All Chapters of 愛のない夫婦生活から、私はもう一度踊り出す: Chapter 431 - Chapter 440

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第431話

目の前の人物を見た瞬間、中村さんの手にあった野菜が床に落ちた。まさか拓海の愛人、結衣だったとは……結衣は彼女を見て笑った。「子ども、転校させたの?」中村さんの顔色は一瞬で真っ青になった。「転校させたくらいで、私が見つけられないと思った?」結衣は魔女みたいに笑った。「あなた……いったい何がしたいんですか?」中村さんは震える声で言った。結衣がぐっと距離を詰め、濃い香水の匂いが鼻を刺して頭がくらくらした。「私の言うとおりに、一つだけやりなさい。そうしなきゃ、あんたの子どもがどこに行こうが、私は必ず見つけ出せる!」中村さんは涙をこぼした。「どうして私にばかり、こんな……私はただの住み込み手伝いで……」結衣は高らかに笑った。「だって、私に出くわしたんだもの?」「この悪魔!地獄に落ちればいいです!」中村さんは呪った。「悪魔だって言うなら、私の言うこと聞かない勇気があるの?」結衣は笑って言った。「今すぐ!今!外のカフェに来なさい!」中村さんはのろのろとついて行った。着くころには結衣は苛立っていた。「わざと私をイラつかせる気?そんな真似したら、あんたの娘、みっともない死に方するよ!スマホは?出して!電源切って!こっそり録音なんてさせないから!」中村さんは涙をこらえながら、スマホを差し出した。「よく聞いて……」結衣はあれこれ言いつけ、最後に紙袋を彼女に渡した。中村さんは紙袋を握りしめ、手を震わせた。「そうそう」結衣はさらに言った。「あんたの実家の村、先月ちょうど友だちが行ったばかりなんだよね。ところで、あんたの旦那の名前、何だっけ?言わないなら、友だちに頼んで代わりに村を回ってもらおう?」中村さんの顔はますます引きつった。「ははははは!」結衣は大笑いした。「きっと正しい選択ができるよね!娘のこと、よーく考えるのね!」――その夜、結衣と文男は顔を突き合わせたまま、落ち着かずにいた。文男はずっと彼女を責めていた。「家政婦にあれやらせたのか?頭おかしいんじゃない?」「じゃあどうしろっての?私がどうやってロッシジュニアの家に入れるのよ?」結衣は言い返した。「あなたがそんなに偉そうなら、自分で行けば?」「お前……」文男は怒りを飲み込んだ。なぜ自分で行かないのか。万一バレたとき、責任をかぶる役が必要だったから
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第432話

文男は会社の取締役会で、自分の席に戻って座った。拓海が病院に運ばれた件は確認が取れていた。確認したのは新吾だった。新吾がわざわざ病院まで見に行き、持ち帰った情報だった。会議に出席していた取締役たちは皆不安そうで、森川社長の容体はいったいどうなのかと気にしていた。「とにかくまだ病院で寝たきりだ。いつ目を覚ますか、医者にも分からないって」新吾は焦りを隠せなかった。「でも今、拓海に決裁してもらわないといけない重要案件がいくつもある、重要な契約書も何本か拓海のサインが必要なんだ。どうする?」文男だけは分かっていた。この毒を受けたら、目を覚ますはずがない。最悪でなくても、脳死は免れない。「もう少し待つにしよう。もし拓海がずっと目を覚まさないなら、取締役会で改めて今後のことを協議すればいい」文男は言った。新吾はため息をついた。そうするしかない。拓海には後継ぎがいないどころか、相続人すらいなかった。文男はさらに言った。「でも契約上、うちが履行しなきゃいけない分は、俺たちが先にサインして進もう?外注先が何社も支払いを待ってるし。小さい会社だって苦しいんだ、こっちの都合で追い詰めるわけにはいかない」「それはダメだ。支払いが発生するものは全部、最終的に拓海の署名が必要だ。勝手にやっちゃいけない」真っ先に反対したのは新吾だった。文男は腹が立ったが、こらえて穏やかに言った。「今は署名できないだろ?」「だから数日待つって決めたじゃないか?拓海はまだ病院にいる。勝手に、もういないみたいな扱いはできない!」文男と新吾はこの件で言い争いになり、収拾がつかないほどヒートアップした。文男は思わず何度も「融通が利かない、頭が固い、愚かだ」と罵った。取締役の一人が口を挟んだ。「西村副社長、社長が倒れてるのに、西村副社長はどうしてそんなに焦らないんです?それより支払いを急ぐなんて」「そうだよ!」新吾は援軍を得たとばかりに急いで言った。「俺は……」文男は内心歯ぎしりした。老いぼれどもめ!だが口調は丁寧にせざるを得なかった。「会社の次の運営が滞るのが心配なだけです」「それともう一つ……」別の取締役が言った。「森川社長がどうして菅田家の人間と同じ毒に当たるんですか?離婚しましたよね。もう彼らとは関わりがないはずです」「それは、分かりませんね…
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第433話

