《冷酷夫、離婚宣言で愛を暴走》全部章節:第 571 章 - 第 580 章

586 章節

第571話

「時生、どうしてそんなこと言うの?」優子は勢いよく顔を上げ、涙をさらにあふれさせた。「私、あなたと一緒にいたのは、お金のためなんかじゃない! 私はもう二度ともあなたに捧げたの。今の私はもうあなたのもの。他には何も望まない。だから、もう私を突き放さないで……お願い」時生は言葉を失った。目を赤くした優子を見つめながら、厄介な問題を抱え込んでしまったような気分になる。確かに、自分は彼女を傷つけた。彼女の純粋な想いを受け取った以上、責任を負うべきなのかもしれない。だが、自分の心にいるのは昭乃だけだ。優子に何らかの立場を与えることなど、到底できない。時生は深くため息をつき、辛抱強く言い聞かせた。「優子。俺と昭乃は離婚しない。この先も、それだけは絶対に変わらない。もし君が俺と一緒にいるなら、人目を避けて生きるしかない。名分もなく、たくさん辛い思いをする。それは君にとって不公平だ」「私は辛くても構わないわ!」優子は突然彼の胸に飛び込み、両腕でぎゅっと抱きついた。泣き声はさらに大きくなる。「時生、本当に平気よ!私はただ、あなたを支えていられればそれでいいの。昭乃さんの邪魔なんてしないし、絶対に迷惑もかけない。お願いだから、私を突き放さないで……今、世界中から見放されたような気持ちなの。もし時生まで私を見捨てたら、私はどうしたらいいのか分からない。生きている意味さえなくなってしまう……」その言葉は棘のように、時生の胸に突き刺さった。彼はふと、以前優子が自殺を図ったことを思い出し、ぞっとする。「落ち着くんだ、優子」時生は慌てて彼女の背中をさすりながらなだめた。声色も少し柔らかくなる。「この件は……時間をかけて考えよう。でも一つだけ約束してくれ。このことは絶対に第三者に知られてはいけない。特に昭乃には。分かったな?」「うん、分かってる!」優子はすぐにうなずき、彼の胸に顔を埋めた。声は涙混じりだったが、その目の奥には隠しきれない得意げな色が浮かんでいる。やはり思った通りだ。時生の責任感なら、自分を見捨てることなどできるはずがない。もちろん、彼女はとっくに保険も用意していた。ベッドサイドテーブルの引き出しには、小型カメラが静かに眠っている。昨夜の出来事はすべて、鮮明に記録されていた。もし今後、時生が気持ちを変
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第572話

昭乃は、自分が酔ったら優子とそういう関係になってしまうかもしれないと分かっていながら、わざとあんなことをしたのだろうか。そう考えた瞬間、時生の胸に鈍い痛みが走った。かつて自分を大切に思い、心の中が自分でいっぱいだったあの女性は、いったいどこへ行ってしまったのだろう。……その頃。私は子どもたちを幼稚園へ送り届けたばかりだった。スマホは静かにバッグの中に入ったまま。昨夜、結城家を出てからというもの、時生に関する連絡は一切届いていなかった。やっぱり、彼を抑えられるのは優子しかいないのだろう。久しぶりの静かな時間に、私は少しだけ肩の力が抜けた。ただ、夕方に仕事を終えて帰宅する途中、なぜかずっと誰かに見られているような気がした。私はわざと歩く速度を落とし、目の端で素早く後ろ斜めを確認したが、何も見当たらなかった。考えすぎだったのかもしれない。リビングのドアを開けると、澄江が電話の向こうに向かって怒っている声が聞こえた。「私がどれだけ説得したと思ってるの!やっとあと一週間だけ残るって約束してくれたのよ!もう残り数日しかないんだから、あなたが早く帰ってきて機嫌を直してもらわないと、もう私は知らないからね!」言い終わる前に、澄江は入ってきた私に気づき、言葉をぴたりと止めた。怒りの表情は一瞬で消え、少し気まずそうな笑顔に変わる。「昭乃、おかえり。高司ったら、本当に困った子でね。私を怒らせてばかりなのよ」その口ぶりからすると、高司はまだ私に腹を立てていて、澄江の顔も立てていないらしい。実は、あの日言い争いになってから、私は何度もそのことを考えていた。昔、時生に贈った品を見ながら涙を流していたのだから、誤解されても無理はない。もし高司が帰ってきてくれるなら、きちんと説明しよう。これ以上、誤解を大きくしてはいけない。そう思った私は、ここ数日のように高司の話を避けることなく、自分から尋ねた。「それで……彼はいつ帰ってくるって言ってましたか?」澄江の目がぱっと輝き、たちまち満面の笑みになる。そして私に顔を寄せながら、からかうように言った。「会いたくなったの?」そう聞かれた瞬間、頬が熱くなった。うなずけばいいのか首を振ればいいのか分からず、私は曖昧に顔をそむけるしかなかった。その様子を見た澄江は小さく
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第573話

