鐘の音は三つ。ひとつめで鳩が梁を跳ね、ふたつめで色硝子の欠片みたいな陽が石畳に散り、みっつめで広場に撒かれた銀砂の花弁が、風の皺に合わせてさらさらと走った。東門は大きな貝のように口をひらき、白い石畳が朝の光を押し返す。焼きたてのパンの膨らみと海塩の粒立ちが鼻腔の奥でまざり、空腹と期待が同じ温度で街じゅうを満たしている。皇子は一歩、前へ。王子は半歩、うしろで影を合わせる。——公では皇子が前、私では王子が支える。ふたりの契約の最初の一行は、挨拶より先に足の位置で示される。「お迎えできて光栄です!」宰相の張りのある声とともに喇叭が三度、金の鱗のように空気を震わせた。馬が鼻を鳴らす振動が地面から脛に上がり、皇子の肩の線がほんのわずか固くなる。すぐに、外套の陰で王子の指が手背を三拍。吸って、吐いて、吐く。森で身につけた呼吸が、青葉の匂いまで連れて戻ってくる。「王国と帝国は、森の渡りを共に開く」皇子の声は乾かない。立ったまま相手の眼の高さをまっすぐに拾い、言葉をひとつずつ渡す。ざわめきの角が丸くなり、王子は目尻だけで笑みを返した。影からの承認は、前に立つ者の背骨に静かな鉛を入れる。◆◆◆鐘が鳴り、白い尖塔に鳩が群れの図形を描く。条約婚の儀はあえて、人目のど真ん中で。隠さない公の誓いは、のちの私を守る。二人の手首には銀の帛紐、掌には半分ずつの紋章。魔草の灰と潮の粉を練った墨は指の腹にぬるく温かく、乾くと薄い塩の膜になる
最終更新日 : 2025-10-14 続きを読む