All Chapters of 偽りの婚姻から脱出、御曹司は私に惚れ: Chapter 971 - Chapter 980

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第971話

「何だって?何があったんだ!?」龍一が大声で問い返した。「いいから聞くな!早く出てきて見てくれ!」四郎の声はさらに大きくなった。耳を澄ませば、震えが混じっているのが分かる。今の四郎は、ひどく怯え、取り乱しているようだ。その声を聞いた佐知子と龍一の表情が同時に変わる。「本当に何かあったみたいだ。急いで行こう」「じゃあ、この女はどうするの?」と佐知子が尋ねた。「今のあいつの様子じゃ、一人にしても逃げられない」龍一は隅にうずくまる真理子を一瞥し、歯を食いしばった。「それに、外で本当に何か起きてるなら、こいつの面倒なんて見てる場合じゃない。とにかく行くぞ!」佐知子はまだ迷っていたが、龍一は待ちきれなかった。「お前が来ないなら、俺一人で行く!本当に何かあっても、連れて行かなかったなんて文句を言うなよ!」そう言い捨てると、彼は階段を駆け上がっていった。佐知子も悔しさを覚えながらも、不安には勝てず、その後を追って駆け上がった。――どうせ四郎のやつが、またくだらないことで大騒ぎしてるだけかもしれない。そう自分に言い聞かせながら。二人が地下室から出ると、四郎は地下室の出口から少し離れた場所にいた。手にはビールの入った袋をぶら下げている。何を見たのか、その顔は血の気を失って真っ青で、恐怖のあまり唇が激しく震えていた。「何を騒いでるの!?一体何があったのよ!」佐知子が怒鳴りつける。四郎は唇を震わせながら、「お、俺は……お、俺……」と言うだけで、言葉にならない。「お前が何だ!さっさと言え!」龍一も苛立ちを露わにした。しかし、その言葉が終わるか終わらないかのうちに――突然、どこからともなく数人の人影が飛び出してきた。二人が何も反応できないうちに、あっという間に地面に押さえつけられる。「動くな!警察だ!」鋭い怒号が響き渡り、龍一は腰を抜かしかけた。佐知子も顔面蒼白となり、気を失いそうになる。震えながら顔を上げると、目の前には大勢の人間がいた。警察官、ボディガードらしき男たち、医師や看護師――そして、車から降りてきたばかりの君江の姿もあった。君江は奈穂とともに足早に近づくと、佐知子の姿を見つけた瞬間、怒りをあらわにして佐知子のもとに歩み寄った。「やっぱりあなただったのね、大庭!」その瞬間、
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第972話

君江は大股で駆け寄ると、真理子にまだ呼吸があることを確かめ、胸が締めつけられるような思いに襲われながらも、ようやく少しだけ安堵した。急いで縄をほどき、目隠しを外し、最後に真理子の顔に貼られたガムテープを慎重にはがしていく。「お母さん、大丈夫!?私よ、君江!来るのが遅くなってごめんね……」君江は涙声で呼びかけた。真理子は重そうにまぶたを開く。「君江……」「お母さん!」「私は……大丈夫だから……心配しないで……」どうにかそれだけを言い終えると、真理子は再び意識を失った。母親を見つけたことで、君江は先ほどまでより落ち着きを取り戻した。「医療スタッフをお願いします!」彼女の声に応じ、同行していた医師や看護師たちがすぐ地下の事務室に駆け込んでくる。彼らは真理子を慎重にストレッチャーに移し、そのまま外に運び出した。一刻も早く救急車で病院に搬送しなければならない。君江も当然、そのまま付き添っていく。地下室を出ると、君江はすでに警察に手錠をかけられた佐知子を冷たく見据えた。その声には抑えきれない怒りが滲んでいる。「私の母を拉致するなんて……大庭、覚悟しておきなさい。必ずあなたを一生刑務所から出られないようにしてみせる」佐知子は睨み返そうとした。しかし、「一生刑務所から出られない」という言葉を聞いた瞬間、激しい恐怖が胸の奥から込み上げてくる。今回の件は、拉致、監禁、恐喝――君江が腕の立つ弁護士を雇えば、本当に終身に近い重い刑を言い渡される可能性だってある。今の自分にはもう後ろ盾がない。これまでは進に頼ってきた。だが今となっては、進が自分を助けてくれるはずもない。見捨てるどころか、この機に乗じて追い打ちをかけてきても不思議ではない。息子たちはどうか。清澄など最初から当てにならない。清流ならまだ頼れるかもしれないが、今じゃあの性悪女――君江に骨抜きにされちゃってるから、当てにもならない。結局、全部あの裏切り者の四郎のせいだ。あいつがわざと自分たちを外に誘い出し、警察に捕まえさせたのだ。憎しみに満ちた視線を向けられ、四郎は怯えながらも苦い顔をする。――俺だってどうしようもなかったんだ。ビールを買って戻ってきたら、警察に待ち伏せされていた。もともと度胸などないうえ、「協力すれば刑が
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第973話

