All Chapters of ワンナイトから始まる隠れ御曹司のひたむきな求愛: Chapter 121 - Chapter 130

154 Chapters

121

「違います!」 美桜は思わず叫んだ。「それは、罠です! 私は……はめられたんです!」 だが役員は表情一つ変えない。 ドアが開いて、翔と玲奈が入ってきた。二人は証人として、美桜から少し離れたパイプ椅子に座る。 玲奈は俯き、時折ハンカチで目元を押さえている。翔は心底心配だという表情で口を開いた。「我々も、このようなことは報告したくありませんでした。しかし、偶然、高梨がPCの前で不審な動きをしているのを見てしまいまして……。このプロジェクトは会社の最重要案件です。一人のメンバーとして、また営業部の課長として、見過ごすわけにはいかないと判断しました」「翔さんを止めたんです、私! でも、翔さんは『高梨さんを信じたいけど、確認しないと』って……本当に、ごめんなさい、先輩……」 玲奈が嗚咽混じりに言うと、役員の目が一層厳しくなった。「高梨君。目撃者の証言もある。物的証拠も、ログという客観的なデータも揃っている。これでも、罠だと主張するのか?」「……お待ちください」 美桜は一度固く目を閉じた。込み上げる怒りと絶望を喉の奥に押し込む。ここで感情的になれば、相手の思う壺だ。「これは罠です。そして、論理的に考えてください。私がこのプロジェクトの最重要機密を、このような稚拙な方法で盗み出すことに、一体何のメリットがあるというのですか」 彼女の声は低く、震えを必死に抑えていた。 しかしコンプライアンス担当役員は、表情一つ変えずに首を横に振る。「動機については、これから調査する。我々が問題にしているのは、君が『実行した』という、ログと物証によって裏付けられた事実だ」「だから、それは彼らが仕組んだ罠だと……!」 美桜の必死の訴えは、もはや役員たちの耳には届いていなかった。彼らにとってそれは、動かぬ証拠を前にした、見苦しい言い訳としか映らない。状況証拠は、彼女を「犯人」と
last updateLast Updated : 2025-11-18
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 これまで自分の居場所の証だったプラスチックのカードが、今はただの無価値なものに見える。業務用スマートフォンと共に、それを机の上に置くと、コトリと乾いた音が会議室に響いた。(私と会社を繋いでいたものが、一つずつ取り上げられていく……)「こちらへ」 担当者に促されて、美桜は自分のハンドバッグだけを手に席を立つ。 会議室の扉が開くと、オフィスの喧騒が一瞬だけ耳に届き、すぐに静まり返った。キーボードを叩く音も話し声も、全てが止まる。フロア中の視線が、犯罪者のようにセキュリティ担当者に付き添われて歩く彼女に、突き刺さっていた。 同情、侮蔑、そして下世話な好奇心。彼らの視線は、既にこの話が知れ渡っていると示している。(いくら何でも早すぎる。翔と河合さんが手を回した?) 親しかったはずの同僚は、気まずそうに目を逸らす。すれ違った後輩は、憐れむような目をしていた。その全てが、無数の針となって美桜の心を刺す。(陽斗君がいなくて、よかった……。こんな惨めな姿、彼にだけは見られたくなかった) 美桜は唇を固く引き結び、背筋だけは必死に伸ばした。うつむけば負けを認めることになる。 ガラス張りのプロジェクトルームの向こう、自分のデスクが見える。ついさっきまで、そこで未来を描いていたはずなのに、もう二度と戻れない場所になった。 エレベーターホールへと続く長い廊下の先、ガラス張りの壁の向こうにある営業部のエリアに、翔と玲奈の姿が見えた。彼らはこの光景を見物するために、わざとそこに立っているようだった。 玲奈は、翔のデスクに気怠そうに腰掛けて、勝ち誇った笑みを隠そうともせずに浮かべている。美桜が通り過ぎるのを待っていたように、彼女は自分の爪を眺めてふっと息を吹きかけた。その仕草の一つひとつが、「あなたの負けよ」と告げている。 その隣で翔は椅子に深く座り、電話で話しているふりをしていた。彼の視線は一瞬だけ美桜を捉えたが、すぐに興味を失くしたように逸らされる。まるで彼女が存在しないように、手元の資料へと戻された。 無関心と無視を
