All Chapters of ワンナイトから始まる隠れ御曹司のひたむきな求愛: Chapter 141 - Chapter 150

154 Chapters

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 一つは陽斗。自分のために、全てを投げ打ってくれた人。彼が本当は誰なのか、まだ現実として受け止めきれていない。彼にどう向き合えばいいのか、分からない。 もう一つは蒼也。彼もまた美桜を信じて、救い出してくれた。「僕の隣で」という、あの言葉がまだ耳に残っている。(二人にはちゃんとお返事をしないと。私自身の言葉で) 美桜はスマートフォンを手に取り、連絡先を開いた。そこには『一条陽斗』と『如月蒼也』の名前が、すぐ近くに並んでいる。どちらにかけるべきか、指が画面の上をためらいがちにさまよってしまう。 まさにその時のこと。 画面が切り替わり、着信を告げる。表示された名前は、『如月蒼也』。 美桜の迷いを見透かしたようなタイミングだった。 美桜は一度深く息を吸い、心を決めて、緑色の通話ボタンをスライドさせた。「美桜さん、体調はどうかな」 電話の向こうから聞こえてきたのは、いつもと変わらない声だった。冷静だが優しさと思いやりに満ちた声。 その声を聞くと、美桜は胸が切なくなるのを感じた。(いけない。しっかりとお礼を言わなければ) 美桜はまず、感謝の気持ちを伝える。「蒼也君、本当にありがとう。あなたがいなければ、私は……」 美桜の言葉を、蒼也は穏やかにさえぎった。「礼を言うのは僕の方だよ。君のおかげで、会社の危機管理について見直す良い機会になった」 彼は全てを察したように、優しい声で続ける。「……電話の用件は、それだけだ。僕の誘いの返事は、もう聞かなくても分かっているから」「え?」「一条君と一緒にいる時の君の顔を見ていれば、誰だって分かるさ。僕の出る幕はなかったようだね」 彼の言葉には嫉妬や悔しさではなく、親しい友人のような温かさがあった。美桜は蒼也の優しさに胸を打たれる。 蒼也は最後に、こう告げた。「僕からのオファーは、いつでも有効だ。恋人としてではなく、僕が最も信頼するビジネスパートナーとして
last updateLast Updated : 2025-11-28
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 ふと。 ピンポーン。 静かな部屋にインターホンの音が響いた。美桜はびくりと肩を震わせる。(こんな時間に誰かしら) 壁のモニターに近づく。映し出された姿に、美桜の心臓が大きく跳ねた。 陽斗だった。 モニターの中の彼は、カメラをまっすぐに見つめている。その表情は硬く、どこか緊張しているように見えた。 美桜はどうしていいか分からず、数秒間その場で立ち尽くしてしまった。 もう一度鳴らされたインターホンの音に促されて、ようやく玄関へと向かう。ドアを開けると、陽斗は少しだけ気まずそうに視線を泳がせた。「夜分にすみません」 その手には、以前のようなコンビニのビニール袋はない。 代わりに握られていたのは、都内で有名なパティスリーのロゴが入った、上品で美しい箱である。 小さいが決定的な変化。 コンビニ袋ではなく、有名店の高級なケーキ。 その違いが、目の前にいる彼がもう美桜の知る「後輩」ではないことを知らせている。 美桜は複雑な気持ちになりながらも、口を開いた。「構わないわ。入って」「はい」 陽斗を部屋に入れ、美桜はソファに浅く腰掛けた。少しの距離を取り、陽斗も隣に座る。 部屋に沈黙が落ちた。 これまで二人の間に沈黙が気まずいことなど、一度もなかった。けれど今は、ひどく空気が重い。 美桜は、陽斗の顔をまともに見ることができなかった。視線はテーブルの上に置かれた有名パティスリーの箱に吸い寄せられる。(陽斗君、なんて呼べばいいの?) これまで当たり前のように口にしていた呼び名が、急によそよそしく、不釣り合いなものに感じられる。(若様、なんて) 冗談めかした言葉が喉まで出かかって、美桜は慌てて口を閉ざした。なんて馬鹿なことを考えたのだろう。そんな言い方をすれば、ますます距離を作るだけだろうに。 一方で、美桜の戸惑いを陽斗は痛いほど感じ取っていた。 彼はテーブルの上に置いたままだったケーキの箱を一
