All Chapters of 悠久の魔女は王子に恋して一夜を捧げ禁忌の子を宿す: Chapter 41 - Chapter 50

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41

 法廷の外側で、イグニスが怒りに体を震わせている。その横ではリプルが涙を流していた。「待ちな、テラ様! 話も聞かずに決めつけるのか! こいつはまだ若いんだ!」「そうですよ! エリアには事情があったはずです!」 イグニスとリプルが叫んだ。岩の壁に駆け寄ろうとするが、見えない力に阻まれて弾き飛ばされる。 イグニスはなおも言い募った。「エリアは深緑と生命の魔女。生命の魔女が、命を助けて何が悪い!」「テラ様、どうかお慈悲を。せめてあの子の話を、聞いてあげてください」 テラは二人の必死の訴えを、表情一つ変えずに聞いていた。「言いたいことは、それだけか?」「な……」 絶句するイグニスに、テラは冷静な眼差しを向ける。「お前たちは、何か勘違いしているようだ。裁くのは私ではない。大いなる自然の掟と魔女の理こそが、我らの寄る辺。還るべき道を失った者は、もはや同胞ではない。ただそれだけの話」 テラが右手を上げると、イグニストリプルの足元の岩が盛り上がった。岩はたちまちのうちに檻に姿を変えて、二人を閉じ込めてしまった。「イグニス、リプル!」 エリアーリアは友人に駆け寄ろうとするが、法廷の柱がせり上がって行く手を阻んだ。「エリアーリアよ。他人の心配をしている場合ではないぞ」 テラは彼女らの抵抗を意にも介さず、朗々と響く声で宣告した。「深緑の魔女、エリアーリア。お前は世界の理を乱し、自ら還るべき道を捨てた。もはや、我らと同じ道を歩む者ではない。よって、魔女集会より永久追放とする。今後、いずれの魔女の領域に足を踏み入れることも、我ら同胞と交わることも、未来永劫許されぬ!」 冷たい宣告が、火口に響き渡る。 最後の言葉が響き終わると同時に、エリアーリアの左の胸元が、灼けるような激しい痛みに襲われた。「ああ……っ!」 エリアーリアは声にならない悲鳴を上げる。 花をかたどった美しい魔女の紋様が、衣服の上からで
last updateLast Updated : 2025-10-06
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42:王の旗のもとに

 南の砦の作戦室では、壁には松明が掲げられ、重厚な木製のテーブルには巨大な地図が広げられている。 集まっているのは白髪の老将軍ヴァレリウスと、指揮下の屈強な騎士たちだ。 アレクは彼らの中心に立って、集めた情報をを聞いていた。「殿下、我らの兵力はおよそ千。対する王都の兵力は、少なく見積もってもその十倍。このまま王都を目指すのは、無謀としか言えませぬ」 ヴァレリウスが、苦渋の表情で現状を告げた。「将軍の言う通りだ」 アレクは頷いた。「今の我らが王都へ進軍すれば、叩き潰されて終わるだろう。反乱ではなくただの自殺行為になる。俺たちの戦は、まだ始まってすらいないのだ」 彼は地図の上に駒を一つ置いた。王都から南へ伸びる街道、その心臓部に位置する、鷲ノ巣砦である。「今の我らの目的は、王都を直接叩くことではない。兄ガーランドの支配が盤石ではないと、王国全土に知らしめることだ。そのための第一歩が、この鷲ノ巣砦の奪取にある」◇「鷲ノ巣砦は、南の街道を完全に封鎖する難攻不落の要塞。王都防衛の要であり、ガーランドにとっては権威の象徴だ」 アレクの青い瞳が、松明の光を反射して鋭く光る。「ここを落とせば、三つの意味を持つ」 彼は指を三本立てた。順に折ってみせる。「一つ、南の諸侯への連絡路を確保し、我らに味方する者たちへの道を拓く。二つ、王都の補給線を断ち、兄上の軍の動きを鈍らせる。そして三つ……最も重要なことだ。死んだはずの俺が生きていると、そして偽りの王に反撃する力があると、王国全土に示す『狼煙』となる」 ヴァレリウスが言葉に詰まった。「しかし殿下、鷲ノ巣砦の兵力は二千五百。我らの千の兵だけでは到底、勝てませぬ」「力ずくでぶつかる必要はない」 アレクは自信に満ちた笑みを浮かべた。「ある人に教わった。森では、地形と天候こそが最大の武器になると。ここは森ではないが、地形と天候は最大限に活かすべきだ。……そ
last updateLast Updated : 2025-10-07
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43