「西村副社長、いらっしゃいましたね」実乗が立ち上がって迎えた。孝則も笑みを浮かべて彼を見た。もちろん、ほかの会社の重要な幹部たちも何人も来ていた。どうやら今後の提携について話し合い、そのまま記者会見にも出る流れらしい。文男は前へ進み、実乗、孝則らと順に握手して回った。実乗も孝則も、彼に対して特に変わった態度は見せない。文男は胸をなで下ろした。先に口火を切ったのは孝則だった。「今夜は本来、ロッシさんご本人が皆さんをおもてなしする予定でした。しかし、家庭の事情で少し不幸がありまして。ひとまず私がロッシさんの代理として先に参りました。どうかご容赦ください」実際、会場の誰もが中毒の噂を多かれ少なかれ耳にしていた。孝則がそう言うのを聞いて、やはり本当なのだろう、と皆が胸の内で探り合った。とはいえ、口に出して言えることではない。だが皆が一番気にしているのは、ロッシ社の今後だ。もしロッシジュニアに本当に何かあったのなら、海城での本格展開は実現できるのか?不安げに、その点を小声で尋ねる者がいた。孝則の答えも慎重だった。「その件については、後ほどロッシさんからみなさんへ、正確なお返事があります。ひとまずロッシさんをお待ちください」文男は内心で笑った。待てと言われても、ロッシさんを待てる日なんて一生来ないだろう。誰もが知っている。ロッシ一族は大きな一族で、その中で日本人なのはロッシのこの系統だけだ。もしロッシジュニアが本当に倒れれば、一族の舵取りは別の者に替わる。そのとき、ロッシ社が海城まで来るだろうか?孝則はとにかく食事を勧めた。ビュッフェ形式だった。正直、文男はこのところ気が休まらず、食事も喉を通らなかった。だが今はようやく、まともに一食食べられそうだった。彼は実乗と同じ席に座った。「橋谷さん」文男はそう呼びかけた。「橋谷さんはお若いし、この業界はまだ長くないですよね?」「はい」実乗は照れたように言った。「最初は御社で現場を体験させてもらって、それからこの会社を立ち上げました。運が良かったのか、ロッシ社に選ばれて」そこへまた別の人間が寄ってきて、笑いながら実乗を持ち上げる。「橋谷さんは若くしてやり手だ。末恐ろしいですよ!」実乗はひたすら謙遜し、逆に文男を立てた。「西村副社長こそ、この業界の旗振り役です。僕、
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第434話

