All Chapters of 冷酷御曹司は逃げた妻を愛してやまない: Chapter 21 - Chapter 30

113 Chapters

2-11 司の質問 2

「……一体何のこと?」「多重事故の件だ。あの辺りは天野グループが管理している不動さんがある。事故の状況を知るために監視カメラを確認させてもらったのだ。そのカメラに君の元マネージャーが映り込んでいたんだよ。何故あの事故現場に彼女がいたんだ? もう完全に契約解消したんじゃなかったのか?」「……え!? 監視カメラを……?」澪が目を見開く。「何だ? それほど驚くことか?」司は腕組みすると澪をじっと見つめた。「べ、別にそういう訳じゃ……でも、ちょっと待ってよ。何故元マネージャーがあの現場にいたからって、それをわざわざ私に言うのよ? ひょっとしてまさか……司は事故の原因が私だって思ってるの? 司は忘れちゃったの? あの時私は貴方を助けるために自分の身を顧みずに行動したのに……それなのにこの私を疑うっていうの?」うつむく澪。司は黙って澪を見つめていた。すると司が何も声をかけてこないことに業を煮やしたのか、再び沙月は顔を上げた。「ねぇ。本当は監視カメラなんて確認していないんじゃない? 沙月さんが言った嘘じゃないの? 大体私は彼女とは、もう連絡すら取ってないのよ? それに司だって分かっているでしょう? 本来あなたの妻になるはずだったのは私だったのよ? それを全部ダメにしたのは沙月さんじゃないの! あの女はねぇ、私とあなたが一緒になるのも、私がアナウンサーに復帰するのも許せないのよ! だからあんな多重事故を起して私を陥れようとしたの! あの女はそういう陰険な女なのよ!」声を荒げる澪に司は冷静に言った。「そんなに興奮するな……この忙しい時期に、わざわざ俺に手作り菓子を届けに来てくれたということは他に話したいことがあったからなんだろう?」司はまるで澪を射抜くような眼差しで見つめている。「大体……どうして私が関与したと考えたのよ? 私は被害者なのよ? あの怪我のせいでアナウンサーへの復帰が遅くなったのは司だって知ってるでしょう? 事故を仕組んだのは沙月さんなのよ!」澪はヒステリックに喚いた。「じゃあ沙月が、君を復帰させないためにわざと事故を仕組んだと思ってるのか? 自分が危険にさらされても」「それじゃ私よりも沙月さんの怪我の方を心配しているってことなの!?」「俺はただ本当のことを聞かせて欲しいだけだ。何しろあれは何台もの車を巻き込んだ多重事故だったからな。
last updateLast Updated : 2025-10-01
Read more

2-12 初めての仕事

翌朝、7時半――「今日からいよいよテレビ局で働くのね? そのスーツ、良く似合ってる。仕事のできるOLって感じで。頑張ってね、沙月」真琴がコーヒーを片手に、キッチンのカウンター越しに笑顔で声をかけてきた。沙月はスーツの襟元を整えながら、少し照れたように頷く。「ありがとう。学生時代からずっと憧れだった報道部で働けるなんて……何だか今も夢みたい」「夢じゃないわよ。沙月が自分で掴み取った現実」真琴はカップを置くと、沙月の肩に両手を置いた。「誰よりも努力してきたんだから、自信を持って行ってらっしゃい」「……うん。行ってくるね」沙月は深呼吸すると玄関を出てエレベーターホールへ向かった。タワーマンションを出ると、雲一つない青空が見える。「……よし、頑張ろう」沙月は自分に言い聞かせると、背筋を伸ばして駅へ向かった――****午前8時半。都心の一角にそびえ立つテレビ局の本社ビルに沙月の姿はあった。受付で名前を告げると、社員証と一時通行証が渡される。「編集補佐の方ですね。報道部は12階になります。こちらのエレベーターをご利用ください」案内係の女性は慣れた口調でそう言い、視線はすでに次の来客へと向いている。「ありがとうございます」礼を述べると、沙月は案内されたエレベーターへ向かった**エレベーターの中は無機質な静けさに包まれていた。壁には局内の番組表が貼られており、朝暮澪の復帰特番の告知が赤字で丸囲みされている。「報道の顔、再び――朝暮澪、復活記念スペシャル」その文字が、沙月の視界に焼きつく。(ここにも朝霧澪の名が……)沙月は、わざと番組表から目をそらすとエレベーターの表示灯を黙って見つめていた。――チーン12階。エレベーターのドアが開いた瞬間、空気が変わる。フロア全体が活気に満ちていた。電話の着信音、キーボードを叩く音、誰かが台本を読み上げる声。壁際には澪のポスターが何枚も貼られ、まるで彼女がこの局の象徴であるかのようだった。沙月はエレベーターを降りてすぐの案内板の前で立ち止まり、報道部の位置を確認していた。初めて足を踏み入れる職場。どこへ向かえばいいのか、誰に声をかければいいの分からず迷っていると、背後から声をかけられた。「あの……受付から連絡を受けたのですが、あなたが今日からこちらの部署に配属された天野さん
last updateLast Updated : 2025-10-02
Read more

