All Chapters of 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した: Chapter 981 - Chapter 990

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第981話

病室の中では、璃々子が目を真っ赤にして泣き腫らしていた。白彦の姿を見るなり、「白彦兄さん……」と縋るように呼びかけ、あとは声を詰まらせて泣きじゃくるばかりだ。白彦は適当に二、三言なだめると、後から入ってきた警察官に状況を確認した。一通り説明を受けた後、白彦は言った。「この件は、当事者間で示談にしたいと思います」女性警察官が冷ややかな、軽蔑の混じった視線を彼に向ける。男性警察官は事務的に答えた。「こういったトラブルは、当事者同士で解決できるに越したことはありません。そこまで大きな事件というわけでもないですからね」「まずは我々で話し合います。ご足労をおかけしました」警察官たちを送り出した後、白彦は細く深い漆黒の瞳で璃々子を見据えた。その声は、ひどく冷め切っていた。「――それで? 手の怪我は自分でやったのか?」璃々子は赤く腫れた目で彼を直視できず、顔を伏せた。「……あの時は、頭に血が上ってて……ミキさんが先に私を侮辱したから……」白彦はじっと彼女を見つめたまま、感情の読めない低い声で告げた。「分かった。この件は俺が処理する。お前はしっかり傷を治せ」少し間を置いて、彼は付け加えた。「もう泣くな。目に悪いぞ」......白彦が病室に戻ると、サワはすでに目を覚ましていて、ミキと楽しそうに談笑していた。ミキは年寄りの扱いが上手く、部屋からは時折サワの笑い声が漏れ聞こえてくる。ドアの外にいた石田が、戻ってきた白彦を引き止め、声を潜めて言った。「せっかくサワ様がご機嫌なんですから、今は入らないでください。もう少しミキさんと二人きりにして差し上げましょう」白彦は足を止め、石田の言う通りに廊下の椅子に腰を下ろした。病室の中では、サワが病院は退屈だから帰りたいとごねていた。ミキが優しくなだめる。「明日の検査結果が出たら帰れますから。それに、家に帰っても一人になっちゃうでしょ? 私とおしゃべりできないなんて、つまらないじゃないですか」「なら、ミキちゃんも一緒にうちへ帰ればいいさね」「それはダメですよ。今は白彦からの最後の手続き待ちなんですから。あの家に行けば彼とも顔を合わせるでしょうし、それはあまりにも気まずいですからね」サワは腹立たしそうに鼻を鳴らした。「後で、あんたの弁護士さんに聞いてくれないか?私の後見人の
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第982話

ミキの瞳に浮かぶ嘲笑を見て、白彦の胸に理由の分からない不安が込み上げた。彼はその嘲りから逃れるように、話を切り出した。「あのティアラが欲しいんだろう?君が告訴を取り下げるなら、すぐにでも君に渡す」ミキの冷笑がさらに深まった。なるほどね。あの女が私にあれほど強気で濡れ衣を着せようとしたわけだ。璃々子が何をしようと、どれだけ間違っていようと、常に白彦が裏で手を回して尻拭いをしてくれる。たとえあの女がいつか人を殺して火を放ったとしても、彼はもみ消すのだろう。「どんな条件でも飲むって言ったわね?」ミキは彼に向き直り、氷のように冷たい笑みを浮かべた。「それなら、さっさと公正証書にサインして。財産分与の精算と、今後の私への完全な接触禁止。それに完全に合意するなら、あなたの大事な彼女を見逃してあげてもいいわ」白彦は眉をひそめた。すぐには頷かなかった。法的な縁切りとなるそのサインだけは、どうしても拒み続けていたのだから。「どう?嫌なの?それなら、あなたの可愛い璃々子にはそのままブタ箱に入ってもらうしか……」ちょうどその時、到着したエレベーターのドアが開いた。ミキは振り返ることなく乗り込み、迷わず一階のボタンを押した。もうこれ以上、彼と言葉を交わすつもりはなかった。ドアが閉まるまでの四秒間。ミキは冷え切った目でずっと彼を睨みつけていた。そして完全にドアが閉じる直前、白彦がようやく重い口を開いた。「……分かった。約束しよう」......公証役場へ向かい、弁護士を交えて公正証書の原案を提出し、正式な作成申し込みを終えても、ミキはまだどこか現実感が湧かずにいた。私がこれまで、彼に合意させようと費やしたあの労力は一体何だったの?私の時間は?私の努力は?璃々子を救うためなら、あれほど出し渋っていた財産分与の合意をこうもあっさりと認めてしまうのだ。法律上、公証人が書類を作成し終えるまでには時間がかかるため、最終的に完成した証書に実印を押し、完全に法的な縁切りが完了するのは約二十日後となる。それでも、白彦が原案に合意し、手続きを進めたことは大きな前進だった。公証役場の前。白彦がミキに声をかけた。「雪が降ってきた。タクシーも拾いにくいだろう。どこへ行く? 送っていくよ」「結構よ。迎えが来るから」ミキはマフラー
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第983話