どうしようもない状況の中、高司は、一か八かの賭けに出るしかなかった。だが今となっては、その賭けは成功だったと言えそうだ。「もう一つ、いい知らせがある」再び玄吾の声が響く。その声には隠しきれない興奮が混じっている。「彼女の脳波に異常な変化が出ているんだ。普通の植物状態の患者とはまったく違う反応で……」高司は勢いよく顔を上げた。瞳が一瞬で輝きを取り戻し、焦るように問い返す。「それはどういう意味だ?いいことなのか?それとも悪いことなのか?」「もちろん、いいことだ!」玄吾は説明した。「脳の神経が活動している可能性があるってことだ。つまり、目を覚ます可能性がある。ただ、まだ詳しいことは分からない。この分野の専門家に早急に連絡して、合同診断をしてもらう必要がある」高司の張り詰めていた表情がようやく緩み、安堵の笑みが浮かんだ。眉間を軽く押さえながら、心からほっとしたように言う。「どうやら今回は、本当に賭けに勝ったみたいだな」「だが、絶対に忘れるな。この件は必ず極秘にしなければならない」玄吾の表情が一転して真剣になる。何度も念を押すように続けた。「俺の新薬が正式な臨床試験も経ずに綾香へ投与されたことは、絶対に外へ漏らすな。そんなことが知られたら、俺たちは大問題になるぞ!」高司は重々しくうなずいた。「安心してくれ。このことを知っているのは俺たちだけだ。第三者に知られることはない」二人の会話は、一言一句そのまま研究室の外へ漏れていた。扉の向こう、影に身を潜めた人物が、中の様子をすべて見届けていたのだ。女はペン型のICレコーダーを握る手にわずかに力を込める。そして、冷たい笑みを浮かべた。――なんて都合がいいんだろう。そのまま彼女は証拠を手に、音もなく立ち去っていった。その時だった。高司のスマホが鳴った。画面に表示された「昭乃」の名前を見た瞬間、彼の口元は無意識にわずかに緩む。通話ボタンを押すと、電話口の向こうから遠慮がちな声が聞こえてきた。「最近、忙しいの?」ぎこちない切り出し方だった。高司は小さく「うん」と返した。だが声色は自然と少しだけ柔らかくなっていた。「何か用か?」「えっと……その……」昭乃は言葉を詰まらせた。本当は、あの日お守りを見て涙を流した理由をそのまま説明するつもりだった。けれど高
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第574話

