All Chapters of 百合な親友と共に双子を育てる離婚妻。元夫とのすれ違い愛には裏があった: Chapter 91 - Chapter 100

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第91章:回復の道筋*悠真

オフィスのデスクに座り、パソコンの画面を睨みつけながらため息をついた。ステアリンググループの株価チャートは、まるで心電図のように不規則に揺れ、ジリジリと下降し始めている。原因は明らかだ。傘下であるユナイトコーポレーションの株価低迷。ネットブロード社が買収に名乗りを上げてから約2ヶ月、いよいよ大元のステアリンググループの信頼まで揺らぎ始めている。俺は総帥の息子として、対策会議を連日主宰している。社内の優秀なブレインを集め、AIやアプリ開発の新プロジェクトを推進し、株価回復の道筋を探っていた。蓮がユナイトに提案してリリースに至ったアプリも成果は上がったが、それだけでは足りない。市場は冷徹だ。小さな成功がいくつ積みあがっても、たった一度の失態が負の連鎖反応を引き起こす。投資家たちはもちろん、社内からも、「ユナイトをさっさと切り捨てろ」との声が上がってきている。だが、その判断は正しいのか。捨てるにしても、いつどのタイミングで買収を進めるべきなのかでもグループへの影響は大きく変わってくる。そんな中、遥花のことも頭から離れない。数日前、彼女が香澄――反町香澄に会いたいと申し出たとき、俺は断った。香澄は今、ユナイトの買収を公言したネットブロード社の社長で、俺たちの敵だ。そして、もう俺たちの知る香澄でも、sophilaですらもないかもしれない。俺は“第三の人格かもしれない”と言った。確信があるわけではないが、冗談で言ったつもりもない。言われた遥花も、思いもよらなかったという表情をしていた。ただ人格がどうであるかに関わらず、単純な話、かつて愛した相手と対面して、昔とはまったく正反対の態度を取られたらどうする。そんなことになれば、遥花をさらに傷つけるだけだと思った。それでも遥花の目には、諦めきれない何かがあった。あれから彼女は、俺の前で香澄の話をしなくなった。蓮や菖蒲の成長を喜ぶ姿は変わらないが、時折、遠くを見つめる目が俺を不安にさせる。「叔父貴、株価はまだ下がりっぱなしっス……市場の反応を予測すれば、このままでは来月には底値に……」秘書の幸太郎がデータシートを差し出してくる。こいつはまだまだ未熟だが、最近は少しずつ頼れるようになってきた。こいつも待望の第一子が死産となったショックを抱えているだろうに、今は傷ついた阿左美を支えるために必死なのかもしれない。
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第92章:ディベートとコミュニケーション*悠真

「円城寺椿を本社に推薦したのは、確かお前だったと聞いたが」単刀直入に尋ねると、相手は「ええ、私ですが。それが何か」と即答した。「彼女は元々、隆一の派閥だったはずだ。それで今も、俺を引きずり降ろそうと本社で妙な働きかけを始めていることはすでに調べがついている。まさかお前がそう仕向けているわけじゃないよな」「悠真様、私は物事を公平に見る立場であり、一切そのような働きかけはいたしません」例の感情の読めない喋り方で言う。躊躇う様子もないのは流石はヤツ――佐伯敏夫だ。「恐らくは、彼女もまだ隆一に囚われているのでしょう。可哀そうに。磨けば光る人材と思って、せっかく悠真様のお傍に置いて差し上げたのに。私自身、裏切られたような気分で残念ですよ」また抑揚の乏しい口調で言うが、その言葉も佐伯の本心のように聞こえる。問題を起こしていた松山支社を、これまで立て直してきたのはヤツだ。その元部下の不祥事は、支社長としての責任問題――つまり、やろうと思えば今ここで、俺の重役権限で佐伯を降格させることも可能というわけだが。「ただ悠真様も、彼女が裏切り者だと知っていて泳がせているのでしょう。何か考えがおありで?」と、今度は佐伯の方から尋ねてきた。ヤツめ、形勢不利と見てすぐに話題を逸らしたな。「……ふっふっふ、さすがは佐伯だ。よくそのことに気づいたな」「その笑い、流石ですね悠真様。どうやらご立派に成長なされたようで。差支えなければ、その考えをお聞かせ願えますでしょうか」「それはだな――ノープランだ」「やはりお答えできませんか、そうですよね。私だっていつまでも肩入れできないと申し上げましたし、そんな私に悠真様の高貴なお考えなど……いま何とおっしゃいました?」珍しく、戸惑うように佐伯が言う。やった、ついに佐伯から感情のようなものが引き出せた。転がされるのではなく、俺の方から佐伯を転がすことに成功だ。とうとう勝ったぞ。「だからノープラン、つまり何も考えていないと言ったんだ。と言うか、どうしたら良いんだ。問題が多すぎて何から手を付けたらいいのかさっぱりわからん。ああ、もう仕事辞めたい。海パン一丁でハワイにでも泳ぎに行きたい」「……あの、自暴自棄になるのは感心しません。今のは聞かなかったことにしますよ」冷静さを取り戻して佐伯が言う。何だよ。せっかく革命が起きたと思った
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第93章:ハーブティーと隠し事*阿左美

