All Chapters of ワンナイトから始まる隠れ御曹司のひたむきな求愛: Chapter 21 - Chapter 30

98 Chapters

21:偽りの笑顔

 美桜のデスクの上は、都内の一流ホテルのパンフレットと、びっしりと数字が書き込まれた見積書の比較表で埋め尽くされていた。 翔に「雑務全般よろしく」と丸投げされてからしばらく。 彼女は昼休みを返上して、各ホテルの収容人数、コース料理の内容、駅からのアクセス、そして何よりも予算内に収まるかどうかを、文字通り血の滲むような思いで比較検討していた。(このAホテルなら、立食形式で予算も抑えられるし、料理の評判もいい。Bホテルは少し高めだけど、個室が使えるから役員が多い今回は喜ばれるかも……) 彼女が最適解を導き出すための思考に没頭していると、ふいに、甘い香水の香りが鼻をかすめた。顔を上げると、腕を組んだ翔と、その隣で楽しそうに微笑む玲奈がデスクを見下ろしている。「よう、進んでるか?」 翔の問いかけは、部下に進捗を確認する上司のそれだった。「ええ、大体候補は絞れたわ。これが比較表なんだけど……」 美桜が立ち上がり、最もバランスの取れたAホテルのプランを指差して説明しようとした時。「うーん、でも、なんか地味じゃない?」 玲奈が美桜の作った資料には一切目を通さずに、パンフレットの華やかな写真だけを眺めて言った。そして美桜が予算オーバーで候補から外していた、最も高価な外資系ホテルのページを指差す。「あ、こっちのホテルのほうが、翔さんのイメージに合ってて素敵! 最上階にパーティールームがあるんでしょ? 夜景、絶対綺麗ですよ!」 翔の顔がぱっと輝いた。「お、いいなそれ! 玲奈は本当にセンスいいな。よし、じゃあそれで」 彼は美桜が何時間もかけて作った比較表を一瞥だにせず、玲奈のその一言だけで全てを決定した。美桜の努力も予算上の提案も、そこには存在しないかのようだ。「でも、翔……そのホテルは、予算をかなりオーバーするわ。それに、予約も取りにくいって……」 美桜がかろうじて反論の声を上げると、翔は心底面倒くさそうに言った。
last updateLast Updated : 2025-09-26
Read more

22:偽りの笑顔2

「じゃあ美桜、それで予約しといてくれ。メンバーへの連絡もよろしくな」 翔はそう言い残すと、満足げな玲奈と「祝賀会で着るネクタイ、玲奈とおそろいのゴールドにしようかな」などと話しながら、楽しそうにその場を去っていった。 一人残された美桜のデスクの上には不要になった大量の資料と、たった今押し付けられた、最も困難な「仕事」だけが残されている。彼女は黙って椅子に座ると、誰にも聞こえないほどの小さなため息を一つだけついた。◇ 週末の夜、美桜と翔が同棲するマンションは、冷え切った空気が流れていた。 美桜は、二人の関係を修復する最後の望みをかけて、キッチンに立っていた。メニューは翔が昔、「世界で一番うまい」と言ってくれた煮込みハンバーグ。じっくりと煮詰めるデミグラスソースの香ばしい匂いが、部屋に満ちている。(昔みたいに、「美味しい」って笑ってくれるかな……) 美桜の心に、幸せだった頃の思い出が蘇る。『えっ、なにこれ。すげー美味い! こんなに美味いハンバーク、初めて食べた。世界で一番だ!』『ふふっ、大げさね。これで良ければ、またいつでも作るから』『ああ、頼むよ!』 あの頃の二人は笑顔に満ちていたと、美桜は懐かしく思い出した。 しかし帰宅した翔はテーブルに並んだご馳走に一瞥をくれただけで、ろくに返事もしない。リビングのソファに深く沈み込み、スマートフォンをいじり始めた。 食事が始まっても態度は変わらない。美桜が話しかけても、彼の視線は画面に注がれたままだ。 美桜は、最後の勇気を振り絞って言った。「ねえ、翔。前にプロジェクトが終わったら、将来のこと、ちゃんと考えようって言ってたよね。あれは……」 翔は初めて画面から顔を上げた。苛立ちの表情を浮かべている。「重いんだよ。こっちは昇進してこれからだって時に。それより最近、お前、俺のサポート手抜きじゃないか?」「そんなこと」「してるだろ。あの新人の一条と仲良くやっ
last updateLast Updated : 2025-09-26
Read more

