All Chapters of 冷酷御曹司は逃げた妻を愛してやまない: Chapter 101 - Chapter 110

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4-20 静かに迫る影

車内には沈黙が落ちていた。カーオーディオからはクラシック音楽が流れている。沙月は窓の外に視線を向けながら、横目で司の横顔を盗み見た。司は無言のまま前を見据え、ハンドルを握りしめていた。(……気まずい……)結婚していた頃でさえ、こんなふうに二人きりで過ごす時間はほとんどなかった。まして今は離婚手続きの真っ最中。なのに、なぜ司がこんなに自分に構ってくるのか?どう接すればいいのか分からなくなっていた。(こんなことなら、電車で来ればよかった……)心の中でため息をついたとき。「……緊張しているのか?」突然、司が尋ねてきた。「べ、別に。そんなことないけど」心の内を見透かされたようで、沙月は慌てて否定する。司は淡々と続けた。「そうか。昨夜、上司の策略にはまって危険な目に遭ったというのに……意外と度胸があったんだな」「え? あ……!」(そうだった……! 私、今から井上デスクと顔を合わせるんだ……!)司のことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。「何だ、その顔。……まさか忘れていたのか?」「ち、違うわよ。なるようにしかならないなら、開き直るしかないでしょう。いつも通り仕事に専念するだけよ」強がって言い返したものの不安だった。(昨日のメール……井上デスクが何か対処してくれているとは思えない。むしろ、主犯がデスクの可能性だって……)そんな不安を抱えたまま、司が続ける。「その通りだ、堂々としていればいい。やましいことがないのならな。仕事で周囲を見返せばいいだけだ」「……そうね。そうするわ」内心では「何も知らないくせに」と思いながらも、沙月は返事をした――****――八時半。車が局の前に到着した。「どうやら間に合ったようだな」「ありがとう、送ってくれて」車から降りるためにシートベルトを外すと、司は低い声で言った。「……ついでがあったからな」「ついで?」首を傾げる沙月。「どうした。降りないのか? 遅刻したいのか」「まさか。ありがとう」沙月が車を降りると、司は何も言わずに車を走らせていった。「……何よ。帰りの時間は聞かないのね」ぽつりと呟く。(まぁいいわ。今までのは単なる気まぐれだったのかもしれないし……今は、目先のことを考えないと)気持ちを切り替え、局の入り口へ向かった。****沙月が姿を見せると、報道
last updateLast Updated : 2026-01-11
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4-21 揺らぐ足元

(ど、どうして司がここに……!?)沙月は唖然としたまま固まった。司は沙月の方を一瞬だけチラリと見たが、すぐに視線を井上デスクへ向け、迷いのない足取りで向かっていく。その瞬間、沙月の血の気が引いた。(まさか……ついでって、このことだったの!?)止めたい。でも止められない。自分は今、霧島との事実無根のスキャンダルの渦中に置かれている。ここで司に声をかければ、火に油を注ぐようなものだ。(司が朝霧さんと婚約する話は局中が知ってる。それに私は……世間から隠された元妻。もしバレたら……)心臓が痛いほどに早鐘を打ち始めた。そんな沙月の胸中など知らぬまま、司は井上へと近づいていく。一方の井上デスクは司が近づいていることにまだ気づいていない。「なるほど、それで……ヒッ!」突然目を見開き、肩が大きく跳ねる。話にすっかり夢中になっており、司の接近に今の今まで気づいていなかったのだ。男性局員も井上の異変に気づいて背後を振り返り、目を見張る。「あ! こ、これは天野社長ではありませんか。お、おはようございます!」「あぁ、おはよう。話の途中すまないが……井上デスクに用がある。いいかな?」司は笑顔を向けた。だが、その目はまったく笑っていない。「は、はいっ。も、もちろんです。私は席を外しますので……!」男性局員は会釈すると、逃げるように去っていった。「おはようございます、井上デスク」司は笑顔のまま挨拶した。しかし、その声は冷たく目には鋭い光が宿っている。「は、はい……お、おはようございます……」井上は青ざめ、声を震わせた。周囲の局員たちは遠巻きにその様子を見ている。「ねぇ、天野社長、今度は何しに来たのかしら……」「まさか、またあの人の件で……?」彼らの視線が、一斉に沙月へ向けられる。(うぅ……居心地が悪すぎる……。大体、なんで司はここに来たのよ! 私だけで何とか解決……)ふと、沙月は目の前のPCモニターを見た。そこには昨日社内一斉メールに届けられた、告発メールが映し出されている。(私だけで解決? そんなこと、今の弱い立場で出来るの……? 昨夜だって自分で解決しようとしたのに、逆に危ない目に遭いそうになった。結局私は誰かに助けてもらわなければ何も出来ない人間なの……?)自問自答していたそのとき。「二人とも行ってしまったな」
last updateLast Updated : 2026-01-13
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4-22 告発の影