ミキが驚いて目を見開く中、助手席のドアが内側から開けられた。身を乗り出した澪士が、にこやかに声をかける。「乗れよ、送っていく」ミキは一切の躊躇なく、素早くその車に乗り込んだ。黒いベントレーはほんの数秒停車しただけで、すぐに滑らかに発進し、やがて真っ白な雪と霧の向こうへと消えていった。白彦は、ミキを乗せた車が消えた方向からずっと視線を外せなかった。眉間の皺はさらに深くなり、胸の奥には正体の分からない、ひどく不快な重苦しさが渦巻いていた。こんな場所で澪士に会うなんて、ミキにとっては全くの想定外だった。つい先ほど白彦に「迎えが来る」と言ったのは、単なる強がりでついた嘘だったのに、本当に彼が来てくれるなんて。まるで砂漠でオアシスに出会ったような気分だ。ミキは不思議に思って助手席から問いかけた。「どうしてこんな所にいたの?」「いとこがこの近くの役所で働いててね、忘れ物を届けに来た帰りなんだ。偶然見かけてラッキーだったよ」いとこねえ……どこかの『都合のいい女の子』じゃなくて?ミキは危うく本音を口走るところだった。運転に集中している澪士が、彼女の疑り深い表情を見ていなくて幸いだった。その時、スマホが振動した。詩織からのメッセージだ。公正証書の件はどうなったかと尋ねてきている。【どうして急に、あの男が財産分与にサインする気になったの?】ミキは素早くフリック入力で返信した。【そりゃもちろん、彼の大事な璃々子ちゃんを守るためよ】昨夜、今回の狂言騒動の顛末を詩織にも話してあった。【どういうこと?それで相手の女の本性が見えたってこと?いくらなんでも、そこまで目が曇ってるなんてあり得ないでしょ】詩織からの返信には、呆れと困惑が入り混じっていた。ミキは「冷笑」のスタンプを一つ送り、こう続けた。【彼だってバカじゃないわ。前にあの女の醜聞が流出した時だって、全力でもみ消したじゃない。きっと『恋は盲目』ってやつよ。最悪のクズ女だろうと性格が破綻していようと、彼にとっては関係ないの。無条件に全てを包み込んで、受け入れるくらい狂ってるんだから】少しの間があってから、詩織から短い返信が届いた。【……あの女、ほんと男運だけはいいのね】【本当よね。私もそう思う】詩織はきっとミキを慰めようと気を遣ってくれたの
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第984話

