車内には沈黙が落ちていた。カーオーディオからはクラシック音楽が流れている。沙月は窓の外に視線を向けながら、横目で司の横顔を盗み見た。司は無言のまま前を見据え、ハンドルを握りしめていた。(……気まずい……)結婚していた頃でさえ、こんなふうに二人きりで過ごす時間はほとんどなかった。まして今は離婚手続きの真っ最中。なのに、なぜ司がこんなに自分に構ってくるのか?どう接すればいいのか分からなくなっていた。(こんなことなら、電車で来ればよかった……)心の中でため息をついたとき。「……緊張しているのか?」突然、司が尋ねてきた。「べ、別に。そんなことないけど」心の内を見透かされたようで、沙月は慌てて否定する。司は淡々と続けた。「そうか。昨夜、上司の策略にはまって危険な目に遭ったというのに……意外と度胸があったんだな」「え? あ……!」(そうだった……! 私、今から井上デスクと顔を合わせるんだ……!)司のことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。「何だ、その顔。……まさか忘れていたのか?」「ち、違うわよ。なるようにしかならないなら、開き直るしかないでしょう。いつも通り仕事に専念するだけよ」強がって言い返したものの不安だった。(昨日のメール……井上デスクが何か対処してくれているとは思えない。むしろ、主犯がデスクの可能性だって……)そんな不安を抱えたまま、司が続ける。「その通りだ、堂々としていればいい。やましいことがないのならな。仕事で周囲を見返せばいいだけだ」「……そうね。そうするわ」内心では「何も知らないくせに」と思いながらも、沙月は返事をした――****――八時半。車が局の前に到着した。「どうやら間に合ったようだな」「ありがとう、送ってくれて」車から降りるためにシートベルトを外すと、司は低い声で言った。「……ついでがあったからな」「ついで?」首を傾げる沙月。「どうした。降りないのか? 遅刻したいのか」「まさか。ありがとう」沙月が車を降りると、司は何も言わずに車を走らせていった。「……何よ。帰りの時間は聞かないのね」ぽつりと呟く。(まぁいいわ。今までのは単なる気まぐれだったのかもしれないし……今は、目先のことを考えないと)気持ちを切り替え、局の入り口へ向かった。****沙月が姿を見せると、報道
Last Updated : 2026-01-11 Read more