last updateLast Updated : 2025-11-18
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 エレベーターに乗り込み、扉が閉まるまでの数秒間。 扉の隙間から、美桜は自分が作り上げてきた世界の光景を目に焼き付けた。 ガラス張りのプロジェクトルーム。自分が選んだ椅子と机。同僚や後輩たちと議論を交わしたホワイトボード。その全てが、もう二度と手の届かない、遠い世界の風景になっていく。(ああ、私の場所は、もうどこにもないんだ) 全ての世界から切り離すように、エレベーターの扉は閉じた。 一階に降り立って自動ドアを抜けると、西日が長く伸びた影をアスファルトに落としていた。オフィスの空調が効いた空気とは違う、生ぬるい風が頬を撫でる。 美桜は築き上げてきたキャリア、信頼、未来の全てが一瞬にして奪われたことを、長い影の先に見ているようだった。(三年間、いえ、この会社に入ってからずっと、必死で積み上げてきたものが……全部、なくなった。私の努力も、リーダーとしての責任も、信じていた未来も、たった数時間で……) 雨も降っていないのに、あの夜のように全身が冷え切っていく。翔に捨てられ、陽斗に救われたあの雨の夜。一人で泣いていた自分に、今の姿が重なる。 あの時は陽斗がいてくれた。でも今はもう誰もいない。 美桜は再び深い絶望の底へと、突き落とされた。 ◇  自宅待機を命じられた美桜は、一人暮らしを始めたばかりの部屋で、ソファの前に力なく座り込んでいた。 電気をつける気力もなく、部屋の中は薄暗い。陽斗と一緒に選んだ淡いブルーのカーテン。その隙間から差し込む街の灯りが、空っぽのダイニングテーブルにぼんやりとした光の筋を落としている。(陽斗君と一緒に選んだ、新しい生活のはずだったのに……。全部、意味がなくなってしまった) 希望の象徴だったはずの新しい家具も、今はただの物言わぬオブジェにしか見えない。美桜は自分の膝を抱えて、光が作るその頼りない模様を見つめていた。 涙も出なかった。頭の中は分厚い霧に覆われたように真っ白で、何
last updateLast Updated : 2025-11-19
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124:反撃の騎士たち

(陽斗君……蒼也君……。ごめんなさい) 心配してくれているのだろう。だが今の美桜には、その優しさを受け止めることができなかった。(今は、誰とも話したくない。こんな惨めな姿、知られたくない) 美桜は、世界と自分との間に分厚い膜があるような錯覚に囚われた。スマートフォンの振動も画面の光も、窓の外を流れる車のヘッドライトも。全てが自分とは関係のない、どこか別の場所の出来事に思える。 やがて続いていた着信も完全に途絶えた。 部屋には静寂が残された。◇ その頃、オフィスでは陽斗が別の会議から戻ってきた。フロアに足を踏み入れた瞬間、彼は異様な空気に気づく。いつもなら終業間際の活気があるはずなのに、今はひそひそとした囁き声と、緊張した沈黙が漂っている。 何人かの同僚が陽斗に気づく。同情するような、何かを恐れるような目を向けてはすぐに逸らした。(なんだ……? 何かあったのか?) 胸騒ぎを覚えながら、陽斗は美桜のデスクに目を向けた。 誰もいない。それどころか、何もない。 いつも彼女が使っているノートパソコンも、資料の山も。陽斗がプレゼントしたマグカップさえも、全てが綺麗に片付けられている。最初から誰もそこにいなかったように。「……先輩は? もう帰られましたか?」 一番近くの席の同僚に声をかけると、彼女はびくりと肩を震わる。気まずそうに目を伏せた。「一条君……その……高梨さんは……」「何かあったんですか」 陽斗の声には、自分でも気づかないうちに険しい響きが混じる。同僚は声を潜めて、やっと説明した。「情報漏洩の、疑いで……。さっきコンプライアンス部の人たちが、連れて行ったの。自宅待機だそうよ」 情報漏洩。自宅待機。 その単語が、陽斗の頭の中で意味を結ぶのに
last updateLast Updated : 2025-11-19