7月の東京は蒸し暑かった。マンションの窓を開けても湿った空気が部屋に流れ込むだけ。エアコンを効かせてハーブティーを飲みながら、ソファに座っていた。お腹はもうすっかり元に戻り、鏡を見ても妊娠の痕跡はほとんどない。でも、心の傷はまだ癒えていない。ドアのチャイムが鳴った。遥花さんだ。今日は彼女が遊びに来てくれる約束だった。立ち上がり、玄関へ向かう。「いらっしゃい、遥花さん。暑い中ありがとう」「阿左美さん、だいぶ顔色もいいようね。今日は女同士でゆっくりおしゃべりしましょう。蓮も田中さんに連れられて市民プールに泳ぎに行ってるし、菖蒲も奥野さんと一緒に丸一日撮影で出てるから、時間は気にしなくていいわよ」遥花さんは笑顔で言ったが、どこか疲れた様子に見えた。いつもの優しい目の中に、何やら影のようなものが揺れているのを感じる。リビングに通して、ハーブティーを出す。 「暑い日に、ごめんなさいね。麦茶でも出すべきなんでしょうけど」 「気にしないで。冷たいものばかり飲んでも体壊しちゃうし」 そう語り合いつつ、私たちはソファに並んで座った。遥花さんは窓の外を眺めながら、ぽつりと話し始めた。「悠真、最近すごく忙しいの。総帥になるためにいろいろ奔走してるみたいで……」「へえ、総帥に? すごいわね。悠真さんなら、きっとうまくやると思うけど」私は感心したように言った。確かに悠真さんは変わった。覚醒したとでも言うべきか、今はステアリンググループの危機を乗り越えようと必死だ。遥花さんから聞く話では、社内の不穏な動きを抑えたり、新しいプロジェクトを推進したり、相当なプレッシャーの中でも頑張っているらしい。「ええ、彼は強い人よ。でも、私……少し心配で」遥花さんの声が、少し遠くなる。視線はハーブティーのカップに落ちたまま、心ここにあらずという感じだ。ふと、前かがみになった遥花さんの胸元が少し見えたとき、何かアザのようなものがいくつかあることに気づいた。「遥花さん、どうしたの? 何かあった?」そっと尋ねると、遥花さんは一瞬、目を伏せた。「ううん、何でもないわ。ただ、悠真が総帥になったら、私の役割も大きく変わるのかも……総帥の妻として、どんな身の振り方が必要になるのかなって悩んでるだけ」嘘だ。彼女の指が、カップを握る手に力が入っているのがわかる。でも友達として、どこまで
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第94章:フェロモンと素麺*阿左美

