異世界リロード:神々の遣り残し のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 30

106 チャプター

第21話「境界が溶ける街」

目を開けると、そこは——色彩がにじむ街だった。石畳は、半分が白く、半分が黒い。 建物は輪郭がぼやけ、窓や扉の形が曖昧に揺れている。 まるで“現実”と“夢”が混ざり合っているようだった。「……なんだここ。見てるだけで頭がぐらぐらする」『ナギ、気をつけて。この世界……“境界”が溶けてる』「境界?」『うん。人と魔物の違いも、昼と夜の区切りも、男と女の区別も……全部曖昧になってる』「は……そんなの、どうやって暮らしてんだよ」俺が呟いたとき——通りを歩く二人組が目に入った。最初は人間の親子に見えた。 けれど一歩近づいた瞬間、子どもの顔が獣に変わり、母親の輪郭も霧のように揺らぐ。「おい……今、見えたか?」『うん。“魔物にも人にも見える”。きっと両方なんだよ』「両方……?」親子は気づく様子もなく、普通に買い物をしていた。 商人の姿も同じ。人の顔から獣の顔に変わったり、声が男から女に変わったり。 それを誰も気にしていない。「……すげぇな。これが、この世界の日常ってわけか」『でもナギ……違和感あるでしょ?』「ああ。全部が“正しい”ように見えるのに、どこか居心地が悪い」そのとき、背後から声をかけられた。「旅の方ですね?」振り向くと、そこに立っていたのは青年だった。 いや、青年“らしき人”と言うべきか。長い髪と短い髪が同時に揺れ、顔立ちは男にも女にも見える。 服装も、貴族のようでありながら農夫のようでもある。「私は、この街の案内人です。もしよければ……ご案内しましょうか?」「……ああ、頼む」俺は警戒を保ちながら頷いた。街の奥へ歩きながら、案内人は柔らかく微笑んだ。「この街は
last update最終更新日 : 2025-09-14
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第22話「消えた自分、溶ける心」

街を歩くにつれて、胸の奥がざらざらしてくる。通りすがりの人々は皆、楽しそうに過ごしている。 笑顔も、会話も、争いの影すらない。 でも——どこかおかしい。「ねえ、あなたは誰?」 「私は……うーん……男? 女? あれ……?」市場の片隅で、少女が泣いていた。 自分の姿を鏡で見て、首を傾げている。 鏡の中の彼女は、女の子の顔と、少年の顔が交互に現れていた。「……わたし、どっち……?」母親らしき人も隣にいたが、その顔も曖昧で、はっきりとしない。 必死に抱きしめるが、その腕も半透明に揺れていた。『ナギ……! この街の人たち、“自分”が崩れかけてる!』「……やっぱりな」境界がなくなることは確かに平和を生んでいる。 誰も差別しないし、誰も争わない。 でもその代わりに——“自分が誰か”すら曖昧になっている。「案内人さん。……この街は、ずっとこんな状態なのか?」俺が尋ねると、さっきの案内人が薄く微笑んだ。 彼の顔も、見るたびに男から女へ、青年から壮年へと揺らぐ。「ええ。ここでは、すべてが混じり合い、誰も否定されません。 ですが……長くここにいる者ほど、“自分”を見失うのです」「……それでいいのか?」「……さぁ。私には、もう“私が誰だったか”わかりませんので」その言葉に、背筋が凍った。 穏やかに笑っているのに、その目はどこか空っぽだった。「ナギ!」突然、リィナが鋭く声をあげた。『あなたの姿……!』「えっ……?」俺は思わず手を見下ろす。 ……指が、ぼやけている。 自分の身体の輪郭が、少しずつ溶けて消えていく。「ちょっ……おい、これって!
last update最終更新日 : 2025-09-14
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第23話「境界の守護者」

