あのとき、彼女に「結婚しよう」と伝えた瞬間のことを思い出した。隠しきれないほど嬉しそうで、幸せそうに笑っていた昭乃の姿が脳裏によみがえり、時生の胸は刃物で切り裂かれるように痛んだ。後悔と苦しさで、どうしようもなかった。彼女がどれほど自分を愛していたのか、時生は知っていた。それなのに知らないふりをして、その想いに甘え、好き放題に利用し、彼女を傷つけ続けてきた。そして今、二人はもう取り返しのつかないところまで来てしまった。目の前がかすみ、時生は顔を上げて固く目を閉じた。しばらくしてからスマホを取り出し、岩に刻まれた文字を写真に収める。けれど写真に映っていたのは、風雨にさらされて風化した岩と、ぼやけた文字だけ。あの花のような笑顔を浮かべていた少女は、もうどこにもいなかった。彼はSNSを開き、投稿文を打とうとしたが、指先はわずかに震えていた。結局、打ち込んだのは、「覚えてるよ」の一言だけだった。投稿ボタンを押した瞬間、時生は自嘲するように口元をわずかにゆがめた。昭乃にはブロックされている。だから、こんな方法でしか、二人がかつて過ごした幸せな日々を思い出してもらえないのだ。その後の数日、時生は当時の足跡をたどり、昭乃と旅した街を一つひとつ巡っていった。どれも潮見市から近い街ばかりだった。あの頃は、結城家が昭乃の外泊を許してくれなかったからだ。結城家の両親は昭乃をとても可愛がっていたが、譲れないルールもあった。そのひとつが、女の子は夜九時までには必ず帰宅することだった。だから時生も、連れて行けるのは近場だけで、ほとんどが日帰りで往復できる場所ばかりだった。路地裏にひっそり佇む甘味処にも行った。郊外の湿地公園にも足を運んだ……訪れるたびに写真を撮り、SNSへ投稿した。けれど、その投稿を昭乃が見ているのかどうか、それだけは分からなかった。旅の最終日。ある街の山頂に立つと、夕焼けが空をオレンジ色に染めていた。その景色は、十年前、二人でこっそり抜け出して夕日を見に来た日の空と、まるで同じだった。あのとき彼は、昭乃を急かして言った。「行くぞ!これ以上いたら最終の電車に間に合わない。帰りが遅れたら、ご両親に叱られるぞ」昭乃は白く透き通るような顔を上げ、太陽のような笑顔で言った。「時生、私が大
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