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第4話

作者: ピーちゃん
食卓は一瞬で静まり返った。

百合子が目を見開き、賢吾も勢いよく顔を上げる。「……今、なんて言った?」

あずさは立ち上がり、淡々と答えた。

「ごちそうさま。ごゆっくりどうぞ」

背を向けて階段へ向かう。背後で百合子が小声でつぶやいた。「なにそれ、頭おかしいの?」

階段に差しかかったところで、賢吾が追いかけてきて腕を掴む。

「さっきの話、どういう意味なんだ?」

あずさは振り返り、冷静に目を合わせた。「結婚式をするんでしょう?私は別に構わないよ」

賢吾の眉間に深いしわが寄る。

「あれはただの体裁なんだ!母さんが退院したばかりだから、機嫌を損ねたくないだけだ」

「うん」あずさは淡々とうなずいた。「好きにしていいから」

賢吾はじっと彼女の目を探るように見つめ、やがて低く言った。

「……安心しろ。離婚届を提出したとしても、俺たちが夫婦であることには変わりがないから」

あずさは小さく笑った。「うん、わかってる」

その笑みに安堵した賢吾は、つい手を伸ばし、彼女の髪に触れようとする。「……いい子だ」

だが、あずさはさっと身をかわし、唇の端を皮肉に歪めて階段を上がっていった。

残された賢吾は、彼女の背を見送りながら、得体の知れない不安を覚えた。

翌朝。賢吾が家を出た後、あずさはようやく客室から出てきた。

百合子はすでにダイニングに座り、待ちくたびれたように指先でテーブルを叩いていた。彼女はあずさを見つけるなり冷たく言い放つ。

「突っ立ってないで、さっさと顔を拭いてちょうだい」

これまでなら、あずさはすぐに湯を沸かし、タオルを絞り、しゃがんで彼女の顔を拭いては、髪を梳いた。ときには膝を床について、靴まで履かせていた。

だが今日の彼女は、ただ無表情で百合子を一瞥しただけで、台所へ入り、牛乳を注いで、ゆっくりとトーストを焼き始めた。

百合子の顔が一気に険しくなる。「話、聞こえなかった?」

すると、みやびが取り繕うように声をかけた。「おばさん、私がやりますね」

ぎこちない手つきで百合子の顔を拭くと、ほんの一瞬、百合子は眉をひそめた。

その光景を眺めながら、あずさは自分の愚かさを嘲笑った。

――二年間も頑張って尽くし、食事から身の回りの世話まで一通りこなしてきた。百合子に食事を吐きかけられたときでさえ、笑顔で拭いていた。

なのに、百合子の顔を拭いただけで、みやびは微かに不機嫌な顔を見せた。

だが百合子は何も気づかず、みやびの手を取り優しく言う。「やっぱり、みやびは気が利くわね」

朝食を終えた百合子が、不意に言い出した。

「今日天気がいいから、日向ぼっこがしたいわ。あずさ、車椅子を押して」

あずさはコップを置き、淡々と返した。

「みやびのほうが気が利くんでしょ?譲ってあげますよ」

百合子の顔が一瞬で固まる。みやびも呆気に取られた。

「なにを――」百合子が声を荒げかけたが、みやびが慌てて笑顔を作った。

「大丈夫ですよ、私が押します」

「……ふん」百合子は鼻を鳴らし、渋々頷いた。

三人で外に出る。みやびが車椅子を押し、あずさは黙って横を歩いた。

やがて小さな下り坂に差しかかったとき、みやびが突然「きゃっ」と声を上げ、足を滑らせてあずさを押した。

不意を突かれたあずさは前に倒れ込み、肘が車椅子の端にぶつかる。

制御を失った車椅子が、坂をものすごい勢いで滑り落ちていく。

「お義母さん!」あずさは顔色を変え、無我夢中で駆け寄った。

だが、あと少しで手が車椅子に届くという瞬間――百合子が振り返り、逆に彼女を突き飛ばした。

「邪魔よ!」

あずさは足をもつれさせ、そのまま車道へ転げ出る。

ドン!

衝撃音に続いて、耳をつんざくようなブレーキ音が響いた。次の瞬間、あずさの体が宙に舞い、地面へ叩きつけられる。

激痛に視界が揺らぐ中、かすかに見えたのは――路肩に立ち、百合子を支えながら冷ややかに笑うみやびの顔だった。
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