幸いにも容体はそれほど深刻ではなかった。医師たちの応急処置によって、真理子の状態はほどなく安定した。「もう命に別状はありません。どうかご安心ください」医師は君江にそう告げる。「ただ、しばらくは安静にして療養する必要があります。ご家族の方はできるだけそばについていてあげてください。今回の件でかなり大きな精神的ショックを受けていますので、心の状態にも気を配り、心的外傷が残らないよう見守ってあげてください」「分かりました」君江は何度も頷いた。「ありがとうございます」「いえいえ」病室では、真理子が静かな寝息を立てて眠っていた。ベッドのそばに立つ君江は、やつれ果てた母の姿を見るたびに胸が締めつけられる。それでも、母が無事に助け出された。それだけで十分だった。今回、自分を支え続けてくれた人たちのことを思い返すと、感謝の気持ちが胸いっぱいに広がる。ふと眠っている母の眉間にしわが寄ったのに気づき、君江は慌てて近寄った。片手で母の手をそっと握り、もう一方の手で優しく眉間をなでる。「お母さん、大丈夫だから。私がいるよ。もう何も心配しなくていいから」小さく囁くと、真理子の表情は少しずつ穏やかになり、再び深い眠りへと落ちていった。その様子を見届けて、君江はようやく安堵の息をつく。母が強い人だということは、誰よりも自分が知っている。かつて進の浮気を知ったときも、深い傷を負いながらすぐに立ち直り、進との離婚を決意した。そして、自分と娘が本来受け取るべき権利を守るため、毅然と進を相手取って裁判で戦うことを選んだ。けれど、拉致などという出来事はまったく別だ。こんな恐ろしい経験を、母がこれまでしたことなど一度もない。心に大きな傷を負うのも無理はなかった。母が穏やかな寝顔を取り戻したのを見て、君江もようやく気持ちが緩む。母が拉致されて以来、張り詰め続けていた緊張の糸が一気に切れたせいで、その場に座ったまま眠り込んでしまいそうになるほどだった。ふと、奈穂と正修がまだ病室の外で待っていることを思い出す。君江は慌てて立ち上がり、病室を出た。二人は今も入り口の前で待っていてくれた。「お母さんは大丈夫だった?」君江の姿を見るなり、奈穂が心配そうに尋ねる。「うん、もう大丈夫。今は眠ってる」そう答えた途端、奈
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第974話

