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第96章:書類の山とコーヒー*悠真

last update Date de publication: 2026-02-05 23:59:41
総帥就任の準備は予想以上に骨が折れた。ステアリンググループの重役室で、俺は毎日のように書類の山と格闘していた。株主総会の日程調整、内部改革案の策定、外部からの買収防衛策……。

ユナイトコーポレーションの危機はまだ続いているが、少なくともグループ全体の株価は少し持ち直した。これも佐伯の提案に乗ったおかげと思うと少しシャクではあるが。

そんな多忙な8月下旬、俺は少しずつ気づき始めていた。遥花の様子がおかしいことに。

最初は些細なことだった。夕食の席で、遥花が時折、遠くを見つめる。笑顔はいつも通り優しいのに、どこか心が別の場所にあるような。蓮や菖蒲の話に相槌を打つ声も、少し遅れて返ってくる気がした。

「遥花、最近どうした? 疲れてるのか?」

ある夜、子供たちが寝静まった後のベッドで遥花に尋ねた。彼女は俺の胸に頭を預けながら、静かに首を振った。

「ううん、大丈夫よ。悠真が総帥になる準備で忙しいのに、私まで心配かけてごめんなさい」

「いや、俺の方こそ。家族の時間をもっと取らなきゃいけないのに」

遥花の髪を撫でた。彼女の体温が心地よい。でも、反応は違う。少し前は、俺の触れ方に素直に甘えてくれること
道中ヘルベチカ

※2026/3/16 20:03(JST)更新

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    【2026年1月】冬の陽射しは冷たく、墓地の石碑に白い影を落としていた。香澄の墓前には、家族みんなが揃っていた。悠真、蓮、菖蒲、そして私。今日は香澄の四十九日。去年の11月、彼女は静かに息を引き取った。墓石には「遠藤香澄」と刻まれている。香澄と反町家の関係は、香澄が亡くなる前からすでに切れていた。ネットブロード社がステアリンググループに対して起こしたハッキング攻撃は、すべて香澄の独断として責任を押し付けられる形となった。元夫であり、社長の創業者であった反町信弘氏は植物人間状態。それに代わり、会社の重役や幹部達、それに反町家の血縁者たちが徒党を組んで、香澄社長を追い出した。酷い話だが、香澄自身も死期が近かったとあって、マスコミなどの取材に煩わされることもなかった。ユナイトコーポレーションの買収の話も凍結され、ネットブロード社は今、再編に追われているが、もはや香澄とは無関係な話だ。ある意味では、香澄自身が望んだ通りの結末だったのかもしれない。彼女らしい、見事な幕引きだ。世間は、反町香澄なんて最初から存在しなかったかのように動き始めている。けれど私たちだけは――あの日、病室で最後に交わしたキスと抱擁の感触は、今も私の肌に残っている。菖蒲が小さな花束を墓前に置いた。彼女はもう10歳。去年のドラマが大ヒットして、天才子役としてますますオファーも増えて忙しくなっているのに、今日は撮影を休んで来てくれた。「香澄さん……お元気? 菖蒲、ちゃんと大きくなってるよ。ママとパパと、お兄ちゃんと、みんなで頑張ってるからね」菖蒲の声は少し震えていた。蓮は黙って菖蒲の肩を抱いた。蓮の『Phantom Guard』は警察のサイバー捜査に正式採用され、彼はもう「天才少年プログラマー」として有名人になり始めている。悠真は私の手を握っていた。総帥就任から数ヶ月、ステアリンググループは安定を取り戻した。社長令嬢である阿左美さんも蘇った霊視の力で手腕を振るいつつ、ユナイトコーポレーションの株価も回復傾向にある。「散々苦労かけさせられたが……ある意味では、お前のお陰で成長できたとも言える。ライバルとして、元友人として、お前を失って俺も辛く思っているよ、香澄……できればまた、若い頃の武勇伝でも語り合いたかったな」悠真の声は静かだった。私は彼の肩に頭を預けた。「カッコつけてるけど、昨日の

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  • 百合な親友と共に双子を育てる離婚妻。元夫とのすれ違い愛には裏があった   第112章:再会への旅*遥花

    朝の陽射しがカーテンの隙間から差し込む。リビングのテーブルに、蓮と菖蒲の朝食を並べながら、私は静かに息を吐いた。今日は香澄に会いに行くと決めた日。「ママ、どこか行くの?」菖蒲が目をこすりながらリビングに入ってきた。彼女の髪は寝癖で跳ねていて、いつものように可愛い。私は微笑んで、菖蒲の頭を撫でた。「うん、ちょっと用事でね。一人で出かけてくるわ」菖蒲の目が、大きく見開かれた。「え……一人で? また、帰ってこないつもり?」「心配しないで、夕方には帰るから」菖蒲は、唇を尖らせた。「ママ……絶対帰ってきてね。菖蒲、ママがいないと寂しいもん」その言葉に、胸が締め付けられた。菖蒲の小さな手が、私の服の裾を握る。私はしゃがんで、菖蒲を抱きしめた。「うん、絶対帰ってくる。菖蒲と蓮とパパと、一緒にいるよ」蓮が階段を降りてきた。ノートパソコンを抱えている。「遥花……僕のアプリで、香澄さんの位置は追えるよ。リアルタイムで。危なくなったら、すぐに連絡する」蓮の声は、落ち着いている。でも、目が少し赤い。私の決意を、止める気はないみたいだ。「ありがとう、蓮。頼りにしてるわ」悠真は、朝から会社に出かけていた。昨夜、すべてを話した。香澄に会いに行くこと。過去の香澄を救うために、一人で行きたいと。彼は悩んでいたようだが、もう私を止めることはしなかった。ただ、「気をつけて。帰ってきてくれ」とだけ言った。家を出た。菖蒲は玄関で手を振って、「ママ、絶対帰ってきてね!」と泣きながら叫ぶ。蓮は「アプリで追ってるから、大丈夫だよ」と静かに言いながら、私に笑顔を向けてくれた。電車の中で、過去の記憶が蘇る。香澄と出会った子供の頃。彼女はいつも明るくて、私の厳しい家庭環境を笑い飛ばしてくれた。香澄は、私の初めての友達……そして私が双子を身ごもってから、とても短い間だけど、共に暮らし、共に双子を育て、そして愛し合った、かけがえの無い家族だ。今、香澄は反町香澄として、私たちの敵になっている。でも、私は信じている。彼女の中には、まだ過去の香澄がいる。sophilaが封印した、優しい香澄が。東京駅に着き、ネットブロード社の本社へ向かうタクシーの中で、蓮からLINEが来た。「遥花、香澄さんの位置は最上階の社長室。アプリでリアルタイム追跡中。……でも、解放アプリを入れるには、香澄さんのデバイ

