「じゃあ、私が下に持ってくね」知佳はトレーを手に立ち上がった。部屋を出ると、良子の部屋の前の廊下に中村さんがいて、どこか魂が抜けたみたいに立ち尽くしていた。「中村さん、どうしてここに立ってるの?」知佳は茶碗を手に聞いた。中村さんはびくっと飛び上がり、落ち着きなく目を泳がせて、「な、何でもないですよ……その……茶碗を、下げようと思って……」と答えた。ふと見ると、茶碗の中身はほとんど減っていなかった。「口に合わなかったんですか?」「ううん。砂糖を塩と間違えちゃって。中村さん、最近疲れてるんじゃない?」知佳は茶碗を手渡した。「そんなことありませんよ……」中村さんは無理に笑って、「大丈夫、大丈夫です、私がボケっとしてただけです。今すぐ作り直してきますね」と言った。知佳が返事をする前に、中村さんは茶碗を持ったままあわただしく階段を降りていった。知佳は軽く何かをお腹に入れると、そのまま診療所へ向かった。その最中、見知らぬ番号からメッセージが届いた。【知佳、ごめん。この人生で、唯一負い目を感じているのは君だけだ。正式に離婚する前に結婚するつもりなんてなかった。ただ、衣装の仕立てに時間がかかるからで……もちろん、今さら何を言ってももう遅い。ただ、俺のいない日々の中で、君が本当に幸せでいられることだけを願ってる】知佳はその文面を一読すると、その番号をすぐにブロックした。一目で拓海からだと分かったのだ。拓海は何度も何度も文章を打ち直して、ようやく送信した。送ってしまうと、あとは知佳の返信を待つばかりだった。けれど、返事はなかった。代わりにLINEが震え、結衣からメッセージが届いた。【拓海、手、痛むの?】この程度のかすり傷が、痛いわけがなかった。ふと、彼の脳裏に知佳がよぎった。あのとき、車にはねられた知佳の身体はどれほど痛かっただろう。彼はスマホを放り投げてデスクの上に落とし、椅子の背にもたれて仰向いた。何も考えたくなかった。最近はひどい不眠続きで、一晩中まったく眠れないことも多かった。たまに眠れても、眠りは浅かった。そして決まって夢を見た。そんなふうにもたれているうちに、いつの間にか、うっすらと眠気が差してきた。そのまま寄りかかっているうちに、また浅い眠りへと落ちていった。夢の中
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