「あ、おはようございます、天野さん」立ち上がっている沙月に気付いた霧島が笑顔で挨拶をしてきた。その瞬間、周囲の視線が一斉に沙月と霧島に集まる。「お、おはようございます……」好奇心の目が集まる中、引きつった笑顔で挨拶を返す沙月。それだけなのに、局内のざわめきが一段と大きくなる。中にはコソコソと耳打ちして話をしている局員たちの姿もあった。「……ん?」霧島はその空気の変化にすぐ気づいたのだろう。周囲に目を走らせ、それから小さく首を傾げて小声で尋ねてきた。「……もしかして、また何か問題でも起きましたか?」霧島は沙月を心配そうに見つめている。「い、いえ……その……」こんな大勢がいる前で何と答えればよいか分からなかった。第一、今自分は昨日の怪文書メールによって霧島と懇意な関係にあり、局を告発しようとしている存在に思われているのだ。さらに料亭で起きた悪夢のような出来事。その一件で、司が井上デスクを連れて会議室に消えていったこと。どれも、ここで軽々しく口にできる話ではなかった。自分に向けられる霧島の視線に困って俯いたそのとき。「え? これは一体……?」霧島の戸惑うような声が聞こえて、顔を上げた。見ると、彼の視線は沙月の前に置かれたノートPCに吸い寄せられている。画面には、昨日送られてきた社内一斉メールの文面が表示されていた。「……」霧島の目が文字を追っている。(ど、どうしよう……!)身体が強張り、声も出せない。震えながら霧島の様子を見ているしかなかった。やがて彼はメールを読み終えたのだろう。「……これは……」霧島が低くつぶやいた。今まで聞いたことも無い声音に、周囲の局員たちが息を潜める。「い、いえ……あの……」(どうしよう……! 私ってなんて浅はかだったの! よりによって、霧島さんにメールを見られてしまうなんて……!)「天野さん、このメールは一体どういうことでしょう?」「……昨日、出社したときに既にメールが届いていて……わ、私にも何のことか……」沙月にはそれ以上答えようがない。ドクン……ドクン……心臓の音が大きくなり、自分でもうるさい程だった。「そうですか」霧島は画面から目を離し、一瞬だけ沙月の顔を見た。その瞳は相変わらず穏やかなものだった。(え……? 霧島さん……?)次に霧島は、その場にいた局
last updateLast Updated : 2026-01-15
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4-23 密室の告白