  • 百合な親友と共に双子を育てる離婚妻。元夫とのすれ違い愛には裏があった   第111章:暴走と家族会議*蓮

    学校から帰ってきて、すぐに自分の部屋にこもった。ノートパソコンを開いて、『Phantom Guard』のコードをいじり始める。 sophila――反町香澄社長のサーバーに侵入して、彼女の秘密を探る。最新のバージョンで、今度こそ突破してやる。 「よし……ファイアウォールの抜け道、昨日見つけたやつを使って……」 キーボードを叩く。画面にデータが流れ込んでくる。機密ファイル、ログ……そして、変なフォルダを見つけた。「Sealed Memory」って名前。封印された記憶? なんだこれ。 パスワードがかかってるけど、僕のアプリでクラック。開くと、中に古いプログラムのコードがいっぱい。洗脳プログラム……? プログラムの製作者の名前を見ると、“ryuichi”と記載されている。sophila自身が作ったものではない。 ログを見ると、sophilaが自分の意思でプログラムを起動して、過去の香澄の人格を封印した記録が残ってる。 「香澄は、自分の意思で過去の自分を封印してた……? どうして?」 さらに深く掘ってみる。プログラムのコメントに、sophilaのメモみたいなものが残ってる。「弱い自分を閉じ込めれば、私は強くなれる。遥花を傷つけないために」。 ……遥花? ママのこと? sophilaは、ママを傷つけないために、過去の香澄を封印した? でも、今のsophilaはママを傷つけるようなことばっかりしてる。矛盾してる。 「もしかして、封印したせいで、sophila自身がおかしくなっちゃったのかも……」 頭を掻く。この洗脳プログラムは、元々人格を操るためのものだったようだ。“ryuichi”というのが誰かはよくわからないが、ともかく第三者が作ったプログラムをsophila自身がいじったら、予想外の結果になったのかも。弱い自分を封印したつもりが、逆に強すぎる人格が暴走し始めた……みたいな。 「sophilaを倒すんじゃなくて、過去の香澄を解放すれば……元の香澄に戻れるかも」 閃いた。アプリをさらに改良して、封印データを解除するハッキングコードを書く。プログラムの構造を解析して、逆の動作をするように。理論上は可能だ。でも、実際にやるには、香澄のスマホかパソコンに直接アクセスしないと……。 「まずは、家族に話さないと」 リビングへ降りる。菖蒲はソファでSwitchや

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  • 百合な親友と共に双子を育てる離婚妻。元夫とのすれ違い愛には裏があった   第5章:過去の記憶*悠真

    【2015年5月】離婚から3ヶ月、俺の生活は空虚だ。ステアリングタワーの最上階に君臨する父の冷徹な目や、ガラス張りのオフィスでの会議の重圧に追われる日々。「後継者たれ」という父の命令や、書類の山、数字の羅列。それが俺のすべてとなった。俺の離婚報道は、ささやかながら世間を賑わせた。離婚のきっかけや原因は何だったのかという突撃の取材も電話で舞い込むようになり、社員達にはすべてシャットアウトするよう通達された。それでも「モラハラが原因か?」「夫の不倫か?」などの記事が書かれ、もしかして遥花や百合子が記者に情報を売ったのかと慌てて雑誌を買い漁り、読み込んだりもした。だが載っている情報はどれもデタ

  • 百合な親友と共に双子を育てる離婚妻。元夫とのすれ違い愛には裏があった   第4章:決意の代償*遥花

    【2015年3月】前の客が吸ったのであろうタバコの香りが残る、安いビジネスホテルの窓から見える東京の街は、夜の光で冷たく輝いていた。こんなところに泊っているなんて悠真が知ったら、多少は気の毒に思ってくれただろうか。プチ家出の際も、贅沢はしなかった。冷たくされた腹いせに旦那の稼ぎで豪遊する妻も世の中にはいるようだが、それと同じことをするのは私のプライドが許さなかった。悠真に隠れて更新していたライフハック系ブログや、フリマアプリの収入ですべてまかなっていた。当然ながら、愛のない養父母の元へ帰るという選択肢は最初からなかった。今は悠真から渡された“報酬”でまとまったお金もあるが、すぐ手を出す気

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