街の中央には、大きな広場があった。 中央には噴水……だったものが、今はぐにゃりと形を歪めている。 水は上にも横にも流れ、まるで重力そのものが狂っているかのようだった。「……見ただけで気持ち悪くなるな」『ナギ、気をつけて。ここが“歪みの中心”だよ』広場の周囲には、人々が集まっていた。 だが、その姿はみな曖昧で、輪郭がゆらめいている。 声も男と女が交互に重なり、年齢すら定まっていない。「ここは、すべてを受け入れる場所……」 「境界は不要……」 「区別こそ争いの原因……」無数の声が重なり、呪文のように響く。「……洗脳じみてるな」そのとき、噴水の上に影が現れた。それは人型をしていたが、顔も体格も定まらない。 男にも女にも、老人にも子供にも見える。 まさに“境界のない存在”。「我は《境界の守護者》。 この世界に争いをもたらした“区別”を否定し、すべてを溶かす者」その声は何十人もの声が同時に重なったように響いた。「……お前が、この街をこんなにしたのか」「違う。我は“願い”を叶えただけ。 人と魔物の境界を消せば争いはなくなる。 男と女の違いを消せば差別はなくなる。 善と悪の区別を消せば、罪もなくなる。 すべてを溶かせば、すべて救えるのだ」「救える、ねぇ……」確かに理屈はわかる。 でも俺の胸は、強烈な拒絶を叫んでいた。「けどな! 境界があるから、俺たちは“自分”を知れるんだ! 誰かと違うから、出会えるんだ! 全部を溶かしちまったら、ただの“空っぽ”だろうが!」背中のリィナが、銃身を強く震わせる。『そうだよ! 区別は確かに争いを生
last update最終更新日 : 2025-09-15
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第24話「すべてを溶かす闇、すべてを守る光」

境界の守護者が放った黒い腕が、噴水をなぎ払った。 石が砕け、水が四方八方に飛び散る。 しかしその水滴すら、途中で形を失い、霧となって消えていく。「……触れたもの全部を“溶かす”ってか」『ナギ、避けて!』影の腕が再び迫る。 俺は身をひねって飛び退き、すぐに引き金を引いた。——バンッ!白い光弾が闇をかすめ、影の一部を吹き飛ばす。 けれどすぐに形を取り戻し、守護者は淡々と声を響かせる。「無駄だ。境界は脆い。 消せば、すべてが一つになる。楽になれる」「……楽? お前、ほんとにそれでいいと思ってんのか」「区別がなければ、苦しみもない。 愛も、憎しみも、不要だ。 ただ“在る”ことこそ、究極の救い」——その言葉に、胸がざわついた。確かに争いは消えるかもしれない。 けど、それは同時に、リィナとの“絆”すら消えることになる。「ふざけんな……!」俺は叫んだ。「苦しいのも、悲しいのも……全部“誰かと違う”からだ! でもだからこそ、誰かを選べる! 誰かを守りたいって思えるんだ!」銃身が震え、リィナの声が響く。『そうだよ! ナギがナギだから、私はナギと旅してるんだよ! 誰でもよかったら……こんな気持ちにならない!』守護者の影が大きくうねり、広場全体を覆い尽くそうとした。 人々の姿も飲み込まれ、声が消えていく。「ナギ! 早く……!」「わかってる!」俺は息を吸い込み、引き金に力を込めた。「俺たちは、溶けない! 境界を持つからこそ、ここにいる!」——轟!白い閃光が放たれ、広場を覆った闇を切り裂いた。 影は抵抗しながらも、次第
last update最終更新日 : 2025-09-15
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第25話「境界を越えて、共にある」

夜明けの光が、境界を取り戻した街を照らしていた。 石畳の上では、人々が互いの顔を確かめ合って笑い合い、泣き合っていた。「お前……ちゃんと“人間の顔”に戻ったな!」 「ふふ、あなたも“あなたらしい声”だよ!」街中に、安堵と喜びの声があふれる。 昨日までぼやけていた輪郭が、今ははっきりと輝いて見えた。「……よかったな」『うん……ほんとによかった』背中のリィナも、どこかほっとしたように声を漏らす。「案内人さん!」俺は広場の片隅に立つ青年に声をかけた。 いや、もう“青年”と断言できる姿だった。 男にも女にも揺れていた顔は、すっきりと落ち着いている。「……私は……ああ、思い出した。ルイ。私の名前はルイだ」そう言って彼は深々と頭を下げた。「旅の方、あなたのおかげで“自分”を取り戻せました」「いや、俺たちはきっかけを作っただけだ。これからはお前たち次第だろ」ルイは苦笑した。「ええ。区別があることで争いも生まれるでしょう。 ですが、それを恐れて“自分”を捨てるよりは、ずっといい」街の人々が、互いに名前を呼び合いながら未来を語っていた。 その声は活気に満ちていて、まるで街そのものが生まれ変わったようだった。——その様子を見て、ふと思う。「なあ、リィナ」『なに?』「俺たちも、“境界”を越えて旅してるよな」『え?』「だって、お前は神様で、俺はただの人間だ。 普通なら交わらないはずの二つが、今こうして一緒にいるんだぜ」少しの沈黙。 銃身が照れくさそうに震えた。『……うん。でも私は、ナギと一緒にいるときだけ“わたしらしい”って思えるんだ』「
last update最終更新日 : 2025-09-16
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第26話「死なない国」

