異世界リロード:神々の遣り残し のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

106 チャプター

第11話「名前を失った都市」

目を開けた瞬間、喉が詰まった。——空気が重い。まるで何かが張り付いているような圧迫感。 俺は反射的に咳き込みながら、周囲を見回した。そこは大きな都市だった。 高い石造りの建物、石畳の広場、商店が並ぶ通り。 けれど、人々の顔は——不思議なほど、無表情。「……なあ、リィナ。なんか、変だ」『うん。心が沈んでるっていうか……声が薄い』ちょうどそのとき。「おい、そこの旅人!」衛兵らしき男が俺を呼び止めた。「お前、名前は?」「……え?」「名を名乗れ。規則だ」「俺は——」……あれ?「……俺は、えっと……」喉まで出かかってるのに、言葉が出てこない。自分の名前。 絶対に知っているはずのものが、霞のように掴めない。「……ナ、ナギ。ナギだ!」「ふむ。そうか」衛兵は、それ以上追及せず、無表情のまま去っていった。……危なかった。今、本気で出てこなかった。『ナギ……今、一瞬、自分の名前忘れてたよね』「ああ……やべぇな。これも“歪み”か?」『うん。たぶん“名前”が、この都市から消えていってる』俺たちが歩き出すと、すぐに異常は目の前に現れた。市場の売り子が、商品の名前を忘れている。「えっと……これ……赤くて、甘い……なんだったっけ?」買い物に来た老婆も、自分の孫の名前を思い出せずに泣いている。「あなた……誰だっけ……? ねえ、誰……?」街全体が、“名前”を失っていた。「……なるほど。だから皆、無表情なんだ」『名前って、“その人そのもの”だからね。なくなったら、自分でいられなくなる』俺は
last update最終更新日 : 2025-09-09
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第12話「失われた記録庫」

都市の中央にそびえる建物は、まるで要塞だった。厚い石壁、巨大な門、そして空に届くほどの塔。 それが、この都市の知識を収めた「記録庫」——大図書館だった。「……すげぇな。ファンタジーってより、要塞図書館って感じだ」『静かすぎるね……普通なら、出入りする学者や書士がいるはずなのに』扉を押すと、ギギィと軋んだ音。 中は、闇に近い静けさだった。埃っぽい空気。 果てしなく並ぶ本棚。 そのどれもが、背表紙を剥がされたかのように“空白”だった。「……文字が、ない?」本を手に取ると、中のページすら真っ白だった。 ただの紙束にしか見えない。『ナギ……これは、やっぱり“名前”が消えてる』「記録ごと、なくなってんのか……」そのときだった。「ここに何の用だ?」不意に声が響き、俺は反射的に銃を構えた。そこにいたのは、黒衣の司書らしき人物。 だがその顔は、奇妙にぼやけている。 まるで、人の輪郭から“名前”だけを削ったような。「お前……名前は?」「……ない。ここにあるものすべて、すでに失われた」「お前がやったのか?」「違う。私も被害者だ。記録庫にあった“真名の書”が、奪われたのだ」『真名の書……?』「すべての存在の“本当の名前”を記した書物。 あれが失われたときから、この都市は——名前を忘れ始めた」俺は背中のリィナに目をやる。「リィナ、聞いたか?」『うん。つまり、その“真名の書”を取り戻せば、この歪みは正せる』「どこにある?」司書の影は、首を振った。「わからない。だが、夜ごと“囁き”が聞こえるのだ。……名前を返せ、と」その
last update最終更新日 : 2025-09-09
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第13話「囁く声の正体」

——名前を返せ。その声は、耳ではなく脳に直接染み込んでくるようだった。 薄暗い通路を進むごとに、何重にも重なった囁きが濃くなる。「……リィナ、聞こえるか?」『うん……気持ち悪いくらいはっきり。ねえナギ、この声……“人の声”じゃない』「だよな」通路の突き当たり。 開けたホールには、古びた祭壇のようなものがあった。その上に、分厚い一冊の本が浮かんでいる。表紙には、深紅の刻印。間違いない——あれが「真名の書」だ。「おいで……おいで……」影が揺れた。 本の周囲に、黒い靄のようなものがまとわりついている。 靄は、やがて人の形を模した。性別も年齢も曖昧な“名無し”の群れ。「名前を……奪われた……返して……」呻き声が重なり、空気がびりびりと震えた。『ナギ! あれ、都市の人たちの“失われた部分”だよ!』「つまり、あいつらを解放すりゃいいんだな?」『うん! でも気をつけて……名前を呼ばれると引き込まれる!』「呼ばれる……?」——ナギ。耳の奥で、確かに聞こえた。「っ……!?」『今、ナギって……!』「俺の名前を……知ってる……?」影がにやりと歪んだように見えた。「お前たちの“存在”は、ここに記されている。名前を失えば、ただの影…… だから……お前の名前も、いただこう」靄の群れが一斉に襲いかかる。「くっ……! リィナ、撃つ!」『了解っ!』——バンッ!白い光弾が、影を一体吹き飛ばす。 煙のように消えると、中から“人影の欠片”が零れ落ちた。「……ありがとう」それ
last update最終更新日 : 2025-09-10
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第14話「失われた名を取り戻す日」

