美桜のデスクの上は、都内の一流ホテルのパンフレットと、びっしりと数字が書き込まれた見積書の比較表で埋め尽くされていた。 翔に「雑務全般よろしく」と丸投げされてからしばらく。 彼女は昼休みを返上して、各ホテルの収容人数、コース料理の内容、駅からのアクセス、そして何よりも予算内に収まるかどうかを、文字通り血の滲むような思いで比較検討していた。(このAホテルなら、立食形式で予算も抑えられるし、料理の評判もいい。Bホテルは少し高めだけど、個室が使えるから役員が多い今回は喜ばれるかも……) 彼女が最適解を導き出すための思考に没頭していると、ふいに、甘い香水の香りが鼻をかすめた。顔を上げると、腕を組んだ翔と、その隣で楽しそうに微笑む玲奈がデスクを見下ろしている。「よう、進んでるか?」 翔の問いかけは、部下に進捗を確認する上司のそれだった。「ええ、大体候補は絞れたわ。これが比較表なんだけど……」 美桜が立ち上がり、最もバランスの取れたAホテルのプランを指差して説明しようとした時。「うーん、でも、なんか地味じゃない?」 玲奈が美桜の作った資料には一切目を通さずに、パンフレットの華やかな写真だけを眺めて言った。そして美桜が予算オーバーで候補から外していた、最も高価な外資系ホテルのページを指差す。「あ、こっちのホテルのほうが、翔さんのイメージに合ってて素敵! 最上階にパーティールームがあるんでしょ? 夜景、絶対綺麗ですよ!」 翔の顔がぱっと輝いた。「お、いいなそれ! 玲奈は本当にセンスいいな。よし、じゃあそれで」 彼は美桜が何時間もかけて作った比較表を一瞥だにせず、玲奈のその一言だけで全てを決定した。美桜の努力も予算上の提案も、そこには存在しないかのようだ。「でも、翔……そのホテルは、予算をかなりオーバーするわ。それに、予約も取りにくいって……」 美桜がかろうじて反論の声を上げると、翔は心底面倒くさそうに言った。
Last Updated : 2025-09-26 Read more