奈穂と正修が病院を後にしても、君江はその場に立ち尽くし、二人の後ろ姿をいつまでも見送っていた。今回、佐知子たちの居場所をこれほど早く突き止めることができたのは、奈穂が龍一という男の存在を思い出し、それをすぐ警察に伝えたおかげだった。奈穂はこう推理した。もし拉致の首謀者が佐知子である可能性が高いのなら、その共犯者は龍一である可能性も極めて高い。佐知子一人だけで今回の犯行をやり遂げられるはずがない。しかも、あの少年の証言からも、犯行には男が関わっていたことは明らかだった。君江が提供した写真をもとに、警察はほどなく龍一の身元を特定した。さらに、彼が以前小さな会社で働いていたこと、その会社がすでに摘発され閉鎖されていることも判明する。捜査員たちはその会社の旧事務所まで足を運んだが、そこでは有力な手掛かりは得られなかった。だが、あの少年が証言した内容は無駄ではなかった。少年が話したワゴン車の走行方向をもとに、警察は周辺道路の防犯カメラ映像を徹底的に洗い直したのだ。犯人たちはできる限り防犯カメラを避けて移動していた。それでも、現在では街中に設置された膨大な数の防犯カメラを完全に避け切ることはできなかった。とりわけ、ある実業家が買い取ったばかりの通りでは、真理子が拉致される前日に防犯カメラが新設されたばかりだった。そのことを知らない犯人たちは、何の警戒もなくその通りを走行してしまった。その映像が新たな手掛かりとなり、その会社の調査結果と照らし合わせたことで、ついに地下の事務室の場所を突き止めることができたのだ。警察はまず私服警察官を現場に向かわせ、様子を探らせた。すると案の定、地下から人の気配が確認された。しかし、そこは地下室であり、真理子はまだ犯人たちの手中にある。下手に踏み込めば犯人を刺激し、真理子の命が危険にさらされる恐れがあったため、警察は強行突入を見送らざるを得なかった。対応を協議していたそのときだった。周囲で張り込みを続けていた私服警察官から連絡が入る。酒を買いに出てきた四郎を発見したというのだ。以前、龍一が勤めていた会社を調べた際、四郎にも前科があることから警察は身辺調査を済ませていた。その結果、彼は決して命懸けで抵抗するような人物ではないと判断されていた。そこで警察
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第975話

ほんの一瞬、君江はまだ夢の中にいるような感覚から抜け出せなかった。だが、すぐに意識ははっきりとする。そして、ベッドの脇に立つ人物の顔を見て、表情が一瞬で凍りついた。――清流だった。「誰が入ってきていいなんて言ったの?」君江の声は氷のように冷え切っていた。「出て行って」だが、清流は動かなかった。何も言わず、ただ重苦しい眼差しで彼女を見つめている。その瞳の奥にある嫌悪と憎しみを、彼ははっきりと見てしまった。あんな事件が起きた直後だ。彼女がそんな思いを抱くのは当然だと分かっている。それでも、胸はひどく痛んだ。沈黙を貫く清流の態度に、君江の怒りはさらに募る。彼女は手近にあった枕をつかむと、そのまま思い切り投げつけた。「出て行けって言ってるの!聞こえないの!?」枕は清流の胸に当たって落ちる。それでも彼はその場から一歩も動かなかった。君江は、枕では柔らかすぎて威力が足りないのだろうと思い、何かもっと硬いものを投げつけようと辺りを見回した。だが、病室には手頃なものが何一つなかった。そのとき、ようやく清流が口を開いた。「……ごめん」「ごめんですって?」君江は冷たく笑う。「今の私に必要なのは、その言葉じゃない。私が望んでいるのは、大庭佐知子と石田龍一が一生刑務所から出てこないこと。それだけよ。そしてあなたは、その二人の息子でしょう。そんなあなたが、よくも私の前に現れられたわね!」今回の事件に清流が関わっていたのかどうか。君江にはまだ分からない。もし関与していたのなら、彼のことも絶対に見逃さない。そんな彼女の考えを見透かしたかのように、清流は静かに言った。「本当に知らなかったんだ。母がこんなことをするなんて……もし事前に知っていたら、絶対に止めていた」君江の表情は微動だにしない。「だから何?結局、事件は起きたでしょう?母はあれだけ苦しめられた。奈穂ちゃんと九条社長、それに警察の皆さんが力を尽くしてくれなかったら、今でも母はあの人たちの手の中で苦しんでいたかもしれない。今さら『知っていたら、絶対に止めていた』なんて言われても、何の意味があるの?それに、この前私があなたに電話したとき、あなたは大庭をかばって隠そうとしていたじゃない」清流は苦々しく目を伏せる。「……あの人は、俺
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第976話

