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domの王子はsubの皇子を雄にしたい のすべてのチャプター: チャプター 41 - チャプター 50

52 チャプター

第41話:王都への行幸

鐘の音は三つ。ひとつめで鳩が梁を跳ね、ふたつめで色硝子の欠片みたいな陽が石畳に散り、みっつめで広場に撒かれた銀砂の花弁が、風の皺に合わせてさらさらと走った。東門は大きな貝のように口をひらき、白い石畳が朝の光を押し返す。焼きたてのパンの膨らみと海塩の粒立ちが鼻腔の奥でまざり、空腹と期待が同じ温度で街じゅうを満たしている。皇子は一歩、前へ。王子は半歩、うしろで影を合わせる。——公では皇子が前、私では王子が支える。ふたりの契約の最初の一行は、挨拶より先に足の位置で示される。「お迎えできて光栄です!」宰相の張りのある声とともに喇叭が三度、金の鱗のように空気を震わせた。馬が鼻を鳴らす振動が地面から脛に上がり、皇子の肩の線がほんのわずか固くなる。すぐに、外套の陰で王子の指が手背を三拍。吸って、吐いて、吐く。森で身につけた呼吸が、青葉の匂いまで連れて戻ってくる。「王国と帝国は、森の渡りを共に開く」皇子の声は乾かない。立ったまま相手の眼の高さをまっすぐに拾い、言葉をひとつずつ渡す。ざわめきの角が丸くなり、王子は目尻だけで笑みを返した。影からの承認は、前に立つ者の背骨に静かな鉛を入れる。◆◆◆鐘が鳴り、白い尖塔に鳩が群れの図形を描く。条約婚の儀はあえて、人目のど真ん中で。隠さない公の誓いは、のちの私を守る。二人の手首には銀の帛紐、掌には半分ずつの紋章。魔草の灰と潮の粉を練った墨は指の腹にぬるく温かく、乾くと薄い塩の膜になる
last update最終更新日 : 2025-10-14
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第42話:嫉妬の塩味

鐘が七つ、白い大聖堂の肋骨を撫でるように鳴り渡った。音の皮膜が空に薄く重なり、石の街に透明な皺を置いていく。王子は皇子の右手を取る。銀糸の共治紋がふたりの甲で再結びされ、祝詞の拍に合わせて淡く鼓動した。参列者は塩を一摘みずつ空へ——白い粒が光に砕け、肩に落ちると、王子の舌の裏に微かな海がひらく。塩は記憶を呼ぶ。砂浜の音、汗の縁、涙の縁。条約婚は成立。公開儀礼は滞りなく終わった。公の前列は皇子、王子は半歩うしろ——支えるための定位置で、影の角度まで揃える。「お見事でした、殿下」「あなたがいたから」短く、しかし重みは長く残るやり取り。階段を下り、石の冷気が裾へ上がるところで、地下街へ続く口に青い羽根の伯爵が滑り込む。笑みは薄く、言葉に見えない棘が二、三本。「納骨堂の鍵、今宵は我が家で預かりましょう。古来、塩税と鍵は同じ袋で運ぶものですからな」「慣習の話は、明日」皇子は柔らかく退けた。伯爵の視線は皇子だけを撫で、王子はその撫でを正面から見る。胸に、塩をひとつまみ落としたような熱が、遅れて広がった。思ったより重い。汗に溶けるほど、しょっぱい。——ああ、これが嫉妬の味。◆◆◆私室。扉が閉まると、蝋の匂いと湯の息が立つ。卓上
last update最終更新日 : 2025-10-15
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第45話:王妹の針路

