All Chapters of domの王子はsubの皇子を雄にしたい: Chapter 31 - Chapter 40

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第31話:聖職の牽制

鐘が六つ。湿った石が朝の光を鈍く返し、香が冷気に薄くほどけていく。鳩が低く旋回し、羽音が屋根瓦に擦れた。王子は窓を押し開け、外の冷ややかを一筋部屋へ入れ、皇子の肩へ柔らかな外衣を掛ける。布は湯気の名残で温く、縁だけがひやりと指に触れた。——公では皇子が前、私室では王子が支える。条約婚に刻まれた最初の約束。その文言が、朝の手つきにも染みている。先週、祭壇に二国の帯を載せ、誓いを交わした。合意契約と並べた羊皮紙には小さく「可/不可/合図/アフターケア」の枠。二人の署名、その隣に王国と帝国の公印。乾いた蝋は薄く白粉を吹き、触れば粉が指に移る。停止語は私室『柘榴』、公儀は『灯』。口が乾く時は手の甲を二度で停止。週一のスイッチ・デーもすでに明文化され、角に小さな印が並ぶ。扉が三度、間を置いて叩かれる。修道士が深紅の封蝋を捧げ持つ。枢機卿の紋章は厚みがあり、刃で割ると金糸のように光が走った。皇子は封を切り、眉を寄せる。紙は重く、インクは新しい匂いを立てる。「再審査を要求、だそうだ」侍従長が一歩進み、喉の奥で小さく息を整える。「公聴会の形式でございますか」「大聖堂にて。条約婚の儀軌、私契約の条項、双方の正当性を吟味する、と」王子は肩で一度、息を落とす。合図。皇子が目線を上げ、わずかに顎を引いた。&
last updateLast Updated : 2025-10-04
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第33話:舞台裏の腕輪

鐘の控えの音が、聖油の匂いと混じって舞台裏に滲んだ。白い壁は冷たく、石床のひやりが足首を這い上がる。王子は窓で風を切り、皇子の肩に外衣を掛けると、銀の踵環を差し出した。皇子は足を入れる。踵の内側に刻まれた魔紋が、指先ほどの青を灯す。「きつくないか」低い声。皇子は頷く。革はまだ新しい。だがそれでいい。歩調を合わせる道具は、心を合わせる約束に似ている。最初はひやりとして、やがて温くなる。王子は自らの手首に細い腕輪をはめた。意匠は踵環と対。こちらは脈を送る側だ。輪の縁を指で撫でると、皇子の踵に小さな振動が返る——右、左、休符。歩幅と呼吸の合図。「合図は二度。止めは長く一度。間違えたら、すぐ言え」「うん」目が合う。扉の向こうでは、地下街の頭と納骨堂の番人、大司教がそれぞれの陣を背に固まっている。舞台裏では侍従長が巻紙を支え、最後の確認を促した。「条約婚の文言、もう一度」王子が巻紙を広げる。羊皮紙の匂いが油と混じる。「合意契約。可は——儀礼としての帯と跪礼。不可は——公衆の前での屈服演出、痕が残る拘束、痛みを目的とする行為」皇子が続ける。「合図は手の二度叩き。停止はセーフワード『雨』。週に一度、スイッチ・デーを設け、役目を交代する」「公では皇子が前。私室では王子が支える。異議なし」「異議なし」侍従長が鼻をすすった。感傷ではなく花粉症だ。彼のくしゃみで巻紙がひらり、王子が笑いを飲む。皇子の踵に、くすぐるような微信号。「今のは合図じゃないよ」「失礼。癖で」王子は腕輪の感度を下げた。押し出しすぎない、支えすぎない——その慎重さを皇子は好む。愛より先に契約、契約より先に信頼の種。森で出会い、旅で育てた順序だ。扉が開く。香が流れ込む。磨かれた石が光り、色硝子の影が床に落ちる。皇子が一歩、王子も一歩。踵環が微かに鳴り、二人の歩幅は一つになった。列柱の間を進む二人に、地下街の商人がざわめき、納骨堂の番人
last updateLast Updated : 2025-10-06
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第34話:掟破りの寄進