 ――パタン打ち合わせ室の扉が閉ざされ、報道部のざわめきも視線も一気に遠のいた。「では、PCはここに置いて座ってください」霧島が正面のテーブルを指さす。「はい……」沙月はノートPCを置くと、椅子に腰を下ろした。霧島も隣に座る。その瞬間、霧島の身体からふわりと香水の香りが漂う。(距離が……近い……わ)そんな沙月の動揺に気づく様子もなく、霧島はPC画面を真剣に見つめていた。「……添付ファイルがあるようですね。見せてもらってもいいですか?」「……分かりました」(もう……どうにでもなれよ)覚悟を決め、沙月はファイルを開いた。画面に映し出されたのは沙月が笑顔で霧島を自分の部屋に招き入れている写真。「これは……まさか、あの時の?」霧島の眉間に皺が寄る。「……はい」(どうしよう……怒っているのかしら……? でも当然よね。巻き込んだのは私なんだから)「あ、あの。霧島さん、この度は――」沙月は謝ろうと口を開いたとき突然、霧島が深々と頭を下げてきた。「申し訳ございません」「え? き、霧島さん?」「僕の浅はかな行動で、天野さんにご迷惑をおかけしてしまいました。もっとよく考えるべきでした。女性が一人で暮らす部屋に上がり込むことが、どのように周囲から受け取られるか」「そ、そんな! 顔を上げてください!」慌てた沙月の手が霧島の肩に触れそうになる。「もとはと言えば、私の局内での評判が良くなかったから、こんな写真を撮られることに……」その言葉に、霧島が顔を上げた。「待ってください」「え……?」「誰の評判が悪いですって?」霧島の声は、どこか怒りを含んでいた。「そ、それは私が……朝霧さん……に……」そこまで言って、沙月は口を閉ざした。(駄目だわ……やっぱり言えない。あの人に憎まれているから、局内での評判が悪いって……)霧島は強い眼差しで言った。「あなたは少しも悪くありません」「霧島……さん……?」「僕はこのテレビ局の顧問弁護士です。朝霧さんのことは、少なからず分かっているつもりです。今まであの人に目をつけられて潰されていった局員たちを、僕は数多く見てきました」「え……?」そんな話、初耳だった。「なぜ彼女があの若さで『局の顔』になれたのか……考えてみてください」「それって、もしかして……?」沙月の声が震える。「そう
last updateLast Updated : 2026-01-16
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4-24 霧島の追及

霧島が立ち上がり、ドアノブに手をかけ……振り向いた。「天野さん。その前に、一つ確認したいことがあります」「え……?」まっすぐ沙月を見つめる霧島。「天野は、なぜわざわざ局に来てまで井上デスクを連れ出したのでしょう? あなたが絡んでいるのは察しがつきますが、彼は社長で忙しい身です。それなのに時間を割いてまでここへ来た理由は、一体なんでしょう?」その視線は優しいのに、逃げ場がない。「あ、あの……それは……」沙月は迷った。昨夜のことを霧島に話すのは、どうしても躊躇われたのだ。(まさか……このメールの弁明のために呼び出されて……危く性接待をさせられそうになったなんて……言えない……)思わず視線をそらすと、霧島がさらに問いかけてくる。「天野さん。僕は弁護士です。今回のメールは立派な脅迫罪です。もしこの件で、あなたが困ったことに巻き込まれているのなら、力になりたい。どうか僕を信用して話してもらえませんか?」その声音は穏やかだが、「正直に話すまで引かない」という強い意志が滲んでいた。「霧島さん……」(そうよね……霧島さんは今回の件で、動こうとしてくれている。ここは……全部正直に話した方がいいのかもしれない……)沙月は覚悟を決めた。「分かりました。お話します」「ええ、お願いします」霧島が頷く。「実は昨日、例のメールの件で井上デスクにこの部屋に呼び出されて……『上が頭を抱えているから、取引先にも説明が必要だ』と言われて…夜、料亭『紅葉』に呼び出されたのです」「料亭『紅葉』……?」霧島の眉間に深い皺が寄る。「まさか、そこで井上デスクに……?」「い、いいえ! それは違います。ただ……」沙月は強く否定すると、唇を噛んだ。「その席にはデスクの他に、三人の男性がいました。そのうちの一人……『黒川』と名乗る人物の……そ、その……相手をさせられそうになって……」最後の方は小声になる。「黒川……」霧島が低い声を漏らす。それは、沙月が今まで聞いたことのない声音。いつもとは違う霧島の様子に、沙月は慌てて言った。「あ、でも大丈夫でした! 司が助けに来てくれたので、未遂で済んだんです」「そうだったのですか?」霧島が目を見開く。「はい、お陰様で……」「天野さんが無事で良かったです。本当に危ないところでしたね。さぞかし恐ろしかったのではないで
last updateLast Updated : 2026-01-17
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4-25 霧島の弁明