鐘が三度、白い身廊を震わせた。香は金糸を焦がすように甘く、金粉の魔紋が床に淡く浮き、波紋のように柱影を撫でて消える。王子は半歩うしろ、皇子は前。——公では彼が前、私室では王子が支える。ふたりの合意は今日から条約文の一部、政治の骨へと刻まれる。祭壇脇。王妹フローラは薄衣の袖口に指を差し入れ、脈を一度押し沈めた。老貴族は杖で緩やかに拍を刻み、地下街の行商は帽子の縁をいじり、納骨堂の管理人は数珠を鳴らす——ばらばらの音を、一枚の卓に載せる。それが彼女の役目だ。「条約婚の宣示に移る」大司教の声が高窓の硝子をゆらし、白壁の冷気を一段深くする。王子の指が、皇子の肩甲の間で一拍。支えの合図。皇子は喉の奥で音をひとつ砕き、胸で大きく吸う。森で覚えた“痛みを怖がらない呼吸”。王子から授かり、自分の筋肉に編み直した方法だ。フローラは視線で細い綱を投げる。地下街の長が肩を竦め、納骨堂の管理人は数珠を止め、老貴族は杖先を床から離す。——帝国案、通せる。手応えはある。そこへ若い司書が巻物を抱え、やや足をもつれさせて上がった。顔色が紙の色だ。嫌な予感は、案外よく当たる。開かれた巻物から、澄んだ声が降る。
last update最終更新日 : 2025-10-18
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第47話:風聞の毒

夕刻の写本室は、蜜蝋の香りと乾いた紙の音で満ちていた。外では鐘の余韻。中では羽根ペンの先が、誓詞の行間を静かに縫う。王子は灯をひとつ落とし、羊皮紙を二枚、左右に並べた。左は公の条約文。右は私室の合意契約。どちらも昨日までの“正しさ”だが、今朝の紙切れ—風聞—が、言葉の継ぎ目に新しい綻びを示した。「再構成しよう」王子が言った。「うん。誓いは壊れたわけじゃない。けれど、曲げられた」ルシアンは袖口を正し、背筋を伸ばした。公では彼が前に立つ。影の位置に王子の熱がある。二重統治の約束は、ここでも有効だ。王妹フローラが小走りで入ってくる。「三者、揃えたわ。大聖堂、地下街、納骨堂。小礼拝堂で短い公聴を—“文言の手入れ”として」王子は頷き、右の紙に細字で一行、書き足す。付記:セーフワードの効力は当事者の発声に限定。外部の発話は一度停止して確認、異常なしなら再開。「風聞は“合図の言葉を叫べば止まる”に賭けた。外からの手は切る」王子が言い、ルシアンが続ける。「公でも同じだ。『異議』と『停止』を分ける。異議は議場の手順、停止は関係の手順」フローラが笑んだ。「言葉の綱引きは、こちらの得意分野」◆◆◆小礼拝堂。白い壁に金の縁取り。参列は最小限。大司教、地下街の長、納骨堂の守り手。王妹。書記官は一人—銀糸の仮面は外され、素顔は緊張で固い。王子が短く説明する。「誓いは二つ。公と私。今日はその“接合部”の再構成です」ルシアンは壇に出て、言葉を整えた。「跪礼は祈りに限る、が誤読された。だから追記する。『跪礼は主従でなく、共同体への敬意』。また、『合図は相互の救済手順であり、嘲笑の道具に非ず』」地下街の長が鼻で笑い、すぐ真顔に戻る。「商いでも同じだ。手仕舞いの合図を外から壊されたら、粉が散る」守り手が数珠を転がした。
last update最終更新日 : 2025-10-20
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第48話:誓いの再構成