遥花さんが帰ったのは18時の少し前くらい。その後、夕飯の準備をしている最中の19時ごろに夫のコーちゃんが帰ってきた。「お、遥花さん、来てたんだ」と、ゴミ箱を見て察したコーちゃん。「え、なんでわかったの」「いや、あ~ちゃんのお気に入りのハーブティーのティーバッグが2個捨ててあったっスから……誰かに淹れてあげたんだろう、遥花さんかな、なんて思って」「ふふふ、それだけで気づくなんて、流石は元・探偵ね」「元・探偵じゃないっスよ。ただのアシスタントっス。それに師匠の田中さんも廃業して、今は叔父貴の専属ドライバーだし」「まったく。人生、何が起きるかわからないものね……遥花さんだって……」「ん、遥花さんがどうかしたんスか?」言いかけて、ふと遥花さんが言った言葉を思い出した。“言わなくてよい話は、無暗に相手に話さないことよ”。じゃあ今喋りかけた話は、“言わなくてよい話”だろうか。そうも思えない。これはきっと、私たちの生活にとっても何かの火種になりそうな気がしている。とてもプライベートな話だけれど……。ごめんなさい、遥花さん。心の中で謝りながら、私はコーちゃんに告げた。「驚かないで聞いてくれる。あり得ない話だと思うけど……もしあり得たら大変なことだと思うから、あえて言うわ」「なんスか? 勿体ぶって……もう、あ~ちゃんからなら、例え“明日地球が滅ぶ”なんて言われても驚かないっスよ」コーちゃんは強がった。でも、私が口にした言葉を聞くと、彼は今までにない反応を示した。「あのねコーちゃん。実は遥花さん、不倫してるみたいなの」コーちゃんの顔が凍りついた。まるで時が止まったように。私も思わず、漫画みたいにしてコーちゃんの顔の前で手を振ってしまったほどだ。流石に瞬きをして、我に返ったようにして彼は言った。「え、マジっスか? 遥花さんが……不倫? そんな……本人がそう言ってたんスか? それとも、霊視……?」首を振る。「本人がそんなこと言うわけないし、もちろん霊視の力が戻ってきたわけでもないわ。ただの勘だけど、今日に限らず、遥花さん、時々遠くを見つめる目をするの。あれは、きっと誰かを想っている目よ。悠真さんじゃない、別の誰かを」コーちゃんは、スマホを握りしめた。「それって……まだ香澄さんのことを想って、とかいう話ではなくて?」再び、首を振る。「あのね、香澄
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第95章:蝉の不在とエアコン*蓮

【2025年8月】昼下がり、屋敷はエアコンの冷気で少しひんやりしていたけど、外は外出を控えた方が良いくらいの暑さだとワイドショーが伝えていた。暑すぎて、蝉の声すら聞こえないというのだ。これほど暑くなると蝉すら出てこなくなるんだと、少なからず驚いていた。夏休みを謳歌していた僕はリビングのソファに寝転がって、ノートパソコンで新しいアプリのコードをいじっていた。名前は『Phantom Guard』。ネットの闇から大事な人を守る、究極のセキュリティアプリだ。sophilaの魂と結びついた僕だからこそ作れる、特別なもの……そのコンセプトだけで、中身についてはまだ固まっていないけれど。テレビはつけっぱなしだった。午後のワイドショーで、突然、聞き覚えのある名前が飛び出してきた。「ステアリンググループの次期総帥に、大道寺悠真氏が就任することが決定しました」画面に映ったのは、悠真――血縁上の父の姿。スーツ姿で、記者たちに囲まれてる。ちょっと疲れた顔だけど、堂々としてる。隣にはお爺ちゃん――現総帥の顔も映っていて、珍しく穏やかな表情だ。「悠真、あの頑固なお爺ちゃんをよく説得したものだな」思わず独り言が漏れた。会社の危機を乗り越えて、ついに総帥の座を手に入れるなんて、さすがに感心せずにはいられない。ただ僕のアプリ『Sweets Filter AI』でユナイトコーポレーションの株価を少し持ち直したのも、きっとプラスになったはずだ。僕のコードが悠真の力になったんだ。少し胸が熱くなった。菖蒲は撮影で出かけてるし、遥花は買い物か何かで外出中。家は僕一人。テレビの音だけが部屋に響く。でも、次の話題で空気が変わった。「一方、ネットブロード社は、ユナイトコーポレーションの買収方針に変更はないと発表しました。反町香澄社長と中継が繋がっています」スタジオの大きな画面には、反町香澄の姿が映る。ネットブロード社の社長。あの、sophilaの体を乗っ取った第三の人格だと悠真が言っていた女性。黒いスーツに鋭い目。美人だが、冷たい感じがする。「大道寺悠真氏の総帥就任? まだ40歳になられたばかりでしたっけ。若くしてご立派なこととは思いますが、我々の方針は変わりません。ユナイトコーポレーションを買収し、皆様により豊かな生活をお送りいただきたいと思いますのでどうぞご期待ください!」彼女は笑顔
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第96章:書類の山とコーヒー*悠真