23:運命の夜

 祝賀会当日。オフィスは朝からお祝いムードで浮き足立っていたが、美桜は気が重かった。「今夜は楽しみね!」「高梨さんも来るでしょ? 彼氏の昇進祝いだものね!」「会場のホテル、人気のところじゃない? よく予約取れたよね」 同僚たちの無邪気な声が、彼女の心を抉る。 美桜は心を殺して淡々と仕事をこなし、誰とも目を合わせようとしない。PCのスクリーンセーバーに設定された、幸せそうに笑う過去の自分と翔の写真が心に痛かった。 昼休み、美桜が騒がしさを避けて一人で資料室にいると、陽斗がやってきた。手には温かい缶コーヒーを二つ持っている。「先輩、ここにいたんですね」「……何か用?」 美桜は資料から顔を上げずに答えた。 陽斗は何も聞かず、コーヒーを一つ、美桜の隣にそっと置いた。「もし今夜行きたくないなら、行かなくていいと思います。俺が先輩の代わりに、一番でっかい花束でも贈っておきますから。赤いバラ百本とか、そういうド派手なやつを」 彼の言葉は、美桜の頑なだった心を貫いた。誰もが「行くのが当然」という空気の中、彼だけが彼女の「行きたくない」という本音を理解して、肯定してくれた。「でも、もし……もし先輩が行くと決めたなら。何があっても、俺は先輩の味方ですから。それだけは、忘れないでください」 陽斗の優しさは、孤独だった彼女の心を強く支えてくれた。 ◇  夜、自宅のクローゼットの前で、美桜は祝賀会の招待状を握りしめている。行きたくない。怖い。でもこのまま逃げたら、何も確かめられないまま、いつまでも惨めな気持ちを引きずり続けることになる。(それだけは、嫌) 美桜は、クローゼットの奥から一着のワンピースを取り出した。翔を振り向かせるための華やかなものではない。上品なボートネックが知的な印象を与える、凛とした強さを感じさせる、シンプルな黒のワンピースだった。 鏡に映る自分を見つめて、彼女は自
last updateLast Updated : 2025-09-27
Read more

24:運命の夜2

 翔の昇進祝賀会パーティーは、都心のホテルで行われた。 会場となる一室は華やかなパーティルームは、最上階の豪華なもの。シャンデリアの光がまばゆくきらめいている。 会場は、翔の昇進を祝う大勢の社員たちでごった返していた。あちこちでグラスを掲げる音が響き、「佐伯課長、おめでとうございます!」という祝福の声と、楽しげな笑い声が混じり合っている。 その輪の中心にいるのが、主役である翔だった。「佐伯くん、改めておめでとう! 期待しているぞ!」「ありがとうございます、部長! ご期待に応えられるよう、一層励みます!」 役員には完璧な優等生の顔で応えて、同期には「次は部長の席、狙っちゃうからな!」と豪語して笑いを取る。彼は得意満面の笑みで、祝福の言葉という名のスポットライトを一身に浴びていた。 彼の隣には、勝利の女神のように玲奈が寄り添っている。彼女が身にまとっているのは、この場にいる他のどの女性社員よりも肌の露出が多い、体にぴったりと張り付くようなゴールドのワンピースだった。 ラメ入りの派手な生地はシャンデリアの光を反射してギラギラと輝き、会社の祝賀会というよりは、夜のパーティードレスといった方が近い。 この場に不釣り合いな姿は、彼女の野心と自信を雄弁に物語っていた。そして玲奈の首には、あの日パウダールームで見せつけられたプラチナのネックレスが、これ見よがしに輝いている。 美桜は、招待客でごった返す会場の隅で、シャンパングラスを握りしめながら、その光景をただ見つめている。自分だけがこの世界の部外者であるかのような疎外感。これから起こるであろう結末を予感して、体が氷のように冷たくなっていく。 やがて会場の照明が少しだけ落ちた。司会を務める営業部の若手社員が、高揚した声でマイクを握った。「皆様、ご歓談中、誠に恐縮ですが、ここで本日の主役にご登場いただきましょう。皆様ご存知、我が社の若きエース、佐伯翔新課長です! 課長、一言お願いいたします!」 割れんばかりの拍手の中、翔はわざとらしく周囲に手を振った。大物俳優のような仕草でゆっくりとステージへと向かう。 彼は司会者の肩を軽く
last updateLast Updated : 2025-09-27
Read more