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 陽斗は固く握りしめた拳をポケットに押し込むと、コンプライアンス部のエリアへと向かった。迷いのない足取りだった。「失礼します」 声をかける。一番手前のデスクに座っていた年配の男性社員が、眼鏡越しにいぶかしげに見上げた。先ほどの会議室にいた、担当役員だった。「責任者の方にお話を伺いたい。先ほどの、営業企画部・高梨美桜の件です」 陽斗は、声に怒りがにじむのを必死で抑えた。しかし役員の反応は冷たいものだった。「お引き取りください、一条君。本件は現在、社内規定に基づき厳格な調査の対象となっている。君のようなプロジェクトの一メンバーが、関与できる問題ではない」「彼女は無実です。これは佐伯課長たちが仕組んだ……!」「憶測で物を言うのはやめなさい」 役員は陽斗の言葉を、ぴしゃりとさえぎった。「これ以上我々の業務を妨害するようなら、君自身も服務規程違反で懲戒の対象となる。……聞こえなかったかね? お引き取りくださいと、言っている」 その目は、陽斗を真実を訴える社員ではなく、ただの面倒な障害物として見ていた。(……ダメだ。この人たちには、何を言っても無駄だ) 陽斗は悟った。正論も真実も、ここでは意味をなさない。会社の「ルール」と「体面」が、彼らにとっての絶対の正義なのだ。そのルールの中では、美桜はすでに「罪人」として扱われている。 正攻法では、決して彼女を救えない。 陽斗は固く唇を結ぶと、それ以上何も言わず踵を返した。◇ 時を同じくして。蒼也は自社のオフィスで、大きなガラス窓の向こうに広がる都心の夜景を見下ろしていた。磨き上げられたデスクの上には、今日の会議の成功を示すデータが整然と表示されている。 彼はプライベート用のスマートフォンを手に取って、美桜に短いメッセージを送った。『今日の君は素晴らしかった。改めて、お疲れ様』 労いの言葉と、少しだけ個人的な気持ちを込めて。しかし数分経って
last updateLast Updated : 2025-11-20
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 数分後、返ってきたのは、感情の欠片もない自動返信のような一文だった。『ご連絡ありがとうございます。高梨美桜は、セキュリティインシデントにより、現在、自宅待機中です』 セキュリティインシデント。自宅待機。 セキュリティインシデントとは、マルウェア感染、不正アクセス、情報漏洩など、情報セキュリティ上の脅威となる事象全般を指す。 無機質な単語が、蒼也の頭の中で冷たい意味を結んだ。(……罠か) 彼は即座にこれが罠だと結論付けた。美桜がこのような裏切り行為に及ぶはずがない。あの会議で屈辱を味わった翔たちの、卑劣な報復だ。 問題は口実だ。リーダーである美桜を即日、自宅待機に追い込むほどの「セキュリティインシデント」。考えられる中で最も効果的で、悪質な手口は一つしかない。(……我々の技術情報か) プロジェクトの根幹であるクロフト博士の特許情報。それを漏洩したという濡れ衣を着せること。それが、彼女のキャリアを完全に絶つための、最も確実な一撃になる。そしてそれは美桜への攻撃であると同時に、蒼也自身と彼の会社への侮辱でもあった。 蒼也の表情からすっと感情が消える。彼はデスクの内線電話のボタンを、強い力で押し込んだ。「チーフ、至急僕の部屋に来てくれ」 静かな調子の中に、強い怒りを含んだ声だった。「――緊急事態だ」◇ オフィスを飛び出した陽斗は、当てもなく夜の街を歩いていた。頭の中では、同僚から聞いた「情報漏洩」「自宅待機」という言葉と、空っぽになった美桜のデスクの光景が、繰り返されている。冷たい夜風が吹いたが、火照った頭を冷やすには全く足りなかった。 やがて彼は、街灯が一つだけ灯る人気のない公園にたどり着く。古びたベンチにどさりと腰を下ろした。スマートフォンを取り出して、美桜の番号を呼び出す。(先輩、お願いだから、出てくれ……) コール音が虚しく響くだけだった。一度切り、もう一度かける。それでも彼女が出
last updateLast Updated : 2025-11-20
