ソロソロ時間だな――柊也のその一言が、出発の合図だった。だが美穂は、まだ名残惜しそうに外の景色を何度も振り返っている。「譲さん、来るって言ってたのに。まだかな?」「俺が電話してみるよ」すかさず太一がスマホを取り出した。けれど、コール音を聞くまでもなかった。向こうから譲が姿を現したのだ。「譲さん!遅いよぉ、ずっと待ってたんだから!」美穂は花が咲いたような笑顔で駆け寄っていく。しかし譲の瞳は、美穂の姿など最初からそこになかったかのように素通りし、校門の方角へと彷徨った。美穂は内心、きっとお姉ちゃんを探してるんだわと思った。ところが、譲の唇から零れ落ちた名は、予想だにしないものだった。「詩織さんは?まだ来てないのか?」昨夜、わざわざ確認したはずだ。彼女は今日、確かに来ると言っていたのに。一瞬にして、美穂の思考は凍りついた。頭から冷水を浴びせられたような衝撃に、心は暗い谷底へと突き落とされていく。近くでその言葉を聞いていた志帆の顔にも、一瞬、冷たい影が差した。だがすぐに気を取り直し、美穂に声をかける。「さあ美穂、行くわよ。遅れちゃう」その時だった。意外な人物が足を止めた。「あ、悪い。僕、ちょっと人を待つから」悠人だった。志帆は誰を?と意外に思ったが、淑女としての嗜みで詮索は控えた。「分かったわ。じゃあ、中で落ち合いましょう」「ああ、後で」志帆たちの背中が見えなくなると、悠人はすぐにスマホを取り出し、父親である悠玄にコールした。「もしもし父さん、今どこ?」「すまん、渋滞にハマってな。少し遅れそうだ」「どれくらい?」「四十分ほどかかりそうだ」息子のせっついた様子に、悠玄は少し怪訝そうな声を出す。「どうした、そんなに急いで。何か大事な用事でもあるのか?」悠人は口元を緩めた。「いや、大丈夫。時間を計算したら、ちょうどいい頃合いだって思っただけ」「ちょうどいい?何がだ?」「サプライズだよ」そう言い捨てると、悠人は父の返事を待たずに通話を切った。これ以上話していたら、うっかりネタばらしをしてしまいそうだ。それでは『サプライズ』にならないからな。志帆たちが中へ入ると、総合棟の前でポツンと一人佇む詩織の姿があった。志帆は余裕たっぷりに微笑むと、眉をひそませることもなく、ただ流し目で詩織を一瞥した
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