All Chapters of ワンナイトから始まる隠れ御曹司のひたむきな求愛: Chapter 131 - Chapter 140

154 Chapters

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「参考人として、ではなく、被疑者として」 被疑者。その言葉が持つ意味に、翔の顔から優越の笑みが消えた。玲奈の瞳がわずかに見開かれる。一瞬だけ、二人の間に動揺が走った。 しかしすぐに翔は虚勢を張って胸をそらす。玲奈は馬鹿にするように鼻で笑った。「何を言っているんだ、一条。お前こそ部外者だろう」「そうよ。私たちには、関係ないことだわ。ヒギシャ? は高梨先輩で決定じゃない」 二人の声は必要以上に大きく廊下に響いた。◇ 調査委員会が開かれる特別会議室は、重厚な長テーブルが中央に鎮座していた。壁には歴代社長の肖像画が飾られて、部屋全体が近寄りがたい空気を放っている。 やがてコンプライアンス担当役員を筆頭に、数名の役員たちが無言で入室してくる。それぞれの席に着いた。 続いて翔と玲奈が証人席に、陽斗がその向かい側の席に案内される。誰もが固い表情で、部屋には書類をめくる音だけが響いていた。 定刻になると、委員長を務める役員が咳払いを一つした。「これより、営業企画部・高梨美桜主任に関する調査委員会を開始する」 その声が、開会を告げた。「本来であれば、本件は当事者と関係部署の者のみで進められる。しかし今回は一条君から、本件の潔白を証明する重要な情報提供があったため、特別に参加を許可した。――一条君、発言を許可する」 委員長の言葉を受けて、陽斗は立ち上がった。手元に置いた分厚い茶封筒から書類の束を取り出すと、落ち着いた態度で口を開いた。「お時間をいただき、ありがとうございます。まずはこちらの資料をご覧ください」 彼の声は部屋の隅々まで、はっきりと響いた。 陽斗は手元の書類を一枚めくり、役員たちに見えるようにテーブルの中央に置いた。「先日、高梨主任のPCから外部デバイスへのコピーが記録されたとされる時刻、その直後に、佐伯課長の個人口座から50万円の出金が確認されています」 ざわ、と役員たちの間に動揺が走る。翔は顔を青くして、立ち上がった。「なっ&hellip
last updateLast Updated : 2025-11-23
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 陽斗が次に出した資料には、一人の男の顔写真と経歴が記載されていた。「振込先の名義は、こちらのハシモト・シュウジという男です。彼はフリーのITエンジニアですが、過去に不正アクセス禁止法違反で逮捕歴があります。そして彼は――河合さんの元交際相手でもあります」「知らないわ! そんな男!」 玲奈が金切り声を上げた。「私とは何の関係もない! 言いがかりよ!」 翔と玲奈は必死に否定を繰り返す。役員たちは顔を見合わせて、眉をひそめた。「一条君、確かに不審ではある。しかし、それだけでは彼らが共謀したという直接的な証拠にはならん。単なる偶然という可能性も捨てきれない」 委員長が重々しく口を開く。金の流れと思わぬ人間関係。疑惑は深まったが、決定打に欠ける。会議は重たい膠着(こうちゃく)状態に陥った。 その様子を見て、陽斗は落ち着いた声で言った。「委員長、おっしゃる通りです。これだけでは、まだ足りないでしょう」 彼は役員たちを見渡すと、会議室の壁に設置された大型モニターへと視線を移した。「ですが、この状況を覆す、決定的な証拠を提出してくださる方が、もう一人います」 陽斗はそれまで黒いままだったモニターに向かって、呼びかけた。「――如月社長、お願いします」 一瞬の沈黙。役員たちが、何事かと陽斗とモニターを交互に見る。 すると、それまで消灯していたモニターの画面が起動した。クリアな映像に切り替わると、そこには自社のオフィスに座る蒼也の姿が映し出されている。彼は、カメラの向こうにいる全員を見通すような、冷静な口調で口を開いた。「キサラギ・イノベーションズの如月です。我々のパートナーである高梨さんの潔白を証明するため、証拠を提出します」 蒼也が手元の端末を操作すると、モニターの画面が切り替わった。そこに表示されたのは、無数の文字列が並んだ三ツ星商事のサーバーログである。「まず、こちらをご覧ください。これは、事件当夜、高梨さんのアカウントから外部デバイスへのコピーが行われたとされる時刻の、貴社のネットワークトラ
