All Chapters of domの王子はsubの皇子を雄にしたい: Chapter 51 - Chapter 52

52 Chapters

第51話:刃の夜

大聖堂のステンドグラスが、夜を青い刃で裂いていた。香と油の匂いが重い。金糸の結び紐が、二人の手首をゆるくつなぐ。条約婚は成立、公開儀礼は穏やかな終章へ――そのはずだった。矢が鳴った。骨の羽が、細い音で空気を切る。最初に血が咲いたのはアルトリウスの左肩。銀青の礼衣に赤。膝が落ちかけ、踏みとどまる。視線は前を外さない。「下がれ」ルシアンの声は鈍い鉄。体は勝手に前へ――だが結び紐が引き戻す。公では皇子が前に立つ。二人で刻んだ条。忘れてはいない。けれど血は、本能を呼ぶ。「紅葉」アルトリウスが口の内で告げる。セーフワード。不可侵の停命。ルシアンの靴裏が石に戻る。「公は私が前だ」「……命令か」「契約に基づく要請だ」低い対話ののち、ルシアンは一歩退いた。アルトリウスが右手を上げ、祭司と民へ短く通す。「背を見せるな。祈りは解く。扉は閉じず、出入口は監視。狼煙は上げない」声は細る。合図は正確。護衛の影が伸びる。内陣で羽音、二本目。ルシアンは礼装の青帯を掴む。「それは葬儀用で――」と祭司。「借りる」帯は一瞬で止血帯に変わり、肩へ巻かれる。痛みで眉が寄る。その隙に黒衣の影が祭壇脇の扉へ滑り、地下へ。石段の冷気。「地下街に抜ける」ルシアンは即座に采配した。若い従者へ目だけで命じる。「鐘楼は黙らせろ。市門は閉じるな。地下の吐き口四つだけ封鎖」「は、はい! ただ今夜、スイッチ・デーの帳面が――」「延期。記録に『不可・危急対応』。明日は倍、撫でる」従者が真っ赤で走る。空気が一瞬ほどける。別の従者が結び紐を解こうと近づき――「まだだ」アルトリウスは静かに首を振る。「結びは解かない。民の前で戻る」痛みの中の頑固さ。雄になる訓練は、こういう場面に通う。公でまず立ち、
last updateLast Updated : 2025-10-24
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第52話:痛みと撫でる手

夜明けの冷気がまだ肌に残っていた。樹皮の匂いが濃い境界の森を抜け、二人は石畳に靴底を置いた。王子は風除けの外套を直し、皇子の手首の脈を指で確かめた。いつもの癖だ。「息、浅い」 「緊張してるだけだ」皇子は笑ってみせたが、喉が乾いている音がした。大聖堂の尖塔は近い。鐘楼の影は長く、街の地下に走る小路の口が冷たい息を吐いていた。老猟師に教わった近道はたしかに短かったが、地下街の匂いと人の視線は重い。権力は、地上よりも先に地下で動く。「儀礼は公。休むのは私室」 「わかってる」王子は頷いた。公では皇子が前に立ち、私室では王子が支える。二重統治の約束は、婚姻条約の一条でもある。彼らは旅の途中、森の焚き火のそばで紙を何度も重ねた。官能と政のあいだの境界線を、線でなく帯にするために。大聖堂の扉が開いた。焼いた蜂蜜と香の甘い匂い。光は高天井から降り、床の魔紋に白い火花のような埃を浮かせた。群衆のざわめきが、小さな波になって押してくる。大司祭が契約文を読み上げる。まずは国同士の条件。それから二人の間の合意――これは封蝋した副本として大聖堂のアーカイヴに預ける約束だったが、読み上げるのは要点だけだ。「合意の範囲、可。手首の拘束、可。跪き、可。噛み跡、可。ただし露出は公の場では不可。血を伴う行為、不可。顔面打撃、不可。精神を試す言葉の投げつけ、不可。合図は三度のタップ。セーフワードは……」司祭が台本を追い、ちらと眉を上げた。王子が軽く顎で合図する。皇子は一歩前へ。「星砂」ざわり、と前列が揺れる。言葉は短く、柔らかい。しかし張り詰めた糸のように、二人の間に通電する。司祭は頷き、続ける。「セーフワード『星砂』を以て、即時停止、接触解除、アフターケアへ移行。アフターケアは、保温、補水、皮膚の消毒、心理的同意の再確認を含む。週に一度の……」司祭が目を細め、紙を持つ若い侍者に視線を送る。侍者は慌てて別の巻物を差し出した。王子が肩を震わせる。皇子は喉の奥で笑いを飲み込んだ。間違えた書付は愛らしいほど個人的だった。
last updateLast Updated : 2025-10-25
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