霧島と沙月が打ち合わせ室から出てきた。すると報道部の空気がざわつき、一斉に視線が突き刺さった。(うぅ……視線が痛いわ……)思わず肩をすくめる沙月。隣の霧島は口元に笑みを浮かべ、堂々とその視線を受け止めていた。「皆さん。お集まりになっているようですね。ちょうどいい。昨日届いたメールの件について説明させてください」その一言で、ざわめきがスッと消える。「まず、あのメールに書かれている内容は事実無根です。私は天野さんから、何の相談も受けておりません。訴訟を起こす準備をしているというのは、全くのデタラメです」再びざわめきが広がり、一人の男性局員が恐る恐る手を挙げた。「で、ですが……メールに添付されていた写真は……?」霧島は微笑んだまま、落ち着いた声で答える。「そのことについてですが……天野さんとは、偶然にも同じマンションの隣同士になりまして。引っ越し直後で家具の組み立てに困っていたため、隣人として手伝っただけです。その後、お礼にお茶をいただいた際に撮られた写真で、不適切な関係は一切ありません」「隣人……?」「本当なのか……?」まだ疑うような囁きが聞こえる。霧島はゆっくりと視線を巡らせ、にこりと笑った。「私は弁護士です。皆さんは信用を第一とする法に携わる人間が、嘘をつくとでもお思いですか?」笑顔で語るも、どこか有無を言わせない圧があった。局員たちも何かを感じたのか、息を呑む。「それよりも……」霧島の声が少しだけ低くなる。「まずは、この悪意に満ちたメールの差出人を探すのが先決だとは思いませんか? 先ほど簡単に調べましたが、差出人にはたどり着けませんでした。しかし、専門家の手にかかればすぐに犯人を見つけ出すことができるでしょう。そうなると外部から人を入れることになりますので……今回の件が世間に明るみに出てしまう可能性もあります」局員たちの顔色が変わる。霧島は微笑んだまま、静かに言った。「ですから……もし心当たりのある方がいるなら、正直に申し出ていただけると助かります」その言葉は穏やかだったが、どこか脅迫めいており……『逃がさない』という強い意志が滲んでいた。「……っ」沙月は思わず息を呑む。(……今日の霧島さん……なんだか……様子がおかしいわ)局内が緊張に包まれる中。その中心で、霧島だけがいつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮
last updateLast Updated : 2026-01-18
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4-26 挙動不審な男

「あ、あぁ……おはよう。霧島」司は強張った顔で返事をし、チラリと沙月に視線を向けた。背後にいる井上デスクは、今にも倒れそうなほど青ざめている。沙月はデスクの様子が気になって仕方がなかった。(司……あなた、一体デスクに何をしたの……?)すると司は作り笑いを浮かべて、霧島に声をかけた。「ちょうどいい、霧島さん。君にも話があるのだが……いいかな?」「えぇ、いいですよ。では場所を変えましょうか?」霧島は穏やかに答え、沙月の方へ視線を向ける。「では、天野さん。僕はこれで失礼しますね」「は、はい」返事をした瞬間、司が苛立った様子で声をかけてきた。「何してるんです? 霧島さん。行きますよ」「はい、すみません」司が先に歩き出し、霧島がその後を追う。だが霧島は途中でふと足を止め、井上デスクの傍に寄ると耳元で何かを囁いた。「!」デスクの肩がビクリと跳ね、顔色はさらに青ざめていく。霧島は何事もなかったように微笑むと、そのまま司の後を追って報道部を出ていった。その様子に再び局内が騒めく。(霧島さんまで……一体二人はデスクに何を話したの……?)沙月がチラリとデスクを見ると、男性局員が心配そうに何か声をかけている。彼は苦笑しながら手を振ると、重い足取りで自分の席へ戻っていった。昨夜の堂々とした態度と今のオドオドした態度が余りにも違い過ぎた。(井上デスクって……本当は弱い人だったの……?)ふと気づけば、周囲では何事も無かったかのように仕事が再開している。そこで自分も仕事に戻ることにした――**** 沙月はPCを立ち上げると、昨日まとめたアンケート記事のデータを開いた。内容は、駅前再開発についての視聴者アンケートの集計。昨日、自分が入力した数字を思い出しながら画面をスクロールしていき……手を止めた。「……え?」画面には反対派と賛成派の割合が記されている。昨日沙月が入力した数値では、反対派が圧倒的に勝っていたのだ。その理由としては「騒音がつらい」「立ち退きが不安」「説明が足りない」等が挙げられていた。しかし、今開いているデータは全く真逆だった。賛成派が殆どだったのだ。理由は「地域活性化への期待」「安全対策に問題がない」と記されている。さらに画面をスクロールさせてみると、見覚えのない文章が書かれていた。「再開発は地域の未
last updateLast Updated : 2026-01-20
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4-27 近い距離