「いいえ」外の凍てつくような吹雪と同じくらい、底冷えのする声だった。柊也は頭の中で計算してみるが、生理の周期でもない。機嫌が悪い理由が見当もつかず、別の可能性を探った。「広王との提携が上手くいっていないとか?」詩織はすーっと視線を上げ、冷ややかに彼を睨んだ。「順調そのものよ。どうも」そして、柊也が次の言葉を紡ごうとする前にピシャリと遮る。「出てって。忙しいの。用がないなら邪魔しないで」「……かしこまりました、江崎社長」柊也はまったく腑に落ちないまま執務室を出た。そこで、書類の束を抱えてやってきたアシスタントの密と鉢合わせる。「なあ、今日何かまずいことでも起きたか?」「詩織さんが兆円規模の大型プロジェクトをまとめたことって、まずいことに入ります?」「それは最高のニュースじゃないか」「当たり前じゃないですか!だから第三事業部から、今のうちに四半期ボーナスの申請書にサインをもらってこいって託されたんですよ。こういうおめでたい時の詩織さん、めちゃくちゃ気前がいいですから」密は楽しげに笑うと、「じゃあ、引き留めないでくださいね」と足早に詩織の執務室へと入っていった。柊也はますます混乱した。じゃあ、一体どうしたっていうんだ?自分のデスクに戻って真剣に振り返ってみたものの、やはり心当たりなど一つもない。こうなれば、夜の会食に同行する際、なんとか探りを入れるしかない。そう結論づけた矢先、執務室から出てきた密が彼にこう告げた。「詩織さんから伝言です。夜の会食には私が同行するので、賀来さんはそのまま直帰していいそうです」「…………」その後、電話会議を一件終わらせた詩織は、予定より早くパーティー会場へ向かうため執務室を出た。柊也はまだ退社せずに席に残っていた。ドアが開いた瞬間、すぐさま彼女に視線を向ける。だが詩織は、普段のように彼を一瞥することもなく、そのデスクの前を冷ややかに素通りして、真っ直ぐエレベーターへと行ってしまった。柊也は慌ててパソコンを閉じ、ジャケットを掴んで後を追った。しかし、彼女はすでに社長専用エレベーターで下へ降りてしまっていた。今の柊也にはそれを使う特権がない。社員用エレベーターを待つ間に生じたわずかなタイムロスのせいで、地下駐車場へ駆けつけた頃には、詩織の車
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第985話

パーティー会場に到着した密のスマホに、柊也からメッセージが届いた。【詩織の酒、できるだけ裏で代わりに飲んでやってくれ】密は子分のように詩織の斜め後ろにぴったりと貼り付きながら、周囲に人がいない隙を狙って恐る恐る探りを入れた。「詩織さん、賀来さんと何かあったんですか?」「別に」冷ややかな声が返ってくる。「じゃあ、どうして今日の付き添いから外したんです?」「何?私と一緒だと面倒?」詩織がすーっと冷たい視線を向けると、密は背筋を凍らせて全力で首を振った。「と、とんでもないです!」ああ、完全にカップル喧嘩の巻き添えを食らってる……詩織は密の手からグラスを奪い取ると、完璧な笑みを張り付けて金森の社長の元へ挨拶に向かった。勧められる酒は一切断らず、すべて飲み干していく。密が何度か代わりに飲もうと手を伸ばしたが、その度に詩織に手で制されてしまった。パーティーが半ばを過ぎる頃には、詩織はすっかり酔いが回っていた。見かねた金森の社長が、すぐにスタッフに指示して彼女を控え室へ案内させた。詩織に冷たいレモンウォーターを頼まれ、密は部屋を出て行く。しばらくして、コンコンとドアを叩く音がした。密が戻ってきたのだと思い、詩織はソファにもたれたまま「入って」と声をかける。だが、そこに入ってきたのは柊也だった。「出……」「んっ……」「出てって」の言葉は、彼の唇に完全に塞ぎ込まれた。彼女が逃げ出さないよう、男の大きな手がその顎をしっかりとホールドし、優しくも抗いがたい力で口づけを深めていく。彼も酒を飲んできたらしく、口内からは芳醇な赤ワインの香りがした。そのキスはほんのりと酔いを帯びた侵略性を孕んでおり、まるで完璧に開いたピノ・ノワールが唇と歯の隙間からなだれ込んでくるかのようだった。息苦しさにたまらず口を半開きにすると、熟されたタンニンの渋みが一気に注ぎ込まれる。絡み合う舌先から広がるのは、完熟したチェリーとブラックベリーの濃厚な果実味。その余韻には、オーク樽でローストされたような、乾いて熱いスモーキーな香りが微かに潜んでいた。交わる唇からアルコールが直接血液へと溶け込み、まるで無重力のような眩暈を引き起こす。呼吸をしようと吸い込むわずかな空気でさえ、ワインにどっぷりと浸かっているかのよ
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第986話