last updateLast Updated : 2025-11-28
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 ただの後輩の一条陽斗。 その言葉が、美桜の心の中にあった見えない壁に小さなひびを入れた。 目の前にいるのは、三ツ星商事の御曹司ではない。 ただ美桜のことを想い、不器用なまでに必死になってくれている一人の青年だ。 彼女が知っている、陽斗そのものだった。 その事実に気づいた瞬間、美桜を縛っていた重たい空気が軽くなるのを感じた。(そうよ。陽斗君の生まれがどうだって、彼が彼であることに代わりはない) 美桜はようやく、自然な笑みを浮かべることができた。 今度は彼女から、陽斗の目を見つめ返す。「陽斗君」 名前を呼ぶと、彼の肩がわずかに揺れた。「ありがとう。全部、助けてくれて」 大切な言葉はいつだって、心の底から湧き上がってくる。「……私、陽斗君のことが、好きです」 それは、彼女自身の心からの言葉だった。 美桜の告白に、陽斗の動きが完全に止まる。 彼は大きく目を見開いて、初めて聞く外国語の意味を必死で理解しようとするように、美桜の顔をじっと見つめている。部屋には再び沈黙が落ちた。 陽斗の驚きに満ちた表情が、信じられないという戸惑いを経て、純粋な喜びへと変わっていく。口元がこらえきれないように緩む。目元には感極まったような熱が浮かんだ。 長い間探し続けていた宝物を、ようやく見つけた子供のような顔だった。 陽斗はためらいがちに一歩、美桜へと近づいた。彼女の体を腕の中に抱き寄せて、抱きしめる。「……俺もです」 陽斗は美桜の耳元でささやいた。その声は喜びで震えている。「俺もずっと前から、先輩が好きでした。世界で一番、愛してます」 彼の腕の力が、少しだけ強まる。美桜は陽斗の胸に顔を寄せた。 とくとくとお互いの心臓の鼓動が聞こえてくる。(温かい。こんなにも安心できる……) 美桜が顔を上げれば、見つめている陽斗と目が合った。視線が
last updateLast Updated : 2025-11-29
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144:陽だまり

 調査委員会で全てが解決してから、さらに数日が過ぎた。 今日の美桜の部屋のキッチンには、陽斗が立っていた。会社帰りに買ってきた新鮮な食材が、テーブルの上に並べられている。小気味の良い包丁の音が響き、フライパンからはガーリックとオリーブオイルの香ばしい香りが立ち上っていた。 美桜はソファから広い背中を眺める。(このたくましい腕も、優しい声も、今は全部、私のものなんだ) 幸せが胸を満たした。美桜はそっと立ち上がると、料理に集中している彼の背中に、腕を回してぎゅっと抱きついた。「わっ、先輩、危ないですよ」 陽斗が驚いたように、でも嬉しそうに笑う。「だって、陽斗君の作ってくれるパスタ、すごくいい匂いがするから。待ちきれなくて」 美桜が彼の背中に頬をすり寄せると、陽斗は火を止めた。美桜の方へ振り返る。「じゃあ、味見しますか?」 彼は木のスプーンでパスタソースを少しすくうと、ふうふうと息を吹きかけて冷ましてくれる。「はい、あーん」「……もう、子供じゃないんだから」 美桜は恥ずかしくなって顔を赤らめたが、素直に口を開けた。ぱくりとスプーンを口に含めば、濃厚なトマトの酸味とハーブの香りが広がる。「ん、美味しい!」「よかった」 陽斗が嬉しそうに笑った、その瞬間。美桜は彼の首に腕を回し、少しだけ背伸びをして唇にキスをした。 陽斗はスプーンを持ったまま、固まってしまう。「……先輩、不意打ちはずるいです」「ふふっ。美味しくしてくれた、お礼」 三ツ星商事の御曹司が、自分のためにエプロンをつけて料理をしている。その光景には、まだ少しだけ慣れない。 けれどこうしてじゃれ合ったり、他愛のないことで笑い合ったりする時間は、美桜にとってこれまでの人生で味わったことのない、甘くて幸せな時間だった。 二人の間には、恋人だけの特別な空気が流れていた。◇ 陽斗
last updateLast Updated : 2025-11-29