次に降り立ったのは、きらびやかな王都だった。 白い石で造られた高い城壁、整然と並ぶ建物。 通りには人々が行き交い、活気にあふれている。 一見すると、何の問題もなさそうに思えた。 ……ただ、一つを除けば。 「……なあ、リィナ」 『うん、気づいた?』 「ああ。……この国、死んでるやつが一人もいねぇ」 市場には老人が立ち並び、子どもたちは元気に駆け回っている。 病人らしき者も、怪我をした者もいない。 通りで馬車に轢かれた男さえ、立ち上がって笑って去っていった。 「……え、今、轢かれてなかったか?」 『うん。でも“死なない”んだ、この国では』 「死なない……?」 俺が呆然としていると、通りの商人がこちらに話しかけてきた。 「おや、旅の方は知らないのですか? ここは“永命の国”。 誰も死なない国でございますよ」 「……死なない、ねぇ」 商人は誇らしげに胸を張った。 「病に倒れることもなく、戦で命を落とすこともない。 死という概念がないから、恐れる必要もない。 これ以上の楽園はありますまい!」 そう言って朗らかに笑う。 ……でも俺は、その笑顔にどこか寒気を覚えた。 『ナギ、やっぱり…
last update最終更新日 : 2025-09-16
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第27話「永命の王と囚われた死」

王城は、まるで太陽そのものを模したかのように輝いていた。 白金色の尖塔が並び、壁には無数の光の紋章が刻まれている。 近づくだけで、肌がじりじりと焼けるような感覚に襲われる。 「……おいおい、これ、ただの城じゃねぇな」 『うん……“神域”に近い。ここに“死”を閉じ込めてるんだ』 「死を……閉じ込めてる?」 俺が眉をひそめたとき、大扉が開いた。 荘厳な広間の奥、黄金の玉座にひとりの王が座っていた。 その姿は、信じられないほど若々しい。 髪は黒々と艶やかで、瞳は力強く輝いている。 だが、その目の奥には、無限の歳月を背負ったような深い疲れがあった。 「よくぞ参った、異界の者よ」 王の声は重く、広間全体に響いた。 「……あんたが、この国の王か」 「うむ。我は《永命の王》シルヴァル。 死を封じ、この国を永遠に導く者だ」 『ナギ……! この人が“歪みの原因”だよ!』 王は立ち上がり、玉座の後ろを示した。 そこには、黒い鎖で縛られた影があった。 人の形をしているが、顔も身体も曖昧で、薄い靄のように揺らめいている。 その存在からは、冷たい安らぎのような気配が漂っていた。 「……あれは」 「“死”だ」 王の言葉に、背筋が凍る。 「死を神殿に縛りつけ、我が国から排除した。 そのおかげで、この国の者は誰一人死なぬ。 戦も病も老いも恐れることはなく、永遠に安泰なのだ」
last update最終更新日 : 2025-09-17
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第28話「死を否定する王との戦い」

光に包まれた広間で、王はゆっくりと玉座から歩み出た。 その身を覆う鎧は純白に輝き、背には金色のマント。 一振りの剣が、その手に現れる。 「見よ、これこそ《永命の剣》。 死を拒み、我が民を守り続けてきた力だ」 剣が振るわれた瞬間、空気そのものが押し潰された。 広間の石床が砕け、衝撃波が一直線に俺を襲う。 「っ……くそ!」 俺は身を翻して転がり込み、すぐさま銃を構える。 ——バンッ! 白い光弾が王へ向かう。 だが、永命の剣がひと振りされると、光は掻き消された。 『ナギ! あの剣……“死そのもの”を拒んでる!』 「ってことは……俺たちの弾も“死の力”扱いか!」 王は一歩、また一歩と迫ってくる。 その顔は穏やかで、恐怖の欠片もなかった。 「我は正しい。 民は死を恐れず、永遠に生き続ける。 これ以上の幸福がどこにあろう」 「幸福……? 違うだろ!」 俺は声を張り上げた。 「お前の国の連中は、笑いながら泣いてたぞ! “死なない”ってのは、終わらない苦しみなんだ!」 王の瞳が、初めて揺らいだ。 けれどすぐに表情を戻す。 「……弱き者は救うべきだ。それが王の務めだ」 剣が振り下ろされ、床が大きく抉れる。 瓦礫が飛び散る中、俺はリィナに叫んだ。 「どうする!? このままじゃ埒があかねぇ!」 『ナギ、
last update最終更新日 : 2025-09-17
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第29話「剣と銃、永遠と終焉」