last updateLast Updated : 2025-11-23
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「ご覧の通り、この時刻、高梨さんのPCから外部への正規のデータ送信は一切行われていません。代わりに外部のIPアドレスから、貴社のサーバーへ不正なアクセスがあった痕跡が確認されました」 役員の一人が「外部からのアクセスだと?」と眉をひそめる。 蒼也は頷いて、さらに画面を切り替えた。「このIPアドレスの持ち主は、先ほど一条君が名前を挙げた、ハシモト・シュウジ氏のものです。そしてこちらが、彼のPCから復元した、河合さんとのチャット記録です」 モニターに、チャットアプリのスクリーンショットが大きく表示される。 そこには、玲奈が「高梨のPCのログを偽装してほしい」「報酬は支払う」と、ハシモトに明確に指示する生々しいやり取りが、タイムスタンプ付きで表示されていた。 決定的な証拠だった。 玲奈は「あ……」と声にならない悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちそうになる。翔もまた、顔面蒼白で言葉を失っていた。 会議室の空気は、完全に逆転した。 役員たちの間に、抑えた怒りの声がさざ波のように広がる。「なんと……悪質な」「これは、コンプライアンス上のトラブルではないぞ。明確な犯罪行為だ」 これまで翔と玲奈に向けられていた中立的な視線は、今や軽蔑と断罪の色を帯びていた。「――静粛に」 委員長が重々しい声で場を制した。彼は翔と玲奈を厳しい目で見据えると、一度大きく息をついた。「これ以上の弁明は不要だろう。……委員会は、一度休憩とする。休憩後、当事者である高梨美桜主任本人から、最終的な事情聴取を行う」 二人の罪がほぼ確定したことを、会議室にいる全員が知った。 ◇ 委員長が休憩を宣言すると、役員たちは重たい足取りで隣の控室へと移動した。部屋の中央には、伊藤弁護士が静かに立っている。大型モニターには、まだリモートで接続している蒼也の姿が映し出されていた。「伊藤さん、それに如月社長…&h
last updateLast Updated : 2025-11-24
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 伊藤は手元のタブレットを操作した。蒼也が提示した証拠と、陽斗が集めた金の流れの相関図を並べて表示する。「如月社長の技術鑑定書と、金の流れ。この二つが、彼らの共謀を証明しております。もし会社がこの事実を看過し、高梨さん一人に責任を押し付けるようなことがあれば、一条家としても看過はできません」 その言葉に、役員たちの顔色が変わる。三ツ星商事において、「一条家」という単語が持つ、絶対の重み。 伊藤は、畳み掛けるように続けた。「既に、佐伯翔を脅迫未遂及び不正アクセス教唆の容疑で拘束する準備も整っております。証拠隠滅を防ぐため、警備担当者も廊下で待機させております。速やかに警察に引き渡す予定です」 それはもはや提案ではない。決定事項の通達だ。 委員長はゴクリと喉を鳴らすと、力なく頷いた。「……承知いたしました。休憩後、高梨主任から最終的な事情聴取を行い、その後、佐伯課長と河合さんの身柄は、伊藤さんにお預けするということで」「ご理解いただき、感謝いたします」 伊藤は深々と頭を下げた。その横で陽斗は何も言わない。 役員たちは、自分たちがこれまでただの新人社員としか見ていなかった青年が、この巨大企業の真の権力者であったという事実を、ようやく理解し始めていた。◇ 委員会が一旦休憩に入る。翔と玲奈は監視役の男性社員と共に、重たい空気の廊下へ出された。玲奈は壁に寄りかかり、不安げに爪を噛んでいる。翔は床の一点を見つめていた。 と、その時。廊下の奥の扉が開き、別の社員に付き添われた美桜が姿を現した。これから行われる事情聴取のため、委員会室に向かって歩いてくる。彼女の表情は固いが、足取りに迷いはなかった。「あいつ……!」 美桜の姿を認めた瞬間、翔の顔色が変わった。 追い詰められた獣のような目で、監視役の制止を振り払う。美桜の行く手を阻むように立ちはだかった。「佐伯課長、何をするんですか!」 監視役の社員が慌てて駆け寄る。だが翔はそれを無視