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(本当に、夢みたい) 数週間前には、想像もできなかった光景だ。 三ツ星商事の御曹司が、美桜の部屋で、美桜のために料理をして、コーヒーまで淹れてくれている。 その事実は、まだ少しだけ現実感が薄い。 けれどこうして隣に座って、同じ時間を共有している。温かな存在感は間違いのないもの。「先輩」 陽斗がそれまでの和やかな雰囲気を変えて、真剣な声で切り出した。「どうしたの? 急に改まって」 美桜が小首を傾げる。陽斗は少しだけ言い淀んだ後、意を決したように口を開いた。「今度の週末、会ってほしい人がいます」「会ってほしい人? ラグビー部の仲間とか?」 美桜が軽く尋ねると、陽斗は静かに首を横に振った。「俺の両親です」「えっ……」 美桜のコーヒーカップが、カチャンとソーサーの上で小さな音を立てた。「ご、ご両親!? む、無理よ、そんな、心の準備が……」 陽斗の両親は、つまり三ツ星商事の社長夫妻。美桜にとっては雲の上の人たちだ。 慌てる美桜を見て、陽斗は少しだけ困ったように笑った。「すみません、急に。でも、父がどうしてもって言うんです。今回のプロジェクトを成功に導いたリーダーに、一度会って正式に礼がしたいって」 それは会社のトップとしての、オフィシャルな理由だった。さらに真剣さを増して、陽斗は続ける。「……それに、息子の恋人にも、会って挨拶がしたい、と」「ううっ……」 公私両面の要請。美桜に断るという選択肢は存在しない。「分かりました……」 高すぎるハードルにプレッシャーを覚えながら、美桜は覚悟を決めた。◇ 翌朝になっても、美桜はまだ混乱の中にいた。 クローゼットを開けて、自分が持っている数少ないワンピースを眺めてみる
last updateLast Updated : 2025-11-30
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「あはは、先輩、心配しすぎです」「だって……!」「服装のことですけど、俺の両親は、先輩がどんな服を着ているかなんて、本当に気にしませんよ。普段通りの、綺麗な先輩で来てくれれば、それが一番嬉しいです」 落ち着いた声に、美桜の気持ちが少しだけほぐれる。「でも先輩が、そうやって色々考えて、不安になる気持ちも分かります。だったら、一緒に選びに行きませんか?」「え? でも、もう明日よ」「先輩が自信を持って俺の隣に立ってくれるのが、俺は一番嬉しいですから。ね? 今日、これから行きましょう」 陽斗の提案は、拒否することなど考えられないほど、優しさに満ちていた。◇ 陽斗に連れられてやってきたのは、都心にある老舗デパートの特別顧客向けのフロアだった。 床には厚い絨毯が敷かれて、歩く音さえも吸い込んでしまう。柔らかな間接照明が、美術館の展示品のように並べられた洋服を照らし出している。美桜が普段買い物をするフロアの、賑やかで雑然とした雰囲気とは全く違っていた。「……陽斗君、私、なんだかすごく場違いな気がする」 美桜は、ショーウィンドウに飾られた値札を見て、思わず小さな声を上げた。書かれた数字は、自分の月給よりも多い。 店員たちは洗練された物腰で、しかし客を値踏みするような鋭い視線を隠していない。美桜はハイブランドのドレスの前で、身がすくむ思いだった。 陽斗は美桜の手を、そっと握った。「大丈夫です。俺がついてますから」 彼の大きな手は、温かかった。 陽斗は有名ブランドの店には目もくれず、美桜を一つの小さなブティックへと連れて行った。そこは派手さはないが、上質で仕立ての良い服だけを扱う、知る人ぞ知る店だった。「ここのデザイナーさん、俺の母の友人で。きっと、先輩に似合う服が見つかるはずです」 陽斗は店員に頷いてみせる。「彼女に似合う、上品なワンピースを」 その後は美桜の隣に立ち、彼女の意見を
last updateLast Updated : 2025-11-30