25:裏切りの祝杯

 スポットライトを浴びる翔の隣には、当然のように玲奈が寄り添っている。「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます! この日を迎えられたのも、ここにいる皆さん……そして、俺を公私ともに支えてくれる、大切なパートナーのおかげです。これからも二人で力を合わせ、会社に貢献していきたいと思っています!」「大切なパートナー」という言葉。 翔の視線は、一瞬たりとも美桜に向けられることない。ただ隣の玲奈にだけ、愛おしそうに注がれている。会場から割れんばかりの拍手が起こる中、美桜の周りだけ音が消えたかのように静かだった。 美桜が三年間かけて築き上げてきた全てが、音を立てて崩れていく瞬間だった。 スピーチが終わり、乾杯の音頭が響く中、誰も美桜に声をかけようとしない。彼女の存在は完全に無視されて、翔と玲奈は祝福の輪の中心で、幸せそうな未来の夫婦のように振る舞っている。 孤独に耐える美桜のバッグの中で、スマホが震えた。翔からのメッセージだった。『少し二人で話したい。テラスで待ってる』 これが最後の審判だ。 美桜は表情を消してグラスを置いた。呼び出されたテラスへと、一歩ずつ歩いていく。(どうか間違いであってほしい……) ありえないと分かっていても、最後の希望にすがりたくなる。 そうして彼女は、とうとうテラスへと足を踏み入れた。◇ ホテルのテラスは、会場の喧騒が嘘のように静まり返っていた。ひやりとした夜風が、パーティで火照った美桜の頬を撫でる。 照明が落とされたテラスの眼下には、無数の光がまたたく宝石のような夜景が広がっていた。 翔は手すりに寄りかかって、その夜景を見下ろしている。美桜の心臓は恐怖と、未だ捨てきれない希望とで、早鐘を打っていた。(何かの間違いであってほしい。彼がちゃんと説明してくれれば、きっとまだやり直すチャンスはある……) 震えそうになる足で、一歩ずつ翔に近づいた。美桜の足音に気づいて、翔
last updateLast Updated : 2025-09-28
Read more

26:裏切りの祝杯2

「翔。さっきのスピーチ、どういうことなの? 大切なパートナーって……」 美桜の問いかけに、翔は表情一つ変えず冷たい声で言った。「美桜、別れてくれ」 何の感情も伴わない、無機質な響きだった。 どこかで予期していたことなのに、彼の口から言葉を聞くと、美桜は頭が真っ白になってしまった。「ど……どうして?」 やっとのことでそれだけを問うと、翔は玲奈の腰を抱き寄せた。 派手すぎるゴールドのワンピースの布地に包まれた腹に、そっと手を当てる。「彼女、妊娠したんだ。責任を取る」 玲奈は勝ち誇ったような、美桜を見下すような、底意地の悪さがにじむ笑みを浮かべている。(そんな……) 美桜は言葉を失った。 翔の心が離れているのは知っていた。玲奈と急接近しているのも。(妊娠。いつからそんな関係だったの?) 妊娠が確信できる時期ということは、少なくとも二ヶ月程度前には――あるいはもっと前から、翔は美桜を裏切っていたことになる。 その間も翔は美桜に仕事を投げ続けていたのに。今日の祝賀会も、面倒な作業は全て美桜に押し付けていたのに。 美桜は仕事面でもプライベートでも、翔に尽くし続けてきた。 関係が冷えていくのは感じていたけれど、こんなに早い段階から裏切られていたとは知らなかった。 食事を作って翔の帰りを待っていたあの時も、急に飲み会が入ったと言われたあの時も。疑わしいことは、今思えばいくらでもある。 翔は義務を果たすかのように、最後の言葉を口にした。「お前が俺を支えてくれたことには感謝してるよ。本当に、助かった」「感謝」「助かった」。 その言葉が、美桜の心を打ち砕いた。 恋人ではなかった。対等なパートナーではなかったのだ。彼の成功のために尽くす、便利な「道具」。それが、彼にとっての高梨美桜の価値だった。 三年間という時間が、愛情が、献身が、たった一言で無価値なもの
last updateLast Updated : 2025-09-28
Read more