しかし、この感情を柊也にぶつける気にはなれなかった。言葉にしてしまえば、自分がひどく未練がましく、あの過去を気にしていると認めることになるからだ。柊也はしばらく待っていたが、詩織が口を開く気配はない。やがて小さくため息をつき、彼の方から先に折れた。「何にそんなに腹を立てているのか分からないけど、俺はけっこう嬉しいよ」詩織は眉をひそめて彼を睨んだ。この状況の何が嬉しいというのか、まったく理解できない。「君が俺に対して感情をぶつけてくれるってことは、ほんの少しでも俺のことを気にかけてくれてるってことだろ?」たとえそれが砂粒ほどの執着であっても、彼は心底満たされた気持ちだった。今の関係に明確な約束がないことも、外に向けて彼との関係を隠されている状態も、彼にとっては甘美なものだ。今の彼は、彼女に対してもはや何も求めていない。ただ側にいられるだけで十分だった。柊也がしばらく甘い言葉でなだめすかしていると、詩織の内で燻っていた苛立ちも次第に静まっていった。「これからは、ムカつくことがあったら全部吐き出してくれ。俺が全部受け止めるから」詩織は柊也のジャケットの生地を指先で不規則になぞりながら、少しだけどうでもよさそうな響きを装って尋ねた。「柏木志帆と一緒にいた時……たとえ一秒でも、本気になったことはある?」「一秒もない」間髪入れずの即答だった。詩織はからかうように言う。「答えるのが早すぎ」「事実を言ったまでだ」なぜ急に志帆の話題が出たのか彼には分からなかったが、今の詩織の不安定さは、すべて過去の自分が原因であることは痛いほど理解していた。だからこそ、彼は両手で彼女の頬をそっと包み込み、真剣な眼差しで語りかけた。「詩織。俺たちには、これから先の一生がある。その一生をかけて、今の答えが嘘じゃないって証明させてほしい」詩織はパシッと彼の手を払いのけた。「それって、遠回しに私に将来を約束しろって言ってるの?」「じゃあ、してくれるか?」彼はすかさず言葉を返す。詩織は人差し指で柊也の胸板をツンツンと突きながら言った。「何?私の都合のいい男でいるのがそんなに不満?」「まさか」そんなこと、口が裂けても言えるはずがない。「ならいいけど」詩織はツンとした態度で鼻を鳴らした。柊也はたまらなくなり、彼女の目元にそ
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第987話

少し後ろめたく目を伏せる。もちろん、彼女が言っているのはただの酒のことではない。会場に戻ると、ホールには滑らかなダンスミュージックが流れ、フロアでは何組もの男女がステップを踏んでいた。広い会場に大勢の客が入り乱れているというのに、詩織は群衆の中に立つ柊也の姿を、まるで磁石に引き寄せられるように一目で見つけ出した。計算し尽くされた仕立ての黒のオーダースーツが、彼の広い肩幅と無駄のない長身を完璧に際立たせている。片手をスラックスのポケットに突っ込み、もう一方の手で無造作にワイングラスを揺らしていた。深い真紅の液体がグラスの湾曲に沿って揺れ、冷たくも艶やかな光を反射する。光と影が交錯する中、彫りの深い横顔や、襟元で僅かに上下する喉仏など、その些細な仕草のすべてに気怠げな優雅さが漂っていた。ただそこに立っているだけで、この煌びやかな会場の誰よりも目を引く。冷ややかで禁欲的。それでいて、誰もが抗えずに視線を奪われるような致命的な色気。だから、さっき私が理性を失いかけたのも無理はないわよね……?全部、あの男の魅力が反則なせいよ。心の中でそう自己弁護する。見つめていることに気づいたのか、人波越しに柊也の視線がこちらを捉えた。あまりにも真っ直ぐで熱を帯びた瞳に射抜かれ、詩織はいたたまれなくなり、気まずそうにスッと目を逸らしてしまった。ちょうどそのタイミングで、彼女に声をかけてくる人物がいた。小宮山序だった。「江崎さん、またお会いしましたね」最近、彼は頻繁に江ノ本市へ足を運んでいる。「小宮山さん」詩織は礼儀として、無難な笑みを浮かべて挨拶を返した。すると序は、紳士的に手を差し出し、自ら彼女をダンスに誘ってきた。「もしよろしければ、私と一曲踊っていただける光栄を授かれませんか?」こういう場でむげに断るのは、明らかに体裁が悪い。詩織は愛想よく彼に合わせて一曲踊った。序も特にしつこくするわけではなく、曲が終われば紳士的に彼女を解放してくれた。むしろ、逃げるようにその場を離れたのは詩織の方だった。序のせいではない。彼とステップを踏んでいる間ずっと、柊也から放たれる漆黒の底なしの眼差しが、彼女の全身に突き刺さっていたからだ。曲の時間が短くて本当に助かった。もしこれ以上長引いていたら、会場中の
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第988話

