All Chapters of 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した: Chapter 971 - Chapter 980

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第971話

なんとか起き上がろうとしたが、璃々子の母親から腹を何度も容赦なく蹴り上げられた。声を上げることもできず、冷たい床に丸くなって痛みに耐えるミキの視界の端には、勝ち誇ったように見下して嗤う璃々子の顔があった。あの時、ミキは罰として二日間食事を与えられなかった。璃々子によるあんな胸糞の悪い濡れ衣と嫌がらせは、これまで数え切れないほどあった。ミキは蛇口を閉め、濡れた手を軽く振って水をきった。璃々子の自慢話はまだ続く。「白彦兄さんはね、私のことなら何だって親身になってくれるの。彼の友達はみんな私のことを知ってるわ。でも、あなたのことを知ってる人なんてほとんどいないじゃない」彼女は嘲るように鼻で笑った。「私、白彦兄さんに聞いたことがあるの。どうしてあなたを友達に紹介しないのって。彼、なんて答えたと思う?」ミキは一切反応しない。だが璃々子は構わず一人で喋り続けた。「『そんな必要はない。どうせ遅かれ早かれ離婚するんだから。知る人間が少なければ、その分笑い話にならずに済むだろう』だって」璃々子の笑い声が少し甲高くなった。「白彦兄さんにとって、あなたとの結婚なんてただの笑い話でしかないのよ」「みんな、あんたが惨めに捨てられるのを待ってるんだから」――ああ言えばこう言う、結局は下らない痴話喧嘩の延長だ。時間の無駄でしかない。ミキは踵を返し、その場を離れようとした。だが、璃々子が腕を掴んで引き留めた。「ミキさん、どうして自分を愛してくれない男にいつまでも執着してるの?わからないの?白彦兄さん、あんたのことなんて微塵も愛してないのよ!」ミキは璃々子の手を払いのけ、冷え切った笑みを浮かべて言い返した。「そんなふうにキャンキャン吠え立てる暇があるなら、白彦が私と完全に縁を切るように、そっちで彼をうまくコントロールしたらどう?早く私と絶縁させて、あなたを後妻に迎え入れてもらいなさいよ。白彦ったら、私と接触禁止の公正証書を作るのを何度も渋ってるんだから」璃々子の顔色が一変した。「なんて言ったの?あんたたち、離婚したの……?」まさか、まだ知らされていなかったとは。ミキはまるで滑稽なピエロを見るような目で彼女を鼻で笑った。「あの人から聞いてないの?私から離婚を切り出した後、サワ様に圧力をかけられて、白彦は仕方なく離婚届にサインして提
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第972話

ミキはその狂言を前に一瞬だけ呆気にとられたが、すぐに冷え切った嘲笑へと顔を戻した。反論するのも馬鹿馬鹿しい。彼女はただ腕を組み、冷ややかな視線で璃々子の大根芝居を見下ろすだけだった。やがて、その騒ぎを聞きつけて外から人が駆け込んできた。ほぼ同時に姿を現したのは、白彦と澪士だった。その後ろには、慌てふためくレストランのマネージャーと従業員たちが続いている。「璃々子!」レストルームに飛び込んだ白彦の目に飛び込んできたのは、床に座り込み、赤く腫れた手をかばう璃々子の姿だった。彼の顔から一瞬で血の気が引き、次の瞬間にはどす黒い怒りが込み上げた。足早に駆け寄って璃々子を抱き起こすと、傍らで冷ややかに立っているだけのミキを睨みつけた。その眼差しは、彼女を焼き尽くさんばかりの怒気に満ちていた。「ミキ!お前、一体何をしているんだ!」白彦の声は氷のように冷たく、問答無用で彼女を断罪していた。「相手が璃々子だからって、どうしてここまで酷い真似ができるんだ。彼女がお前に何をしたって言うんだ!」ミキは、怒り狂う目の前の男を見つめ返した。つい最近まで、法律上は自分と最も親しい存在だったはずの配偶者。しかし今の彼には、哀れな被害者を演じる女しか見えていない。彼にとって、自分に「何があったのか」と事情を尋ねる価値すら無いのだ。「白彦兄さん、ミキさんのことを責めないで。私が悪いの……」璃々子は白彦の胸にすがりつき、しゃくり上げながら必死で庇うふりをして、決定的な一言を放った。「あなたがくれたティアラを頭につけたまま、ミキさんの前に出たから……ミキさんがそれを私から奪い取ろうとして、私が抵抗したからこんなことに……彼女だってわざと指を挟んだわけじゃ……っ」「あいつを庇うようなこと言わなくていい!」白彦は痛々しく腫れた璃々子の手を見て、胸を締め付けられるような表情を浮かべた。そして再びミキを睨みつけると、その声はさらに鋭く冷酷になった。「謝れ!」ミキは無表情のまま、彼を冷たく見下ろしていた。すっきりとした顔立ちには、感情の欠片も読み取れない。まるで、彼の存在などどうでもいいとでも言うように。その態度に、白彦は苛立ちを募らせた。——昔みたいに、少しでも弱みを見せて、素直に頭を下げて謝ればいい。そうすれば、過去の情に免じて、傷害の件ももみ消し
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第973話

