その瞬間、アレクとの短い日々が脳裏を駆け巡った。彼の不器用な笑顔、森の歌に聴き入る横顔、雨宿りの言葉、頬に触れた温もり。 長い孤独を解かしてくれた、解かしてしまった彼との思い出が、エリアーリアの胸に灯る。 そして、遠い昔の記憶が重なった。 病で衰弱していく弟の手を、ただ握ることしかできなかった、人間だった頃の無力な自分。『美しい。きれいだよ、ねえさま』 忘却の彼方にあったはずの声が、鮮明に響いた。 弟は最期の願いで、野の花を摘んできて欲しいと言った。それで花冠を編んで欲しいと。 エリアーリアがその通りにすると、弟は病み衰えた手で花冠を姉の頭に乗せて、微笑んだのだ。 弟を失った彼女は泣いて、泣いて……。悲しみに暮れるうちに魔女として目覚め、いつしか思い出を失っていた。 大事なことだったはずなのに、諦念と静寂の向こう側に置き去りにしてしまったのだ。(嫌よ! もう、目の前で誰かが消えていくのを見るのは、絶対に嫌!) その時、朦朧としていたアレクが、最後の力を振り絞ってエリアーリアに手を伸ばそうとした。「……エリアーリア。……もう俺に、構うな……」 死の際にあって、彼女を気遣っている。アレクの思いと優しさが、エリアーリアの心を抉った。 アレクの手が力なく床に落ちた。もう時間がない。 万策尽きたエリアーリアは、助けを求めるように小屋の中を見渡した。その視線が、作業台で開かれたままになっている魔女の書物に吸い寄せられる。(そうだ。一つだけ、手があった) 彼女の脳裏に浮かぶのは、禁忌の中でもとりわけ深く禁じられた儀式の記憶。師である大地の魔女テラから、「決して触れてはならない」と固く戒められた究極の秘跡だった。 あの奇跡であれば、魂喰いの呪いであっても浄化できる。あの儀式でなければ、根治は行えない。 しかしそれは魔女にとって最大の禁忌。自らの運命を捨てるに等しい行為だった。◇
Terakhir Diperbarui : 2025-09-25 Baca selengkapnya