鐘が三度、澄んで鳴った。石床が低くうなり、香の白い靄が舞台裏の梁へ薄く滲む。冷えた空気を胸で一段押し下げ、皇子は肩で息を整える。指先に触れた王子の指が、約したとおり軽く握り返す——公開の儀は、呼吸の合意から始める。昨夜、二人で何度も反復した最初の型だ。「契約を」王子が短く告げ、巻き上げた羊皮紙を滑らかに開く。薄金の鈎で綴じられた紙には二重の契——国と国を縫う条約婚の条と、二人だけの私契——が段を揃えて重ね記されている。前者は国境を止める線、後者は身体と心に触れても壊れぬための線。書記官が読み上げ、皇子は声の速さに合わせて目を運ぶ。墨の香が浅く立ち、羊皮紙のざらつきが指の腹に心地よい抵抗を返す。可:手を取る、抱擁、跪拝。不可:拘束、公衆での羞恥、痛みを目的とする行い。合図:左袖に触れる、指を三度鳴らす——「セーフワードは……」読み上げがその語へ指をかけた刹那、王子が喉の奥で一度、軽く咳払いを落として切る。「公開部分のみで結構」司祭席に波が立ち、ざわめきが呑み込まれていく。危ういところだった。停止語を人前に晒すのは、契約の理を欠く。皇子は人差し指で王子の左袖をそっと押し、布越しに〈ありがとう〉を送る。王子は顎をわずかに引き、合図を受け取って頷いた。
last updateLast Updated : 2025-10-07
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第35話:誓印の証明

香の煙は蜂蜜を薄めたように甘く、鐘の余韻は石の底で濡れていた。指先の汗を袖で拭いながら、王子は色硝子が床へ散らす虹の端を一つだけ踏まない。ここで犯してはならない失敗はただ一つ——皇子の喉輪紋を不快に濁らせること。あれは、約した線が暴力へ裏返る合図だ。線を守るのが、今日の仕事。「始める」短い宣言に司祭が一歩退き、地下街の代表は腕を組み直す。納骨堂の守り手はフードの影で動かない。摂政は一段高みに立ち、唇を薄く結んだまま。——沈黙にも刃はある、と王子は知っている。切っ先は見せず、確かに刺す。皇子が前へ出る。顎の付け根で淡金の輪紋がふっと灯り、ざわめきが広場に小波を作る。視線が絡み、胸の奥で“鎮まる呼吸”が二人の間で揃う。私室で熟した合図を、公へ持ち出すなら——やわらかく、簡潔に。「誓印は命じられて反応するものではない。許されて送り出すから、光る」王子は“触れる前に問う”を、自分の骨に彫っている。「触れてもいいか」皇子の指が、王子の掌を二度、軽く叩く。可。喉輪紋が蜂蜜色に脈を打つ。王子の指は右喉に一呼吸だけ触れ、すぐ離れる。空気がほぐれ、小さな歓声が環の外から広がった。王子は聖壇前の羊皮紙を司祭から受け取り、声を張る。言葉は刃でなく秤、熱を量る高さで。
last updateLast Updated : 2025-10-08
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第36話:摂政の沈黙

朝の私室には白い湯気と蜂蜜の濃い匂いが立ちのぼり、窓の格子に淡い光が編まれていた。皇子は背もたれに腰を落とし、指を組む。その手は昨夜の紙の感触をまだ覚えている。王子は前に跪き、銀の筆で小さな約定書の余白を整えた——今日の訓練を載せるために、紙の呼吸を先に整える。「可は、手首。不可は、首筋」「合図は?」「三つ打つ」「セーフワード」「薄荷」短い。けれど確かだ。線を紙に刻むだけで胸の上下がそろう。王子は筆を置き、皇子の手首に布の輪を通した。柔い布、きちんと緩い。血は止めない。ただ意識を一点に寄せるための輪だ。結び目の向きまで、ふたりの稽古で決めたとおり。「声を出して」「命じる」「誰に」「私に」皇子は喉を整える。森で出会った頃の震えはもうない。それでも風の筋が通る日はある。王子は目を細め、距離を指二本分だけ詰めた——圧ではなく、温度で支える。「前に立て」「はい」伸びる。皇子は椅子からすっと立ち、肩を開く。王子は半歩下がる。公では皇子が前、私室では王子が支える——二重の型は、もう肉と骨に入り始めている。「次」「扉を開けろ。三刻後、大聖堂だ」「了解」布の輪がかすかに鳴った。皇子の目が一瞬だけ揺れる。王子は、その浅い揺れも見逃さな
last updateLast Updated : 2025-10-09
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第38話:白骨鍵ふたたび

