蓮の部屋の窓辺に、午前の光が静かに差し込み始めていた。カーテン越しの光は、優しくも確かに夜が終わったことを告げている。ベッドのシーツは少し乱れ、昨夜の熱と眠気の名残がまだそこに漂っていた。蓮はキッチンでコップ一杯の水を飲み干し、深く呼吸を吐いた。背後では、瑛司が静かにシャツのボタンを留めていた。泊まったとはいえ、彼は今日も仕事へ向かう。まだ離れた場所にある日常へ。ふたりの間に、焦るような気配はなかった。代わりに、昨夜抱きしめ合ったときと同じ温度が、まだどこかに残っていた。皮膚の表面ではなく、もっと深い場所に。蓮は背中越しにその気配を感じながら、振り向かずに尋ねた。「ホテル、戻るの?」「うん。今日はちょっと資料の整理がある」「ああ、そっか」ほんの数日前までは、こうして何気なく言葉を交わすことすら、怖くて仕方がなかった。言葉の向こう側に何かが潜んでいる気がして、目を合わせるのも避けていた。だけど今は、ふとした言葉の間が、ただの“呼吸の間”に変わっている。シャツの袖を整えた瑛司が、荷物をひとまとめにして立ち上がる。蓮の部屋の玄関は、出入りするには少し窮屈な間取りだったが、今は妙に居心地がいい。ふたりが近づくには、ちょうどいい狭さだった。「行くね」瑛司がドアノブに手をかける。その声に、蓮がゆっくりと振り返った。靴を履こうとする瑛司の背中を見ながら、蓮は言葉を探した。何か、ただの「いってらっしゃい」じゃない、確かな言葉を。けれど、その先に出たのは、瑛司の方だった。「これからは」靴を履いたまま、彼は背中越しに言った。「もう、嘘はつかない。何があっても」蓮は思わず息を呑んだ。その言葉は、優しさよりも重かった。誓いのようで、赦しのようでもあった。瑛司が振り返る。目が合う。その視線に、もう逃げ場
Última atualização : 2025-09-30 Ler mais