光が、都市全体を覆った。祭壇からあふれた白い輝きは、路地や市場や家々にまで広がり、 人々の身体を優しく照らし出す。「……あっ!」最初に声を上げたのは、広場にいた子どもだった。「ぼく、ティーノ! ティーノだ!」泣きながら、両親に抱きつく。 母親もまた、名前を思い出したのか、声を震わせて叫んだ。「私は……マリエッタ! あなたは、ティーノ! そうよ、うちの子!」あちこちで、次々と名前が飛び交い始める。「俺はゲラルドだ!」 「アナベル……アナベルって、私の名前!」 「カイ、カイだ……俺は俺だ!」歓声と泣き声が混ざり、都市は一気にざわめきを取り戻した。「ナギ……!」背中で、リィナの声が弾んだ。「みんな、自分を取り戻したんだよ!」「ああ……やっと“名前”が帰ったんだ」俺は祭壇に置かれた「真名の書」を見下ろす。そのページには、確かにひとりひとりの名前が刻まれていた。 けど——最後のページには、まだ空白が残っている。「……?」本の最終ページに、墨のような黒がにじんだ。——ナギ。「っ!」頭がぐらりと揺れる。 視界がにじみ、名前の感覚が遠ざかっていく。『ナギ!? 大丈夫!?』「やば……名前……また……!」『駄目だよ! 忘れないで! あなたの名前は……!』必死に呼ぶ声。 俺は意識が闇に沈むのを、必死にこらえた。——名前。 俺の名前。 確かにあったはずの、それ。でも……本当に、俺は“ナギ”だったか?「……ナギ!」リィナの声が、鋭く響いた。
last update最終更新日 : 2025-09-10
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第15話「名前を呼ぶ理由」

光の扉の前で、俺たちは立ち止まっていた。都市の人々はそれぞれの生活へ戻りつつあり、広場には安堵と笑顔が広がっている。 だけど俺は、扉に足を踏み入れる前に——どうしても言葉にしておきたかった。「……なあ、リィナ」『なに?』「さっきさ。俺が名前を失いかけたとき……お前が呼んでくれただろ」『うん。だって、忘れちゃ駄目だから』「いや、あれ……すごかったんだよ」思い返すだけで、胸が熱くなる。「自分が自分でなくなる感覚って、あんなに怖いんだな。 でも、お前が“ナギ”って呼んでくれた瞬間、ちゃんと戻れたんだ」『……私も、怖かったよ。ナギが“ナギじゃなくなる”なんて考えたくなかった』少し震える声。俺は白銃を背から下ろして、両手でそっと抱えた。「ありがとうな、リィナ」『えっ……な、なに急に……!?』「俺さ、名前を呼ぶって、ただの記号の確認だと思ってた。 でも違うんだな。呼ぶことで、“その人をここに繋ぎ止める”意味があるんだ」『……ナギ……』「だから、これからも呼び合おうぜ。お前の名前も、絶対に忘れたくない」『うん! 絶対に!』銃身が、嬉しそうに震える。 それは“新米女神”でも“武器”でもなく、ただのリィナという少女の心の鼓動に思えた。「よし……行こうか」「うん! 次の“歪み”へ!」俺たちは光の扉に足を踏み入れた。視界が白に包まれ、世界が反転する。——次に降り立つのは、どんな場所だろうか。名前を呼ぶ理由を胸に抱きながら、俺はまた一歩を踏み出した。
last update最終更新日 : 2025-09-11
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第16話「死者が導く島」

