心菜の注意は、ほかほかとご飯の匂いが漂ってくるお弁当にすっかり奪われていた。時生はおかずを取り分けてやりながら、私に小声で言った。「今は、まだあの話をするタイミングじゃない。もう少し待ってあげて。じゃないと、あの子にはきっと受け止めきれない」私は指先をきゅっとつまみ、気の抜けた声で「……うん」とだけ答えた。そのとき、心菜がふと何かを思い出したようで、二口ほど食べただけで箸を止めてしまった。時生がやさしく声をかける。「どうした?」心菜はきらきらした目でパパを見上げて言った。「パパ、私のこと、好き?」時生は一瞬きょとんとし、それから笑って答えた。「もちろん大好きだよ」「じゃあさ、私と一緒に頭、全部剃ってくれる?」小さな体で、やけに真剣な顔をして時生を見る。「だって、家で髪がないの私だけなんて、すごく変だもん。パパも一緒ならいいでしょ?」時生の表情が、目に見えて固まった。しばらくしてから、誤魔化すように言う。「心菜、子どもの髪ってすぐ伸びるんだよ。退院する頃には、少しは生えてくるかもしれないし」しかし心菜は首をぶんぶん振った。「違うもん! パパってすぐウソつく! 退院しても、結べるほど伸びるわけないでしょ!」仕事では迷いなく決断を下す男も、娘の前では完全にお手上げだ。「心菜、パパは毎日会社に行かないといけないし、その……えっと……」言葉が続かず、しどろもどろになる。心菜は、時生が断ろうとしているのを察し、声を上げて泣き出した。「パパ、前に髪がなくても可愛いって言ったじゃん! なのに、なんで一緒にハゲになってくれないの?」もちろん、私はすでに心菜用のウィッグを用意してある。けれど、それを教えてやるつもりはなかった。時生を助ける気なんて、さらさらない。いっそ心菜に追い詰められて、本当に丸坊主になればいい。仏教にかぶれてるんでしょ?ちょうどいいじゃない。自業自得だ。時生が心菜に絡まれて完全に詰んでいた、そのときだった。優子の声が、病室に響いた。「心菜、ママが何持ってきたと思う?」そう言いながら、買ってきたスイーツをテーブルに置く。でも私の姿に気づいた瞬間、彼女の目にさっと警戒の色が浮かんだ。話題が変わった心菜は、さっきまでのことをすっかり忘れ、優子に甘えだした。「ママ、午後もお仕事?ずっ
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