All Chapters of 悠久の魔女は王子に恋して一夜を捧げ禁忌の子を宿す: Chapter 111 - Chapter 120

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111:魔女の力、母の怒り

 エリアーリアが懐かしい深緑の森に足を踏み入れると、明らかな異変が感じられた。 森の結界が破られている。それだけではない、獣の声も鳥の歌声も聞こえない。不自然な静けさが辺りを支配していた。(異常は覚悟していたけれど、ここまでとは) 歩みを進めるごとに、異変は濃くなった。魔力が乱れて、森が泣き叫んでいるようだ。 もう森との繋がりは切れてしまったとはいえ、ここは彼女が百年を過ごした場所。変わり果てた森の姿に胸が痛んだ。 エリアーリアは慎重に歩みを進めて、とうとう思い出の場所へ、アレクと暮らした「始まりの場所」へとたどり着いた。実に七年ぶりの帰還だった。(これは……!) けれどそこは彼女の記憶にあるような、静謐で穏やかな聖域ではなかった。 ダリウスの闇魔術によって、周囲の木々は不自然に枯れ果ててしまっている。地面には黒い魔方陣が描かれて、禍々しい魔力を脈動させていた。 百年を暮らした小屋には黒紫の茨が絡みついて、不吉で鈍い光を放っていた。「お望み通り、来たわ。出てきなさい、闇魔術師」 エリアーリアが言えば、小屋の扉が開いた。 ちらりと中に見えるのは、黒い茨の檻。檻の中に囚われたアルトとシルフィが、気丈にも涙をこらえて互いを支え合っている。「かあさま!」 シルフィが叫ぶと、黒い茨が蠢いた。双子に絡みつこうとしているのを、アルトが必死に払っている。「アルト、シルフィ!」 思い出の場所を穢され、我が子を傷つけられた。その光景に、エリアーリアの怒りが改めて燃え上がった。 胸元の魔女の紋様が強く輝く。(許さない。絶対に!) 慈悲深い癒やし手だった女はもういない。ここにいるのは、断罪者としての魔女だ。 開いた扉から、黒い男が歩み出た。地下の闇をそのまま人の形にしたような男だった。「来たか、深緑の森の魔女よ。なんと美しい……!」 ダリウスはくぐもった笑い声を上げた。 欲望にぎらついた目で、緑金の
last updateLast Updated : 2025-11-16
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 エリアーリアが一歩を踏み出せば、ダリウスは気圧されたように下がった。「せっかく私が優しくしてやろうというのに、歯向かうのか? 苦しみが増すだけだぞ」「黙りなさい。私は子どもたちを取り返しに来た」「ふん。では、その身をもって味わうといい。我が闇の魔術を!」 ごく短い詠唱と共に、ダリウスは指を突き出した。ねじれた槍のような黒い魔力の矢が数本、空気を焦がす音を立ててエリアーリアに襲いかかる。 エリアーリアは動かない。ただ、軽く地を踏みしめた。すると彼女の前の土が盛り上がり、瞬時に分厚い岩壁に変化した。 テラの大地の力が、彼女を守る。黒い矢は岩壁に突き刺さり、鈍い音を立てて霧散した。「ほう、魔女の魔法は詠唱を必要としないのか。古代の文献にあった通りだな。ではこれでどうだ!」 ダリウスは感心したように声を上げ、次に両手を広げた。広範囲の地面に全てを腐らせる黒い瘴気が発生し、エリアーリアに迫る。「無駄よ!」 エリアーリアが手をかざすと、イグニスの指輪が赤く輝いた。彼女を中心とした灼熱の炎の円環が出現する。瘴気は炎に触れた途端、悲鳴のような音を立てて焼き尽くされた。 しかし炎の壁を突き破って、影の魔力でできた無数の杭が彼女に襲いかかった。エリアーリアが素早くリプルの髪飾りに触れると、きらめく水が噴き出して盾を瞬時に展開した。影の杭は水の盾に当たると、ジュッという音を立てて蒸発した。「素晴らしい……! 魔女とは、これほどまでに多彩な属性を操るものなのか。ますます欲しくなった!」「黙れ、穢らわしい!」 エリアーリアは炎と水を同時に操り、炎は矢として、水は刃としてダリウスに放つ。だがダリウスは黒い茨を盾にして、それらを防いだ。茨の焼け焦げる音、腐ったような樹液が噴き出る匂いが立ち込める。(この魔力、おかしい。一人の人間が持つ量としては、常軌を逸している) 攻防の最中、エリアーリアはダリウスの魔力の奔流の中に、明らかな違和感を覚えた。(一体、これは何?) 魔法での攻撃の手は