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(一度この力に頼って、俺は失敗した。クロフト博士の件で、一条家の力が万能ではないと思い知らされた。もう頼らないと、自分の力で先輩を守ると、あの時誓ったのに……) 脳裏に、美桜の前で無力さを晒した自分の姿が蘇る。再びあの屈辱を味わうのか。 だが、陽斗はスマートフォンの暗い画面に映る自分の顔をにらみつけた。(でも、これはあの時とは違う。俺のプライドや、親父との約束を守っている場合じゃない。先輩が……嵌められて、一人で苦しんでいるんだ。プライドなんて、どうでもいい。俺が守らなくて、誰が先輩を守るんだ) 迷いは消えた。 陽斗は内ポケットから、黒一色のスマートフォンを取り出す。その表情から、いつもの人懐っこさは完全に消え失せていた。 画面に表示されている連絡先は、たった一件。 陽斗は覚悟を決めて、その名前をタップした。「……若様。いかがなさいましたか」 年老いた男性の丁重な声が、電話の向こうから聞こえる。 陽斗は、これまでとは別人のような冷たく鋭い声で命じた。「伊藤さん、緊急事態だ。三ツ星商事で、高梨美桜という社員が嵌められた。主犯は佐伯翔営業部課長と派遣社員の河合玲奈。この二人の身辺調査と、金の流れを徹底的に洗え。手口から見て、技術的な協力者がいるはずだ。二人の交友関係を洗い出し、特にIT関連の不審な人物がいないか特定しろ。日の出までに報告を。一条家の全てのリソースを使え」◇ 美桜の部屋に何度もインターホンの音がなる。 美桜は床に抱えていた膝に顔を埋めたまま、動かなかった。(やめて。誰にも会いたくない) しかし、呼び出し音は鳴り止まない。彼女がそこにいることを知っているかのように。容赦のない響きに根負けし、美桜は重い体をやっと起こした。冷たいフローリングが、裸足の裏にじわりと冷たさを伝える。美桜はふらふらと玄関に向かった。 ドアスコープを覗くと、魚眼レンズで歪んだ陽斗の顔が見えた。いつもの明るい笑顔はない。眉を寄せて、
last updateLast Updated : 2025-11-21
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 ドアを開けると、ひやりとした夜気が流れ込んでくる。そこに立っていた陽斗は、息を切らし、額に汗をにじませていた。 ここまで走ってきたようだ。手には彼女を気遣うように、コンビニの袋が握られている。「……先輩」 陽斗の声は複雑な感情が入り交じっている。やっと美桜に会えた安堵と、彼女があまりに憔悴しているのと。 美桜は何も言えずにうつむいた。(今の私は、きっとひどい顔をしている。陽斗君に見られたくなかった) 陽斗はそれ以上、何も聞かない。「お邪魔します」とだけ言って、部屋に入ってきた。 彼は美桜を追い越し、キッチンへと向かう。袋の中からミネラルウォーターと、温かいお茶のペットボトルを取り出した。それから小さなゼリー飲料もいくつか、テーブルの上に置いた。 しばらくすると、電気ケトルでお湯を沸かす音が響き始めた。 美桜は、彼の背中をただぼんやりと眺めていた。 彼は何も聞かない。「何があったんですか」とも、「大丈夫ですか」とも言わない。自分の家のように、慣れた手つきで戸棚からマグカップを取り出し、ティーバッグを入れてお湯を注いでいる。 やがて、湯気の立つマグカップを両手で持った陽斗が戻ってきた。彼はそれを、座り込む美桜の冷え切った両手に握らせた。マグカップの温かさが、じんわりと指先に伝わってくる。 ミルクティーの柔らかな湯気が唇に当たる。それでようやく、美桜は口を開くことができた。「……ごめん、なさい」 やっとのことで、美桜はそれだけを絞り出した。「何で先輩が謝るんですか」 陽斗は美桜の隣に、少しだけ距離を空けて腰を下ろした。彼は美桜を問い詰めたりはしない。ただ同じ方向を、何も映っていないテレビの画面を一緒に見つめている。 (陽斗君が、ここにいる) 言葉はいらない。 彼の存在が、美桜の心に温かいものを与えてくれる。凍りついた心が少しだけ溶けていくようだった。 やがて陽斗は腕時計に目を落とすと、音を立てな
last updateLast Updated : 2025-11-21