――18時。定時を告げるチャイムが鳴り、沙月の退社時間になった。結局、デスクは午後から一度も席に戻らなかった。報道部の空気はどこか落ち着かず、局員たちも「どうしたんだろう」と顔を見合わせている。渡された仕事はすでに終わっている。だが、肝心の本人がいないのでは手渡しもできない。仕方なく、沙月は完成したデータをデスク宛てにメールで送信し、帰り支度を始めた。――そのとき、受信フォルダに見慣れた名前が光った。「……司?」開いてみると、短いメッセージが一つ。『今日は用事が出来て、送ることが出来ない。悪いが一人で帰ってくれ』「何よ。子供じゃあるまいし、一人で帰れるわよ……」口ではそう呟きながら、胸の奥がわずかに沈む。本当は、ほんの少しだけ残念だった。(……一緒に帰れれば、デスクと何を話したのか聞けたのに……)そう思った瞬間、ハッとして頬が熱くなる。(ち、違う! これじゃまるで、司と一緒に帰りたいみたいじゃない! 冗談じゃないわ!)自分に言い聞かせるように頭を振る。沙月は手早く荷物をまとめると小声で「お疲れさまでした」と小さく挨拶して報道部を後にした。**** エレベーターホールに向かおうとしたそのとき、局の入口から見覚えのある人物が戻ってきた。「天野さん、またお会いしましたね」「霧島さん……? また局に何か用でも?」「いえ、忘れ物をしてしまって。取りに戻ったんです。そうだ、良ければ一緒に帰りませんか? 部屋も隣同士ですし、今日は車で来ているんですよ」「えっ……でも、また何か噂されたら……」「大丈夫ですよ。僕たちが隣同士だってことは、もう皆に話しましたし。車もすぐ脇のパーキングです。そこで待っていてくれれば、誰にも気づかれません」霧島は穏やかに微笑む。沙月は少しだけ迷った。(……そうね。霧島さんにも、デスクのことを聞きたいし)「では……ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」「もちろんです。では、駐車場で待っていてください。すぐに行きますから」霧島は軽く会釈して局内へ戻っていった。沙月は外へ出て、夜風の中をパーキングへ向かう。「駐車場……ここなのかな?」駐車場の入り口で佇んでいると、小走りの足音が近づいてきた。「お待たせしました、天野さん!」「いえ、そんなに待ってませんよ」「良かった。僕の車はあちらの白
last updateLast Updated : 2026-01-21
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4-28 点滅する光