last updateLast Updated : 2025-11-16
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(なんてこと。この魔力、たくさんの人から奪ったものだわ! 彼自身の力ではない!) 魔力と命を奪われた人々の苦悶の声が、辺りに満ちている。それこそがダリウスの力の源だった。「ならば私は、彼らを浄化する!」 エリアーリアは防御から転じて、彼女の本質である生命の魔法を練り上げた。かつて森の木々や獣たちを癒やし、魂までも清めた魔法を。 両手に温かな緑金の光が渦を巻く。 王家の守り刀を抜けば、刀身が同じ輝きに包まれた。まばゆくも美しい光が立ち上る。「アレク! 力を貸して!」 エリアーリアは守り刀を振るって、魔法陣に突き立てる。するとダリウスの闇に囚われた魔力が――苦しみもがく魂たちが、光の中で解放されていった。「な……なんだと!?」 ダリウスは溜め込んだ魔力の一部が消え去ったことに、初めて焦りの表情を浮かべた。◇ ダリウスの優位性は、大量に溜め込んだ魔力にあった。人々を「実験台」にして、数え切れない命を奪ってきた。 大量の魔力と闇魔術の技量によって、人間の身でありながら、魔女とさえ互角に渡り合える力を得ていたのだ。 それが今や、エリアーリアの生命の魔法で黒い魔力は次々と霧散していく。彼の闇魔術はエリアーリアに届かず、このままでは確実に負けると悟った。「くそ、くそっ! 私は諦めんぞ。お前を、美しい魔女を必ず手に入れるのだ!」 短く詠唱すれば、双子を捕らえる茨の檻が蠢いた。不気味な黒い光が明滅して、シルフィが悲鳴を上げる。「苦しい……! 魔力が、取られる……」「アルト、シルフィ!」 エリアーリアが前に出ようとするが、ダリウスは再び黒い矢を放って牽制した。「動くな。動けばこのガキどもの魔力、根こそぎ吸い尽くしてくれる!」「……っ!」 双子の命を盾に取られ、エリアーリアは動きを止めざるを得ない。怒りに顔を歪めながらも、立ち尽く
last updateLast Updated : 2025-11-17
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114:決着

 小屋の前では、三つの光が火花を散らしていた。 アレクが構える王の剣、その刀身が放つ清浄な銀の光。エリアーリアの魔女の紋様と全身から立ち上る生命の金の光。そしてダリウスがまとう禍々しい紫黒の闇。「チッ……!」 ダリウスが舌打ちして、改めて双子を人質に取るべく小屋に駆け込もうとするが、アレクが阻んだ。 立ちふさがるアレクに、ダリウスは顔を歪める。「王とあろう者が姑息な。軍を動かせば、子らの命はないと言ったはずだが?」 アレクは鼻で笑った。「どのような手を使おうと、あの子たちを取り戻す。そもそもお前のような下賤の輩に、約束する価値があるものか」 アレクはエリアーリアを先行させてダリウスの目を引き付け、その裏で騎士たちを率いて密かに進軍していたのだ。 小屋に繋がる獣道を抜け、決して悟られないように隠密に動く。 深緑の森を知り尽くしたエリアーリアと、彼女のパートナーであるアレクだからこそできたことだった。 アレクは小屋の前に立ちはだかり、エリアーリアはダリウスと対峙する。王と魔女、父と母が力を合わせて家族を守る構図が自然と完成していた。 二人の間に言葉はほとんどない。視線を交わして、たった一言。それだけで、互いに互いの役割を完全に理解した。「アレク、一瞬でいい。隙を作って」 エリアーリアの声は、彼にだけ聞こえる囁きだった。「心得た」 アレクは短く応えると、騎士たちに叫んだ。「子どもたちを絶対に守れ! 奴を近づけるな!」◇ アレクとヨハン、近衛騎士たちがダリウスに猛攻を仕掛けた。「小癪な王め! 貴様から先に、喰らってくれる!」 ダリウスが放つ闇魔術の奔流に対し、アレクは王の剣で立ち向かう。アレクの持つ剣は、エリアーリアに託した守り刀と対になるもの。きらめく銀の刀身が、闇と激しく火花を散らす。 騎士たちは命を惜しまぬ盾となって、子どもたちへの側撃を防いだ。 溜め込んだ魔力の一部が浄化
last updateLast Updated : 2025-11-17
