梨英は頷くと、先にさっさとその場を離れた。そしてその時、時生はもう私の目の前まで来ていた。昨日、神崎家で激しく言い争ったことなんてなかったように、以前と同じ、冷静で穏やかな雰囲気に戻っていた。「偶然だね。お前もここに打ち合わせで来てたんだ」そう声をかけてきた。「ええ。同じ件でね」私は隠すこともなく、皮肉を込めて彼を見つめた。時生は視線を落とし、静かに説明する。「昭乃、あの日、お母さんにも優子にもちゃんと話した。俺は優子と結婚するつもりはない。でも……彼女には借りが多すぎるんだ。今日ここに来たのも、彼女の件をなんとか助けたくて」「誰を助けようと、私には関係ないし、わざわざ説明しなくていい」私は淡々と彼を見ながら言った。「通してくれる?もう帰るから」けれど時生は私の前に立ったまま、じっと私を見つめる。「自分がどれだけお前を傷つけたか、わかってる。でも昭乃、今回……お前を失いかけて初めて気づいたんだ。俺はこんなにもお前を手放したくなかった。こんなにもお前が必要だったんだって」私は小さく笑った。呆れるほど遅くて、でももう戻れない。「でも私は、もうあなたを必要としてないの」時生の目には、押し殺した痛みが滲んでいた。「どうしたら……許してくれる?」「私と離婚して。二人で役所に行って、ちゃんと手続きを済ませましょ。お互い、最後くらいは体面を残したいの」そう言うと、時生の目つきが冷えた。「それ以外なら、何でも聞く」私は頷いた。「わかった。じゃあ法廷で会いましょ。今回はもう予定外のことは起こさない。ちゃんと出廷するから」「もう裁判は開かれない」時生は私を見つめたまま、低い声で言った。「離婚訴訟は、もう取り下げた。それにお前のほうも、次の審理までは数か月待つことになる。昭乃、俺は高司にお前を奪わせない。お前は俺の妻だ。これからも、ずっと」まさか、本当に訴えを取り下げていたなんて。腹は立った。けれどもう、彼のために感情を使いたくなかった。怒りですら。「最低」それだけ吐き捨てて、私は振り返ることもなく立ち去った。……神崎家に戻ると、別荘の中は静まり返っていた。高司はまだ帰ってきていない。澄江はリビングのソファに座り、老眼鏡をかけてタブレットで小説を読んでいた。私はそっと近づいて声をかけた。「おばあち
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