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「……これ、素敵ね」「試着してみますか?」 店員が声をかけてくる。「ええ、お願いします」 試着室から出てきた美桜の姿に、陽斗は息を呑んだ。 派手さはない。しかしその服は美桜の持つ本来の品の良さと芯の強さを、静かに引き立てていた。「すごく綺麗です。先輩」 陽斗のその一言で、美桜の心の中にあった最後の不安が消えていく。(大丈夫。一人じゃない。彼が、一緒にいてくれる) 鏡に映る自分の姿は、もう怯えているだけの女性ではない。 美桜は改めて小さな覚悟を決めた。◇ 週末、二人は陽斗の実家である、都心とは思えないほど静かで広大な日本家屋を訪れた。 通されたのは、美しい庭園が見える和室。美桜は緊張で歩く足が震えそうになる。必死でこらえた。 部屋の上座には、陽斗の父・一条正宗が座っている。鋭い眼光と隙のない佇まいは、会社のトップとしての威厳に満ちている。美桜は気圧されないよう、ぐっとお腹に力を入れる。 正宗は美桜を値踏みするように見つめながら、まず仕事の話から切り出した。「今回のプロジェクト、君の働きは見事だったと聞いている。だが、あのセンチメント分析エンジンには、まだ改善の余地がある。君自身の言葉で、今後の課題と展望を聞かせてほしい」 それは息子の恋人としてではなく、ビジネスパーソンとしての能力を試す厳しい質問だった。 美桜の背筋が伸びる。「はい。その件に関しましては……」 そうして彼女は、自分がリーダーとして考えてきたプロジェクトの未来像を、誠実かつ自分の言葉で語った。甘えや言い訳は一切ない、一人のプロフェッショナルとしての意見だった。 しばらく黙って聞いていた正宗の厳しい表情が、ふと緩んだ。彼は隣に座る陽斗に目を向ける。「……陽斗。お前は、良い人を見つけたな」 そして美桜に向き直り、穏やかな声で言った。「高梨
last updateLast Updated : 2025-12-01
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148:思い出の場所

 調査委員会で全てが解決し、美桜が一条夫妻に挨拶を済ませてから、数週間が過ぎた。 翔と玲奈の末路は社内の噂となり、それも日常の喧騒の中に消えて、完全に過去の話となっていた。 プロジェクトルームは以前とは比べ物にならないほど、明るく活気に満ちていた。その中心にいるのはリーダーである美桜だ。「この部分の進捗、素晴らしいわ。ありがとう」 後輩の報告に、彼女は屈託のない笑顔で頷く。迷いのない指示と的確な判断、仲間を信頼する姿勢。彼女のリーダーシップの下、プロジェクトは順調に進んでいた。 陽斗との関係は、社内では公然の秘密となっていた。「一条君、リーダーがお呼びですよー」 チームの誰かが、にやにやしながら声をかける。陽斗が「はい、ただいま」と美桜の元へ駆け寄ると、周囲からくすくすという笑い声が漏れた。 美桜は少しだけ頬を赤らめながらも、すぐにリーダーとしての顔に戻り、陽斗に指示を出す。会社では、あくまで頼れるリーダーとそれを支える優秀な後輩。二人はその関係をきちんと守っていた。 けれど、ひとたび会社を出て二人きりになると、空気は甘いものに変わる。 美桜の部屋でソファに隣り合って座り、二人で同じマグカップを使いながらコーヒーを飲む。仕事帰りにどちらからともなく手を繋いで、スーパーに寄って夕食の材料を買う。 会社では「高梨主任」「一条君」。 二人きりの時は「美桜さん」「陽斗君」。 仕事の充実感と、愛する人が隣にいる幸福感。 美桜は、これまでの人生で望むことすらできなかった、穏やかで満たされた日々を送っていた。 そんな日々の中、金曜日の夜、オフィスからの帰り道でのこと。陽斗が、少し改まった様子で美桜に告げた。「美桜さん。今度の週末、僕たちの思い出の場所に、一緒に行ってくれませんか」「思い出の場所?」 美桜は、彼が連れて行ってくれたレストランや、二人で家具を選んだ店などを思い浮かべる。「僕にとって、一番大切な場所です」 陽斗は行き先を明かさず、微笑んだ。◇
last updateLast Updated : 2025-12-01