自分の指を犠牲にしてまで彼女を陥れたのだから、この程度のリスクは想定内だ。璃々子は心の中で、自らの周到さにほくそ笑んだ。通報からさほど時間を置かずに警察が到着した。現場の状況を軽く確認した後、警察はミキにパトカーへの同行を促し、署で詳しい話を聞くことになった。指を負傷している璃々子については、ひとまず治療を優先させるため、警察の護衛付きで病院へと向かう手はずが整えられた。当然のように、白彦も璃々子に付き添って病院へ行くことになった。店を出る直前、白彦は一瞬だけ足を止め、振り返ってミキの方を見た。だが、ミキは彼の方など見向きもしなかった。彼の存在など、すでに彼女の視界には入っていない。彼女の目は今、別の男のものだけを映していたのだった。警察署を出たときには、すでに時計の針は深夜零時を回っていた。真冬の北里市。容赦なく吹きつける寒風に、ミキはものの数秒で体を震わせた。署の真ん前には、見覚えのあるシルバーのマイバッハが停まっていた。彼女が外に出たのに合わせてドアが開き、白彦が降りてきた。どうやら迎えに来たらしい。だが、彼は根本的なことを忘れている。今の二人は一緒に住んでいないのだし、彼女が彼と同じ家に帰る理由など一つもない。ミキは白彦の存在を無視し、通りに出てタクシーを拾おうと歩き出した。「医者の話だと、璃々子の怪我は大したことはないらしい。お前が彼女に謝罪するなら、被害届を取り下げさせてもいい」白彦の硬い声が背中から投げかけられた。「ミキ、お前は人前に出る仕事をしてるんだぞ。こんな事件を起こせば立場が危うくなるだけだ。俺への当てつけで意地を張って、世間のバッシングを浴びる必要がどこにある?」「白彦、あなたって本当に……自分を世界の中心だとでも思ってるの?」彼への当てつけで意地を張る?「あなたの存在なんて、そこまで重要じゃないわ」ミキは振り返り、はきはきとした口調で、もう何度目になるか分からない事実を彼に叩きつけた。本人から直接「お前は重要ではない」と言い放たれ、白彦の胸の奥で何かが嫌な音を立てて冷え上がった。説明のつかない焦燥感がじわじわと這い上がってくる。「じゃあ、誰が重要なんだ?……二階堂か?」白彦自身も思っていなかった言葉が、反射的に口を突いて出た。「またその話?本当に
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第974話