2-13 初めての仕事 2

初めての職場。初めての仕事。新人が入って来たと言うのに、誰も沙月を気に掛ける人物はいない。資料整理を終えて高橋に送信すると、次は別の仕事を割り振られた。報道部の一角で番組台本のコピーをホチキスで綴じたり、資料室で棚の整理。「この資料、放送順に並べてもらえる?」通りすがりの女性社員に声をかけられ、沙月は「はい」と微笑んで応じる。やがて昼休憩を告げるチャイムが鳴り響き、社員たちはぞろぞろと部署を出て行く。自分も休憩に入っていいのか分からなかったが、頼みの高橋の姿は見えない。そこで沙月は仕方なく、手作り弁当を持って休憩スペースに行くと一番済の席に座って食事をした。(新人て……こんなに誰にも相手にされないものなのかしら)少しの疑問を抱きながら食事を勧める沙月。周囲では各グループが出来ており、談笑しながら食事をしている。たった一人で食事をしているのは沙月ただ一人。だが……社会人として働いたことのない沙月は何も気づいてはいなかった。この状況が「作られたもの」だということに――**** 昼休憩後、ふたたび沙月は仕事に戻って黙々と作業を続けた。そして17時半に高橋がふらりと現れ、「今日は初日なので上がっていいです」と告げてきた。フロアではまだ誰もが忙しそうに働いている。「あの、本当に帰っても良いのでしょうか?」「ええ。また明日、よろしくお願いします」笑顔で言われてしまえば、頷くしかない。「分かりました。ではまた明日よろしくお願いします」「はい、お疲れさまでした」 こうして、沙月の1日目の勤務は終わりを告げた――****――19時過ぎ。キッチンで食事の用意をしていると、真琴が帰宅してきた。「ただいま~。沙月、帰っていたのね? それに食事の用意までしてくれていたとは思わなかったわ」「うん、17時半に退社してきたから」フライパンで炒め物をしながら答える沙月。「え? 17時半? 報道記者の仕事って、そんなに早く帰れるものなの?」「さぁ? よく分からない。でも……皆忙しそうに働いていた。誰も私のことを気にかけてくる人もいなかったし……」「沙月……」じっと見つめる真琴。「でも、それでいいのかもしれない。誰も私を気にかけないということは、もう天野夫人の肩書から解放されたってことだから。与えられた仕事を一つ一つ着実にこなしていって
last updateLast Updated : 2025-10-03
Read more

