鐘が七つ鳴り、王都の大聖堂に沈黙が降りた。彩色ガラスの光が壇上を洗い、白い香煙が天へほどける。その中央で、アルトリウス王子は指先の汗を小さく拭った。視線の先、金の縁どりの外套をまとったルシアン皇子が肩で息を整えていた。二人とも成人。戦と商路の重さを知る年だった。「条約婚は、盾ではなく橋である」司教の声が広間を渡る。両国の紋章旗がゆるくはためき、石床に靴音が刺すように反射した。呼吸を合わせる。ルシアンの瞳が一瞬、アルトリウスを探した。頷く。いける。そう合図したつもりだった。「我らは国境関税を半減し、塩と布の双の路を開く。山間の水門は共同で守り、納骨堂の修復費を折半する」宰相が次々と利得を読み上げるたび、ざわめきが揺れ、やがて静まった。商人達は頷き、兵は腕を組み、修道士の何人かは指の結びを固くした。潜る者は潜る。大聖堂の影で、黒いフードが一つ、香炉の鎖を短く鳴らした。地下街の顔役が、回廊の柱の後ろで笑わずに笑った。納骨堂の守り人は、鍵束を音なく懐へ消した。反対の火は消えない。ただ、表で燃やさない。「アルトリウス王子」ルシアンが一歩、前へ出た。公では皇子が前に。そう取り決めた通りに。「この婚約は、帝国の恥ではない。選択だ」言葉は短く、芯に熱があった。アルトリウスは、その背に立ち、視線で支えた。ここで膝が震えるだろう、と予想していたけれど、震えは喉に来ていた。強くなる訓練は、体だけではない。声だ。視線だ。沈黙の使い方だ。「……共に、雄になろう」最後の一文に、アルトリウスの胸が熱くなった。雄。政治の場で、おずおずと礼を取るだけの皇子ではなく、自ら条件を示し、首を縦に振らせる者へ。あの言葉を、国民の前で言えた。それで今日は十分だ。指輪交換は、少しだけ滑った。侍従が差し出した小さなクッションに、なぜか税目の目録が刺さっている。「……これは」「経理が、興奮して」司教の咳払いで笑いが止まり、代わりのクッションが走ってきた。こういうぬるさが残るのは悪くない。場は柔らぐし、目録は後で役立つ。儀礼の最後。「感応紋」の魔法陣が開き、薄い光が二人の足元に描かれた。蔦の紋が手首へ這い、内側に吸い込まれる。痛みはない。ほんの少し、冷たい。鼓動が二つ、重なる瞬間があった。縁結びの紋は見えない。見えないからこそ言葉で重ねる。「婚約を公に証す」拍手は大きすぎず、小さ
最終更新日 : 2025-09-04 続きを読む