今年に入って九度目――義理の母、森崎百合子(もりさき ゆりこ)が戸籍謄本を破ったとき、森崎あずさ(もりさき あずさ)の心がふと折れた。手元には真っ二つになった書類。その片方に、先ほど百合子がぶちまけたスープの跡がまだ残っている。百合子が怒りを爆発させるたび、決まって最初に犠牲になるのはこの一枚だった。「何を見てるのよ!」病床に凭れながら、百合子は甲高い声を上げる。「あんたみたいな厄病神が来なければ、私が寝たきりになることなんてなかったのよ!」あずさは黙って床に散らばった食器の破片を拾い集める。鋭い端で指先を切り、赤い線が滲む。それでも声は上げず、白いワンピースに飛んだ油じみをそっと拭った。「可哀想ぶるんじゃないわよ!」百合子はベッド脇のコップを掴み、投げつける。「さっさと出て行け!顔を見るだけで腹が立つわ!」コップはあずさの耳すれすれを通り過ぎ、壁に当たって粉々に砕け散った。あずさは静かに病室を出て、ドアを閉めると、廊下の壁に背を預けて大きく息を吸い込んだ。鼻腔を刺す消毒液の匂い。二年間、病院で過ごしてきた数え切れない夜が一気に胸に押し寄せる。彼女はスマホを取り出し、夫の森崎賢吾(もりさき けんご)にメッセージを送った。【賢吾、介護の人をお願いできない?今日もお義母さんが……】画面には「既読」の文字が浮かぶ。だが、返事はいつまで経っても来ない。十数分ほど待ち続けた末に、あずさはスマホを閉じ、戸籍謄本を再発行してもらおうと区役所へ向かった。区役所の窓口は閑散としていた。破れた書類を差し出すと、職員は確認のために端末を操作し、眉をひそめる。「……森崎さんは離婚されたようですが、『離婚』とわかる戸籍謄本を発行してもよろしいですか?」「……離婚?」あずさは耳を疑った。画面がこちらに向けられる。「ご覧の通り、ご主人が離婚届を提出されています」あずさはカウンターの縁を掴み、指先から血の気が引いていく。彼女の脳裏に、二週間前の光景がよみがえった。治療費の清算に必要だと言って、賢吾が自分の印鑑を借りたことがあったのだ。そのとき、百合子の世話で手いっぱいだった彼女は詳しく聞きもせず、印鑑を差し出したのだった。「もしかして……離婚についてあなたの合意は得られていないのですか?」職員が気の毒そうに尋ね
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