2-14 冷たい職場と、ある出会い 1

2-11 冷たい職場と、ある出会い――翌朝。太陽の光が差す明るいキッチンに真琴の姿があった。サイフォンでコーヒーを淹れながら、ソファに座る沙月の様子を伺っていたが……ソファに座ってぼんやりしている沙月が気になって仕方なかった。「ねぇ……大丈夫?」「え? もちろん大丈夫よ? 急にどうしたの?」顔を上げて笑顔で答える沙月。「あの……」真琴は口にしかけた言葉を飲み込むと首を振った。「ううん、何でもない」「そう? それじゃそろそろ時間だから、仕事に行くね」沙月は立ち上がると、ショルダーバッグにスマホを入れた。「うん、行ってらっしゃい。気をつけてね」真琴は背中越しに声をかけると、笑顔で振り返る沙月。「うん、行ってきます」パンプスを履くと、沙月は玄関の扉を開けた――*****――午前八時半、報道局。沙月はフロアに入ると、昨日と同じように「おはようございます」と声をかけた。だが、誰も振り返らない。電話の音、キーボードの打鍵、台本を読み上げる声――その全てが沙月の存在を無視していた。(……やっぱり今日も、誰も挨拶してくれない)自分の席に向かうと、机の上にメモと資料が置かれていた。『今日は社用で一日会社を開けます。この資料の赤字部分を校正して打ち直してください。高橋』「高橋さんはいないのね……」ポツリと呟くと沙月はPCを立ち上げ、早速作業に取りかかりはじめた。そのとき――「誰だ! 資料室の棚の並びを変えたのは!」怒声がフロアに響き渡り、空気が一瞬で張り詰める。(資料室……? それって……)沙月は恐る恐る立ち上がり、声の主である男性のもとへ向かった。「あの……棚の整理をしたのは……私です。昨日、ある方に言われたからです」「何? 誰にだ?」鋭い眼差しで沙月を睨みつけるのは、この部署のデスクだった。「それは……」沙月は周囲を見渡すし、昨日の女性を探した。するとコピー機の前で談笑している女性に目を留める。肩までの巻き髪に、淡いピンクのジャケット。昨日と同じ服装。(あの人だ……)そこで沙月は女性に近づくと声をかけた。「あの、昨日私に言いましたよね? 資料室の書類を放送順に並べるようにと」すると女性はゆっくりと振り返り、冷たい笑みを浮かべた。「私? そんなこと言った覚えないけど? 大体、あなた誰なの?」その声には
last updateLast Updated : 2025-10-04
Read more

2-15 冷たい職場と、ある出会い 2

確かに彼女は「放送順に並べて」と言った。それなのに沙月が勝手に棚の並びを変えたことにされている。「そんな、昨日確かに私に……!」しかし、沙月の言葉はデスクの怒声にかき消されてしまった。「言い訳はいい! 今すぐ元通りに戻してこい! 今日中にだ!」「は、はい!」沙月は深く頭を下げ、背後では女性社員たちが小声で笑い合っていた。「ほんと、使えないわね」「でもまあ、ああいう子がいると、こっちがミスしても目立たなくて助かるわ」急ぎ足で資料室に向かう沙月の背中に女性社員たちから聞こえよがしに言葉の刃が突き刺さる。(これは……絶対に悪意ある嫌がらせだわ……! でも、どうして……!)沙月はまだ知らない。誰が今の状況を仕組んでいるのか――*****――午後、資料室。静まり返った空間に、時々ファイルを置く音や紙が擦れる音が響く。午前中から始めた棚の整理はまだ半分も終わっておらず、沙月の焦りはピークに達していた。「どうしてなの……? 昨日よりも並び順が崩れている……私、こんなところ触ってもいないのに……」資料室の棚は、何故か全ての並び順が崩れている。まるで意図的に誰かがやったかのように。(これでは今日中に終わらせるのは不可能だわ……!)理不尽な状況下の中、沙月は一人棚の前でファイルを並べ直していた。そのとき。「……ここで何をしているんですか?」背後から声をかけられた。「え?」振り返ると、スーツ姿の青年がこちらをじっと見つめている。彼の首からは名札がかけられ、「法務顧問・霧島朔也」と記されていた。「棚の並びが間違っていたので、今直しているんです」書類を手にしたまま沙月は答えた。霧島は棚の前に並ぶ大量の資料を見渡し、少し眉をひそめる。「これを……ひとりでですか?」「はい。私のミスなので」沙月は視線を落とし、棚に向き直ろうとすると再び霧島が声をかけてきた。「僕も手伝いますよ」「え……? でも……」沙月が戸惑いながら顔を上げると、霧島は口元に笑みを浮かべていた。「どのみち、僕も資料を探しに来たところです。それに一人でやるより二人でやった方が早く終わるでしょう?」その言葉に沙月は少しの間黙っていたが、頷いた。「御親切に……ありがとうございます」「いえ、いいんですよ。ではやりましょう」「はい」こうして、二人は並んで棚の整理
last updateLast Updated : 2025-10-05
Read more