 夜明け前。鷲ノ巣砦のほど近く、霧が立ち込める谷。アレクは計画通りに、五十名の精鋭を率いて崖を登っていた。崖を行くこの部隊は、作戦の中でも元も危険な役割を担う。だからこそアレクはこの場所に居た。 精鋭部隊の靴は、特殊な登攀靴である。靴裏にある種の弾力性のある樹木の樹皮を用いて、さらに深い溝を彫り込んである。 これにより滑りにくく、また、音を立てずに動くことができた。(エリアーリア、君が教えてくれた知恵だ。この樹皮を靴に使うなど、考えたこともなかった) アレクは愛しい人を思い出し、すぐに振り払った。戦場はすぐそこに迫っている。気を引き締めなければ。 すぐ下方には、夜明け前の薄闇に包まれた鷲ノ巣砦が見えた。かがり火は最低限で、歩哨に立つ兵の数も少ない。 難攻不落の要塞だからこそ、どこか油断して緩んだ空気が見て取れた。 薄闇の中、アレクたちの部隊は音もなく城壁の上に降り立った。特殊の樹皮の靴は、隠密行動で効果を発揮する。 油断しきっていた守備兵たちは、何が起きたか知る間もなく次々と倒されていく。 同時、東門を守る部隊の中から、「真の王はアレク殿下だ! アレク殿下、万歳!」と叫ぶ声が上がった。かねてから通じていた大隊長とその部下たちが、ガーランド派の兵士たちに襲いかかったのだ。 砦の指揮系統は完全に麻痺した。 そこへヴァレリウス将軍率いる本隊が、南門から突入してきた。 城壁の上の守備兵は、もうほとんどいない。東門は混乱して、増援を送るどころの騒ぎではない。「全軍、突撃じゃ!!」 ヴァレリウス将軍の、老いてなお声量豊かな声が響いた。 破城槌が持ち出され、城門を激しく叩く。 メキメキ……と金属と材木の裂ける音がして、ついに南門が破られた。 破壊された南門から、ヴァレリウス将軍と兵士たちがなだれ込んでくる。勝敗は決した。 城門の守備兵を残らず片付けたアレクは、そのままの勢いで砦の司令部へと躍り込んだ。「賊軍め! この鷲ノ巣砦に手出ししたこと、ガーランド陛下は決して許さんぞ!」
last updateLast Updated : 2025-10-07
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44

 朝日が昇る頃、鷲ノ巣砦は反乱軍の手に落ちていた。新たに味方に加わった兵士たちも、熱狂の中で若き王子の名を叫んだ。「アレク殿下、万歳!」 砦は勝利に沸いている。アレクは最も高い塔の上に立ち、兄ガーランドの「黒い蛇」の紋章旗を引きずり下ろした。 代わりに、父王の時代の「青地に銀色の獅子」の旗を大きく掲げた。 旗は朝日に照らされて、力強くひるがえる。(反撃の狼煙は上がった。エリアーリア、見ていてくれ)「見事な采配でしたな、殿下」 ヴァレリウス将軍が傍らに立って、言った。「これで兄上も、俺が生きていると知ることになる」「はい。これからは本気で我らを潰しにかかるでしょう。殿下、この勝利で、王都の兄君も我々の存在を認めざるを得なくなります。本当の戦いは、これからですぞ」 将軍の言葉に、アレクは黙って頷いた。 目指すべき王都はまだ遠い。 それでも彼の瞳は、偽りの玉座に座る兄王の姿を見据えていた。 ◇  エリアーリアの断罪と、魔女資格の剥奪の後。 魔女集会は終わり、大地の魔女テラは姿を消した。他の魔女たちも一人、また一人と去っていく。 夜明けの冷たい光が照らすカルデラには、燃え尽きた焚き火の灰が風に舞っている。立ち尽くすエリアーリアと、彼女のそばを離れようとしないイグニス、リプルの三人だけが残されている。 テラが去った後、彼女らを取り巻く岩の檻も自然に消えていた。 イグニスとリプルはエリアーリアに歩み寄って、無言のままに立ち尽くす。 エリアーリアの胸元の、紋様を失った肌が痛む。 イグニスは何もできなかった自分への怒りと、友を一人にしてしまう無力感で唇を噛みしめていた。リプルは友人の先行きを案じて、ただ涙を流していた。 エリアーリアは友人たちの優しさがかえって辛くて、顔を上げることができない。(私は魔女である資格を失った。還元の宿命と責任を投げ捨てて、この子を選んだ。彼女たちともう、友人でいることはできない)
last updateLast Updated : 2025-10-08
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45