高司は机の縁にもたれ、しばらく黙り込んだあと、ゆっくりと口を開いた。「彼女が時生との結婚に完全に決着をつけてからだな。今はまだ時生たちがしつこく食い下がっている。もし綾香が生きていると知られたら、その線から調べられて、いずれ薬の不正使用も知られることになる」玄吾の表情はたちまち引き締まり、深くうなずいた。「その通りだ。この件は慎重に進めないといけない」二人は顔を見合わせ、お互いの目に浮かぶ重苦しい緊張感を感じ取っていた。……潮見市。私は高司との電話を切り、デスクでパソコンの画面をぼんやり見つめていた。結局のところ、高司はいつまで怒っているつもりなんだろう。「何ぼーっとしてるの?」理沙が分厚い書類の束を抱えてやって来ると、急かすように言った。「今日は校正しなきゃいけない原稿が山ほどあるし、至急配信のニュースも何本か残ってるのよ。そんな調子じゃ、夜のお迎えに間に合わなくなるわよ!」私はハッと我に返った。そういえば今朝、澄江がわざわざ言っていた。午後はお茶会、そのあとも食事会があって、夜は家で子どもたちを見られないから、早めに退社して迎えに行ってほしいと。胸の奥にあった淡い期待も不安も、一瞬で吹き飛んだ。私は慌てて資料を開き、キーボードを忙しく打ち始めた。退勤時間が近づくころ、ようやく手元の仕事を片付け終えた。残るのは最後の一本のニュースをアップするだけ。ところが、「公開」ボタンを押した瞬間、サイトの画面が突然フリーズした。続いて「サーバーエラー」の表示が飛び出す。オフィス内はたちまちざわつき始め、同僚たちの視線が一斉に私へ向けられた。どこか探るような、妙な空気を帯びた視線だった。状況が飲み込めず戸惑っていると、理沙が青ざめた顔で駆け寄ってきた。そして私の手首をつかむと、そのまま隣の休憩室へ引っ張り込む。「昭乃、あなたと神崎社長って……本当なの?」理沙は振り返ってドアに鍵をかけると、手にしていたタブレットを私の前に突き出した。「本当に神崎社長の家に住んでるの?同棲してるってこと?」私は胸がズシリと重く沈んだ。タブレットの画面に表示されたトレンドワードを見た瞬間、ネットが落ちた理由を悟る。#帝都・神崎家の後継者に不倫疑惑#時生の妻、帝都の御曹司と浮気かそんな私と高司、そして時
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第575話

私はその瞬間、この数日ずっと背後から誰かに見られているような、あの嫌な感覚を思い出した。やっぱり気のせいなんかじゃなかった。ずっとパパラッチに張られていたんだ!ネットに出回っている写真には、私が神崎家の本家を出入りする姿も、澄江と散歩に出かける姿も、すべてがはっきり写っていた。どの場面も計画的に撮られたものだとしか思えない。オフィスの空気が一気に重くなる。タブレットに並ぶ、事実をねじ曲げた記事を見つめていると、足元から冷たいものが這い上がり、頭のてっぺんまで駆け抜けた。どう考えても、誰かが仕組んだ罠だった。そのとき、休憩室のドアが慌ただしく叩かれた。同僚が慌てた声で叫ぶ。「編集長、昭乃さん!早く来てください!骨と皮ばかりに痩せたおばあさんが会社のロビーで跪いてるんです!何も話さないし、どれだけ声をかけても立ち上がってくれなくて……本当に大変なんです!」私と理沙は顔を見合わせた。胸がぎゅっと締めつけられ、私は慌てて立ち上がり、外へ飛び出した。ロビーの中央には、ひそひそと話す同僚たちの輪ができていた。その冷たい床にひざまずいていたのは、なんと時生の祖母、冬香だった。前に会ったときよりさらに痩せ細り、ぶかぶかの服はまるでハンガーに掛けられているようだった。体を支える膝さえ小刻みに震えている。末期がんで、立っているのもやっとの年配の女性。それでも彼女は頑なにひざまずいたまま、まっすぐ私だけを見つめていた。私は駆け寄って起こそうとしたが、その手は強く振り払われた。「昭乃……お願いだから、高司から離れてちょうだい。あの子を自由にしてあげて……お願い……」彼女はひざまずいたまま、かすれた声を振り絞る。「あの子が何年もかけて築いてきた評判も名誉も……あなたに壊されるわけにはいかないのよ!」周りの同僚たちの視線やひそひそ話に、私はまるでさらし者にされたようだ。誰かがこっそりスマホを取り出し、私たちへ向ける。その様子を見た理沙が、一歩前へ出て鋭く言い放った。「みんな、スマホをしまって!オフィス中に防犯カメラがあるのよ。今日のことを誰か一人でも外に漏らしたら、神崎社長がどういう人か説明しなくても分かるでしょ?本気で責任を問われたら、誰が責任を取れるの?」その一言で同僚たちは怯み、不満そうにスマホをポケットへしまっ
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第576話