2-16 悪意ある共犯者 1

――11時半霧島の手伝いのお陰で資料室の棚整理は、思いのほか早く終わった。彼の手際の良さと、沙月の几帳面な性格が効率よく作業を進めることが出来たのだ。「霧島さんのおかげで、思っていた以上に仕事を早く終わらせることが出来ました。本当にありがとうございます。それでは、私、部署に戻りますね」校正の仕事が、殆ど手つかずの状態だったので沙月はずっと気がかりだったのだ。ファイルの埃を軽く払って立ち上がる沙月に、霧島は尋ねた。「天野さんは先ほど新人とおっしゃっていましたが、場所は覚えてますか? 部署はどこなのですか?」「報道部です。昨日配属されたばかりですが、場所は覚えているので大丈夫です」すると霧島の顔に笑みが浮かぶ。「そうなのですか? それは偶然ですね。実は僕も報道部に用があるんです。一緒に行きましょう」「一緒に……ですか?」自分の評判が良くないのは分かっていた。もし霧島と一緒に戻れば迷惑をかけるのではないだろうか……沙月は戸惑う。「どうされたのですか? 行きましょう?」この時、初めて沙月は真正面から霧島を見上げた。彼のスーツは、目立つことのない落ち着いた色味で、控えめな人柄が滲んでいた。話す声は低くリズム軽があり、旋律のような流れで耳に心地よく響く。仕草や立ち居振る舞いはとても穏やかで、安らぎを感じさせる。ここで働き始めてから初めて親切にしてくれる霧島に沙月は少しだけ甘えたくなってしまった。「……はい、お願いします」沙月は頷き、二人は並んで資料室を後にした。 二人で並んで歩きながらも、笑顔で話しかけてくる霧島。その会話すら、沙月にとっては嬉しかった。社員食堂の一押しメニューを得意げに語る霧島に沙月も相槌を打ちながら笑顔で報道部に向かった……。****「失礼します」「ただいま戻りました」霧島と沙月が報道部のフロアに入った瞬間、空気が変わった。女性社員たちの視線が、一斉に霧島に集まる。次の瞬間、その視線は沙月へと移り、更にざわめきが大きくなる。「えっ……霧島さんと一緒に……?」「なんであの新人が……?」「昨日まで一人でお昼過ごしていた人よね?」嫉妬と困惑が入り混じった視線が、沙月に向けられる。霧島は気づいていないのか、気づいていても気にしていないのか、変わらぬ表情で沙月に言った。「では、僕は法務資料を確認してから
last updateLast Updated : 2025-10-06
Read more

2-17 悪意ある共犯者 2

明らかに周囲の者たちが沙月の存在を無視している。(増々居心地が悪くなったわ……)心の中でため息をつくと、沙月はノートPCの蓋を開けて校正の仕事を再開した。そしてその様子を遠くから見ていた女性社員。彼女は沙月に資料室の整理を命じた人物だった。彼女は席を立つとスマホを手に廊下へと消えていった。***** ここは社内に設けられた澪専用の楽屋。澪は紅茶のカップを手に通話をしていた。「何ですって? 霧島さんと……沙月が一緒に行動してる?」『はい、そうなんです。二人で仲良く報道部に戻ってきました。あれを見た時には驚きましたよ』「ふ~ん。そうだったの。入社して早々に霧島さんに近づくなんて……あの女らしいわね」その口元は冷たい笑みが浮かんでいる。『朝霧さん、これから先はどうしますか?』「このまま続けてちょうだい。もっともっと、あの女の居心地を悪くしてやるのよ。その都度報告もしなさいよ?」『はい、分かりました。それでは失礼します』ピッ通話が切れると澪はテーブルの上にカップを置くと膝を組んだ。「ふん……面白くないわね。沙月の奴……まだ司と離婚してないくせに、もう霧島さんに目を付けたなんて」澪の口元が歪む。「彼に報告してやろうかしら。沙月が他の男と親しげにしていたって。そしたらどんな反応をするかしらね」だが、次の瞬間澪は首を振った。「……ううん。今はまだやめておいたほうがいいわね。焦らず、じわじわと追い詰めていく方が楽しいわ。霧島さんと親しくしている証拠も押さえてからじゃないと」(沙月……あんたは絶対に幸せになれない。させてやるものですか)澪はスマホをタップした。画面には、沙月の社内行動を記録したメモが事細かに記載されている。「さあ、もっと面白くしてちょうだい。霧島さんも巻き込んであげる」澪は口元をわずかに上げ、目には入念に練られた計画の光が輝いていた。「天野司に二人の仲を目撃させるのよ。自分の幼なじみであり、妻でもある者が、自分の会社でこんなにも親しげにしている姿を」澪は鼻歌を歌いながら軽やかに指先でテーブルを軽く叩いた。その様は、まるで目に見えない演出を指揮しているかのようだった。「沙月と霧島の一挙一動を記録するのよ。どんな細かいことも見逃してはいけない。いずれ時が来て司がそれを目にしたとき、全てが意味を持つのよ。見ていなさ
last updateLast Updated : 2025-10-07
Read more