君江は怒りのあまり我を忘れていた。胸は激しく上下し、顔色は怒りで青ざめている。「あなた頭おかしいんじゃないの!?」彼女は堪えきれず怒鳴った。「最初から、あなたなんて助けるんじゃなかった!あのとき、あの連中に殴り殺されればよかったのよ!」もちろん、母親が拉致された責任を清流に押しつけているわけではない。たとえ彼が夢の中で自分の名前を呼んでいたとしても、それは佐知子が犯罪を犯す理由にはならない。彼女が怒っているのは、その事実そのものだった。――夢の中で、私の名前を呼んでいたなんて。本当にどうかしている。何なの?一度彼が私を助け、私も二度彼を助けたからといって、それで二人の間に何か特別な感情が生まれるとでも思ったの?「あなた……狂っているわ!」君江は目を真っ赤にして彼を睨みつけた。頬を平手打ちされても、清流は怒らなかった。ただ静かに彼女を見つめ返す。その目もまた、赤く充血していた。長い沈黙のあと、彼は自嘲気味に笑う。「……その通りだ。俺はきっと、おかしいんだ。このことは言わない方がよかったのかもしれない。でも……隠したままでいるのも違うと思った」「出て行って!」「……ゆっくり休め。俺はもう帰るよ」清流は彼女を深く見つめたあと、ようやく背を向け、病室を後にした。ドアが静かに閉まる音が響く。それを聞いた瞬間、君江は二歩ほど後ずさりし、そのまま力なくベッドに腰を落とした。思い返せば、以前から気づいていなかったわけではない。清流の態度に、どこか違和感を覚えることは何度もあった。けれど、信じたくなかった。そんなことは考えたくもなくて、意識的に目を逸らしていた。だが、君江はふと気づく。心のどこかでずっと、自分は清流が今回の事件と無関係であってほしいと願っていたのだ。どうして、そんなことを願っていたのだろう。もし彼も事件に関わっていたなら、他の犯人と同じように責任を取らせればいいだけの話だ。母を傷つけた人間を、自分は絶対に許さない。それは誰であっても変わらない。だからこそ、清流だけは、その「裁かなければならない相手」の一人になってほしくなかったのかもしれない。君江は苦しそうに唇を噛み締めた。――狂っているのは、清流だけじゃない。……奈穂は家に戻
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第977話

あの時、川岸市で自分を襲った殺し屋の件には、音凛も関わっていた。この件だけは、絶対にこのまま終わらせるつもりはない。若菜はすでに逮捕された。次は音凛が、自分のしたことの代償を払う番だった。もっとも、川岸市の事件では、音凛はすべての罪を若菜になすりつけている。ここから先を追及するのは、おそらく容易ではないだろう。通話記録や若菜の供述だけでは、決定的な証拠とは言えない。だが、それでも構わない。音凛のような人間が、手をまったく汚さずに生きてきたはずがない。あの事件以外のところから調べ始めればいい。奈穂は信じていた。音凛が永遠に尻尾を出さないなど、あり得ないと。「何を考えてる?」背後から正修の声が聞こえた。彼女はスマートフォンを置くと振り返り、そのまま彼の腰に腕を回した。今は気分が良かったせいか、思わず甘い言葉が口をつく。「あなたのこと」正修は眉を上げ、くすりと笑った。「俺は今、君の隣にいるけど?」「だから何?」奈穂は胸を張って言い返す。「隣にいるからって、あなたを想っちゃいけないの?本当に、私がどれだけあなたを愛してるか分かってないんだから」その言葉を聞いた瞬間、正修の瞳の色がふっと深くなった。彼はそのまま身を寄せ、口づけをしようとする。奈穂は慌てて彼の口を手で塞いだ。「ちょっと、何するつもり?」正修は何も答えない。だが、露わになった瞳はずっと彼女を見つめたままで、その熱を帯びた眼差しから目を逸らすことなどできなかった。奈穂は笑みを含んだ目で彼を見つめる。「もう起きて、真理子さんのお見舞いに病院に行く時間なんだから」その言葉に、正修の瞳の輝きが少しだけしぼんだように見えた。どこか捨てられた子犬のようで、思わず情が移りそうになる。けれど、今日の奈穂は「鉄の意志」の持ち主だった。「そんな目で見てもだめ。早く起きて、病院に行くよ」正修は、自分の口を塞いでいた彼女の手をそっと外し、どこか誘惑するような声で囁く。「さっき言ったことを、もう一回言ってくれたら起きる」「え?」奈穂は一瞬きょとんとした。「さっきの言葉」その一言で、彼女はようやく自分が何を口にしたのか思い出した。――まったく、この人は……奈穂は苦笑しながらも、真剣で期待に満ちた彼の眼差しを見ているうちに、胸
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第978話