ドアが開き、降りてきたのは澪士だった。その手にはショールが握られている。彼は真っ直ぐミキに歩み寄ると、車内の暖気がふんわりと残るショールを差し出した。「冷え込んできたね。風邪を引かないように」ミキがそれを受け取ろうと手を伸ばした瞬間。白彦が荒々しくミキの腕を掴んで引き寄せ、澪士に向かって敵意剥き出しの声をぶつけた。「こいつには俺がいる。お前が心配する筋合いはない!」白彦がこれ見よがしに所有欲を剥き出しにしても、澪士が怯むことはなかった。彼はわずかに顔を傾け、白彦の強張った肩越しにミキをまっすぐ見つめた。普段はどこか飄々とした色気を漂わせている瞳が、今はハッとするほど深く鋭い光を宿している。彼という男は本来、相手が誰であろうと遠慮するようなタチではない。もし相手がミキでなければ、誰が所有権を主張しようと鼻で笑い飛ばしていただろう。だが今は、ミキの立場や体面を思いやる必要がある。そう判断した澪士は、ショールを引っ込めようとした。しかし彼の手がわずかに退いた次の瞬間。ミキが自ら手を伸ばし、澪士からショールを引き取った。そして白彦の目の前でしっかりと肩に羽織ると、鬱陶しそうに言い放った。「あなたが平気でも、私は寒いの!これが必要なの!」白彦の顔色がさっと悪くなる。だが彼の顔色など知ったことではない。ミキは掴まれていた腕を強引に振り払うと、一転して澪士にパッと明るい笑みを向けた。「迎えに来てくれてありがとう。もう凍え死にそうだったの。早く車を出してくれる?これ以上ここにいたら、綺麗な氷の彫刻になっちゃうわ」澪士はふっと口角を上げた。「分かった」ミキは白彦を完全に無視して、そのまま澪士の車に乗り込んだ。車が去ってからずいぶん経っても、白彦の顔に張り付いた暗い影は消えなかった。引き止めるべきだった。だが、あの時のミキの嘲笑と、彼女が吐き捨てた言葉で頭がいっぱいになり、体が動かなかった。『あなたって本当におかしい。今まで私があなたからされてきたのと同じように振る舞っただけなのに、そんなに怒るわけ?』俺は過去、あいつに何をしてきただろうか。不慮の事故で彼女が流産した時、俺は璃々子を庇ってミキを責め立てた。ミキが半年かけてやっとの思いでもぎ取った役柄を、璃々子が「欲しい」と言っただけで、俺は
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第975話

もう起きてしまったことを、今さら誰かのせいにして何になる?そんなに子供が欲しいなら、また作ればいいじゃないか。その考えに至った瞬間、白彦の思考がピタリと止まった。実のところ……彼は子供など好きではなかった。ミキと結婚してから今日に至るまで、子供を持ちたいと考えたことなど一度もなかった。だが、もし……もしも俺たちの間に子供がいれば、この冷え切った関係を修復できるのではないだろうか?......昨夜は随分と遅い就寝だったにもかかわらず、ミキは早朝に目を覚ました。今日こそ、重要なミッションを片付けなければならない。彼女が向かったのは、白彦との離婚手続きを担当してもらっている峰岸法律事務所だった。ミキは昨夜の一連の騒動をすべて峰岸弁護士に話し、単刀直入に尋ねた。「こういう場合、璃々子を虚偽告訴で訴えることは可能ですか?」「もちろんです」峰岸は即座に、きっぱりと答えた。「さらに言えば、由木氏が今回の件で早川さんに肩入れした事実は、公正証書の作成を渋っている由木氏側への強いプレッシャーとして利用できます。あなたにとって非常に有利な材料ですよ」ミキは深く安堵の息を吐いた。「よかった……」昨夜、白彦の理不尽な怒号を前にぐっと感情を殺して堪えた甲斐があったというものだ。あの時は本当に、怒りで気がどうにかなりそうだった!「このような事態に直面した時は、感情的にならず、ひたすら自分に有利な証拠を集めること」。それが、峰岸から事前に受けていたアドバイスだった。一時の感情に流されて状況を悪化させないためにも、彼女は見事に冷静な対応を貫いたのだ。峰岸は今日、白彦のオフィスへ直接出向き、サインが保留になっている公正証書の件で交渉を行う予定らしい。「よろしければミキさんも同席しますか?」と尋ねられたが、ミキは即座に首を横に振った。「いえ、あいつの顔なんて一秒たりとも見たくないですから」峰岸は苦笑混じりに頷き、無理強いすることはなかった。白彦が由木グループの本社に出社すると、ほぼ同時に峰岸が受付に現れた。名前を聞くや否や、白彦は吐き捨てるように言った。「忙しくて対応できないと追い返せ」秘書がどう答えようか迷っている間に、峰岸本人が社長室のドアの手前まで歩み寄っていた。「由木社長がご多忙なのは存じ上げており
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第976話