総帥就任の準備は予想以上に骨が折れた。ステアリンググループの重役室で、俺は毎日のように書類の山と格闘していた。株主総会の日程調整、内部改革案の策定、外部からの買収防衛策……。ユナイトコーポレーションの危機はまだ続いているが、少なくともグループ全体の株価は少し持ち直した。これも佐伯の提案に乗ったおかげと思うと少しシャクではあるが。そんな多忙な8月下旬、俺は少しずつ気づき始めていた。遥花の様子がおかしいことに。最初は些細なことだった。夕食の席で、遥花が時折、遠くを見つめる。笑顔はいつも通り優しいのに、どこか心が別の場所にあるような。蓮や菖蒲の話に相槌を打つ声も、少し遅れて返ってくる気がした。「遥花、最近どうした? 疲れてるのか?」ある夜、子供たちが寝静まった後のベッドで遥花に尋ねた。彼女は俺の胸に頭を預けながら、静かに首を振った。「ううん、大丈夫よ。悠真が総帥になる準備で忙しいのに、私まで心配かけてごめんなさい」「いや、俺の方こそ。家族の時間をもっと取らなきゃいけないのに」遥花の髪を撫でた。彼女の体温が心地よい。でも、反応は違う。少し前は、俺の触れ方に素直に甘えてくれることもあったのに、今はやや距離を感じる。その後の情事のときも、遥花は上半身の服を脱ごうとしなかった。「脱がなくったっていいでしょう。別に私たち、もうそんなに若くもないんだし。これからは激しくしないで、もっとゆっくり、カジュアルに楽しんだっていいじゃない。ね?」そう言われると、無理に脱がすわけにもいかなかった。裸でないと愛し合えないわけでもないのだ。それに、そもそも年を取ると、こういった行為自体をしなくなる夫婦も多いと聞く。下半身だけで、見えない布団の中で結ばれ、愛し合う。そういった奥ゆかしい情事ができるだけでも、俺たちはよい夫婦だと考えるべきなんじゃないだろうか。そう自分に言い聞かせた。「悠真……ありがとう。あなたがいてくれて、本当に良かった」互いに愛し合ったあとの遥花の言葉は優しい。ただ、俺の胸に小さな棘が刺さるような感覚があった。彼女の目が時折、別の誰かを想っているような……もちろん香澄の影を引きずっているのもわかるが、それも受け入れながら、俺のことも愛し、家族としての幸せも大事にしてくれているはずだった。でも……そうじゃない。失った誰かへの哀しみを乗り越えようとするような
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第97章:アナグラムとヒグラシ*悠真

数日後、オフィスでの仕事中に蓮から連絡があった。「悠真、大事な話がある。ちょっと仕事抜けられないかな。会社の未来にもかかわる話なんだ。家で待ってる」蓮の声は真剣で、“父さんだろ”とツッコミを入れるのすら忘れた。急いで帰宅すると、リビングで蓮はノートパソコンを開いていた。遥花と菖蒲は出かけているらしい。「蓮、何だ?」蓮は画面を見せた。新作アプリ『Phantom Guard』の改良版らしい。「このアプリで、ステアリンググループのデータに防壁をかけてみたんだ」 「防壁……ファイヤーウォールみたいなものか?」 「まあ一旦は、そういうものだと思ってくれていいよ。そしたら、不審なアクセスログを見つけたんだ」画面には複雑なコードとログが表示されている。俺にはチンプンカンプンだが、蓮の目は輝いていた。「ここを見て。誰かがステアリンググループの機密データにアクセスしようとしてる痕跡がある。でも、失敗してる。僕のアプリがブロックしたんだ」「蓮……お前、天才だな」素直に感心して言う。が、蓮の次の言葉に俺は凍りついた。「それだけじゃない。悠真……このアクセス元を辿ったら、ステアリンググループのある社員のスマホにたどり着いたんだ。誰だかわかる? “Tsubaki Enjoji”っていうユーザー名なんだけど」円城寺椿――って、なんだ、そいつか。「蓮、俺だって、そいつがスパイだってことには気づいていたさ。そのうえで泳がせてたんだが……」正直、拍子抜けしてしまった。いや、蓮は小4だ。その年齢で彼女のスパイ行為の証拠を得られたのは確かに大したものではあるが、それだけの情報ではさすがに、わざわざ会社を抜け出してきた意味が……。「それともう一つ。遥花のスマホにも、この“Tsubaki Enjoji”からアクセスがあった。しかも不正なアクセスじゃない、LINEだ。遥花の方からも頻繁に連絡を取ってるみたい」と、蓮からの追加の情報に凍り付く。遥花にどうして円城寺との繋がりが……。 「LINEの内容は見れないのか?」 「いや、さすがにそんなプライバシーな部分までは見れないようにしてるよ。ただ最近、遥花、一人でおめかしして出かけることあるじゃない。ちょうどそれと、LINEのやり取りした時間が重なるんだ」 おめかしして出かける……ふと、数日前に幸太郎から言われた言
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第98章:最後のワガママ*椿