真理子は微笑みながら言った。「拉致されたときは確かに怖かったわ。でも、もう全部終わったことだし、あなたもこうして元気で私のそばにいてくれるでしょう?だから私は大丈夫。あなたは、お母さんのことをそんなに弱い人間だと思っているの?」「そんなことない!」君江は勢いよく首を横に振った。「お母さんは誰よりも強い人だもの」母娘が穏やかに話していると、一人の介護士が君江のそばに歩み寄り、耳元で小声で何かを告げた。その瞬間、君江の表情がわずかに変わり、目には露骨な嫌悪が浮かんだ。「どうしたの?」真理子は心配そうに尋ねる。「何かあったの?」「何でもないわ」君江は立ち上がった。「お母さん、ちょっと外してくるね。ゆっくり休んでて。本当に大したことじゃないから、心配しないで」介護士に母のことを頼んでから、君江は病室を出た。そして廊下に出るなり、そこに立っている進の姿が目に入る。「君江」進は愛想笑いを浮かべながら近づいてきた。君江はすぐに病室のドアを閉める。「何をしに来たの?」その顔も声も、氷のように冷たかった。「もちろん、お母さんのお見舞いだよ」進はもっともらしい顔で言う。「無事で本当によかった。君江、中に入って少し話をさせてくれないか?本当に心配だったんだ」「……ふふ」君江は口元を皮肉げに歪めた。「心配?本気でそう言ってるの?」「もちろんだとも。長年連れ添った夫婦なんだから、あんな大変な目に遭ったと聞いて心配しないわけがないだろう?」まるで本当にそうだったかのような口ぶりだった。「そんな芝居をしていて、自分で気持ち悪くならない?」その一言に、進は目を大きく見開いた。「き、君……父親に向かってそんな口の利き方をするのか!」「私だって、あなたと話したいわけじゃない。さっさと帰って。お母さんを煩わせないで。ここで白々しい芝居をするのもやめて」「何が芝居だ!俺は本当に心配していたんだ!お母さんを捜そうと必死だった。ただ見つけられなかっただけじゃないか!それだけで、そんな態度を取るのか?」その厚顔無恥な言い分に、君江は怒りを通り越して笑ってしまった。この前、進は胸を張って言っていた。今すぐ佐知子を探し出し、必ずお母さんを助け出す方法を考えるから、と。だが、警察が真理子を救出するまでの間、君江のもとへは進から何の連絡
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第979話