峰岸は、彼のその態度をハナから予期していたかのように、ただ薄く眉を上げて見せた。「由木社長。そうやって意地を張り、時間を引き延ばしたところで、結局のところ何の意味もありませんよ」「ミキさんのあなたに対する気持ちは完全に冷え切っており、縁を切りたいという決意は揺るぎません。これ以上だらだらと手続きを長引かせたところで、結果が変わることはないのです。もはや形すら残っていない関係に執着するより、潔く彼女を解放して差し上げてはいかがですか」「それこそが、今の彼女が最も望んでいることなのですから」......峰岸と別れた後、ミキはそのままサワの元へと向かった。サワは今日ミキが来ることを知っていて、ずっと首を長くして待っていたらしい。ミキが屋敷に到着するなり、その手をぎゅっと握りしめて離そうとしなかった。重厚なテーブルの上には、ミキの好物ばかりを集めたお菓子が七、八皿も並べられている。長年サワの世話をしている家政婦の石田が一歩下がって微笑んだ。「ミキさんがいらっしゃると聞いて、サワ様ったら昨日の夜からずっと厨房に準備させていたんですよ。『うちの可愛いミキちゃんが好きなものだから』って、それはもう大張り切りで」ミキは少し困ったように苦笑する。「もう、だからおばあちゃんには内緒にしてってお願いしたのに。気を使わせたくなかったんですよ」サワは不服そうに口を尖らせた。「いいじゃないか、あたしが世話を焼きたいんだよ。それに、作ったのはあたしじゃなくてみんななんだから、ちっとも疲れてやしないさ。それよりミキちゃんが来ると分かった途端、嬉しくてね。気分がいいと、咳もあんまり出ないんだよ」石田もそれに深く頷く。「ええ、本当に。昨晩はいつもよりずっと咳が少なくて、途中で一時間半もぐっすりお休みになられたんですよ」ミキはサワの少し筋張った手を握りしめ、胸を痛めた。しばらく見ないうちに、サワはすっかり生気を失っていた。以前より一回りも痩せ、目の下にはくっきりと隈ができている。石田の話では、もうずっと夜も眠れていないらしい。「おばあちゃん、具合が悪いならちゃんとお医者さんに診てもらわないと」だがサワはひらひらと手を振った。「自分の体は自分が一番よく分かってるよ。それよりミキちゃん、最近どうだい?あのバカ孫、お前に迷惑かけてないだろうね
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第977話

サワの顔に浮かんでいた穏やかな笑みは、孫の姿を見た途端にサッと冷え込んだ。「何しに来たんだい。出ておゆき。お前の顔なんて見たくもない」白彦は祖母から疎まれることにはとうに慣れており、気にした様子もなく言った。「おばあちゃん、具合が悪いならどうして早く俺に教えてくれなかったんだ?」「ふん、あんたに言って何になる?あんたの目にはあの性悪女しか映ってないんだろう?棺桶に半分足をつっこんでる婆のことなんて、気にかける余裕もないくせに」「ちょっとおばあちゃん!縁起でもないこと言わないで」ミキは慌てて口を挟んだ。サワはすぐに声のトーンを和らげる。「あいつを少し脅かしてやっただけさね」ミキは思わずクスッと笑った。「もうお昼ですね。何か食べるものを買ってきます」サワはミキが白彦と同じ空間にいたくないのだと察し、静かに頷いた。「ふかしたてのお饅頭が食べたいねぇ」「分かりました。買ってきますね」ミキは立ち上がって病室を出た。その間、一度たりとも白彦を正面から見ることはなく、視線すら交わさなかった。病室を出た後、スマホで近くの店を調べると、ちょうど目当てのお菓子を売っている店が見つかった。ここから歩いて往復三十分ほどの距離だ。デリバリーで頼むこともできたが、ミキはあえて自分で買いに行くことにした。理由は一つ、ただ白彦と顔を合わせたくなかったからだ。「往復で三十分くらい。白彦もそんなに長居はしないだろう。会社に戻らなきゃいけないはずだし」時間をずらすため、ミキはわざとゆっくりと行動した。お饅頭を買った後も病院のロビーでしばらく暇を潰し、そろそろいいだろうという頃合いを見て、ようやく病室へと向かった。ちょうどその時、エレベーターから璃々子と彼女の母親である蓉子が降りてきた。璃々子が指の怪我で入院していたのは、奇しくもこの病院だったのだ。蓉子が不満げに璃々子に尋ねている。「あんたが怪我して入院してるっていうのに、白彦さんはお見舞いにも来ないの?」「最近、重要なプロジェクトで忙しくて手が離せないのよ。それに、こんなのただの軽い怪我だし」だが、蓉子は納得がいかないようだ。「軽い怪我がどうしたっていうの?たとえちょっとかすり傷を負っただけでも、すっ飛んできて心配するのが普通じゃない」璃々子は母親ほど焦ってはい
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第978話