一方、ミキはジュエリーの広告撮影を終えたばかりだった。すぐに詩織に電話をかけ、「今すぐ飛行機のチケット取って、あんたの胸に飛び込むからね!」と宣言するつもりだった。だがその矢先、マネージャーの佐伯の元に、とある映画のオーディションのオファーが舞い込んできたのだ。しかも、ミキが熱狂的に敬愛しているあの文学映画の巨匠からの直接指名である。出演すれば必ず賞を獲れると言われているような大御所監督だ。ミキの心の中で、親友への愛と役者としての野心が激しく火花を散らした。そして数分の葛藤の末……彼女はあっさりと名誉の前に膝を折った。詩織のLINEに「ちゅっ」「ぎゅーっ」のスタンプを十個以上連打してメッセージを送る。【ごめん!誕生日には絶対帰って付き合うから!】面談は和やかで、監督もミキに好印象を抱いたようだ。その場で双方の意向が一致し、仮契約を結ぶことになった。帰りの車内、ミキは「夢じゃないかと思って怖いから、ちょっと抓って」と佐伯に頼み込んだ。「夢じゃないわ、現実よ!監督、本当にあなたのこと気に入ってたもの!」佐伯の目頭も赤くなっていた。「ミキさん……やっと報われたわね」この数年、ミキがどれほど泥水をすすってきたか、佐伯は一番近くで見てきた。あれほどひたむきに努力しているのに、なぜかいつも良い案件に恵まれない。だが、ようやく苦労が実を結ぶ時が来たのだ。ミキは目を潤ませながらも、いつものカラッとした笑顔で佐伯を慰める。「『本物の金は必ず光る』んでしょ? 佐伯さんがいつも私に言い聞かせてくれてた言葉じゃない」それはかつて、度重なる理不尽な扱いにミキが心が折れ、女優を辞めようとした時に、佐伯が励ましてくれた言葉だった。佐伯は目尻の涙を拭いながら頷いた。「そうよ、本物の金は必ず光るわ。たとえ誰かが意図して覆い隠そうとしても、あなたの輝きまでは隠しきれないのよ」ミキはふと動きを止めた。「……誰かが覆い隠そうとしたって、誰が?」ここまで来たら、もう隠し立てするつもりはない。佐伯はついに真実を口にした。「実はね、ずっと前にもあの監督から『あなたを使いたい』ってオファーがあったの。ほら、この間国際映画祭で賞を獲った、あの作品よ」「えっ?なんでその時に教えてくれなかったの?」ミキは目を丸くした。そんな千載一遇のチャンス、
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第989話

