上司が部下たちに向き直って言った。「よーし、佐伯の昇進を祝って祝賀会をするぞ!」「おー!」「それじゃあ俺、幹事やりますよ」 祝賀会の開催が決定すると、翔は早速幹事を買って出た。「うん? 主役が幹事までやるのか?」「ええ。しっかり盛り上げますから」 翔は愛想よく笑うとその場で美桜に近づいて、周囲に聞こえない声で囁いた。その声は、先ほどまでの陽気さとは打って変わって、冷たく事務的だった。「祝賀会の会場予約とかメンバーへの連絡とか、いつも通りめんどくさい雑務全般やっといてくれ。主役はこれから挨拶回りで忙しいからさ」 美桜の多大な貢献は、いとも簡単に「雑務」という言葉に貶められた。◇ 美桜は営業部から自分の部署に戻って、祝賀会の準備リストを作成し始めた。(めんどくさい雑務、か。翔にとっての私は、雑用係以外の価値ってあるのかな) PCに向かう彼女の顔から、表情が抜け落ちる。 少し作業を続けていると、陽斗がやって来た。彼は営業部の騒ぎを遠くから見ていたらしかった。「先輩、お疲れ様です。……さっき、大変でしたね」 彼の言葉は、ただの労いではなかった。美桜が感じていた悔しさを正確に見抜いていることが窺えた。「顔色が良くないです。少し休んでは?」 陽斗はただまっすぐに、美桜を心配してくれている。美桜は目を逸らした。(一条君には、情けない姿を見せたくない。私は先輩よ。心配させたくないし、優しくしてもらうわけにはいかない……) 翔の冷たさにさらされた後で優しさに触れれば、きっと泣いてしまう。後輩の前で泣くなど、あってはいけないことだ。 だから美桜は無理に笑ってみせた。「ううん、なんでもない。ちょっと、疲れてるだけだから」 彼女の拒絶は、陽斗を遠ざけるためのものだった。だがそれ以上に、崩れそうな自分自身の心を守るための、最後の砦でもあった。
Last Updated : 2025-09-21 Read more