「気休めにしかならないだろうがな。死ぬんじゃねえぞ、絶対によ」「私も……。この髪飾りを、あなたに預けます。水の魔力が、あなたとお子様を渇きから守りますように」 リプルも涙を拭うと、自分の髪から髪飾りを外し、エリアーリアに渡した。水の魔力が込められた、優しい櫛だった。水色の地に青い宝石があしらわれていて、リプルに良く似合っていた。「二人とも……ありがとう……」 テラと対峙し、断罪を受けた時もエリアーリアは泣かなかった。背筋を伸ばして罪を受け入れていた。 けれど友情の温かさに触れた時、初めて涙がこぼれた。 エリアーリアは二つの贈り物を、大事にハンカチで包んだ。「これで泣くのは最後にするわ。強く生きて、この子を守らなければならないから」 エリアーリアは友人たちに背を向けて、今度こそ歩き出した。 背後から、イグニスとリプルの叫び声が響く。「エリア! 必ず、生きろよ! そんで、幸せになれ! 馬鹿野郎!」「あなたの無事を、心から祈っていますわ!」 エリアーリアは振り返らない。ただ一度だけ小さく頷いた。◇ エリアーリアはそれから、何日も歩き続けた。 魔女集会の火口から深緑の森へは、かなりの距離がある。 魔女集会に行く時は、特別に開かれた魔力の門(ゲート)を通っていけた。しかし今のエリアーリアは、魔女の資格を失っている。 魔女集会のための門は使えず、長い距離を自前の魔法と徒歩で進み続けるしかなかった。 ようやく帰り着いた深緑の森は、だが、彼女をよそよそしく出迎えた。 木々も蔓草も、獣たちも。以前のように彼女に近づいてはこない。 かつて深緑の森は、エリアーリアそのものだった。全ての森の命は彼女に敬意を払い、意志を通じ合わせていた。全てが友であり、子であり、かけがえのない分身だったのに。 それが今はどうだろう。 森奥で見かけた山羊の親子は、親しげに寄ってくるどころ
last updateLast Updated : 2025-10-08
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46:新しい世界へ

 そして何より。森全体の魔力が、彼女の腹に宿る人間の子を異物とみなして、明確に拒絶している感覚があった。肌を刺すような冷たい不快感は、ほとんど敵意に近かった。 魔女としての高い魔力は健在で、肉体に変化も見られない。恐らく以前と変わらず、不老のまま長い時を過ごすだろう。 けれど彼女は、決定的に変わってしまった。還るべき森を失い、絆を失った。 お腹の子の巣立ちを見届けた後は、悠久の時を真なる孤独に過ごすこととなるだろう。 エリアーリアは、冷淡な敵意を向けてくる森を見渡した。(……ここはもう、私たちの居場所ではないのね) 魔女の領域は、人間を受け入れない。例外は、主である魔女が滞在を許可した場合のみ。 お腹の子は人間で、エリアーリアはもう森の主ではない。 いつか新しい『深緑の魔女』が目覚めるまで、森は人を拒み続けるのだろう。 お腹を庇うように手を当てる。この森は、もはや我が子にとって安全な場所ではなかった。◇ エリアーリアは森を出て、魔女の領域と人間の世界の境界線にたどり着いた。 彼女は知る由もなかったが、向かったのはアレクと同じ南であった。 背後には、鬱蒼とした故郷の森。目の前には、どこまでも続く麦畑と、遠くに見える小さな村の煙。 友人たちからもらったお守りを強く握りしめて、彼女は勇気を振り絞る。(ここが、私たちの新しい世界よ。大丈夫、怖くないわ。私が、あなたを守るから。だから、一緒に生きていきましょうね……) エリアーリアは決意の表情で、目に見えない結界を越えた。 その瞬間、背後の森の気配がぷつりと途絶える。百年もの間、息をするように感じていた森。慣れ親しんだ森の魔力、気配が完全に消えてしまった。いつも聞いていた音楽が、突然止んだような静けさだった。 彼女は完全に「人間」の世界の住人となったのである。 遠くの街道を一台の荷馬車が通り過ぎていく。風が運んでくるのは、土の匂いと家畜の匂い、そして――。 久方ぶりに
last updateLast Updated : 2025-10-09
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47:偽王の怒り

