鐘が六つ。湿った石が朝の光を鈍く返し、香が冷気に薄くほどけていく。鳩が低く旋回し、羽音が屋根瓦に擦れた。王子は窓を押し開け、外の冷ややかを一筋部屋へ入れ、皇子の肩へ柔らかな外衣を掛ける。布は湯気の名残で温く、縁だけがひやりと指に触れた。——公では皇子が前、私室では王子が支える。条約婚に刻まれた最初の約束。その文言が、朝の手つきにも染みている。先週、祭壇に二国の帯を載せ、誓いを交わした。合意契約と並べた羊皮紙には小さく「可/不可/合図/アフターケア」の枠。二人の署名、その隣に王国と帝国の公印。乾いた蝋は薄く白粉を吹き、触れば粉が指に移る。停止語は私室『柘榴』、公儀は『灯』。口が乾く時は手の甲を二度で停止。週一のスイッチ・デーもすでに明文化され、角に小さな印が並ぶ。扉が三度、間を置いて叩かれる。修道士が深紅の封蝋を捧げ持つ。枢機卿の紋章は厚みがあり、刃で割ると金糸のように光が走った。皇子は封を切り、眉を寄せる。紙は重く、インクは新しい匂いを立てる。「再審査を要求、だそうだ」侍従長が一歩進み、喉の奥で小さく息を整える。「公聴会の形式でございますか」「大聖堂にて。条約婚の儀軌、私契約の条項、双方の正当性を吟味する、と」王子は肩で一度、息を落とす。合図。皇子が目線を上げ、わずかに顎を引いた。&
Last Updated : 2025-10-04 Read more