2-18 誰かが見ている 1

――18時過ぎ。マンションの玄関を開けると室内には明りが灯され、真琴の靴が揃えてあった。(真琴……もう帰ってたのね)「ただいま~」リビングへ行くとキッチンから真琴が笑顔で顔を覗かせた。「おかえり、沙月」「うん。……真琴は今日早かったのね」少し伏し目がちに沙月は返事をすると真琴は眉を顰めた。「ねぇ、もしかして……また何かあった?」「え? どうしてそんなこと聞くの?」ドキリとして沙月は顔を上げた。「だって何だか元気が無いように見えたから」「うん……別にそれほど大したことはなかったんだけど……」沙月はソファに座るとため息をついた。「その、大したことって言うのが聞きたい。教えてくれる?」向かい側に真琴は座ると、真剣な眼差しを沙月に向ける。「うん、実は……」沙月は今日、会社で起きた出来事を真琴に報告した――「え……? 何よ、その話。それってあんまりじゃない!? 完全な嫌がらせじゃない!」真琴の目が険しくなる。「真琴もやっぱりそう思う?」「当り前よ! 一体何なの? 私が文句を言いに行ってあげるよ! 弁護士の私が言えば、会社だって動くでしょうし」それにはさすがに沙月は慌てた。「ちょ、ちょっと待って! 子供じゃないんだから、そこまでしなくてもいいわよ。それにまだ入社したばかりだから波風立てたくないし」真琴にこれ以上心配かけさせないよう、笑顔を向ける沙月。「……そう、分かった。なら明日も沙月が仕事を頑張れるように今夜は私が特別にスタミナのつく料理を作ってあげる」真琴は袖まくりをすると立ち上がった。「え? 真琴が?」沙月は目を見開く。実は真琴は料理が苦手だったのだ。「実はねぇ、今日お得意様がお土産を持って訪ねてきたのよ。有名なホテルの……レトルトのビーフカレーなんだけど……」最後の方はしりすぼみになる。いつも自身たっぷりの真琴が珍しくしおらしくなり、沙月はクスリと笑った。「いいわね、私カレー大好きだもの。それじゃ、サラダでも作りましょう」「そうね! カレーだけじゃ寂しいもの!」こうして二人はキッチンに立つと、食事の用意を始めた――  ダイニングテーブルで沙月と真琴は向かい合ってカレーを食べていた。「すごい……さすが一流ホテルが監修しただけのことではあるわね」カレーを口にした沙月が驚いて目を見開く。「ね~? 
last updateLast Updated : 2025-10-08
Read more