ミキがエレベーターに乗り込むのを見届けてから、蓉子が思い出したように璃々子に尋ねた。「ねえ、なんであの疫病神が病院にいるわけ?今頃、警察の取り調べを受けてるんじゃなかったの?」「あんたに怪我させたんだから、普通なら留置場行きでしょうに」璃々子は顔を強張らせ、忌々しそうに吐き捨てた。「たぶん、誰かが裏で手を回したのよ」「白彦さんが?」「まさか!」璃々子は即座に否定した。「二階堂澪士に決まってるわ」二階堂澪士――蓉子もその名には聞き覚えがあった。飛ぶ鳥を落とす勢いの若き富豪だ。彼女は思わず口を尖らせた。「あの疫病神、ほんと男運だけは無駄にいいわよねえ。白彦さんと切れてないうちから、あんな大物を引っ掛けるなんて」璃々子とて、嫉妬していないわけがない。しかし、彼女なりに澪士の身辺は調べてあった。実力も財力も桁違いだが……どうやら女癖は相当なものらしい。きっとミキのことも、ほんの気まぐれに過ぎないのよ。ちょっと変わった遊びがしたいだけでしょ。あの手の富裕層には、歪んだ性癖を持つ者が少なくない。以前、璃々子パパ活で引っ掛けたパトロンも未成年ばかりを狙う変態だった。澪士のような男なら、他人の妻を寝取る背徳感を楽しんでいるだけかもしれないのだ。蓉子は好奇心を抑えきれず、持っていたデリバリーの袋を璃々子に押し付けた。「ちょっと後をつけて見てくるわ」「早く戻ってきてよ」璃々子は袋を提げて自分の病室に戻った。時計の針はそろそろ午後一時を回ろうとしているのに、白彦は一向に姿を見せない。着信はおろか、心配するようなLINEの一通すらこない。焦燥に駆られた彼女は、秘書の美奈子に探りを入れて白彦の今日のスケジュールを聞き出した。「白彦様は今、サワ様のお見舞いで病院に向かわれております」秘書の返答に、璃々子は眉をひそめた。そして、先ほどのミキの姿が不吉な予感となって脳裏をよぎる。じっと座っていられなくなり、立ち上がりかけたその時――蓉子が血相を変えて病室に飛び込んできた。「璃々子、大変よ!白彦さんとあの女が一緒にいたわ!」母親の言葉は、璃々子の嫌な予感をどんぴしゃりと裏付けるものだった。彼女はスマホが軋むほど強く握りしめる。「やっぱりあの女、白彦さんっていう大きな金づるを手放すのが惜しくて、どう
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第979話