last updateLast Updated : 2025-11-24
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 翔のスマートフォンの画面に映し出されていたのは、かつて二人が恋人だった頃に撮られた、美桜のプライベートな写真だった。 半裸で眠る彼女のしどけない姿。下着だけで振り返るところ。極めつけは、いつの間に撮ったのか美桜にも覚えのない、行為中と思われる悩ましげな表情。数枚の写真が流れて消える。(なに、あれ……!) 美桜は思わず絶句した。全身の血が急速に冷えていくのを感じる。 美桜が絶望に顔をこわばらせたのを見て、翔は勝利を確信した。彼の口元が歪んでいく。「そういうことだ。後は『私がやりました』と言えよ!」 その瞬間だった。 すぐ隣の会議室の扉が開いた。中から出てきたのは、陽斗だった。 彼は廊下の異常な空気を一瞥すると、ためらうことなく美桜の元へ歩み寄る。震える彼女の肩を強く抱き寄せて、自分の背後へと隠した。翔の前に守るように立ちはだかる。 翔はスマートフォンを引っ込めようとしたが、遅かった。 陽斗はちらりとその画面に目を走らせる。彼の両目に燃え上がるような怒りの炎が灯って、すぐにかき消された。「一条?」 翔が驚きの声を上げるのと、廊下の奥から複数の足音が響いてくるのは、ほぼ同時だった。 現れたのは、先ほど会議室にいた役員たちと、その先頭に立つ一人の老紳士――陽斗が「伊藤さん」と呼んでいた、あの弁護士だった。 役員たちは廊下で対峙する三人の姿を見て、困惑した表情で足を止める。 その中で、伊藤弁護士だけがまっすぐに陽斗の元へと進み出た。そして彼の隣に立つと、そこにいる全員の前で陽斗に向かって深く頭を下げた。「若様。ご命令通り、全ての手配は整いました」 伊藤弁護士のその一言で、廊下の空気が固まった。 役員たちは、深く頭を下げる老紳士と、その礼を受ける若い部下という理解不能な光景を前に、ただ呆然と立ち尽くしている。 翔と玲奈もまた、何が起きているのか分からず、混乱した表情を浮かべていた。 陽斗は美桜の肩を抱き寄せる。彼女にだけ聞こえる声で「もう大丈夫です、先輩」
last updateLast Updated : 2025-11-25
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 陽斗の声は決して大きくなかったが、その場にいる全員の耳にしっかりと届いた。「佐伯翔。お前が今、美桜さんに行った行為は脅迫罪にあたる。ご丁寧に、その証拠まで見せてくれて助かったよ」 陽斗は、翔がまだ握りしめているスマートフォンに、冷たい視線を送る。「そのスマートフォンは、お前が犯した罪の証拠として押収する。そしてお前は、脅迫、及びこれまでの不正アクセス教教唆の容疑で、この場で拘束する」 陽斗が言い終わると同時に、伊藤弁護士の後ろに控えていたスーツ姿の警備担当者二名が、素早く翔の両脇へと歩み寄った。「な、何をするんだ! 離せ!」 翔が暴れて抵抗しようとするが、屈強な警備員二人がその両腕を掴み、あっさりと動きを封じた。「何!? なんなのよぉ!」 玲奈は悲鳴を上げて取り乱すばかりで、何も意味のあることを言おうとしない。 陽斗は呆然とする役員たちに向かって、はっきりと告げた。 彼は笑みさえ浮かべていたが、それは普段の人懐っこいものとはほど遠い。この場を支配する威圧感に満ちた笑みだった。「皆さん、はじめまして。一条陽斗です。創業家の一条の出身で、現社長の息子に当たります。――この茶番は、もう終わりにしましょう」 陽斗の一言で、廊下の時間は完全に止まった。 彼の言葉の意味を理解しようとして、役員たちの視線が陽斗と老紳士・伊藤の間を何度も往復する。「創業家の一条」「現社長の息子」。 その言葉が持つ意味の大きさに気づいた一人が、「あ……」と呆然とした声を漏らした。 翔は、両腕を警備担当者に拘束されたまま、全ての力が抜けたようにその場に立ち尽くしていた。彼の顔から血の気は失せている。「一条が創業家の……? そんな、嘘だ……」 と、弱々しい声で繰り返すだけだった。その隣では、玲奈がとうとう床にへたり込んだ。 美桜は、自分を力強く優しく支えてくれている陽斗の腕の中で、彼の横顔を見上げていた。(一条&helli