これまで真実を伏せていたのは、他でもない、ミキがいかに傷つくか分かっていたからだ。だが、ようやく暗闇を抜け出せた。佐伯は心底からミキのために喜んでいた。「でも、もう大丈夫よ。ようやくあの監督と仕事ができるんだもの。これを機に、大きなチャンスがどんどん舞い込んでくるわ!」「あなたはこれから、もっともっと輝ける」「……うん」そう、由木白彦から離れさえすれば、すべてがうまくいくのだ。同じ頃、高級クラブでグラスを傾けていた白彦は、すでにかなりの量の酒を煽っていた。運ばれてきたボトルが空になり、彼はボーイを呼んでさらに酒を追加させた。「おい、死ぬまでアルコール漬けになったところでどうにもならないぞ。璃々子をかばって、自分から縁を切るサインをしたんだろうが」親友の仙道健が呆れたように声をかけた。「……まだ手続きは終わってない。必ず取り戻す」白彦の目はひどく据わっていた。その狂気じみた執着に、健は力なく首を振った。「彼女の方はお前を完全に見限ってるんだぞ。今さら未練がましく足掻いてどうする。ミキさんほどの女だ、フリーになれば手を出そうとする男なんていくらでもいるんだぞ。他の男のところに完全に行ってから後悔しても遅いんだからな」白彦は痛いところを突かれ、グラスを握る手にギリッと力を込めた。数秒の沈黙の後、無表情を装って冷たく吐き捨てる。「……知るかよ。誰がいようが関係ない」それを聞いた健は、再び大げさに首を振る。「そうやって事実から目を背けて強がってろよ。口先だけで強がって、酒に逃げるのはいい加減やめろ」追加の酒が運ばれてくるより先に、白彦のスマートフォンが震えた。画面に表示された番号を見た瞬間、白彦の表情が凍りつき、秒で電話に出た。相手が数言話しただけで、彼は上着も持たずに慌てて席を立ち、足早に外へ向かった。健が慌てて上着を掴み、後を追って手渡す。「おい、何があったんだ?」「祖母さんが……倒れたらしい」それだけ言い残し、白彦の車はクラブを急発進して夜の街へと消えていった。運転手はほぼアクセルをベタ踏みし、最短時間で由木家の本邸へと直行した。白彦が慌てて祖母の寝室へ飛び込むと、ベッドの傍らにミキがいるのを見て一瞬言葉を失った。ミキは彼の方を見向きもせず、すべての神経をベッドに横たわるサワ
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第990話

白彦が向かったのはすぐ隣の部屋だった。だがドアの前に着いた途端、ミキは激しく身を捩ってその腕から逃れた。白彦の反応の方が一瞬早かった。サワの寝室へ引き返そうとするミキの首根っこを掴み、そのままドアに強く押し付ける。次の瞬間、乾いた破裂音が廊下に響き渡った。ミキが白彦の頬を力一杯張り飛ばしたのだ。渾身の一撃だった。今のミキが繰り出せる、ありったけの力が込められている。凍りつくようなその音に、周囲の空気は一瞬で張り詰め、寝室にいるはずのお手伝いの石田すら、恐ろしくて顔を出せなかった。ピリピリとした緊迫感が二人の間を支配する。白彦の長身は強張っていたが、それでもミキを押さえつける手は決して離そうとしなかった。そして、珍しく怒りをぐっと飲み込み、言い聞かせるような低い声で言葉を紡いだ。「目は真っ赤に充血して、顔色も最悪だ。ばあちゃんが目を覚ました時、そんなボロボロの姿を見せたいのか?……余計な心配をかけるだけだぞ」その一言に、ミキの中からスッと抗う力が抜け落ちた。結局、そのまま白彦に抱え込まれるようにして、隣の部屋へと連れ込まれた。ベッドに横たわると、堪えきれずに目尻からツーッと涙がこぼれ落ちた。昼間、診察を終えた主治医が白彦に告げていた言葉を、ミキは偶然立ち聞きしてしまっていたのだ。「ご覚悟を。……サワ様には、もうあまり時間が残されていません」おばあちゃんを失いたくない。サワは、この冷たい世界で、ミキに無条件の優しさと温もりを注いでくれた、数少ない大切な人だったから。その夜。極度の疲労と心労が重なったのか、ミキ自身も高熱を出して寝込んでしまった。頭がぼんやりとして、全身が鉛のように重い。意識が朦朧とする中、ふと、誰かの手が額に触れるのを感じた。その手は氷のように冷たく、深夜特有の冷気をまとっていた。熱で火照った肌にその冷たさが触れた瞬間、ミキの体はビクッと小さく震える。無意識に眉をひそめ、かすかな寝息をもらす。高熱のせいで理性が働かないまま、ミキは本能的に少しでも心地よい冷たさを求め、ひんやりとしたその掌にすり寄ってしまった。「熱がある。薬を飲め」頭上から降ってきたのは、低く冷ややかな男の声。静かな口調の中にも、隠しきれない焦燥感が滲んでいた。ミキは重い瞼を必死に押し上
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