その先は口にしなかった。けれど、言葉の意味は、どんな辛辣な非難よりも私の胸を深くえぐった。私は自嘲気味に口元をゆるめた。今の自分は、まるで誰もが避けて通る疫病神のように思えた。冬香を乗せた車が走り去ると、私は逃げるように会社を後にした。車に乗り込むと、私は紗奈に電話をかけた。電話に出るなり、向こうから怒りをあらわにした声が飛んできた。「絶対に優子、あの女の仕業だよ!本当に最低!いっそ消えてしまえばいいのに!」私はハンドルを握り、渋滞する車の列を見つめながら、胸に大きな石が乗ったような重苦しさを感じていた。しばらくして深く息を吸い込み、声を落ち着かせながら言った。「紗奈、悪いんだけど、心菜と沙耶を私の家まで送ってもらえる?暗証番号は知ってるよね。私は少し遅れて帰るから」「あなたの家に?」紗奈は少し間を置き、不思議そうに尋ねた。「神崎家には送らないの?」「今は……神崎家から少しでも離れていたほうがいいの」私は苦く笑い、その声には隠しきれない無力感がにじんでいた。神崎家はもともと世間の注目を集めている。私があそこにいれば、みんなに余計な迷惑をかけるだけだ。「分かった……」紗奈は心配そうな声で言った。「子どもたちは任せて。あなたも気をつけてね」ようやく神崎家の屋敷に着き、玄関の扉を開けると、使用人が慌てた様子で駆け寄ってきた。「昭乃さん、お帰りなさい!澄江様が午後のお茶会であの騒ぎを耳にされて、その場で倒れられたんです。今もお部屋で休んでいらっしゃいます」私は胸がぎゅっと締めつけられ、こみ上げる罪悪感に息が詰まりそうになった。急いで部屋へ向かった。澄江はベッドに横たわり、顔色はひどく青白かった。私はベッドのそばへ行き、その手を握りしめた。喉が詰まり、声が震える。「おばあちゃん、すみません……私のせいで、こんな思いをさせてしまって」澄江はゆっくりと目を開け、私を見ると力なく首を振った。「この子ったら、どうして謝るの?あなたは何も悪くないでしょ」けれど私は分かっていた。今回、澄江がどれほど深く傷ついたのかを。部屋へ向かう途中、使用人が教えてくれた。午後、あのニュースが流れた直後、お茶会では誰かが嫌味たっぷりに「神崎家の澄江様ほど立派な方なのに、身内との不倫で騒がれる孫を育てるなんてね」と言ったらしい。
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第577話

澄江は私の手をつかもうとしたけれど、力が入らず、慌てたように私を引き留めようとした。「昭乃、あなた……」私は顔を背けた。その目を見てしまったら、きっと離れられなくなる気がしたから。私は立ち上がり、深く頭を下げた。これまで私を温かく迎え、優しく見守ってくれたことへの感謝を伝えるように一礼すると、そのまま振り返り、足早に部屋を出た。少しでも立ち止まったら、胸の奥に残っていたわずかな覚悟まで、すべて崩れてしまいそうだった。……帰り道、心菜から電話がかかってきた。電話の向こうで、小さな声が遠慮がちに尋ねる。「ママ、いつ帰ってくるの?」胸の中で渦巻く気持ちを必死に押し込み、私はできるだけ穏やかな声で答えた。「今、帰ってるところだよ」心菜は少しためらってから言った。「さっきパパから電話があってね、ママが大丈夫か聞いてって言われたの。ママに連絡してもつながらないって。ママ、何かあったの?どうして急にひいおばあちゃんのお家を出ることになったの?」――時生。その名前は、まるで呪いのように、どこへ行っても私につきまとってくる。結局、今回の騒動だって、全部あの人の愛人が引き起こしたことだった。何度も、何度も。終わることなく。私は娘の問いには答えず、こう言った。「ママが帰ったら話すから。それまで心菜も沙耶も、紗奈おばさんの言うことをちゃんと聞いて、勝手に出歩いちゃだめよ」三十分後、ようやく家に着いた。すると、小さな二つの影が短い足で駆け寄ってきた。心菜と沙耶香だった。二人とも小さな顔を見上げ、不思議そうな目をしている。どうして急に神崎家を出ることになったのか、まったく理解できないのだろう。リビングで待っていた紗奈は、その様子を見るとすぐに話を合わせ、子どもたちを安心させるように言った。「ひいおばあちゃん、最近体調がよくないでしょ?みんなが行くと賑やかになって休めないからね。ほら、さっき途中まで作ってたお城のパズル、お部屋に置いたままだよ。最後までやり遂げるのがいい子なんだから、続きを完成させようか」子どもの気持ちは単純だ。「パズル」と聞いた途端、さっきまでの戸惑いは期待に変わり、二人は真剣な顔でうなずいた。子どもたちが部屋へ戻ると、リビングには私と紗奈だけが残った。紗奈は表情を引き締め、小声で尋ねる。「今回
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第578話

