拓海!彼女の頭の中は、息ができなくなるほど泣きじゃくった痛みでまだいっぱいだった。脚をもつれるほどにして外へ駆け出した。「ちょ、知佳、どこ行くのよ?」静香が後ろから追いかけてきた。「熱中症でやっと目を覚ましたばっかでしょ、日差しに当たっちゃだめって!」知佳の耳には届かなかった。今、耳の奥は放送の「森川拓海、がんばれ」で埋め尽くされ、頭の中は「拓海」の二文字でいっぱいだった。彼女は息もつかずにグラウンドまで走った。グラウンドでは長距離走が行われていて、すでに最終周回のラストスパートに入っていた。多くの生徒がゴール付近に立ち、自分のクラスの選手が駆け込んでくるのを待ちながら、支える準備をしていた。知佳もゴールまで走り着き、先頭で突っ込んでくる拓海を見た。十七歳の拓海は健康な両脚を持ち、風のように走り、しなやかで俊敏だった。バスケのフォワードで、長距離走の強者で、「何もかも失った」なんかじゃない。「歩くのも不自由」なんかじゃない……そうじゃない……選手たちのスパートは加速するほどに、グラウンドの「頑張れ!」の声もどんどん熱を帯びていった。放送席から響いた「森川拓海、頑張れ!」の声は、ほかの声援をすべて押しのけて頭ひとつ抜け、まるで彼の背中に火をつけたみたいに力を注いだ。拓海は放たれた矢のように、ゴールへ一直線に突っ込んできた。近づいてきた。短い髪が跳ね、汗でびっしょり濡れたバスケのタンクトップが見えた。病室で土気色の顔をして息も絶え絶えになり、彼女と良子に「もう見舞いには来ないでくれ」と懇願した拓海と――いま目の前で青春を弾ませて走る拓海が、視界の中で交互に揺れた。そして、その若さに満ちた顔が、あっという間にすぐ目の前まで迫ってきた。彼女は彼を見つめた。ロンドンでこぼしきれなかった涙が、堰を切ったようにまた溢れ出し、止まらずに頬を伝って落ちていった。やっぱり言葉は出なかった。ただ彼を見て泣いた。止まらないほどに泣いた。彼女は三十歳の知佳だ。三十歳の知佳なら、拓海を抱きしめて大泣きできた。離婚していようが、相手が元夫だろうが関係ない。でも今はできない。今の拓海は十七歳の拓海だ。まだ校内で、今まさに体育祭の真っ最中。全校生徒がグラウンドにいて、視線が集まる中で、彼を見て泣いているだけでもひどく浮い
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