27:夜の雨

 ホテルを飛び出した美桜の目に、無数の光が飛び込んできた。レストランのネオン、車のヘッドライト、ショーウィンドウの華やかな照明。世界はこんなにも明るいのに、彼女の心だけが、色を失った暗闇に沈んでいる。 溢れ出した涙で町の明かりはぐにゃりと歪み、ただの色の洪水となって彼女を打ちのめす。当てもなく彷徨う足は、ひどく覚束ない。 ぽつり、と頬に冷たい感触があった。 それが自分の涙なのか降り始めた雨の雫なのか、もう分からなかった。 雨は次第にその勢いを増して、冷たい針のように彼女の肌を刺した。最後のプライドを込めて纏った黒いワンピースは、もう美桜を守ってくれない。冷たい雨を吸い込んで、重苦しくまとわりついてくるだけ。(嘘……嘘よ……) 三年間の献身、信じていた未来、そのすべてが嘘だった。裏切られていた。底なしの絶望感が、美桜の全身を支配する。 バッグの中では、同僚たちからの「どこ行ったの?」「盛り上がってるよ!」といった無邪気なメッセージが、スマホを震わせ続けている。その通知の一つ一つが彼女の心を抉る。 美桜は雨宿りをしようともせず、小さな公園のベンチに座り込んだ。 夜の公園は誰もいなくて、車が水たまりを駆け抜ける音だけが響いている。降りしきる雨が彼女の涙を隠してくれた。それだけが救いに感じられた。 鳴り止まないスマホの通知に耐えきれなくなった彼女は、感情のままにスマホを取り出すと、地面に叩きつけて壊してしまおうと、高く振りかぶった。 けれど腕が振り下ろされる直前、大きな黒い傘がふわりと彼女を雨から守った。 美桜が驚いて顔を上げると、そこに立っていたのは、息を切らしてスーツの肩を雨でぐっしょりと濡らした陽斗だった。「先輩」「一条、君……?」 陽斗は会場の隅から、ずっと美桜の様子を気にかけていた。翔の酷薄なスピーチも、玲奈が勝ち誇ったように隣に立つ姿も。 美桜が表情をなくしてテラスへ向かう姿も、陽斗は全てを見ていたのだ。「どうして&helli
last updateLast Updated : 2025-09-29
Read more

28:一夜の過ち

 陽斗に連れてこられたのは、隠れ家のような静かなオーセンティックバーだった。重厚な木のカウンターと、バックバーに並ぶ無数のボトル。ジャズの低い音色が、雨音を遠ざけていく。「ご注文は?」「ウィスキー。銘柄は何でもいいから、とびっきり強いやつを」 美桜は自暴自棄にウイスキーを注文して、立て続けにあおった。琥珀色の液体が喉を焼く。痛みを麻痺させたくて飲んでいるのに、逆に思考は、皮肉なことにクリアになっていった。「三年間。全部、無駄だった……。私、ただの便利な道具だったんだって……」「…………」「私なりに尽くしたつもりだった。何がいけなかったんだろう……?」 美桜はウィスキーをぐっと飲んだ。「一人になっちゃった。私、一人になっちゃったよ……」 陽斗は隣で何も聞かず、止めもせず、ただ静かにウイスキーをロックで傾けている。彼女のように煽るのではなく、氷が溶けるのを待つように、時折グラスに口をつけるだけだった。その無言の寄り添いが、今の美桜には何よりもありがたかった。 やがて美桜の意識はアルコールに溶けて、朦朧としてくる。その様子を見て、陽斗は「帰りましょう」と促し、会計を済ませて彼女を支えながら店を出た。 タクシーに乗り込むと、陽斗はスマートフォンを取り出して画面を操作し始めた。「先輩、今夜はホテルを取りましょう。あのマンションへ帰すわけにはいかない」 だが彼の眉間に、徐々に険しいしわが刻まれていく。画面には、どこの予約サイトを開いても「満室」の赤い文字が並んでいた。折しも、観光シーズンと大規模な学会が重なっていたのだ。当日に取れる部屋はもうなかった。(くそっ、どうする……電話を一本入れれば、系列のホテルのスイートくらい取れるが) 陽斗の脳裏に、一瞬だけその選択肢が浮かぶ。だが、彼はすぐに首を横に振った。(いや、ダメだ。そんなこ
last updateLast Updated : 2025-09-30
Read more