今の私がただ一つ願うのは、高司が一刻も早くこの騒動から身を引けることだった。だって、このネット中にあふれる批判や中傷は、時生が仕組んだものであれ、優子が仕掛けたものであれ、最初から最後まで狙われているのは私一人なのだから。そのとき、スマホが震えた。画面には高司の名前が表示された。私は息をのみ、一瞬どうしていいかわからなくなった。「早く出て!」紗奈が横から焦ったように私を軽く押した。それでも私がためらっているのを見ると、しびれを切らしたように自分で応答ボタンを押した。電話がつながるとすぐ、高司の低く少しかすれた声が聞こえてきた。「おばあちゃんから聞いた。神崎家を出たんだって?」その一言で鼻の奥がつんと熱くなり、私は小さく「うん」と答えるのがやっとだった。電話の向こうは数秒間沈黙し、それから静かな声で尋ねた。「今は自分の家にいるのか?」もう声は鼻にかかり、震えを隠せなかった。「……うん」「家で待ってて」たったそれだけ言った。余計なことは何も聞かず、説明もしないまま、高司は電話を切った。紗奈はすぐに身を乗り出し、いかにも嬉しそうな顔で言った。「大丈夫!高司さんなら絶対何とかしてくれるよ。あなた一人を矢面になんて立たせない。恋人ってそういうものでしょ?ケンカはしても、本当に大変なことが起きたら、相手が本気で愛してくれてるなら、絶対に見捨てたりしないから」キラキラした紗奈の瞳を見つめながら、私は少しだけ羨ましくなった。さっきあんな話をしていた彼女の目は、まるで星が宿っているように輝いていて、恋愛への期待と幸せに満ちあふれていた。きっと浩平先生と過ごす毎日は、とても幸せなんだろう。ぼんやりしていると、紗奈が突然スマホを取り出して画面をスクロールし始めた。数秒もしないうちに、小さく声を上げる。「昭乃、見て!今日ネットで高司さんとのことを書かれてた投稿、全部消えてる!」そう言ってスマホを私に差し出した。さっきまで憶測や悪意あるコメントで埋め尽くされていた画面は、今ではきれいさっぱり何もなく、まるで最初から騒ぎなど存在しなかったかのようだった。紗奈は感心したようにため息をつく。「高司さん、仕事が早すぎるでしょ!こんな短時間で、二人の記事がどのサイトからも全部消えてるなんて。この人脈、本当にすごいわ。昭乃、私が
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第579話