そうした類の持ち上げを聞くたびに、文男の心はひどく満たされた。こいつらが「人を見て言うことを変える」連中だと分かっていても、褒め言葉が嫌いな人間なんていない。各社の面々に回りくどく対応している孝則を眺めながら、文男は内心で可笑しくてたまらなかった。ロッシ社が今回用意したのはランチパーティーで、昼食のあとには記者会見が控えている。すでに会場のホールには記者がちらほらと入り始めていた。しかも今回の記者会見は配信付きだという。見ものだ。文男はそう思った。皆がだいたい食べ終えたころ、スタッフが呼びに来て、席に着いて記者会見に参加するよう案内した。会場に入った文男はぐるりと見回した。各席にはネームプレートが置かれている。ところが最前列に、自分の名前が見当たらない。さっきまで文男にへつらっていた二人が、最前列にいるではないか。端の席とはいえ、文男より前だ。「西村副社長、お席はこちらですよ!」しかもそいつは、わざわざ文男の前の席に座ってから振り返り、そんな一言を投げてきた。さっきまで「業界のトップ」だの何だのと言っていたくせに。文男は込み上げる怒りを必死に押し殺したが、腹の底は煮えくり返っていた。とはいえ、最前列に座っているのは重要人物ばかりだった。要職の役人も数名いる。おそらくロッシ社が選んだ提携相手もそこに並んでいるのだろう。文男は冷笑した。来賓の格が重ければ重いほどいい。孝則がどうやってこの場を収めるのか、じっくり見てやる。会場の席が次第に埋まり、会見もそろそろ始まる。文男がふと振り返ると、報道陣の中に、なぜか結衣が紛れ込んでいるのが見えた。文男は思わず固まった。口の形だけで問いかける――「何しに来た?」結衣は白い目をくれてよこした。面白いものがあるなら見に来るに決まってるでしょ!どれほどロッシジュニアが憎いと思ってるのよ!今日はロッシ社が恥をかくところを見届けるんだから!司会者が壇上に上がり、会見が正式に始まった。まずは各方面の挨拶が続き、それからロッシ社が登壇して理念と計画を語る流れになる。本来なら聖也が出るはずだったが、上がってきたのは孝則だった。孝則は準備万端で、長々と語った内容もなかなか見事だった。だが次の瞬間、記者の質疑応答の時間が来た。最初に立ち上がった記者を見て、文男は心の中でほくそ
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第435話

その人物はマイクを握り、さらに問いかけた。「斎藤さん、ロッシさんは以前、『綺麗事を並べてるが、戻ってきたのは金儲けのためだ!』と言ったそうですね。この言葉をどう説明しますか?」孝則はその場で固まり、慌てて言った。「ロッシさんはそんなこと言っていません!一度だって、そんなことは言っていません!」孝則は命にかけても断言できた。ロッシさんが帰ってきたのは、母親の故郷へ帰りたいという思いに寄り添ったからだった。故郷のない人間などいない。まして故郷に年老いた母がいるのならなおさらだ。帰ってきたのは、まず基盤を築き、こちらで順調にやっていけるなら、母がいつでも戻れる家を用意したかったからだった。もちろん、もし自分に力がなく、事業が軌道に乗らないなら、そのときは話が別になるが。だが孝則がそう言っても、その記者は口をつぐまなかった。記者は続けた。「そうですか?故郷へ帰る?では斎藤さん、ロッシさんがなぜその言葉を言ったのか、説明してください」「言っていません!」文男はこの一部始終を見て、また腹の底で笑った。聖也がその言葉を言ったはずがない。なぜならその質問は、文男が記者に、理屈など関係なくとにかくぶつけろ、と指示したものだったからだ。時には、真実が何かなど重要ではない。誰かが「お前はやった」と言えば、それだけでやったことになる。今日の会見が終わったあと、また拡散系のアカウントが「ロッシさんはこう言った」と一斉に流せば、聖也が言っていなくても言ったことになるのだ。客席に座る要人たちの顔色は、すでに悪くなっていた。せっかくの記者会見がこんな展開になれば、誰の顔も立たない。一時、記者のフラッシュがひっきりなしに焚かれ、さらに品のない質問が飛び、最後には罵声にまで発展した。聞くに堪えない言葉があちこちで飛び交い、会場は収拾がつかなくなり、司会者は完全にパニックになった。「海城の市民を代表して、ロッシ社は海城から出て行け!」ざわめく人波の中で、鋭い声が上がった。発したのは結衣だった。文男が振り返ると、結衣は人だかりの中で腕を振り上げ、ひときわ目立っていた。さらに孝則を見ると、逆に落ち着きを取り戻していた。司会者の手からマイクを受け取り、はっきりとした声で言った。「ご列席の皆さま、関係者の皆さま、ご来賓の皆さま、そして報道の皆さま。私たちは
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第436話