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(イグニス、リプル。……テラ師匠。これが最後です) 彼女を包む三人の魔女の魔力に、語りかける。「どうか私に、力を!」 光が弾けた。 森そのものの生命の力と、三人の魔女の魔力。それらがまばゆい光となってエリアーリアを取り巻き、天へ向かって逆巻いた。 同時、ダリウスがアレクの渾身の一撃で態勢を崩した。「エリアーリア、今だ!」◇ アレクの叫びに、エリアーリアは瞳を開いた。その色は、もはや深緑ではない。三人の魔女の祈りが宿った、神々しい虹色に輝いていた。 エリアーリアは静かに手をかざす。そこから放たれたのは、ただ光。朝日そのもののような温かく、圧倒的な光の波だった。 その光が小屋全体、そして周囲の枯れた森をも飲み込んでいく。 周囲は虹色の光に包まれて、アレクはまぶしさに目をそばめた。「ぐ……あああああっ!」 光を浴びたダリウスは、絶叫と共にその場に崩れ落ちた。 その体がみるみるうちに崩壊していく。体に溜め込んだ無数の魂が浄化されて、光の粒子となって天に登っていった。 小屋を取り巻いていた茨も、アルトとシルフィを捕らえていた檻も、光に触れると砂のようにさらさらと崩れた。 アレクは小屋に駆け込んで、双子を両手で抱きしめた。「アルト、シルフィ! 怪我はないか!?」「うん、大丈夫。とうさまとかあさまが、助けてくれるって信じてたから」「信じてた。でも、怖かった……!」 わあわあと声を上げて泣き出す子どもたちを、アレクはしっかりと抱き留めていた。 ダリウスがいた場所には、ただ、一握りの黒い灰のようなものだけが残されている。 闇魔術に傾倒し、罪のない数多の人の命と魔力を奪って糧としたダリウスは、もはや人間ではなくなっていたのだ。体と魂は浄化の光に耐えられず、消し飛んでいた。 エリアーリアがその灰に視線を向けると、つむじ風が巻き起こって灰を吹き散ら
last updateLast Updated : 2025-11-18
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116:賢妃の力1

 ダリウスの事件が終息して、数年の歳月が流れた。 王宮の一角には、エリアーリアが設立した「王宮薬草院」が建っている。 薬草師としての知識と技量を役立てたいと考えて、王妃の名で建てたものだ。 明るく清潔な院内には、薬草の香りが満ちている。白衣を身に着けた若い薬草師たちが、エリアーリアの講義を熱心に聞いていた。 エリアーリアは青い一輪の花を手に取って、彼らに語りかける。「皆さんに、まず覚えておいてほしいことがあります。薬草とは、ただの『道具』ではありません。一つ一つが、私たちと同じように生きている『命』です。その命の声を聴くこと。それが、真の薬草師への第一歩となります」 若い薬草師の一人が熱心にノートを取っているのを見て、彼女は微笑んだ。「例えば、この『静心花(せいしんか)』。皆さんも知っている通り、人の心を落ち着かせ、安らかな眠りを誘う効果があります。ですが、この花をいつ摘むかで、その効能は大きく変わる。日が高く昇っている間に摘んだものは、ほとんど気休めにしかなりません」「えっ? そうなのですか?」 薬草師たちは、驚いて顔を見合わせた。「静心花は、夜の静寂を好む花。その力が最も高まるのは、一日の喧騒が終わり、自らが眠りにつくために花弁を閉じ始める、日没直後のほんのわずかな時間だけです。太陽の光を浴びている間の花は、いわば『興奮状態』にある。それでは、人の心を鎮めることなどできません。植物にも、私たちと同じように『感情』や『時間』があるのです」「なるほど……」 薬草師たちから感嘆のため息が漏れる。 次に彼女は、壁にかけてあった乾燥させた苔を指し示した。「では、この『竜の鱗苔(うろこごけ)』について知っていることは?」 一人の快活な少女が、はい、と手を挙げる。「はい! 強力な治癒促進作用があり、傷口に直接貼ることで、化膿を防ぎ、肉の再生を助けます!」「その通り。よく勉強していますね。……では、採取する時の注意点は?」 少女は少し考えて、首を
last updateLast Updated : 2025-11-18