last updateLast Updated : 2025-11-25
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137:罪の結果

 陽斗はもう翔のことなど見ていなかった。彼の視線は、翔の両脇を固める警備担当者へと移される。小さく頷いてみせる。それが合図だった。「連れて行け」 警備担当者が翔の腕を引いて、エレベーターホールの方へと向かわせようとする。その瞬間、翔は最後の抵抗を試みた。「離せ! 俺は営業部のエースだぞ! 俺を誰だと思ってる!」 翔は必死に体をひねり、足をばたつかせる。仕立ての良いスーツは乱れて、みじめを通り越して滑稽な姿だった。 しかし屈強な警備担当者二人の前では、その抵抗も虚しいだけだ。彼らは一言も発さず、ただ業務として翔の体をエレベーターホールへと引きずっていく。 廊下には翔の情けない叫び声と、高価な革靴が床を擦る音だけが響いていた。エレベーターが到着して、中に押し込まれる。扉が閉まる直前まで翔の罵声が聞こえていたが、それも完全に途絶えた。 床にへたり込んだままの玲奈の前に、総務部の女性社員が立った。「河合さん、立ってください」 玲奈は差し出された手を振り払い、近くにいた役員に這い寄ろうとした。「違うんです! 私は、翔さんに騙されていただけなんです。あの人に命令されて、逆らえなくて……。私は悪くないんです!」 髪を振り乱し涙と鼻水で顔を汚しながら、玲奈は金切り声を上げた。見苦しい姿に、役員たちは眉をひそめて後ずさる。 伊藤弁護士が一歩前に出た。「河合玲奈さん」 低い声で名前を呼ばれると、玲奈の叫び声がぴたりと止まる。「あなたの言い分は、これから警察の聴取で、詳しく聞かせていただきましょう」「けい、さつ……?」 その単語を聞いた瞬間、玲奈は呆然と動きを止めた。彼女はもう何も言わず、社員に腕を引かれて立ち上がらされる。 そのままふらふらとした足取りで、翔と同じようにエレベーターホールの方へと連行されていった。 翔と玲奈が連行され、廊下には静けさが戻った。 残された役員たちはどうしていいか分からず、互いに顔を見合わせている。
last updateLast Updated : 2025-11-26
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 震える声での謝罪を、陽斗は片手を軽く上げて制した。委員長ははっとしたように言葉を止める。「謝罪は結構です」 陽斗の声は低い。「ですが今回の件で、この会社のコンプライアンス体制が、正常に機能していないことは分かりました」 陽斗は、青ざめたままの役員たちの顔を見渡した。「父には僕から全て報告します。皆さんも役員として、ご自身の進退についてお考えいただきたい」 それは辞任勧告に等しい言葉だった。 役員たちは誰一人として、何も言い返すことができないでいる。 伊藤弁護士が報告した。「若様。河合玲奈の元交際相手であるエンジニア、ハシモト・シュウジの身柄も、先ほど警察が自宅で確保したとのことです」「そうか。ご苦労」 短い返事は、この一件が全て片付いたことを示していた。◇「役員の皆様。後ほどご連絡しますので、この場は解散としてください」 役員たちが、伊藤弁護士の言葉を受けて足早に去っていく。長い廊下には陽斗と美桜、伊藤の三人だけが残された。 さっきまでの全ての出来事が嘘だったように、廊下は静まり返っている。 陽斗は、それまでの冷たい表情をふと解いた。美桜に向けられたその顔は、彼女がよく知るいつもの優しい後輩の顔に戻っていた。 彼はまだ呆然としている美桜の肩に、そっと触れる。「先輩、もう大丈夫です。行きましょう」 温かい響き。美桜が知っている陽斗の声だ。 陽斗は美桜の腕を支える。伊藤が先導し、三人は役員専用のエレベーターへと向かった。 美桜は陽斗に支えられながら、やっとの思いで歩いていった。◇ 役員専用のエレベーターは、音もなく最上階へと到着した。 陽斗に支えられながら美桜が足を踏み入れたのは、広々としたラウンジだった。床には厚い絨毯が敷かれ、全ての音を吸い込んでいる。大きな窓の外は、もう夕暮れが広がっている。都心の町並みが茜色に染まっていた。 ラウンジの
last updateLast Updated : 2025-11-26