文男の胸がどくんと跳ねた。――どういうことだ?彼は反射的に結衣を見た。結衣もまた、顔面蒼白になっていた。この馬鹿女が……文男は心の中で毒づいた。会話はまだ続いていた。「わざと私をイラつかせる気?そんな真似したら、あんたの娘、みっともない死に方するよ!スマホは?出して!電源切って!こっそり録音なんてさせないから!」「よく聞いて。ここに薬がある。食べ物に混ぜてもいいし、飲み水に混ぜてもいい。知佳とロッシジュニアが必ず口にするようにしなさい!成功したら一億円やる。さらに海外に行けるよう手配して、あんたの娘を海外で学校に通わせてやる。あんたの実家の村にいるあの男から、永遠に遠ざけてやる。絶対に見つけられないようにしてやる!」「こ……これは、何の薬なんですか?飲んだらどうなります?」「ふふ。飲めば死ぬか、永遠に眠ったまま。あんたが人生を投げたいなら、あいつらと一緒に死んでもいいよ。娘は私が面倒見てやるから」「立花さん……私は本当にただの手伝いで……こんなの、私には……怖くて……」「怖い?あんたの娘の学校に行って会いに行ったら怖い?ふざけた真似はするんじゃないよ。転校なんて無駄!どこに転校しようが、私は必ず見つける!娘に何かあってほしくないでしょ?もちろん命までは取らないよ。十四歳以下のガキどもを何人か使って、毎日いじめさせるだけ。毎日ね!」そのあと、中村さんの泣き声が入った。「何を泣き喚いてるの。あんたの雇い主、まだ死んでないでしょう?先に泣くなんて気が早いわ。泣きたいなら、死んでからにしなさい。それから――もしバレて警察が来たら、あんたが前に出て全部かぶるのよ。毒を盛った理由なんて、適当に作ればいい。私の名前は一言でも出さないこと。分かった?安心しなさい。中に入る羽目になっても、一億はちゃんと渡すわ。あんたじゃない、娘に直接ね。娘はきちんと海外に出して、学校にも通わせてあげる。でも……私を売ったら、どうなるか分かってるでしょう?毒を盛ったのはあんた。殺人犯になるのもあんた。あんたは結局、入るのよ。増えるのは私が一人、ってだけ。その時、娘には何も残らない。面倒を見る人間もいない。いつかどこかで、野垂れ死にしてても――別におかしくないわよ?」会話はまだ終わっていなかった。だが孝則は音声を止め、マイクを握って言った。
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第437話

警備員は彼女を見て言った。「それならなおさら、行かせられません。道中で何かあったらどうするんです?こちらで救急車を呼びます」呼ぶなっつーの!結衣は腹の中で罵った。警備員が油断した隙に外へ突っ走り、ひとまずトイレに逃げ込んで身を隠し、警察が自分を見失ったら逃げようとした。だが、間に合わなかった。警官が真正面に立ちふさがった。「あなたは立花結衣さんですか?」結衣は顔面蒼白になり、手を振って否定した。「ち、違います。違います、違います。人違いです……」「身分証明を見せてください」結衣はバッグを抱え込んだ。「いえ、持ってきてません」だがこの会場は身分証明の提示で入場する仕組みだ。持っていないはずがない。そんな嘘は当然通らない。警備員が顔認証で照合できると言い出したところで、結衣はもう言い逃れできなくなり、振り返って文男に向かって叫んだ。「文男!文男、助けて!文男!」文男は気が狂いそうだった。このイカれた女、こんな場で俺の名を叫んで何をする気だ。「文男、私のこと無視するの?このクソ野郎、あんたが――」「結衣!」文男の声が人波を越えて飛んできた。文男は勢いよく駆け寄り、胸が潰れそうな顔をした。「結衣、まさかお前がそんなに残酷な人間だとは思わなかった!どうしてこんなことができるんだ?」文男の目は凶悪に結衣を睨みつけていた。これ以上一言でも余計なことを言えば、その場で殺す――そう言わんばかりだった。「結衣、お前は本当に……がっかりした」文男は目の縁まで赤くしていた。「海外から戻ってきたお前を、俺たちは妹みたいに可愛がってきた。ずっと、心の優しい子で、柔らかい性格だと思ってたのに……なのに……なのに拓海のために知佳さんを殺そうとするなんて、お前……お前……」声は大きく、まるで本当に悲嘆に暮れているようだった。しかも報道陣に、あえて誤った印象を植え付ける――なるほど、恋愛感情が動機だったのか、という誘導だ。皆、記憶は残っている。結衣という女が拓海夫婦と一緒に話題になったことがあるのを覚えていた。結衣は文男を見て呆然とした。この野郎、落ちるところまで落ちろってこと?自分一人を穴に突き落とすだけじゃなく、殺人の動機まで用意してやがるのか?「文男、この――!」罵り言葉が口から飛び出る前に、文男がすぐさ
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第438話

