逸斗は怒りが爆発し、繰り返し男を蹴りつけた。自分を陥れるだけならまだしも、よりによって奈穂に危害を加えようとした黒幕だと――そんな濡れ衣、冗談ではない。奈穂は自分の命の恩人だ。それに自分にとって、特別な存在でもある。そんな彼女を、自分が害そうとするはずがない。正修がどう思おうと構わない。だが、もし奈穂までが、この件の黒幕は自分だと信じてしまったら――そう考えただけで、胸が締めつけられるように苦しくなる。「お、俺は……ゴホッ……本当に嘘なんか言ってない……」男は苦しそうに息をつきながら訴える。「俺に話を持ちかけた奴は、確かに言ってた……秦家の若旦那、秦逸斗の指示だって……!」逸斗はまた蹴りを入れようとした。だが、その瞬間――正修の存在を思い出す。ここで感情任せに暴れれば、ただの無能な道楽息子に見られるだけだ。逸斗は無理やり自分を抑え込み、再びソファに腰を下ろした。ぎこちない声で問う。「……こいつの言ってること、水戸さんも聞いたのか?」「聞いている」正修は淡々と答えた。逸斗は罵声を飲み込み、目を閉じる。しばらく沈黙してから、ようやく口を開いた。「信じるかどうかは勝手だが……この件は俺じゃない」「なら聞こう」正修はゆっくりと言う。「誰の仕業だと思う?」逸斗の指が、じわりと握り締められる。奈穂を狙い、なおかつ自分に罪をなすりつける。そこまで考えれば、答えはほとんど一つしかない。――音凛。確証はない。だが、最も可能性が高いのはあいつだ。……だが。逸斗はちらりと正修を見やり、咳払いをした。「さあな。俺に分かるわけないだろ。最近、特に誰かと揉めた覚えもない」「秦」正修の声は低く含みを帯びる。「よく考えてから答えろ」逸斗は視線を逸らし、正修と目を合わせないようにした。「どう考えろっていうんだ。とにかく俺は無関係だ。それだけは誓える。だが、誰がやったかなんて知らない。信じるかどうかは、お前の勝手だ」逸斗は室内のボディガードたちを見回し、鼻で笑う。「で?まさか俺を殴り倒すつもりか?」「望むならな」正修の表情は冷え切っていた。「そうしてやってもいい」逸斗の背筋が凍りつく。先ほどまで逸斗は、いくら正修でも京市で自分に手出しはできないと思っていた。自分は秦家の御曹司なのだから、
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