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 エリアーリアは、最後に棚から別の乾燥した葉を取り出した。「そして、もう一つ。竜の鱗苔は力が強い分、肌を荒らすことがあります。必ず、この『オオバコ』の葉をすり潰したものと一緒に練りなさい。オオバコの持つ鎮静作用が、竜の鱗苔の刺激を和らげ、治癒の効果だけを高めてくれます。一つの命で足りない時は、別の命がそれを補ってくれる。森がそうであるように、薬草の世界もまた、調和と協力で成り立っているのです。決して、一つの力に過信してはなりません」「……はい、師匠!」 若い薬草師たちの尊敬に満ちた返事が、明るい薬草院に響き渡った。 エリアーリアは残りの講義の時間を使って、採取してきた薬草や薬木の栽培方法などを伝える。「このイチイの木は挿し木で増やします。挿し木の最適な時期は、夏の終わり。成長の遅い木なので、大きく育つまでじっくりと待たなければなりません」「師匠。イチイの木は、猛毒ではないですか? 僕の故郷では、狩人が矢に塗って使います。動物の体に突き刺されば、熊でも殺すほどの威力です」 別の若い薬草師が、不安そうに言った。エリアーリアは頷く。「その通り。イチイは非常に強力な毒を持ちます。この黒い種子が毒の元です。しかし毒と薬は表裏一体の存在。イチイの毒も正しく薬として使えば、腎臓の病に効果を発揮します。毒性が強いので、用いる際は細心の注意が必要ですが」「イチイが薬に……」 薬草師たちは感嘆の声を上げている。(私がここにいられる時間は限られている。私が去った後、この国の人々が自らの力で生きていけるように、力を貸すのではなく、知識を遺さなければ) 彼女は未来を見据えて、教師のような気持ちで人々を導いていた。「では、今日の講義はここまで。また明日」 講義が終わり、片付けを始めたところで、一人の伝令が教室に駆け込んできた。「王妃様! 東の村で原因不明の流行り病が発生しました。どうかお助けください!」 若い薬草師の一人が、期待に満ちた目でエリアーリアを見る。「王妃様の
last updateLast Updated : 2025-11-19
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118:賢妃の力2

 エリアーリアは何名かの若い教え子たちを伴って、流行り病に苦しむ村を訪れた。 王都から馬車で数日の距離にあるその村は、静まり返っている。 家々の扉は固く閉ざされて、空気には病の匂いと恐怖が漂っていた。村長と、村唯一の年老いた薬師が、一行を青ざめた顔で出迎えた。 エリアーリアは王妃の権威を振りかざすことなく、一人の薬草師として村長たちに丁寧に頭を下げる。「王都より参りました、エリアーリアと申します。どうか、状況をお聞かせください」「もったいないお言葉でございます」 村長たちは恐縮しながらも、王妃の飾らない態度に感銘を受けていた。 村長から話を聞いた彼女はまず、患者の家を直接見て回ることにした。 薄暗く淀んだ空気の家の中、高熱にうなされる子どもの痛ましい姿に、同行した若い薬草たちが言葉を失う。 しかしエリアーリアは、ただ症状を見るだけではない。彼女の鋭敏な五感は、各家庭の生活様式や食料の保存状態、水の匂いの微妙な違いまでを分析していた。 彼女は、病が村の特定の区画に集中していることに、すぐに気づいた。 村の集会所に場所を移して、エリアーリアは大きな羊皮紙を広げた。紙に村の地図を描いて、病人が出た家に印をつけていく。「皆さんも見てください。何か気づくことはありませんか?」 彼女の問いに、若い薬師の一人がおそるおそる答える。「……病人は、村の東側に集中しているように見えます」「その通りです。では、東側の人々だけが共通して口にしたものは何でしょうか?」 エリアーリアは村長に向き直った。「村長。この区画の方々が使う井戸は?」「この一帯は、東の古い井戸を使っております」 エリアーリアは、すぐさま東の井戸へ向かった。見たところ水は澄んでいる。「水はきれいですが……」 弟子の一人が言うが、エリアーリアは首を振った。彼女は井戸の縁に膝をつき、目を閉じる。魔女としての鋭敏な感覚が、水の中に潜む微かな「死の気配」――腐
last updateLast Updated : 2025-11-19