結衣はついに涙目のまま口をつぐみ、視線だけで「絶対に助けに来て」と訴えた。文男はひとまず胸をなで下ろした。だが、警官たちは立ち去らなかった。そのうえ、この騒ぎが本物の報道陣の注意を引きすぎていた。あれほど強烈な音声が出てきた以上、話題性はロッシ社の発表会そのものをはるかに上回る。しかも全ネット配信中だ。すでにネット上は炎上状態で、記者たちが文男と結衣の周りへ雪崩れ込み、最初のネタを取ろうと、一次情報に群がった。「西村副社長!西村副社長!いったいこれはどういうことなんですか?」「西村副社長、本当に立花さんは愛憎から、森川社長の元奥さまのご家族に毒を盛らせたんですか?」「ロッシさんのご家族は今どうなっていますか?」「森川社長も今日いませんが、森川社長も中毒なんですか?」「……」次々と飛ぶ質問で、マイクは文男の口元に突きつけられそうな勢いだった。人が多すぎて場は一時制御不能になり、警官たちまで脇へ押しやられてしまった。中には結衣の口元へマイクを突き出して問う者もいた。「立花さん、なぜ家政婦に指示してロッシさん一家に毒を盛らせたんですか?」「森川社長とは今お付き合いしているんですか?」「森川社長が今日来ていない理由、あなたは知っていますか?」結衣の頭の中は完全にぐちゃぐちゃで、どう答えればいいか分からない。ただ必死に文男を見つめるばかりだった。文男は、彼女が余計なことを口走るのを恐れ、記者の問いを横取りするように言った。「真相がどうであれ、私たちは警察を信じています。我らの警察は善良な人を冤罪にしませんし、悪人も逃しません」「では西村副社長、その言い方はどういう意味ですか?立花さんは冤罪だと?」文男は曖昧に濁した。「それは……分かりません……ただ、今はAI技術が非常に進んでいて、何でも作れてしまう時代ですから」文男のその一言が、再び大騒動を引き起こした。記者たちは一斉に沸いた。「西村副社長、つまりさっき斎藤副社長が流した音声はAIだとおっしゃるんですか?」文男は肩をすくめた。「そんなことは言っていません。私はただ、今の技術的な現状を言っただけです。それにロッシ社はまさにその分野の会社でしょう?ええ、警察の捜査を静かに待ちます。警察を百パーセント信じています。皆さんも一緒に、警察の発表を待
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第439話