光が晴れた先は——潮風の匂いだった。「……海?」目の前に広がるのは、透き通るように青い海。 白い砂浜、遠くには濃い緑の森が広がっている。 まるで南国リゾート地のような、美しい島だった。「へぇ〜! きれい!」 背中のリィナが弾む声をあげる。 俺も同感だった。これまで渡った歪んだ世界に比べたら、あまりに平和そうに見えた。「……でも、なんか静かすぎないか?」波の音はする。鳥の声もかすかにある。 だが、人の気配が一切ない。俺たちは砂浜を歩き、森の中へ進んだ。すると、村があった。茅葺き屋根の家が並ぶ、小さな集落。 だが、そこにも人影はなかった。「……無人島か?」『いや、違うよ……気配、ある。いっぱいある。でも……』リィナが小さく震える。『これ、“死者の気配”』「……は?」思わず振り返ると——そこに立っていた。薄く透けた人影。 顔は優しげで、姿は村人そのもの。 けれど、その身体は淡く光っていた。「ようこそ、旅の方……」女の霊は、穏やかに微笑んだ。「ここは“死者が生きる島”。どうか、驚かないで」「……死者が、生きる?」「はい。ここでは、生きている者のほうが、弱いのです。 死んだ私たちが、彼らを守っているのです」俺は息を呑んだ。「じゃあ……生きてる人間は?」「村の奥に……。彼らは病に弱く、怪我をすればすぐに倒れてしまいます。 けれど私たち死者が、代わりに畑を耕し、狩りをして、見守っているのです」「……逆転してる」『ナギ……これが、この世界の“歪み”だよ』普通なら、死は終
last update最終更新日 : 2025-09-11
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第17話「生者の集落、死者の守り手」

森を抜けると、広場に出た。そこには、確かに人がいた。 けれど——わずか十数人。 どの顔も青白く、息は弱々しく、誰もが病人のように見える。「……これが、“生き残ってる人間”か」『ナギ、気をつけて。ほんとに脆そう……風邪でも死んじゃいそうな感じ』俺たちに気づいた青年が、よろよろと立ち上がった。「あなたたちは……外から来たのですか?」「ああ、旅の者だ。ここの人間……少ないんだな」「はい。私たちはもう……ほんのわずかしか残っていません。 でも、大丈夫なんです。死んだ仲間たちが、私たちを守ってくれるから」青年は、感謝の色を浮かべて笑った。「畑も、魚も、家の修繕も。全部“彼ら”がやってくれるんです。 だから、私たちはただ、生きてさえいればいい……」その言葉に、俺は背筋が冷えた。「ただ、生きてさえいれば……?」「はい。動かなくても、働かなくても。死者が全部、やってくれるのです。 だから……死んでも、困らないんです」『ナギ……』リィナの声が、ほんの少し震えた。青年はそれを当然のことのように語る。 だがその目は、どこか空虚だった。「それは……幸せか?」「ええ、きっと。……そう、信じています」答えは迷いなく返ってくる。 けれど、その声は妙に軽くて、風に飛んでしまいそうだった。俺はリィナに小声で言った。「なあ……これ、やばくないか?」『うん。生きてる人が“生きる意味”を失ってる』「死んでも困らない、って……それ、もう生きてるって言えんのか?」『このままじゃ、ほんとに全員“死者”になっちゃうよ』広場の隅で、子どもが倒れていた。 死者の霊がすぐに駆け寄り、透
last update最終更新日 : 2025-09-12
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第18話「墓地に集う声」

島の北側、森の奥に広がる墓地は——驚くほど賑やかだった。無数の灯火のように、淡く光る人影がそこかしこに佇んでいる。 草を刈る者。墓石を磨く者。花を供える者。 みんな“死者”だ。生者の村よりも、よっぽど活気がある。「……すげぇな。ここ、ほんとに墓地かよ」『……不思議。怖くないね。むしろ、温かい感じ』俺たちに気づいた老人の霊が、穏やかな顔で声をかけてきた。「おや、珍しい。外からの旅人かい」「ああ。ちょっと聞きたいんだ。どうしてあんたたちは、生きてる連中を守ってる?」老人はにっこり笑った。「そりゃあ、当たり前じゃろう。あの子たちは、まだ若い。 わしらはもう死んでしまったが……それでも守れるのなら、守ってやりたい」「……でも、そのせいで生きてる奴らが“生きる意味”を失ってるんじゃないのか?」問いかけに、周囲の死者たちも耳を傾け始めた。「生きる意味……か」 「そんなもの、わしらが口を出すことじゃない」 「だが、見ていて悲しいのも確かだ」ひとつひとつの声が、墓地に漂う風に乗って重なっていく。その中に、ひときわ若い女性の声があった。「わたしはね、息子を残して逝ったの。でも、いま彼は弱すぎて、わたしが支えないとすぐに倒れてしまう。 だから……わたしが生きていたときよりも、今のほうが“母親らしい”のかもしれない」その言葉に、胸がざわついた。——本来なら逆だ。 母親を守るために子が強くなるべきだ。 だが、この島ではそれがひっくり返っている。『ナギ……これって、やっぱり“歪み”だよ』「……ああ。死者が生者を支えることは否定しない。 けど、“死んでからのほうが生き生きしてる”ってのは、おかしい」「おかしい、か……」
last update最終更新日 : 2025-09-12
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第19話「死者の願い、生者の答え」

