目を開けた瞬間、喉が詰まった。——空気が重い。まるで何かが張り付いているような圧迫感。 俺は反射的に咳き込みながら、周囲を見回した。そこは大きな都市だった。 高い石造りの建物、石畳の広場、商店が並ぶ通り。 けれど、人々の顔は——不思議なほど、無表情。「……なあ、リィナ。なんか、変だ」『うん。心が沈んでるっていうか……声が薄い』ちょうどそのとき。「おい、そこの旅人!」衛兵らしき男が俺を呼び止めた。「お前、名前は?」「……え?」「名を名乗れ。規則だ」「俺は——」……あれ?「……俺は、えっと……」喉まで出かかってるのに、言葉が出てこない。自分の名前。 絶対に知っているはずのものが、霞のように掴めない。「……ナ、ナギ。ナギだ!」「ふむ。そうか」衛兵は、それ以上追及せず、無表情のまま去っていった。……危なかった。今、本気で出てこなかった。『ナギ……今、一瞬、自分の名前忘れてたよね』「ああ……やべぇな。これも“歪み”か?」『うん。たぶん“名前”が、この都市から消えていってる』俺たちが歩き出すと、すぐに異常は目の前に現れた。市場の売り子が、商品の名前を忘れている。「えっと……これ……赤くて、甘い……なんだったっけ?」買い物に来た老婆も、自分の孫の名前を思い出せずに泣いている。「あなた……誰だっけ……? ねえ、誰……?」街全体が、“名前”を失っていた。「……なるほど。だから皆、無表情なんだ」『名前って、“その人そのもの”だからね。なくなったら、自分でいられなくなる』俺は
最終更新日 : 2025-09-09 続きを読む