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 陽斗はマンションの駐車場に車を停めると、エンジンを切った。静寂が車内を包む。彼は戸惑う美桜に向き直った。「僕にとって、この部屋は世界で一番大切な場所なんです」 陽斗の声は真剣だった。「ずっと隠していた美桜さんへの想いが、初めて形になった場所だから。……美桜さんにとっては、辛い記憶が残る場所かもしれない。分かっています。だからこそ、今日ここに来たかった」 彼はジャケットのポケットに手を入れて、鍵を取り出した。「その記憶を、人生で一番幸せな記憶に、俺が上書きしたくて」 差し出されたのは、あの日、彼が美桜に渡してくれた部屋の鍵。 陽斗はただひたすらに、美桜だけを見つめている。 美桜は彼の後について、階段を上る。心臓が一歩ごとに重くなっていくようだった。 見覚えのある部屋のドアの前で、陽斗が足を止める。鍵が差し込まれ、カチャリ、と小さな音が響いた。(大丈夫。これは、辛い記憶を上書きするための……) 美桜が自分に言い聞かせた時のこと。 開かれたドアの隙間から、温かい光と甘い花の香りが流れ出してきた。「え……?」 思わず小さな声が漏れる。 部屋の中は美桜の記憶にある簡素な一人暮らしの部屋とは、全く違う光景に変わっていた。 部屋の明かりは消されている。代わりに床や棚、テーブルの上に置かれた無数のキャンドルが、炎を優しく揺らめかせていた。その柔らかな光が、部屋中に飾られたたくさんの花々を照らし出していた。白いバラ、淡いピンクのトルコギキョウ。花々の甘い香りが部屋中に満ちている。 部屋の中央にあったローテーブルは、真っ白なテーブルクロスがかけられている。銀のカトラリーと美しいシャンパングラスが二つ、きちんとセッティングされていた。テーブルの上には有名レストランのロゴが入った銀色の食器カバーが、これから始まるディナーへの期待感を高めている。 まるで映画のワンシーンのような、しっかりと作り上げられたロマンチックな空間だった。美桜は
last updateLast Updated : 2025-12-02
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150

「新入社員の給与でまかなえる範囲で、選びました。なんだかんだ言って実家が金持ちだと、一般の人の感覚を失いがちですからね。少なくとも三年の修行の間は、給料だけで暮らそうと思っていたんです。そう思いながら車は実家のを持ち出したり、半端になっちゃいましたけど」 陽斗は眉尻を下げる。美桜は笑いかけた。「一人暮らし、できてるじゃない。お料理も上手だし、普通の人だってなかなかできないわ。十分よ」「美桜さんにそう言ってもらえると、嬉しいです」 陽斗は心から嬉しそうに笑った。 楽しくも雰囲気のある食事は、こうして進んでいく。 食事を終えて、陽斗が立ち上がった。「美桜さん。夜景を見ませんか」「ええ」 その誘いに、美桜はこくりと頷く。 二人は窓辺に並んで立った。ガラスに映る自分たちの姿が、遠い街の灯りと重なる。(あの夜は、窓の外を見る余裕なんてなかった。冷たい雨が降っていて、とても寒かったっけ。でも今は全然違う。あの時はただ怖くて、不安で……。今はこんなに温かくて、幸せ) 美桜がぼんやりと窓の外の風景を眺めていると、隣に立つ陽斗がそっと彼女の手を取った。「美桜さん」 彼の方を向くと、陽斗は真剣な目で美桜を見つめていた。 そして陽斗はゆっくりと、美桜の前に跪いた。「美桜さん。あの夜、俺は心に誓いました。必ず、あなたを幸せにすると。当時はただの後輩で、あなたを絶望から救うことしかできなかった。でも今は、あなたの隣で、一生あなたを支える家族になりたい」 ポケットから小さなベルベットの箱を取り出して、開く。中には、シンプルだが上品に輝くダイヤモンドの指輪が収められていた。「あなたの才能に、優しさに、そして強さに、俺はずっと前から恋をしていました。どうか、残りの人生を、僕と一緒に歩んでください。――美桜さん。俺と結婚してください」 真摯な瞳と心からの言葉。 美桜の目から、大粒の涙があふれ出す。あの夜流した絶望の涙ではない。人生で最高の幸福感に満たされた温かい涙だっ
last updateLast Updated : 2025-12-02
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