29:一夜の過ち2

 陽斗の部屋は、豪華なタワーマンションの最上階――ではない。 間取りは1DK。新入社員が住むには少しだけ上質だが、清潔で整頓された、彼の真面目な人柄を映すような空間である。彼は美桜をソファに座らせると、ミネラルウォーターを差し出した。そして少しだけ離れた場所から、静かに告げた。「先輩、ここは俺の部屋です。今夜はここに泊まってください。俺は実家に戻るんで、安心して。シャワーや他のもの、自由に使っていいですから」「陽斗君の、部屋」「ええ、すみません。ホテルがどこも満室で、取れなくて。……明日、迎えに来ますね。今日はゆっくり眠ってください」 そう言って、陽斗は玄関のドアへと向かう。彼の目的は、あくまで美桜に安全な休息場所を提供することだけだった。(あ……!) 去っていこうとする陽斗の背中を見て、アルコールに侵された美桜の感情は恐怖を覚えた。『美桜、別れてくれ』 ついさっき、ホテルのテラスで聞いた翔の声が蘇る。 翔は去っていった。美桜を捨てて、新しい女を腕に抱いて。(私、私は……!) 今までは陽斗が隣にいてくれた。冷たい雨から助け出して、温かい居場所をくれた。 ウィスキーをしこたまに飲んで、辛い現実から目を背けていられた。 でも、一人になったら。一人で部屋に取り残されたら。 寂しさと絶望が波のように襲ってきて、酔いに侵された美桜の心を飲み込んだ。 陽斗がドアノブに手をかけた、その時。「ま、待って……!」 美桜は、泣きながら声を上げる。ソファから立ち上がろうとして、足元がふらついた。「先輩、危ない!」 陽斗は慌てて部屋に戻り、彼女を支えた。 その彼の腕に取りすがるようにして、美桜は泣きじゃくる。「一人にしないで、陽斗君。私はもう、一人になりたくないの……!」 悲痛な叫びと、腕に伝わる温もり。
last updateLast Updated : 2025-09-30
Read more

30:罪悪感の朝

 カーテンの隙間から差し込む朝日で、美桜は目を覚ました。 まず、見慣れない白い天井が目に入る。次に嗅ぎ慣れない清潔なシーツの匂いを感じる。 すぐ隣からは、穏やかな寝息が聞こえていた。(……ここは?) ズキズキと痛む頭を押さえながら、ゆっくりと上半身を起こす。 身につけていたのは着慣れたパジャマではなく、ぶかぶかのスウェットだった。翔のものではない、見たことのないもの。――嗅いだことのない匂い。 その瞬間、美桜の脳裏に昨夜の記憶が断片的に蘇った。 夜の雨の冷たさと、ウィスキーの味。そして彼の腕の温もりと唇の柔らかい感触。 裏切られた絶望を優しく埋めてもらったこと――。 美桜はおそるおそる、隣を見た。穏やかな寝息を立てて眠っているのは、陽斗だった。 その無防備な寝顔を見た瞬間、全ての記憶が繋がって美桜は全身から血の気が引くのを感じた。(嘘でしょ、なんてこと! いくら酔っていたとはいえ、後輩の……年下の男の子と寝るなんて。私は最低だ! 彼の優しさにつけこんで、酷いことをしてしまった) 激しい自己嫌悪と罪悪感が津波のように彼女を襲う。一刻も早くこの部屋から、この現実から逃げ出したかった。 音を立てないように気をつけて、そうっとベッドから抜け出す。陽斗の腕が腹の上に乗せられていて、どけるのに苦労した。 ソファの上に、きちんと畳まれている自分のワンピースを見つける。やっと着替え終わった時。「先輩?」 背後でベッドが軋む音がした。振り返ると陽斗が上半身を起こして、彼女を見つめていた。「……ごめんなさい」 彼の目をまともに見られず、美桜はうつむいたまま細い声を絞り出す。「私、酔っていて。昨日のことは、全部私の責任だわ」「俺は、酔っていませんでした」 陽斗は彼女の言葉を遮るように、はっきりと言った。彼の瞳は後悔の色など少しもなく、ただまっすぐに美桜を捉えている。「俺は本気で
last updateLast Updated : 2025-10-01
Read more
PREV
123456
...
10
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status