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「この花は『浄花』。清い水だけに咲く花です。この花びらを水に入れれば、汚染されているかどうかが分かります」 彼女は言って、井戸から汲んだ水に花びらを入れた。白い花びらはみるみるうちに茶色くなって、水に沈んでいく。 おお、と周囲からどよめきが上がった。「他にもヒントはあります。井戸の周囲の苔が、他のものより色褪せているでしょう。病だけを見るのではなく、広い森全体を見渡すように、あらゆる兆候を見つけられるようになさい」「はい、王妃様!」◇ 村の広場では、エリアーリアの指示で大きな鍋が火にかけられ、村人たちが総出で水を沸かしていた。別の場所では、彼女の弟子たちが、森で採取してきた薬草をすり潰し、特効薬の準備を進めていた。「殺菌作用の強い『竜の鱗苔』の粉末に、解熱効果のある『静心花』の蜜を合わせます。調合の割合は八対二。いいですね?」 彼女は、特効薬の製法を村の老薬師に惜しみなく伝授する。 不安げな村人たちに向き直った。「この病は、呪いではありません。汚れた水を飲んだことによる、自然の理です」 彼女の声は静かだが力強かった。「この薬は、今苦しんでいる人々を救います。しかし、未来のあなた方を救うのは、知識です。飲み水は、必ず一度沸かすこと。井戸を清め、周囲を清潔に保つこと。これこそが、いかなる魔法にも勝る最高の守りなのです」「いちいち水を沸かすのですか? 薪だってタダじゃないのに……」 村人たちの声に、エリアーリアは少し考えた。衛生管理の観点から言えば、飲み水は沸騰させた方がいい。 だが村人の生活に負担がかかりすぎるのであれば、本末転倒だ。「そうですね。水をこまめに沸かすのは、大変でしょう。では井戸の清掃をよく行って、異変が起きた時はすぐに封鎖すること。見た目が澄んだ水であっても、汚染されているかもしれないと疑うこと。病人や赤ん坊など体が弱い人の飲み水は、できるかぎり沸かすこと。これらでいかがでしょうか?」「それならできそうです!」 村人たちは、初
last updateLast Updated : 2025-11-20
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120:賢妃の力3

 ある日の玉座の間。 かつてアレクとエリアーリアの結婚に反対していた保守派の長である侯爵が、やつれ果てた顔で膝をついていた。「我が領地は、今までにないほどの大規模な干ばつに襲われました。今こうしている間にも、領民たちが飢えと渇きに苦しんでいます。国王陛下、王妃陛下、どうかお慈悲を。王妃陛下の奇跡のお力で、どうか救済を!」 アレクは妻を侮辱した男に対し、冷ややかな視線を向けていた。 侯爵本人ではないが、保守派の貴族が闇魔術師ダリウスをかくまっていたせいで、双子たちの誘拐事件が起きたのだ。許せるものではなかった。 ところがエリアーリアは違った。彼女の瞳には、ただ苦しむ領民を憂う慈愛の色だけが浮かんでいた。「顔を上げなさい、侯爵。あなたの民は、この国の民。見捨てることはありません」 彼女は玉座に座る夫へ視線を向ける。「国王陛下、彼の領地に赴きましょう。土地をよく調査すれば、きっと打開策が見つかりますよ」「君がそう言うのであれば」 アレクは不承不承、頷いた。◇ エリアーリアとアレクは、嘆願に来た侯爵と共に、彼の領地を見渡せる丘の上に立っていた。 眼下に広がるのは、ひび割れて茶色く渇ききった大地。立ち枯れた作物が、まるで屍のように立ち尽くしている。 王都から派遣された技師たちが、困惑した表情で地図を広げていた。「王妃様。我々が三日かけて調査しましたが、この一帯で大規模な井戸を掘れるほどの水源は見つかりませんでした。川も干上がり、もはや打つ手はないのでは……」 技師が申し訳なさそうに報告してくる。「そんな。やはり雨乞いの奇跡を祈るしかないのか」 侯爵が絶望の表情を浮かべて、天を仰いだ。「いいえ、侯爵」 エリアーリアは、それでも首を横に振った。「天に祈る前に、まず、大地が発する『言葉』に耳を澄ませましょう」 エリアーリアは、アレクらに微笑みかけると、丘を降りていく。技師たちを手招きし、乾いた畑
last updateLast Updated : 2025-11-20
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