鐘の音が石壁を震わせた。冷えた香の匂い。白い布の海。大聖堂の中央で、皇子は胸の鼓動を数えていた。彼の前に立つ王子が、掌を差し出す。指先が触れた。温度が移る。「契約を読む」大司教の声は乾いた羊皮紙の音に似ていた。条約婚。互いの国境の緩衝。使節往来の自由。軍の統制権の共有。その中に、皇子が昨夜まで書き直し続けた一段が挟まる。「合意の規定。可。抱擁、口づけ、手を引く。不可。公の場での命令口調、同意なき接触。合図。三度の指先タップ。セーフワード。琥珀」ざわめきが一波だけ起こり、消えた。王子は笑わなかった。ただ親指で皇子の手の甲を一度撫でて、囁く。「運用までが契約だ」「知ってる」皇子は息を整えた。魔紋の刻印師が膝をつき、朱を指に乗せる。王子の手首に銀糸の紋が浮き、皇子の指輪に淡い光の鱗が走った。魔紋は互いの脈拍と同期する。鼓動が重なったところで、大司教が最後の巻物を広げる。上下が逆だ。王子が片眉を上げた。「反転。今は縁起が良い、そういうことに」皇子が小声で助け舟を出すと、大司教の耳まで赤くなった。笑いが風のように広がり、緊張がほどける。王子はひと言だけ。「助かった」「スイッチ・デー、今週はあなたの日」「了解」公では、皇子が半歩前に立つ。私室では、王子が支える。そう決めた。互いの位置を確かめるように、王子はわずかに背を引いた。群衆の前で、皇子は名を名乗り、誓う。声は震えず、床の石が乾いていくみたいに静かに通った。◆◆◆儀礼を終え、側廊の控え室。羊皮紙の束。老宰相が鼻眼鏡の下からこちらを射抜く。地下街の顔役、大司教、納骨堂の管理者も並ぶ。石膏の白さが厳しい。王子が書簡の一枚をすっと前に出す。新条項。主従の交換条項。毎週一度、主と従を定め、互いに委任し合う。それを政治にも写す。「政治会議の議長を交互制に」王子は短く言った。皇子の肘が熱くなる。老宰相が苦
last update最終更新日 : 2025-10-21
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第49話:剣の稽古、手の稽古

朝の光が城門の金具を白く撫で、街路の旗が同じ方向へ揃った。王都は祝いの装いだ。石畳の継ぎ目に、薄い花の影。太鼓が二度、鐘が三度。人のざわめきがふくらんで、やがて一つの音になる。王子は皇子の右手の帯を整えながら、呼吸を数えた。四拍で吸って、四拍で止めて、四拍で吐く。「主導は呼吸から」皇子が小さく頷き、半歩、前に出た。公では彼が前に。私室では王子が支える。いつもの合意が、今日は街じゅうの目に触れる。広場の壇には、三つの印が並んだ。大聖堂の銀、地下街の銅、納骨堂の骨白。そして中央に、二人の共治紋。王妹フローラが視線だけで合図を送る。――段取りは整った、行ける。大司教が杖を横にし、開式の言葉を短く置く。皇子は前へ出て、掌をひらりと見せた。「条約婚は、ここから運用に入る。祈りは内に、法は外へ。今日は“見える手当て”を置く」王子が巻紙を開き、読み上げは簡潔に。・共同監査局の設置(大聖堂・地下街・納骨堂の三者と王宮使い)・共同の箱(鍵は三本、開封は三印一致)・地下通路の夜半巡回と、灯り・蓋の費用負担の分担・広場掲示の公開台帳――税と寄進と支出の見える化ざわめきが波紋になる。地下街の行商長は腕を組み、納骨堂の守り手は数珠を転がす。大聖堂の副祭司は羽根を揺らして、頷いた。王子は巻紙の下段を指でなぞり、もう一つ、声を落とす。「合図の項。公の場にも“止める仕組み”を置く」・異議(議場の手順)と停止(関係の手順)を分ける・停止語は当事者の発声に限って効力(外部の発声は確認ののち再開)・嘲笑目的の模倣は禁止、侮辱罪に準ず・鐘の合図は三つ(合流・開印・避難)、小鐘は子どもと司祭がともに引く人々の顔がほどけていくのがわかる。見えないところにあった“止め方”が、今、広場に置かれたからだ。王子は袖の内側で、皇子の手の甲を二度、軽く叩いた。緩めて。皇子はうなずき、息を少しだけ落とす。
last update最終更新日 : 2025-10-22
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