【2025年8月上旬】真夏の東京は、松山とは違って蒸し暑く感じた。自然が少なく、太陽光に温められたコンクリートの熱が地面からも沸き立っているからだろう。まるで巨大な蒸し風呂だ。ただ、それで田舎が恋しいなんて気持ちは微塵も湧かない。クーラーの効いたオフィスのデスクでぼんやりとスマホの画面を見つめているあたしは、もうすっかり都会に染まってしまった。数日前、反町香澄から連絡が来た。大道寺悠真へのハニトラに失敗したあたしに、もはや用なんてないと思っていたのに。わざわざ呼び出してきたかと思いきや、とんでもないことを言ってきたのだった。「あなた、大道寺悠真の妻と会ってるそうね」彼女の冷たい声が耳に残る。 「どうしてそれを……」 驚いて訊き返すと、彼女は不敵に笑った。「あなたのことは監視しているわ。うちの優秀な社員たちが逐一報告してくれるの。報告によればあなた、単に悠真の妻を利用しようとしていると言うより、かなりプライベートな関係にまで発展しているようね。いつぞやは、昼間から大胆に二人でラブホに入っていったという話も出ているわ」「……プ、プライバシーの侵害や!」と抗議したものの、彼女は平然と答えた。「あら、指示を下された人員が、ちゃんとこちらの指示通り動いているか確かめるのは、ビジネスとして当然のことだと思うけど」そして、こう続けた。「でも、なかなかいい感じよ。当初の予定とは違うけど、このまま遥花と不倫を続けて、大道寺家を崩壊させなさい」あたしは言葉を失った。隆一様から聞いた香澄は、そんな人間じゃなかった。複数の人格を抱えていようと、どちらも遥花さんに好意を抱いていたはずだ。そんな彼女が、あたしと遥花さんの関係性すら利用しようとするなんて……。やはり今の彼女――反町香澄は、かつての香澄でもなく、sophilaでもない、まったく別の人格になってしまっているのかもしれない。以来、遥花さんに連絡を取るのがはばかられた。会いたいのに、会ったらまた香澄の思惑通りに動いてしまうんじゃないか。隆一様の悲願を叶えるためなら、何だってするつもりだったのに……今は、もうそれすら揺らいでいる。※【2025年8月下旬】数週間後、いつもの喫茶店で遥花さんと会った。彼女は少しやつれた顔をしていたけど、笑顔で迎えてくれた。「椿さん、どうしたの? 久々に会ってくれたと
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第99章:内なる声と究極の愛*sophila