 車内のカーラジオからは昔の映画音楽が流れていた。すると霧島が明るい声で話しかけてきた。「この映画音楽、懐かしいですね。沙月さんは最近、映画は観ましたか? 僕は先週、話題のサスペンスを観に行ったんですよ。あれがなかなか良くてね……手に汗握る展開にハラハラしましたよ」「そうなのですか? 霧島さんは映画がお好きなのですか?」「はい。でも映画だけではありませんよ。読書も好きです。今読んでいるのは……」映画の話、読書に音楽の話。学生時代の思い出……。普段は落ち着いた口調の霧島が、まるで別人のように楽しげに語る。話し上手な彼の言葉は不思議と耳に心地よく、気づけば沙月は霧島との会話を楽しんでいた。(……霧島さんって、こんなに話す人だったの……?)そんな小さな違和感を胸の奥に抱えたまま、車はマンション前に到着した。「着きました。どうぞ、沙月さん」「はい……ありがとうございました」シートベルトを外しながら礼を述べた。「いいえ、お礼なんていいですよ。僕は駐車場に車を止めてきますので、沙月さんはそのままお帰りください」「分かりました。今夜は送っていただき、本当にありがとうございました」沙月が頭を下げると、霧島笑顔で言った。「それでは、おやすみなさい」車を降りて扉を閉めると、そのまま車は静かに走り去っていく。沙月は振り返ることなく、エントランスへ向かった。****疲れがたまっていた沙月は、部屋に戻るとすぐにバスルームに移動して浴槽に湯を張った。その間に着替えや、バスタオルの用意をして再びバスルームへ行くとちょうど良い具合まで湯がたまっている。そこで早速沙月はシャワーを浴び、髪と身体を丁寧に洗う。お気に入りの入浴剤を入れた浴槽に身を沈めると、疲れも落ちていくようだった。「フフ……やっぱりお風呂に入れるマンションを借りて正解だったわ……」沙月は笑みを浮かべた――****「ふ~気持ちよかった……」 風呂から上がり、部屋着に着替えて髪を乾かした沙月がバスルームから出てきた。そのままキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けると以前買っておいた白ワインのボトルが入っている。「……少しだけなら、いいよね」沙月は小さく呟き、ワイングラスを取り出した――間接照明だけを灯したリビングは、オレンジ色の淡い光に包まれている。沙月はローソファに座って、白ワ
last updateLast Updated : 2026-01-24
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5-1 朝の戦慄

――翌朝 眩しい朝日がカーテンの隙間から差し込み、沙月の頬を照らした。「……う~ん……眩しい……」ごろりと寝返りをうち、まぶたを開けた瞬間、時計の針が午前七時を少し手前で指しているのが目に入る。「大変……寝過ごしたわ!」一気に沙月の目は覚め、跳ね起きるようにベッドを飛び出すとリビングへ向かった。テーブルの上では、沙月のスマホが小さく点滅していた。「……着信?」でも今は確認している時間など、無かった。急いで身支度を整え、朝食をとる余裕もなくバッグを掴むと沙月は玄関を出た。――ガチャ!部屋を出た瞬間、ふと隣室のドアに視線が吸い寄せられた。(霧島さん……もう出社したのかしら)数秒だけ足が止まる。しかし、腕時計を見た途端、現実に引き戻された。「いけない、遅刻しちゃう!」ヒールの音を響かせながら、沙月はエレベーターホールへ駆けていった――****規則正しく揺れる車内。つり革の手すりに摑まる沙月の姿があった。(ふぅ……良かったわ、間に合って)ようやく落ち着いたところで、ショルダーバッグからスマホを取り出し、点滅していた着信を確認する。画面に表示された名前を見た瞬間、思わず声が漏れた。「……え?」驚きで声がもれ、沙月は慌てて車内を見渡した。しかし誰もこちらを気にしていないことを確認し、ほっと息をつく。(司から着信なんて……しかも夜中じゃない。一体何の用だったの? メールでも入れてくれれば分かるのに)返信しようとメッセージ画面を開きかけて――やめた。(電車で電話がかかってきても困るだけだし……)スマホの画面を閉じ、沙月は窓の外へ視線を向けた――****――八時半。いつもとほぼ同じ時間。沙月は報道部に出社した。「おはようございます……」遠慮がちに挨拶し、自分の席に座る。ふと視線を向けたデスクの席は、昨日と同じく空のままだった。(まだ出社しないのかしら……? 昨日は今の時間には出社していたのに。データ改ざんの件だって確認したかったのに……)沙月はため息をつくと、PCの電源を入れて仕事を始めた。****――十時過ぎデスク不在のまま、報道部ではいつもの業務を行っていた。沙月は、広報への確認電話を淡々とこなしている。「……はい、承知しました。では十一時にお願いいたします」受話器を置いた瞬間、背後で局員同
last updateLast Updated : 2026-01-24
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