 アストレア王国、王都の玉座の間では、磨き上げられた大理石の床に銀の盃が転がっていた。 つい今しがた、反乱軍の知らせを聞いたガーランド王が、怒りのままに叩きつけたものだった。「アレクだと? 間違いないのか、あの忌々しい弟が生きていたと!」 ガーランドは玉座から立ち上がる。鷲ノ巣砦陥落の報告を持ってきた伝令兵を、憤怒の表情で睨みつけた。 側近たちの顔は恐怖に染まって、誰も王に口出しをしようとしない。「ま、間違いはございません。鷲ノ巣砦には、先王陛下の紋章旗が掲げられたと。アレク殿下の顔を見た者も多くおります。何よりもヴァレリウス将軍が側におりました」「……もういい。下がれ!」 伝令兵が逃げるように退出していくのを眺めながら、ガーランドは玉座に再び腰を下ろした。 願ってやまなかった至尊の地位は、しかし、彼の心を満たしてはくれない。(こんなはずではなかった) 片手で顔を覆い、ガーランドは呻く。 彼が弟を押しのけてまで王位に就いたのは、何のためだったろう。弟を排さなければ、自分が殺される。そう考えるようになったのは、いつからだったろうか。 そうしてまで登った王位は、不自由なものだった。母である側妃は王太后気取りで、うるさく口出しをしてくる。 強引な手段で得た王位であるために、母と母の実家の派閥の力は必要不可欠だ。無下にはできず、ガーランドは王としての力を削がれていた。(アレク……、なぜだ。なぜあのまま死んでくれなかった! このままではもう一度、お前を殺さねばならない) 正妃の生まれで王太子だった弟。非の打ち所のない正統性を持つアレク。明るく誠実な人柄は、皆に慕われていた。 後ろ暗いばかりのガーランドとは、雲泥の違いだ。 弟への嫉妬は根深い。けれどそれ以上に、ガーランドはアレクが――犯した罪の象徴が生きていたことに、恐れを抱いていた。恐怖を隠すために怒りを発露させたのだ。 側近の一人が、恐る恐る進言する。「反乱軍が掲げた旗は、先王陛下の紋章旗。
last updateLast Updated : 2025-10-09
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48