【アカウント凍結されても知らないよ!相手はあれだけ手回しがうまいんだから、そんな悪口くらいじゃ痛くもかゆくもないでしょ?】【凍結されたら別のアカウント作って続けるだけだ!】投稿には誰の名前も書かれていなかった。けれど、その日の午後には世間はすでに大騒ぎになっていて、この下品な言葉が誰のことを指しているのか、誰もがわかっていた。面白半分で下品な言い回しを作っては面白がる者まで現れ、その内容は目を覆いたくなるほどひどかった。私はほんの少し目を通しただけで、思わずスマホをソファへ放り投げた。胸が締めつけられるように苦しかった。そのとき、スマホに通知が届いた。時生の公式アカウントが新たな投稿を公開し、それは瞬く間に各プラットフォームへ拡散され、再びネットを大きく揺るがせた。【俺の妻・結城昭乃は、心優しく誠実な人です。俺に対してやましいことは一度もありません。どうか皆さま、誹謗中傷はお控えください。彼女ほど魅力的な女性が誰かに想いを寄せられること自体は不思議ではありません。しかし、世間でどんな憶測が飛び交おうと、俺の妻は潔白です。そして俺は、これからも彼女を信じ続けます】この投稿が公開された瞬間、ネットは完全に沸騰した。コメント欄では憶測が雑草のように広がっていく。【これって遠回しに、誰かが本当に奥さんに手を出したって認めたようなもんじゃない?】【時生はクズだけど、奥さんへの愛情だけは本物なんだな。この状況でかばうなんて】【クズ男より気持ち悪いのは人の妻を奪う男でしょ!神崎家は黒澤家より力があるから、黒澤グループの社長の奥さんにまで手を出せたってこと?】その瞬間、世間の矛先は私から一斉に外れ、高司へと向けられた。嘲笑も罵声も、人格を否定するような中傷まで、容赦なく彼に浴びせられていく。高司は私のために、あれほど多くのことをしてくれた。それなのに最後は、私のせいでこんな泥沼に引きずり込まれてしまった。本来なら彼は、神崎家の非の打ちどころのない後継者として、誰もが憧れる雲の上の存在でいられたはずなのに。それが今では、「卑劣な男」と指をさされ、嘲笑される立場になってしまった。もし澄江がこの騒動を目にしたら、もともと体調を崩しているのに、さらに悪化してしまうのではないか。そう思うと、考えるだけで怖かっ
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第580話

私はどうしてもドアを開けられなかった。高司を目の前にしたら、あんな拒絶の言葉はもう口にできなくなる気がしたから。ドアの向こうで、高司が静かに言った。「開けてくれないなら、開けてくれるまでずっとここで待つ」その頑固さには、本当に敵わない。私は深く息を吸い、鍵を回して、ゆっくりとドアを開けた。数日ぶりに会う高司は、少し痩せたように見えた。それでも、あの品のある凛とした雰囲気は少しも変わっていない。彼が手にしている輸入スーパーのロゴ入りの買い物袋だけが、仕立てのいいスーツ姿とは妙にちぐはぐだった。その光景を見た瞬間、ふと昔のことを思い出した。まだお互いの気持ちを伝え合う前。彼はよく「近くまで来たから」と理由をつけては、食材を買って私の家へ来て、料理を作ってくれた。彼の優しさも気遣いも、あの温かな台所の空気に溶け込んでいた。それなのに……まだそれほど時間は経っていないはずなのに、まるで遠い昔の出来事のように感じられた。高司は世間の騒ぎについて何も口にせず、私を慰めようともしなかった。まるでネットで騒がれていることなど、自分には何の関係もないと言わんばかりだった。ただ買い物袋を提げたまま、そのままリビングを通り抜け、冷蔵庫へ向かう。冷蔵庫を開けると、淡々と言った。「最近はずっと神崎家にいたから、やっぱり冷蔵庫は空っぽだな」そう言いながら、袋の中から新鮮な野菜や果物、肉を一つずつ取り出し、手慣れた様子で冷蔵庫へしまっていく。まるでここが自分の家であるかのように自然な動作だった。私はその場に立ち尽くしたまま、胸が熱くなり、涙がこぼれそうになる。しばらく気持ちを落ち着かせてから、涙をこらえつつ言った。「ありがとう、高司さん。でも、これからはこういうことは自分でできます。私たちは……」「子どもたちは?」最後まで言い切る前に、彼に遮られた。冷蔵庫の扉を閉めて振り返ると、私を見つめながら言う。「今回の出張で、あの子たちにお土産を買ってきた」返事をする間もなく、後ろから足音が聞こえてきた。心菜と沙耶香が手をつないで部屋から駆け出してくる。高司の姿を見つけた心菜は、とっさに足を止め、その場に立ち尽くした。少しだけ遠慮したような表情で、恐る恐る彼を見つめている。一方の沙耶香はまったく気にする様子
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