アルトが弔辞を読み終えると、聖堂は大きな拍手に包まれた。偉大な王への感謝と、新しい王への期待が入り混じった、力強い音だった。(アルト。立派になったわ。あの南の辺境で暮らしていた頃の小さな姿が、嘘のよう……) エリアーリアは父の跡を継ぎ、王としての一歩を踏み出した息子の姿を、誇らしげに見つめていた。 ◇ そうして数日が経ち、葬儀の全てが終わった後で。 エリアーリアは彼女の私室に、アルトとシルフィを呼び出した。「アルト、シルフィ。葬儀、お疲れ様でした。二人とも立派になって、私もアレクも誇らしく思います」 エリアーリアの微笑みに、二人は何かを予感したらしい。 続けて言われた母の言葉に、驚く様子はなかった。「私は今夜、この国を去ります。私の役目は終わりました。これからは、あなたたちの時代です。遠くから見守っていますからね」 王妃としての数十年で、様々な知恵の種が撒かれていた。 王立薬草院は今や大きな施設となって、何十人もの職員が働き、毎年新しい薬草師を生み出している。 治水の知識は体系化され、書物にまとめられて、誰もが学ぶことができる。 アルトとシルフィが作った靴の事業は、今でも人々の足を支える重要な産業だ。「母上、本当に行ってしまわれるのですか……」「お母さまの教えは、忘れません。子どもたちにも教えて、受け継いでいきます」 それぞれに寂しさを隠せないアルトとシルフィに、エリアーリアは微笑みかける。「二人とも、ありがとう。あなたたちは、いつまでも私の大事な宝物よ」 悲しむ子どもたちを抱きしめて、それから彼女は部屋を出た。 見上げた空は、満月。いつかの遠い日に、アレクと見上げた月。 エリアーリアの姿は、人知れず夜の闇に溶けて消えていった。 ◇ その後のアストレア王国はアルト王の賢明な治世の下、黄金時代を迎えた。
Last Updated : 2025-11-26 Read more