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 陽斗は振り返る。  廊下の薄暗がりの中で、彼の表情ははっきりと見えない。だが美桜に向けられた二つの瞳が、これまで見たこともないほど強く鋭い光を宿しているのが分かった。それはもう美桜の知る「人懐っこい後輩」の目ではなかった。 彼の声のトーンが低く硬質なものに変わる。「先輩、信じてください」 力強い響き。美桜は、息を呑んで彼の次の言葉を待った。「俺が、絶対にあなたを助けます。……どんな手を使っても」 その言葉だけを残し、彼は今度こそドアを開けて部屋を出ていった。扉が閉まる音が、静かな部屋に小さく響く。  一人残された美桜は、彼の最後の言葉と声の響きを、何度も頭の中で繰り返していた。 絶対にあなたを助けます。どんな手を使っても。(陽斗君……?) そこにいたのは、本当に自分の知っている彼だったのだろうか。「どんな手を使っても」という言葉の裏にある、底知れない覚悟。  美桜は戸惑いながらも、希望の光を感じていた。 ◇  翌朝、まだ夜の色が濃く残る早朝。  陽斗は誰よりも早くオフィスに出社した。静まり返ったフロアに、彼の革靴の音だけが硬く響く。  自分のデスクにたどり着いた彼は、その上に置かれた一つの物体に目を留めた。 何の変哲もないA4サイズの茶封筒。だがその分厚さが、一晩のうちに行われた調査の密度を物語っていた。彼が命じた「報告書」だ。 陽斗は自分のカバンを置くと、その封筒を手に取った。ずしりとした重み。彼はデスクの引き出しからペーパーナイフを取り出すと、封筒の口に、スッときれいな切れ込みを入れて開封した。 中から現れたのは、分厚い書類の束だった。  一枚目をめくると、翔と玲奈の顔写真、経歴、さらには銀行口座の入出金記録が、詳細なタイムラインと共に整理されている。次にページをめくると、玲奈と頻繁に連絡を取り合っている、前科持ちのITエンジニアのプロフィールが現れた。(……佐伯翔、河合玲奈。そして、アングラのエンジニア。……これで、役者は揃った) 陽斗は
last updateLast Updated : 2025-11-22
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130:断罪

 美桜が自宅待機となってから、三日が過ぎた。 今日、会社の調査委員会が開かれる。美桜は会社に呼び出されていた。「高梨主任。こちらです」 総務部の女性社員に案内され、小さな待機室の椅子に座る。 部屋には窓がなく、壁も机も椅子も全てが無機質なグレーで統一されていた。付き添いの社員は美桜から少し離れた場所に立って、何も話さない。時折、業務連絡のメールをスマートフォンで確認しているだけだ。 美桜は背筋を伸ばし、膝の上で固く手を握っていた。 不安で心臓が早鐘を打っている。けれどここで負けるわけにはいかない。(私は無実だ。仕組まれた罠だと、冷静に、順序立てて説明するんだ。陽斗君は励ましてくれた。彼が何をするつもりか分からないけど……私だって、負けるわけにはいかない。みじめな思いは、もうたくさんよ) 美桜は何度も、頭の中でこれから話すべきことを繰り返していた。それが今の彼女が唯一できる、自分を保つための戦いだった。◇ 一方、調査委員会が開かれる特別会議室の前では、翔と玲奈が壁に寄りかかって立っていた。 このフロアは役員専用で、普段は社員が立ち入ることはない。カーペットが敷かれた廊下は静まり返り、二人のひそひそとした会話だけが響いていた。「あの部屋で、今頃みじめに泣いてるのかしら」 玲奈は完璧に仕上げた自分のネイルを眺めながら、面白くてたまらないというように口元を歪めた。「自業自得だ。大人しく俺のサポートだけしてれば、こんなことにはならなかったんだよ」 翔は腕を組み、満足げに鼻で笑う。相手を見下して優越感に浸っている表情だ。 彼らにとって、美桜の処遇はもう決定事項だった。 彼らが勝利の余韻に浸っていた時のこと。 廊下の奥から、革靴の音が規則正しく響いてきた。焦るでもなくためらうでもない、落ち着いた足音。 二人が視線を向けると、その先には陽斗が立っていた。 陽斗の表情から、いつもの人懐っこさは完全に消え失せている。浮かぶのは、冷え切った
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