そこで、会場の大型スクリーンに監視映像が映し出された。映っていたのは、拓海のオフィスだった。文男は呆然とした。拓海のオフィスに監視カメラなんて、いつ付けた?そうか、やっぱり前から警戒してやがったんだ!口では「親友」だの何だの言いながら――本当の親友が、こんなふうに身構えるか?さらに絶望したのは結衣だった。拓海のオフィスに監視カメラがあるなら、自分は丸見えではないか。案の定、映像には彼女の姿が映った。忍び足で、きょろきょろ周りを警戒しながら、拓海のオフィス内をうろついていた。そして、動きがはっきり映っていた――拓海の浄水器のタンクに何かを入れたのだ。さらに、拓海のカップにも何かを塗りつけていた。拓海はマイクを持ち、横から解説した。「映像の時刻を見てください。この瞬間から、私は一度もオフィスに入っていませんでした。ほかの誰も入っていませんでした。監視映像は一秒たりとも削除していません。この件は警察に介入してもらい、立花さんが投下したものが何かを明らかにします。続いて、音声も一つ聞いてください」大型スクリーンの映像が終わり、再び会話が会場に流れた。「こんにちは、このスマホ、あの方のですよね……」ここから先は、結衣が拓海を食事に誘ったあの夜の会話がすべて再生された。結衣と文男が、どうやって拓海のスマホのパスコードを破るか相談していたこと。解除したあと、端末の中身をどう見たか。どうやってメールのパスワードを解いたか。メールの中に何が入っていたか――すべてが、はっきりと。会場は再び大混乱になった。結衣は悲鳴を上げた。「いつ録音したのよ!なんでみんな、録音が好きなの!」拓海は遠くから彼女を見た。もちろん教える気などない。彼女が個室を出てスマホを探しに行った隙に、盗聴機器を部屋に置いたのだ。文男は逃げようとしたが逃げられず、入口で警官に塞がれて、そのまま取り押さえられた。そもそも警官が来たのは二人を確保するためだった。結衣と、文男だ。だが先に結衣を押さえた時点で場が荒れすぎた。警官は人波に押され、結衣と文男の近くの輪の外へ弾き出されそうになったほどだ。周囲にいたのは報道陣と一般人で、強引に手を出すわけにもいかない。企業への影響も考えなければならない。しかも配信中だ。力ずくで連行すれば、全ネットが見ている。だから彼らはこ
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第440話

拓海は謝罪を終えると、新吾を連れてその場を去った。孝則が改めて壇上に立ち、会見の焦点をロッシ社の計画へ引き戻した。会場で飛ぶ質問も、ようやく少しずつ会社の発展そのものへ戻っていった。会場を出た拓海は、中で記者の声がマイクを通して響き渡ってくるのを耳にしながら、足取りをさらに速めた。ここで起きたすべては、もう自分には関係ない……新吾は背後から必死に追いかけてきた。ようやく追いつき、拓海の助手席に滑り込むと、肩で息をしながらしばらく呼吸を整え、それから泣き出した。車内で目を閉じ、子どもみたいに大声で泣きじゃくった。拓海は聞こえないふりをした。顔を険しくしたまま、無表情にハンドルを握り続けた。そうして新吾は道中ずっと泣き続け、拓海が車を会社に入れたところで、しゃくり上げながらようやく止まった。だがそれでも拓海にぴったりついて回り、そのまま会議室まで入っていった。拓海のオフィスは、今も封鎖されていて誰も入れない。現場を荒らさず、警察の鑑識を待つためだ。今の新吾は一人でいられなかった。脆い心が慰めを求めていた。会議室に入ると、拓海はノートパソコンを開いて仕事を始めた。新吾はドンと音を立てて、向かいの席に腰を落とした。拓海が長いこと相手にしないため、新吾はついに堪えきれず、泣き叫んだ。「拓海、どうして?どうしてこんなことになったんだよ!」拓海はキーボードを打つ手を一瞬止め、また打ち続けた。新吾は目を閉じたまま、泣きながら問い続けた。「どうしてだよ!あの頃、俺たち約束したじゃないか。一生いい親友でいるって!苦楽を共にして、絶対に離れないって!お互いのためなら火の中水の中でも行くって!なのに、どうして文男は変わったんだよ!」拓海の指は止まらず、キーを叩き続けた。彼も聞きたかった。いったい、なぜなのか。だから、新吾に答えをやることはできなかった。「拓海、文男は昔はこんなんじゃなかった!覚えてるだろ?大学一年のとき、俺、頭に血が上ってさ、親がくれた一学期分の生活費を全部パソコンとスマホに突っ込んだんだ。あの学期、俺はお前と文男に養ってもらった。飯食わせてもらって、文男なんかいつも唐揚げを俺にくれたんだぞ!それに二年のとき、バスケで転んで足を痛めたとき、病院まで背負って連れて行ってくれたのは文男だ。医療費もお
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