君江の言葉を聞いた瞬間、進の顔色がみるみる変わった。「き、君……!父親の俺に向かって、そんなことを言うのか!」「あなたは確かに私の父親よ。でも同時に、私とお母さんを裏切った人でもある。だから私は、あなたを絶対に許さない。もう帰ってください。それでも帰らないなら、人を呼んで追い出してもらう。その時になって恥をかくのは、あなただよ」そう言い切ると、君江は一切ためらうことなく踵を返し、そのまま病室に戻ると、容赦なくドアを閉めた。進は怒りで顔を真っ青にした。だが、その怒りはすぐに恐怖へと変わっていく。今の君江は、決して脅しで言ったのではない。本気だった。現在の君江は須藤グループ内で高い地位を築いており、保有株式も決して少なくない。本気で腹をくくり、ほかの株主と手を組んで自分を会長の座から引きずり下ろそうとすれば、不可能な話ではなかった。しかも、彼女の後ろには奈穂がいる。進は今さらながら激しく後悔した。──この二日間だけでも、せめて心配しているふりくらいしておけばよかった。そうしていれば、君江もここまで決然とした態度には出なかったかもしれない。本当に人を呼ばれて追い出されるのを恐れた進は、慌ててその場を後にした。しかし、数歩歩いたところで、前方から足音が近づいてくる。顔を上げると、奈穂と正修が並んで歩いてくるところだった。進の頬がぴくりと引きつる。今の自分にとって、この二人ほど会いたくない相手はいない。頭皮がしびれるような恐怖を覚えながらも、無理やり笑顔を作った。「九条社長、水戸さ――」挨拶を言い終える前に、奈穂は無表情のまま彼の横を通り過ぎた。視線すら向けない。奈穂が相手にしない以上、正修が口を利くはずもない。二人はまるで進など最初から存在しないかのように、そのまま通り過ぎていった。進の顔から血の気が引く。胸に込み上げてきたのは、耐え難い屈辱だった。いっそ奈穂に怒鳴られるなり、皮肉を浴びせられるなりした方がまだましだった。完全に存在を無視されることの方が、よほど堪えた。だが、不満を抱いたところでどうにもならない。今の自分に、この二人に何か言い返す度胸などあるはずもなかった。進は屈辱と恐怖を胸に抱えたまま、体を強張らせて立ち去っていった。奈穂は、進が何を
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第980話

「秦烈生が逮捕されて、おまけに秦隆徳まで倒れたでしょう?」奈穂は正修を見上げた。「秦グループは混乱すると思う?」「混乱するかどうかは分からない」正修は軽く笑う。「ただ、雲翔にとっては復讐を果たす絶好の機会なのは間違いない」奈穂も笑みを浮かべた。「うん。きっと宋原さんのところにも、もう情報は届いてるはず」……逸斗が病室に入ると、ベッドに横たわる隆徳の青白く弱々しい顔が目に入った。彼は足早に近寄り、眉をひそめる。「親父、大丈夫か?一体どうしたん?」「ゴホッ、ゴホッ……俺は大丈夫だ。それよりも……すぐに俺が倒れたことを外に漏らさないよう手を打て」そう言うと、隆徳は荒い息を何度か吐いた。「来る途中でもう手配は済ませたよ。でも、あまりにも急なことだったから……今頃はもう、かなりの人が知ってると思う。それに病院へ来る途中で……水戸さんと九条正修にも会った」その瞬間、隆徳の表情が険しく沈む。「……仕方ない。ここまで来た以上、どうにもならん。すぐ会社に戻って指揮を執れ。ゴホッ、ゴホッ……」激しく咳き込んでから、隆徳はようやく続きを口にする。「長男がああなり、今度は俺まで倒れた。必ずこの隙を狙って動く者が出てくる。十分警戒しろ。何かあれば、すぐ俺に知らせるんだ」「でも、親父は今こんな状態だし……」「俺のことは気にするな!世話をする者はいる。お前は会社のことだけ考えろ。それから、お前の兄の保釈手続きも一刻も早く進めるんだ」逸斗はうなずくしかなかった。「……分かった」隆徳は息子を見つめ、その目にわずかな安堵を浮かべる。「お前も……本当に変わったな」逸斗は穏やかに笑った。「人は成長しなきゃいけないからね。これだけいろんなことがあったのに、いつまでも昔みたいな世間知らずの放蕩息子じゃいられないよ」その言葉に、隆徳は満足そうに何度もうなずいた。会社のことをさらにいくつか言い含めたあと、彼は言う。「よし、会社に行け。あとでお前の姉も向かわせる。そばでお前を支えさせるからな」「姉」という言葉を聞き、逸斗はわずかに眉をひそめた。だが何も言わず、「分かった」とだけ答えて立ち上がる。「じゃあ、行ってくる。親父もちゃんと休んで。何かあったら、すぐ連絡して」「ああ、行ってこい」逸斗が病室を後にすると、隆徳はベッドに身を預けた
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