2-19 誰かが見ている 2

「そういえば、資料室の整理を手伝ってくれた男性ってどんな人だったの?」不意に真琴から声をかけられ、沙月は顔を上げた。「あぁ……その人は報道局の顧問弁護士で、霧島という人よ」するとカレーを食べる真琴の手が止まった。「霧島? もしかして霧島朔也のこと?」「えっ……知ってるの?」「うん、業界じゃちょっと有名だよ。報道対応に強くて、局のコンプライアンスも一手に引き受けてるって。私も一度、研修で名前聞いたことある。確か、大学時代からかなり優秀だったって噂もあったし」沙月は驚いたように目を見開いた。「しらなかった……そんな有名な人が、私に声をかけてくれるなんて」「それって、沙月のことが気がかりだったからじゃない? 噂によると、霧島さんは無駄なことは一切しないタイプだって聞いてるから」「そうなの? 資料室で偶然会って、手伝ってくれて……すごく優しかったけど」「それって、見てくれる人はちゃんと沙月のことを見てるってことでしょう? 沙月が真面目に仕事をすれば周りの見る目も変わってくるよ」「……そうかな」沙月は少しだけ笑った。「そうだよ。だから、金曜のパーティーもちゃんと行きな。逃げたら、あいつらの思うツボだよ」「……うん。ありがとう、真琴」その夜、沙月は少しだけ心が軽くなった気がした。****――翌日沙月が出勤すると、今日はAD高橋の姿があった。彼は沙月が席に着くとすぐにやってきた。二人で挨拶を交わすと、高橋は束になった書類を手渡してきた。「天野さん、昨日はこちらに顔を出せなくて申し訳ございませんでした。本日はこちらのデータの打ち込み作業をお願いします」「はい、分かりました」沙月は返事をすると、「それではよろしく」と言って高橋は忙しそうに去って行った。早速PCの蓋を開けると、沙月は黙々と仕事をこなした。今日も他の社員たちから声をかけられることも無く……。(嫌味なことを言われたり、嫌がらせされるくらいなら無視されている方がマシね)しかし、事件は昼休みに起こった――****昼休みのチャイムが鳴り、沙月はPCの蓋を閉じた。周囲の社員たちは談笑しながら食堂へ向かっていくが、誰も沙月に声をかける者はいない。沙月は私物を鞄にしまうと立ち上がった。(……こんなこと、気にしない。昨日、真琴も逃げたら負けだって言ってたし)そう自分に言
last updateLast Updated : 2025-10-09
Read more

2-20 誰かが見ている 3

「ねえ、昨日の霧島さんの件、知ってる?」「知ってる、知ってるよ! 新人のくせに、あんな人と並んで歩くなんてね。もう信じられないわ」「ちょっと図々しいと思わない? 多分あの人、空気読めないんじゃないかなぁ?」「しっ! 聞こえちゃうよ。ほら、前を歩いてるんだからさぁ」聞こえよがしの声に、沙月は足を止めることなく歩き続けた。(……気にしちゃだめ。何も聞こえないし、相手にもしちゃだめ。私は大丈夫)必死に言い聞かせながら食堂に入り、空いている席を見つけて座ろうとした瞬間。「あっ……!」誰かの足が、沙月の足元に伸びてきて引っかかる。バランスを崩し、倒れかけたその瞬間――「危ない!」背後から伸びた腕が、沙月の身体をしっかりと支える。沙月は危く転ぶところを免れた。(今……誰かが私を転ばそうとした……)茫然としていたその時。「大丈夫ですか?」声をかけられ、振り向くとそこには霧島朔也の姿があった。「……あ……は、はい。どうもありがとうございます」沙月は驚きと安堵の入り混じった表情で礼を述べた。まだ心臓の動機は止まらない。周囲の女性社員たちは霧島の登場に一瞬たじろぎ、沙月に足を引っかけた女性は慌てて取り繕い始めた。「えっ、霧島さん……! たまたまですよ、ね? 私が彼女にそんなことするはずないじゃありませんか! ね? 天野さん!」沙月はその言葉に、ふと違和感を覚える。(……もしかして私の名前、知ってたの?)今まで一度も名前で呼ばれたことがなかった彼女たちが、突然『天野さん』と呼ぶことに、沙月の中で不信感が募ってくる。だが……沙月は考えた。(ここで反論すれば私が不利な立場になるかもしれない……)「はい、私が勝手につまづいただけですから。助けていただき、ありがとうございます」沙月は笑顔で霧島に礼を述べると、女性社員たちの顔に困惑の表情が浮かぶ。霧島は一瞬、女性社員たちに視線を向けると低い声で言った。「僕には足を引っかけて彼女を転ばそうとしたように見えましたけど……それは僕の勘違いだったのかな?」その言葉に、女性社員たちは一斉に青ざめる。「そ、そうです! そんなことするはずないです!」その言葉を聞いた霧島は沙月に向き直り、穏やかな笑みを浮かべた。「そうですか? ならいいですけど。……そうだ。天野さん、これから僕はコーヒーを飲もうと
last updateLast Updated : 2025-10-10
Read more
PREV
123456
...
12
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status