずれ!男なら誰でもいいわけ!?」罵声が響いた直後、美穂は背筋に冷たいものが走るのを感じた。恐る恐る顔を上げる。そこには、一晩中彼女を空気のように扱っていた譲がいた。彼はこちらを見据えていたが、その眼差しは凍りつくほどに冷ややかだった。詩織を侮辱したことに対する、明確な不快感。美穂は悔しさで胸が詰まりそうだった。好きな人には一晩中無視され続け、あまつさえ江崎詩織のような女のために嫌われるなんて。納得がいかなかった。だから彼女は、精一杯の強がりと義憤を込めて言い返した。「だって本当のことじゃない!あいつ、男をとっかえひっかえして……!」譲は片方の眉を軽く持ち上げた。その表情は相変わらず穏やかな貴公子のままだったが、伏せ目がちな瞳の奥だけが鋭利な刃物のように光っている。「それがどうした?独身の女が世界中の男から求愛されたって自由だろう。俺ですら気にしてないのに、お前がとやかく言うことか?」その正論とも暴論とも取れる一言に、美穂はぐうの音も出ず押し黙った。その傍らで、柊也もまた、ゆっくりとした動作で譲を一瞥した。感情の波一つ見せずに。「車が来たわ」場の空気がこれ以上悪くならないよう、
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第550話

実のところ、詩織は家に帰り着いた後も、京介に連絡を入れなかった。単純に、忙殺されていたのだ。高村教授から電話があり、八年前に書いた論文を探してほしいと頼まれたせいだ。あまりに昔の話で、発掘作業は難航した。不幸中の幸いと言うべきか、かつて『エイジア』で柊也の秘書を務めていた際、業務の痕跡(ログ)は徹底して残すよう厳しく仕込まれていたのが功を奏した。おかげで、少々骨は折れたものの、お目当ての論文を見つけ出すことができた。高村教授がなぜ今更この論文を求めたのか、その意図はおおよそ想像がつく。だから詩織は、当時のタイムラインと証拠資料一式を完璧に整理し直した。作業がひと段落した頃には、時計の針はすでに二十三時を回っていた。寝る前に窓を閉めようとして、ふと外を見る。街路樹の下に、また黒いセダンが停まっていた。そこは駐車スペースではない。ここは高級マンション街であり、住民には専用の駐車場が完備されている。本来なら、適当な路駐などありえない場所だ。詩織は少し考えた後、スマホを取り出しある番号へとかけた。十分後、階下でパトランプの赤色灯が明滅するのを確認してから、詩織はベッドで寝返りを打ち、安らかな眠りについた。一方、志帆が帰宅した家の中には、重苦しい空気が漂っていた。夜も更けているというのに、佳乃はまだ起きていた。明らかに娘の帰りを待っていたのだ。志帆の顔を見るなり、彼女は矢継ぎ早に問いかけた。「どうだった?柊也くん、プロポーズしてくれた?」志帆は肩を落とし、うんざりしたように答えた。「してないわよ」「どういうこと?」佳乃の眉間に深い皺が寄る。「私だって知りたいわよ。とにかく、何もなかったの」志帆の声はくぐもっていた。二人きりになった瞬間、ロマンチックなプロポーズが始まると信じていた。けれど彼はいつも通り、ただ家まで送り届けて別れを告げ、去っていっただけだった。あのルビーを落札したと知ってから、ずっとこの時を待っていたのに。待てど暮らせど、ルビーの話はおろか、プロポーズの気配すらない。森下さんが言っていた他の高額落札品の話だって、本当なのかどうかすら怪しくなってきた。さらに悪いことに、こんなタイミングで美穂から電話がかかってきた。わざわざ出なくとも、用件は見当がつく。志帆は
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