大聖堂の鐘が三度、間を置かず重なって鳴った。響きは天蓋の肋木をくぐり、床の石に薄く波紋を刻む。香は白い綿のように立ちのぼり、魔紋が床石の目地を伝って、淡い光の蔦に姿を変えた。視線はすべて壇上へ絞られ、空気そのものが一本の糸になって張りつめる。皇子は息をひとつ深く落とし、前へ出る。公では彼が前に。王子は半歩うしろ、影の位置から肩の線を視線で支える。成人の冠を受けたばかりの若い額には、緊張がうっすら宿る。未成年と見なされぬため、指輪の輪紋は今日は濃く、はっきり光を返している。老司祭の杖が石を二度、三度。乾いた音が儀を切り開く。「陛下の御名において、共治の誓いを」青白い魔紋が二人の足元で輪を描き、靴底と影をやわらかく一つに結ぶ。皇子は手袋を外し、王子の手の甲へ、刹那だけ触れた。——観衆の前では、触れ方ひとつが礼であり、政である。王子が一段、声を上げる。「契約、読み上げる」外交条項、共治条項、そして個別の合意契約へ、銀のペン先が紙を滑る。油の光が細い尾を引き、文字が石の冷えに定着していく——愛より先に契約、契約より先に信頼の種。皇子は喉の乾きを飲み下し、私的規約の板へ視線を落とした。指先がわずかに震える。王子が裾越しに、そっと裾を一度つまむ。行け、の合図。胸の奥で、呼吸の拍がひとつ合う。可——姿勢指導としての軽拘束、命令口調、儀礼用の首飾り。不可&mda
last updateLast Updated : 2025-10-11
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第39話:封印文書の読解

王子は蝋の縁を指でなぞった。薄く香る蜜と灰。封蝋に混ぜられた骨粉が、光を吸って鈍く沈む。「開ける?」皇子は小さく息を吐いた。頷かない。頷く代わりに、契約書を卓上に引き寄せた。ふたりが旅立つ前夜に書いた合意の写しだ。条約婚の本契約とは別の、私的統治の約款。王子は笑った。甘さをひとしずく落とすように。「確認。可は、声の指示、触れること、膝で支えること。不可は、痛みと拘束、痕が残る行為、第三者の介入」皇子はまばたきを数えた。合図は指で三度。セーフワードは「青藍」。週一回のスイッチ・デーは第七日。公では皇子が前に立ち、私室では王子が支える。二重の舵取り。「今日の役割は?」「昼は君が前。夜は俺が支える」皇子はそこだけは即答した。声が少し低く落ちる。雄への訓練で身につけた響きだ。命じる前に、自分に命じる声。王子は封蝋に口を寄せ、囁いた。「いこう。大聖堂、地下街、納骨堂。三つの鍵だ」朝の石段は冷たい。鐘が鳴り、祈りの言葉が空気を整える。大聖堂の扉は祝祭の冠に飾られ、条約婚の公開儀礼で交わした旗がまだ残っていた。王国と帝国の紋が絡み、中央にふたりの契約印。群衆の歓声。あのとき、皇子は胸を張って前に立ち、王子は半歩後ろで支えた。儀礼の重さと蜜菓子の甘さ。全部まだ舌に残っている。「封印文書の閲覧を願う」皇子の声に、助祭は目を上げた。躊躇。視線が祭壇の奥へ泳ぐ。摂政の影だ。彼の独断は、この堂の隅々にまで影を落としている。王子は袖口を引いた。触れるだけ。皇子はそれで十分に雄の背筋を保つ。「公開婚儀の誓約印に基づく権限だ。条約婚の当事者には、封印文書の正しさを確かめる義務がある」助祭は黙礼し、鍵束を持たせた。視線が書類に落ちるとき、彼の指先が震えた。脅しの手紙の刺さりが、祈る者の手も震えさせるのだろう。「地下は、管理人の許しがないと」皇子は一度だけ頷いた。雄になる訓練は、階段を降りる歩幅でも生きる。止まりたい足に命令を出し、止まらず進む足に感謝を出すこと。地下街は香りで満ちていた。燻した
last updateLast Updated : 2025-10-12
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