金と白の光が激しくぶつかり合い、広間全体が震えていた。 俺の足は石床にめり込み、全身に重圧がのしかかる。 永命の王の剣は、ただ一振りで“死”を拒む力を放ち、俺の銃弾を押し返していた。「……強ぇな……!」 『ナギ、負けないで! あなたの撃つ弾は、ただの“死”じゃない!』「……ああ、そうだな」俺は歯を食いしばり、銃口をさらに押し込んだ。「俺の弾は……“生きるための終わり”だ!」白光が一気に強くなり、王の剣を押し返す。 だが、王もまた吠えた。「死は恐怖! 我は民を恐怖から解放するために立ったのだ!」剣がさらに輝きを増し、銃弾を弾き飛ばした。 俺の身体は後ろに吹き飛び、石壁に叩きつけられる。「ぐっ……!」 『ナギ! 大丈夫!?』「問題ねぇ……!」 立ち上がりながら、血の味を吐き出す。「……王よ」 声を張り上げ、睨みつける。「お前は民を恐怖から解放したんじゃねぇ! “選ぶ力”を奪ったんだ!」「選ぶ……力……?」「生きるのも、死ぬのも! それは“自分で選ぶから意味がある”んだ! お前が全部決めちまったら……ただの檻だ!」その言葉に、王の剣がわずかに震えた。「……だが……死は苦しい……!」「苦しいから、生きる価値があるんだ!」俺は銃を掲げる。 リィナの声が、力強く重なった。『ナギ! 今度こそ! 二人の力を合わせよう!』「行くぞ、リィナ!」銃口から放たれる白光が、一条の奔流となって剣を直撃した。 王も全力で剣を振るい、金の閃光を放つ。——白と金が激突し、広間を飲み込む。「我は……永遠を……!」 「俺は……終わ
last update最終更新日 : 2025-09-18
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第30話「死が戻る国、涙の選択」

鎖から解き放たれた“死”は、静かな霧のように広間に広がった。 それは恐怖ではなく、どこか温かくて懐かしい気配だった。「……これが、“死”……」 俺は思わず呟いた。『うん……怖いものじゃない。ただ、“終わり”を示す存在だね』“死”は王の前に立ち、ゆっくりと手を伸ばした。 だが、その手に怯えたのは——民ではなく、永命の王シルヴァルだった。「……やめろ……! 我は……まだ導かねば……!」 その声は震えていた。「王よ」 俺は前に出て、彼を見据える。「お前はずっと一人で背負ってきたんだろう。 でもな……生きることも、死ぬことも、誰かに“預ける”もんじゃない。 それは、自分で選ぶもんだ」「……選ぶ……」「生きたいなら生きろ。死にたいときは死んでいい。 それを否定したら、人間じゃなくなるんだ」広間に沈黙が落ちた。 やがて、王の目からひとすじの涙がこぼれた。「……我は……怖かったのだ」その声は、ようやく人間らしい弱さを帯びていた。「死ぬことが……愛する者と別れることが……何よりも……」「怖くて当たり前だろ」 俺は銃を下ろし、静かに言った。「けどな、怖いからこそ、一緒にいる時間が輝くんだ」王は震える手で“死”に触れた。 次の瞬間、光が広間を包み、鎖に縛られていた存在は完全に解放された。「……ありがとう」 “死”は穏やかに微笑み、霧となって消えていった。——その瞬間。城下の人々が、いっせいに叫び声を上げた。 誰かが倒れ、誰かが泣き、誰かが祈っている。「……ナギ! みんな、“死”を思い出したんだ!」「ああ……でも、それは悪いことじゃね
last update最終更新日 : 2025-09-18
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