白彦の瞳が微かに沈む。何か言い訳がましいことを口にしようとしたその時、再びスマホが鳴り出した。彼は気まずそうに立ち上がり、病室を出て行った。ミキは心の中で鼻を鳴らす。わざとらしく一回目を着信拒否して、何のアピールのつもり?結局出に行くなら最初からそうすればいいのに。本当に無駄なことばかり。二回目の電話が繋がり、璃々子はホッと胸をなでおろした。しかし、彼がミキと一緒にいることを知っているとは一言も匂わせず、ただいじらしく気遣うように尋ねる。「白彦兄さん?お昼ご飯、ちゃんと食べた?」「ああ。食べたよ」璃々子は一呼吸置いてから、さらに探りを入れた。「会社で?」白彦は珍しく彼女に向かって嘘をついた。「うん。今日は少し忙しくてね」思いがけない返答に、璃々子の心は一気に氷点下まで冷え込んだ。 嘘だと分かっていて突き詰めることもできず、彼女はただ話を合わせるしかなかった。「そう……じゃあ、お仕事頑張ってね。お邪魔してごめんなさい」「ああ」白彦は適当な相槌を打ち、そのまま通話を切った。彼の方から自発的に電話を終わらせたのは、これが初めてのことだった。彼が病室に戻ってきても、ミキは一瞥もくれなかった。白彦は退屈そうに三十分ほど座っていたが、やがて仕事の電話が入り、呼び出されることになった。病室を出る前、彼はミキに向かって口を開いた。もちろん、彼女は目も合わせなかったが。「少し仕事の用事で外してくる」変な誤解をされないようにか、わざわざ「仕事」という言葉を強調する。「往復で三十分くらいだ。何か食べたいものはあるか?ついでに買ってくるが」ミキはわざと意地悪く言った。「じゃあ、私がいつも好んで食べるお菓子をお願い」白彦が、どの菓子かと尋ねようと口を開きかけた瞬間――ミキは冷笑を浮かべて言葉を遮った。「ああ、ごめんなさい。私が好きなお菓子なんて、あなた知らないわよね。無理しなくていいわ。お腹が空いたら自分で買うから。そんな暇があるなら、あなたの可愛い幼馴染のところへ行ってあげれば?あの子、一人じゃ何もできないみたいだし」たっぷり皮肉を込めた一言だった。五年間も夫婦だったのに(今はもう終わった関係だとしても)、元妻の好物一つ知らないなんて、他人が聞いたら腹を抱えて笑うだろう。白彦はギ
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第980話

警察官の一人が、はっきりとその理由を告げる。「近藤ミキさんが、早川さんを虚偽告訴罪で法的手続きにかけられました。本日はその件に関する捜査で参りましたので、ご協力をお願いします」その言葉に、母娘は同時に悲鳴のような声を上げた。「虚偽告訴ですって!?自分から手を下しておいて、どの面下げて娘を訴えるって言うのよ!お巡りさん、なにかの間違いなんじゃないの!?」蓉子が必死に噛み付く。警察官は厳しい口調で蓉子を制した。「事件発生から現在に至るまで、あなた方は『近藤ミキさんが早川さんを傷つけた』という確たる証拠を一切提出していません。当然ですが、主張する側に挙証責任があります。証拠を提示できないのであれば、近藤さんはあなた方を虚偽告訴で訴える正当な権利を有します」「私の手が怪我してるじゃない! これが証拠よ!」璃々子は包帯の巻かれた手を突き出した。だが、警察官の冷ややかな態度は崩れない。「それは『あなたの手が怪我をしている』という事実に過ぎず、近藤さんによって引き起こされたという証明にはなりません。先ほども申し上げた通り、主張する側に挙証責任があります。彼女が危害を加えたという証拠を出せるなら彼女の責任を追及できますし、出せないなら、近藤さんからの法的追及を受け入れていただくことになります」璃々子から泣きつくような電話がかかってきた時、白彦はちょうど仕事の用事を済ませて病院へ戻る途中だった。彼は車窓の景色を眺めながら、先ほどのミキの言葉をずっと反芻していた。――私が好きなお菓子なんて、あなた知らないわよね。あの瞬間、彼は自分が夫としていかに落第であったかを痛感させられたのだ。帰りの車中、彼はふと運転手に声をかけた。「君は、結婚していたな」「はい、社長。もう三年になります」「奥さんとの仲は上手くいっているのか?」「ええ。可愛い娘も一人おりますので」そういえば、子供が生まれた時に秘書を通して多額の祝儀を出してやった記憶があった。「君は、奥さんの好みを覚えているか?」運転手は明るく笑って答えた。「もちろんです!それくらい覚えていないと、男として恥ずかしいですよ」なぜかその瞬間、車内の空気がスッと冷え込んだように運転手には感じられた。少しの間を置いて、白彦が低く冷たい声で尋ねる。「子供が生まれると、夫婦の絆はより
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