プロジェクトは佳境を迎えていた。この日、キックオフ以来の大きな節目となる、K-Tech社とクロフト博士も参加するリモート戦略会議が開かれた。 ガラス張りの会議室の空気は、期待と緊張で張り詰めている。その中心で、リーダーとしてモニターの前に立つ美桜の姿があった。彼女は堂々とした態度で、先日来の課題であったAIの学習モデルに関する最終提案を、自らの言葉で澱みなく説明していく。「――以上が、フェーズ2におけるAIの自律学習モデルの最適化案です」 説明を終えた瞬間、モニターの向こうから、腕を組んだクロフト博士の鋭い声が飛んだ。「高梨リーダー。君の理論は美しいが、机上の空論だ。そのモデルでは、市場の突発的な『ノイズ』――例えばSNSでの炎上による瞬間的な需要変動――に対応しきれず、大規模な誤発注を引き起こす危険性がある。そのリスクをどうヘッジするのか?」 このプロジェクトの根幹を揺るがす、極めて専門的かつ意地悪な質問。チームのメンバーたちが息を呑む。 しかし美桜は動じなかった。「ご指摘、ありがとうございます。博士のおっしゃる『ノイズ』への対策ですが、お手元の資料34ページをご覧ください。通常の学習モデルとは別に、SNSのトレンドワードをリアルタイムで解析する『センチメント分析エンジン』を並行稼働させます。これにより、AIは論理的な需要予測と、人々の感情的な消費行動という、二つの異なる軸で判断を下します。いわば、AIに『直感』を持たせる試みです」 美桜の凛とした声が会議室に響き渡ると、完全な沈黙が落ちた。モニターの向こうのクロフト博士は、眉間に深く刻まれたしわもそのままに、じっと美桜を見つめている。彼の探るような視線に誰もが固唾を呑んだ。 不意に、博士の厳格な表情がふっと緩んだ。そして滅多に見せることのない、心の底から楽しそうな笑い声を短く漏らした。「はっ……面白い。実に面白い。高梨リーダー、君はAIに『詩』を教えるつもりか。論理とデータの集合体であるAIに、市場という名の『感情』を読ませようという発想。クレイジーだが、最高に刺激的だ。このプロジェクト、君がリーダーで正解だったようだ」
Last Updated : 2025-11-13 Read more