 ガーランドは誰も信頼できなかった。母の派閥は権力欲にまみれた人間ばかりで、王権を食い物にすることしか考えていない。 反乱軍の力が増せば、我先にと裏切ることすら考えられた。「ダリウスを呼べ!」 呼んだのは、ガーランドが唯一信頼できる『力』。闇魔術師ダリウスだった。 ダリウスは政治に興味を持たない。彼の関心は魔術と魔力の研究にのみ向けられている。 研究のための資金援助と、『実験』のための人間を渡してやれば、裏切る心配のない相手だった。 ほどなくして玉座の間の重い扉が開かれ、一人の男が入ってきた。漆黒のローブを身にまとい、フードを目深くかぶっている。 ダリウスの身のうちにあふれる闇の魔力が、じり、と室内の燭台の明かりを揺らめかせた。「ダリウス。貴様の呪いはどうなっている? 魂喰いの呪いは、必ず相手の命を奪うと豪語していたくせに、アレクが生きていた」 ガーランドの詰問に、ダリウスは表情を変えずにひざまずいた。「……ありえませんな。あの呪いから逃れられる人間など、存在しないはず……何か、想定外の介在があったのでしょう。すぐに確認を取ります」 その冷静さが、ガーランドの苛立ちをさらに煽った。「言い訳は聞かぬ! 弟の亡霊が出たのだ。貴様の術で、今度こそ息の根を止めよ。アレクを庇う者がいるなら、そいつも殺せ!」◇ ダリウスの研究室は、王宮の地下にある。壁には赤黒いインクで魔法陣が描かれて、中央の机には漆黒の水晶が置かれていた。 ダリウスは、アレクの血が染みた布片を触媒に、遠見の術を開始した。彼の目的は、もはやアレクの追跡だけではない。自らの最高傑作である呪いが破られた謎の解明にあった。(まったく不可解だ。魂喰いの呪いは、間違いなく相手の命を喰らい尽くす。どんなに長くても、せいぜい数日の余命だ。見間違いでないなら、何が起きたのか……) 水晶の中に、銀色の魔力光が浮かび上がる。アレクの魔力だ。ダリウスはその光を見て目を見開い
last updateLast Updated : 2025-10-10
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 闇魔術師としてのプライドが傷つけられて、ダリウスの表情が初めて歪んだ。 彼はさらに深く魔力を探り、そして見つけたのである。 アレクの銀の魔力に寄り添うように輝く、強大な緑金の光。(この緑金の光……これが原因か! なんという純度、なんという深度。まるで、古の森そのもののような魔力ではないか。これほどまでの力、一体どこから) 水晶玉に映る光は美しく、ダリウスの心を魅了した。 探究心はすぐに霧散して、この美しくも力強い力への執着へと変わる。 欲しい。この美しい力を我がものとしたい。歪んだ支配欲がふつふつと湧き出てくる。(しかしこの力、人間ではあり得ない輝きだ。これほどまでに強く美しい魔力……まさか魔女、……か?) 思い当たった可能性に、ダリウスはごくりと唾を飲んだ。 頭の中で素早く地図を描く。 王都に最も近いとされる魔女の領域は、深緑の森。深緑の魔女が住まうとされる深い森だが、常に守護結界が敷かれており、人間が入り込むのは困難だった。(深緑の森までは徒歩でせいぜい数日。手負いだったとはいえ、アレク殿下がたどり着くのは不可能ではない。また、森の結界は魂喰いの呪いが魔力を食えば、突破可能……) はじき出された可能性に、ダリウスの唇の両端が吊り上がる。「この私を出し抜いた、未知の魔女よ。よくぞ姿を現した。これから私がお前の全てを、我がものとしてやろう! 決して逃さんぞ!」 ダリウスの両目は、まだ見ぬ魔女への欲望でぎらついている。 暗い笑声が、地下の部屋に響いていった。 ◇  エリアーリアが魔女集会から追放されて、一ヶ月ほどが過ぎた。 季節は夏が終わり、秋が徐々に深まっている。森の木々は秋の色をまとって、色鮮やかに彩っていた。 エリアーリアは彼女自身も知らないことだが、アレクのいる南へと向かって旅を続けていた。 人目を避けながらも、
last updateLast Updated : 2025-10-10
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50

 ある夜のこと。 エリアーリアは街道から少し離れた林の中で、野宿をしていた。小さな焚き火でスープを温めていると、遠くから荷馬車の車輪の音と人々の話し声が聞こえてくる。 彼女はすぐに火を消して、夜の闇に身を隠した。 荷馬車は行商人の隊商だった。彼らも野宿の準備を始めたようで、馬を近くの木に繋ぎ、物資を降ろしている。 商人と護衛たちの会話が聞こえてきた。「聞いたか? 南の鷲ノ巣砦が落ちたそうだぜ」「聞いた、聞いた。ヴァレリウス将軍の砦から出兵したんだろう?」「恐ろしい世の中になったもんだ。これで王都との交易路もどうなることやら……」 話を盗み聞きしていたエリアーリアの警戒心が跳ね上がった。(反乱軍? 砦が落ちた? 戦争が始まったのね) 人間の世界が戦争で荒れれば、彼女にも影響が出るだろう。 例えば、敗残兵と出くわしたら。例えば、訪れた町が戦乱の場所となってしまったら。 身を守るだけの魔力はあるとはいえ、身重の体だ。危険に巻き込まれるわけにはいかない。 エリアーリアは隊商から離れると、再び旅を進めるために歩み始めた。◇ だから彼女は知らなかった。足早に立ち去ったために、その後の会話を聞きそびれてしまった。「反乱軍は、死んだはずの王子様が率いているんだろ?」「ああ、第二王子のアレク殿下だ。ガーランド王の圧政に立ち向かうため、蜂起したそうだよ」 他でもないアレクが、戦乱の中心にいることに。 アレクの決起の理由の一つが、エリアーリア自身にあることに……。◇ 戦争の影響から逃れるため、エリアーリアは以前にも増して人の気配のない場所を選んで進むようになった。 ある時、荒れ地を進んでいると、秋の冷たい嵐に巻き込まれた。 遮るもののない荒野で、激しい風雨が容赦なく彼女の体を打ちつける。体力は限界に達していた。(この子を、無事に産んで
last updateLast Updated : 2025-10-11
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