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「先輩」 美桜が顔を上げる。陽斗はもう一方の手で、彼女の指先を包み込むようにして、温かいカップを握らせた。 上質な陶器の滑らかな感触と、じんわりと伝わる熱。それらが美桜の冷えた指先に、少しだけ血の気を取り戻させた。 美桜はようやく口を開いた。「陽斗君。あなた、一体……誰なの?」 陽斗は少し困ったように眉を下げて、力なく笑った。「ごめんなさい、先輩。ずっと黙っていて」 彼は一度言葉を切って、意を決したように美桜の目をまっすぐに見つめた。「父は、この三ツ星商事の社長をしています。俺は後継ぎとして、現場を学ぶために身分を隠して入社しました。三年の約束でした。……いわゆる修行です」「三年」 語られる事実に、美桜の思考が追い付かない。 陽斗は続ける。「本当は家の力なんて一切使わずに、自分の力だけでやり遂げるつもりでした。先輩にも……俺自身の力で認めてほしくて。家の名前が、先輩との関係の邪魔になるのが、嫌だったんです」 彼の声には、切実な響きが込められていた。「でも、ダメでした。先輩が佐伯に苦しめられているのを見て、クロフト博士の件で先輩が困っているのを見て……そして、今回も。俺は、自分の決意を何度も破って、家の力に頼ってしまった。自分の力だけじゃ、先輩を守りきれなかった。……本当に、情けないです。ごめんなさい、先輩」 そう言って、彼は深く頭を下げた。 目の前にいるのは、巨大企業の御曹司でも冷徹な支配者でもない。ただ不器用なまでに美桜を想い、守るために葛藤し続けてくれた一人の青年だった。「……ありがとう、陽斗君」 だから美桜は言う。彼女の言葉に、陽斗の表情が和らいだ。それまで張り付いていた緊張が解けて、いつもの明るい笑顔が戻ってくる。 美桜は、自分の手の中にあるカップに視線を落とした。 陽斗の正体を知った衝撃
last updateLast Updated : 2025-11-27
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140:未来の選択

 調査委員会が行われた日から三日が過ぎた。 その日の午前中、三ツ星商事の全社員に人事部長名で一通のメールが届いた。 件名は「先日のセキュリティインシデントに関する調査結果のご報告」。 本文には、先日発生した情報漏洩疑惑についての社内調査が完了したこと。その結果、営業企画部・高梨美桜主任の嫌疑は完全に晴れたことが、明確な言葉で記されていた。 続けて、本件の主犯であった佐伯翔課長、および派遣社員の河合玲奈については、即日で懲戒解雇処分としたこと。また、現在は警察で取り調べを受けている旨が記されている。 最後に、高梨主任、並びに関係者の皆に多大なる心配をかけたとして、会社からの公式な謝罪の言葉で締めくくられていた。 美桜はそのメールのコピーを、自宅のPC画面で読んでいた。 会社からは、プロジェクトリーダーの任を解かないこと、心身を休めるための十分な特別休暇を取るようにと、通達があった。 ようやく悪夢のような日々が終わったのだ。 美桜は現実を確かめるように、何度も会社からのメールを読み返した。 そうして会社の公式メールが送信されてから、しばらく後のこと。 それまで沈黙していた美桜のスマートフォンが、手のひらの上で短く震えた。メッセージアプリの通知だ。 プロジェクトチームの若手の一人からだった。『高梨主任、メール見ました! やっぱり、主任は無実だったんですね。信じてました!』 そのメッセージを読んでいる間にも、スマートフォンの振動は止まらない。『高梨さん、本当に良かった!』『心配していました。ゆっくり休んでくださいね』『リーダーが戻ってくるのを、チームみんなで待ってます!』 チームの仲間たちからの温かいメッセージが画面に表示されていく。そのどれもが彼女の無実を心から喜び、彼女の体を気遣う言葉だった。 美桜はそれらのメッセージに、丁寧に「ありがとう」と返信を打った。 画面の向こうにある仲間たちの顔を思い浮かべる。 失われたと思っていた信頼と、自分の居場所。それがまだ
last updateLast Updated : 2025-11-27
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