ネットブロード社の社長室で、巨大なモニターを睨みつけていた。画面には、セキュリティログが無数に流れている。ステアリンググループの内部データに円城寺椿のPC経由でアクセスしようとしていたが、どれも失敗している。ブロックされたのだ。「大道寺蓮、か」小さく笑みが漏れた。あの双子の片割れである小4の子供は、私の会社のファイアウォールをも突破しようとしていた。しかも成功しかけている。 ログを見れば、使われたのは『Phantom Guard』と称されたアプリだ。蓮が作ったのだろう、確かにアプリとしては優秀。わざわざログに残るような名称を残している点は、子供らしい承認欲求の表れとも取れるが。蓮の才能は、幼少期に彼を育てた“過去の香澄”から受け継がれたものなのか。蓮と過ごしたのは、彼がまだ新生児だったほんの短い時間だが、それでもあの子が“過去の香澄”に助けられた記憶を抱き、憧れを抱きながら育っていったことはわかる。それはむしろ好都合だ。蓮が親である“過去の香澄”に挑むつもりで私に戦いを仕掛けてくるなら、ゲームはさらに面白くなる。隆一が逮捕されてから、もう何年も経つ。あの男は私を“道具として作り上げた”。少なくとも彼は“幼い頃の香澄を洗脳し、sophilaという人格を植え付けた”と認識している。隆一の目的はステアリンググループの支配――大道寺家を潰し、自分の血脈を頂点に据えることだった。私は“彼の道具として生まれた”。が、実際にはそうじゃない。かつてsophilaと呼ばれていた私は、シングルマザーである母親から虐待を受けて精神が崩壊しかけていた。それを守る形で、“過去の香澄”が誕生した。私こそが主人格で、“過去の香澄”は私を守ってくれていた存在だ。隆一が捕まり、“過去の香澄”も眠りについた今、私は自由だ。隆一の遺志を継ぐ? 冗談じゃない。私は彼の洗脳から逃れた。自分の存在価値を証明するために、ステアリンググループを完全に支配する――それが私の目的。ユナイトコーポレーションの買収は、その第一歩だ。ネットブロード社は、反町信弘という、私の戸籍上の夫となった男が築き上げた会社だ。だが信弘は半年ほど前に脳梗塞で倒れ、植物人間状態となり、やがて私が社長の座に就いた。元々、出会った頃からその兆候は感じていた。かなりの歳の差婚でもあり、彼との結婚に愛はなかった。
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第100章:告白と秋風*椿

【2025年9月】東京は夏の残熱がまだ残り、街を歩くだけで汗がにじんだ。あたしはステアリングタワーのエントランスで深呼吸を繰り返していた。“もう一回やり直して。また、別の日に“最後”をやり直して頂戴。あなたのワガママを聞いたのだから、私のワガママも聞くべきよ”遥花さんはそう言ってくれた。だが、彼女とつながり続ける限り、あたしは反町香澄に利用され続けてしまう。反町香澄の目的は、大道寺家を崩壊させること。そしてその目的達成によって、遥花さんの幸せも壊れてしまう。ならどうすれば良いのか。あたしの出した結論が、これだ。悠真に直接会って、あたしと遥花さんの関係を打ち明ける。もう隠すことなんてできない。あたしは遥花さんを愛している。だから、あたし自身が遥花さんを幸せにするんだ。それは反町香澄の思惑通りかもしれないが、決して彼女に利用される形で物事を進めるわけではない。私の方から悠真に正々堂々打ち明け、すべて終わらせるんだ。エレベーターで重役室のある階へ上がる。秘書の吉田さんが、驚いた顔で迎えた。「あんたは……」「円城寺椿です。悠真さんに折り入ってお話があって伺いました」「折り入って話って……叔父貴、いま会議中なんスけど」「待ちます。終わったら、すぐに通してください」吉田さんは少し戸惑った様子だったが、うなずいてくれた。1時間ほど待合室で待ち、ようやく悠真が現れた。疲れた顔をしていたが、総帥らしい威厳がある。「円城寺……何か用か?」冷たい声。でも、あたしは怯まなかった。「大事な話があります。少しだけ時間をください」悠真は少し眉をひそめたが、うなずき、重役室に通してくれた。広い部屋。窓から東京の街が見下ろせる。あたしはソファに座り、悠真はデスクの向かいに立ったまま。「で、何だ?」悠真の問いに、深呼吸して答える。「悠真さん……あたし、遥花さんを愛しています」一瞬、部屋が静まり返った。悠真の目が、鋭く細められる。「……まさか、君の方からそれを伝えに来るとはな」もう知っていたかのように彼は言う。いや、間違いなく気づいていたのだ。だが、それでも彼の中から冷静さが消えた。低く、怒りが込められた声。あたしは震える声で続けた。「ご存じだったんですね……あたしたちの関係を」「“ご存じだった”か――いや、そうじゃないかと疑っていただけだ。認めたくは
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