All Chapters of 悠久の魔女は王子に恋して一夜を捧げ禁忌の子を宿す: Chapter 131 - Chapter 132

132 Chapters

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 アルトが弔辞を読み終えると、聖堂は大きな拍手に包まれた。偉大な王への感謝と、新しい王への期待が入り混じった、力強い音だった。(アルト。立派になったわ。あの南の辺境で暮らしていた頃の小さな姿が、嘘のよう……) エリアーリアは父の跡を継ぎ、王としての一歩を踏み出した息子の姿を、誇らしげに見つめていた。 ◇ そうして数日が経ち、葬儀の全てが終わった後で。 エリアーリアは彼女の私室に、アルトとシルフィを呼び出した。「アルト、シルフィ。葬儀、お疲れ様でした。二人とも立派になって、私もアレクも誇らしく思います」 エリアーリアの微笑みに、二人は何かを予感したらしい。 続けて言われた母の言葉に、驚く様子はなかった。「私は今夜、この国を去ります。私の役目は終わりました。これからは、あなたたちの時代です。遠くから見守っていますからね」 王妃としての数十年で、様々な知恵の種が撒かれていた。 王立薬草院は今や大きな施設となって、何十人もの職員が働き、毎年新しい薬草師を生み出している。 治水の知識は体系化され、書物にまとめられて、誰もが学ぶことができる。 アルトとシルフィが作った靴の事業は、今でも人々の足を支える重要な産業だ。「母上、本当に行ってしまわれるのですか……」「お母さまの教えは、忘れません。子どもたちにも教えて、受け継いでいきます」 それぞれに寂しさを隠せないアルトとシルフィに、エリアーリアは微笑みかける。「二人とも、ありがとう。あなたたちは、いつまでも私の大事な宝物よ」 悲しむ子どもたちを抱きしめて、それから彼女は部屋を出た。 見上げた空は、満月。いつかの遠い日に、アレクと見上げた月。 エリアーリアの姿は、人知れず夜の闇に溶けて消えていった。 ◇ その後のアストレア王国はアルト王の賢明な治世の下、黄金時代を迎えた。
last updateLast Updated : 2025-11-26
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 その悠久の時の流れを、エリアーリアは静かに見つめていた。 彼女の心はもはや孤独ではない。エリアーリアの中ではアレクと過ごした輝かしい日々の記憶が、決して色褪せることなく生き続けている。彼の笑顔、声、温もり。その全てが、彼女の永遠を支える糧となっていた。◇ アレクの死から六百年後。 アストレア王国は遠い歴史のものとなり、今は覚えている者は少ない。 かつての王都はありふれた町の一つに変わって、今でも人々の生活の場となっていた。 その町の片隅に、苔むした遺跡がある。 そこはアレクの眠る墓所だった。 墓碑は朽ちて、緑の苔が全体を覆っている。 その遺跡が何であるか覚えている者はもういないけれど、一つの古い伝説だけが人々の心に根付いていた。 それは、「年に一度、初夏の季節に金色の髪の美しい女性が現れ、花を供える」というもの。 女性が誰なのか、何のために花を供えるのか、知る人は誰もいない。 ただ、その美しい光景に出くわした人が、心を打たれて語り継いでいる。◇「今年もまた会いに来たわ、アレク」 よく晴れた初夏の日、変わらぬ姿のエリアーリアはアレクの墓所を訪れていた。 彼女は苔むした墓石の前に跪くと、手に持っていた花をそっと捧げた。 捧げる花は、年によって違う。ある年は思い出の月光花。またある時は、名も無い森の野の花。 その時に最も美しいと思った花を、エリアーリアは供えてきた。「人々の記憶からあなたの名は消えても、私の心の中では、今も鮮やかに輝いている……。私の愛した、ただ一人の人。私の、陽炎の王」 千年を生きる魔女にとって、人の一生は陽炎(かげろう)のように儚い。 しかしアレクはその短い生涯の中で、圧政を打ち破って国を復興させ、民に愛された。エリアーリアという伴侶を得て双子たちの父となった。 まさに夏の日の陽炎のように眩しく輝いたのだ。 エリアーリアは空を見上げる。この季節はいつだって、愛
last updateLast Updated : 2025-11-27
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