白い光弾が祠を照らし、黒い影を貫いた。 しかし、それだけでは消えなかった。「……違う……違う……! 私たちは……まだ守れる……!」影が呻き声を上げると、墓地に集っていた死者たちが一斉にざわめいた。 その声は悲鳴でもなく、祈りでもなく、ただ必死な願い。「子どもを見守りたい……!」 「妻を支えたい……!」 「まだ終わりたくない……!」——墓地全体が、渦巻く感情で揺れた。「ナギ……!」 背中のリィナが震える。「撃ち抜くだけじゃ駄目! これは“死者の願い”そのものだよ!」「わかってる!」俺は歯を食いしばる。 黒い影は、ただの怪物じゃない。 ここに眠るすべての人々の“想いの塊”だ。「……お前らの気持ちはわかる」俺は叫んだ。「死んでもまだ守りたい。大切な人を見守りたい。……俺だってそう思う!」光弾を撃ちながら、必死に声を重ねる。「でもな! “未来を歩くのは生きてるやつの役目”なんだよ! お前らが全部背負っちまったら……生きてるやつらは、何のために生きてるんだ!」影がぐらりと揺れる。 怒りにも似た声が返ってきた。「だが……彼らは弱い! 守れなければすぐに死ぬ! だったら我らが……!」「違う! 弱いなら弱いなりに、立ち上がる意味がある! それをお前らが全部奪っちまったら、何も残らねぇんだ!」リィナの声が、銃身から響いた。『ナギ……! 今だよ! 想いを撃ち抜いて!』「ああ!」俺は引き金を強く引いた。——轟!白い光が奔流となって祠を包み、黒い影を突き抜ける。 その瞬間、無数の声が一斉に溢れた。
last update最終更新日 : 2025-09-13
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第20話「未来を託す朝」

夜が明けた。島全体が、まるで新しい息吹を取り戻したように、光に包まれていた。 潮風は澄み、波の音はやけに力強く響いている。「……静かだな」『うん。でも、さっきまでと違う。これは“前に進む静けさ”だよ』俺とリィナは再び集落へ戻った。 そこには、生き残っていた人々が集まっていた。 昨日まで青白かった顔色が、少しだけ血色を取り戻している。「……お前ら、大丈夫なのか?」「はい。なぜでしょう……体が、軽いのです」青年が驚いたように手を握りしめる。「昨日まで、何をする気力もなかった。 でも今は……畑を耕したい。魚を獲りたい。 自分の手で、生きたいと思えるんです!」その言葉に、俺は思わず笑った。「そうか……やっと“生きる”気になったか」ふと、集落の端で子どもたちが遊んでいるのが見えた。 昨日は寝込んでいた子だ。 母親が涙を流しながら、笑顔で見守っていた。「……なあ、リィナ」『なに?』「俺、少し羨ましいな。死者が導いてくれる安心感ってのも、悪くないと思っちまった」『ふふ、でもナギは“未来を歩く側”だからね。羨ましがる必要はないよ』「そうだな。……未来は、生きてるやつのものだからな」俺は深呼吸をして、海の匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。 そして、もう一度広場を振り返る。「おい、お前ら!」人々が一斉にこちらを見る。「これからは、お前たち自身で生きろ! そんで、死んだやつらに胸張れるような未来を作れ!」しばしの沈黙。 だが次の瞬間、広場は大きな歓声に包まれた。「はい! 約束します!」 「私たちは……生きます!」 「守られるんじゃなく、未
last update最終更新日 : 2025-09-13
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